トリオンエンジニアリング!!   作:うえうら

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兄妹展開が苦手な方はブラウザバックを推奨。

※凪の一人称視点です。



24 凪の想い

兄や弟をそういった目で見るのは、小説やゲーム、アニメの中だけの話だ。

兄妹、姉弟ものが許されるのは2次元だけ、なんて話はよく耳にする。

現実を見てみれば、同性愛が市民権を得つつある昨今でさえも、近親のそれが認められるなんて話は寡聞にして知らない。

家族や兄妹としての親愛の情があったとしても、一線を超えることはあってはならいのだろうし、それは許されるものではない。

もちろん、私もそのことには気づいていた。

 

 

 

盗聴器を仕掛けるほどに、兄さんのことが好きだったけど、その好きがどういった類のものなのか、中学生の頃の私には分からなかった。当時の私は正しく中毒状態だったので、それも仕方がない。

その頃の私には、兄さん以外どうだってよくて、兄さんと自分の部屋で世界は完結していたのだから。

 

兄さんのことをはっきりと意識するようになったのは高校に入ってからだ。

転機となったのは高校一年生の頃。

ボーダーに入った効果もあって、まさに青春を謳歌していた時のこと。

兄さんは器用貧乏らしく、教員免許にも手を出していた。

母校実習というわけで、兄さんが教壇に立つ。

兄さんが取得しようとした免許は数学と情報で、ここでは情報の授業を担当していた。

黒のジャケットに白のカッターシャツ、黒のネクタイ。ぴっしりと着こなした兄さんは、見とれるほど様になっていた。お葬式じゃないんですから、と目を奪われながらに言った言葉は完全に照れ隠しによるものだった。

背格好の良い教育実習生は休み時間の度に女子高生に囲まれていた。

コミュ障のせいで、すぐに周りは離れていくだろうとふんでいたが、私の期待通りにはならなかった。

何故か、コミュ障が受けたらしい。

これは余談だけど、兄さんはコミュ障をいかんなく発揮したらしく、教員採用試験の2次試験に落ちた。

 

群がるJKがアドレスを交換しようと迫ったが、兄さんは規則によりできない、ときっぱりと断っていた。

女子高生に囲まれた兄さんの顔は若干へらへらしていたと思う。

私の手に握られた割り箸は、ぽきりと4本になっていた。

別の女子高生はお弁当を渡そうとしていた。兄さんは、単位が降りなくなると断っていた。

単位云々が無かったらどうなのだろうかと考えていたけれど、気が付いたら弁当箱のふたがぱきりと2つになっていた。

このときになって始めて、兄さんの笑顔が私にだけ向けられるものではないと痛感した。

自分だけ心をざわつかせていることが、無性にくやしくも思える。

それでも、私はまだ平静を保っていられた。

兄さんが周りに受け入れられていて嬉しくもあったからだ。

 

温厚な私であっても、どうしても許せないことがあった。

どちらに対して、イライラさせられたのかはよく分からない。

放課後の教室で、兄さんが私のクラスメイトと〇×ゲームをしていたのだ。

ブール代数による論理回路作成のイントロダクションで、〇×ゲームはよく使われているらしい。4限の授業で兄さんがこれを解説していた。

普段、情報の授業なんて話半分にしか聞いてないくせに、そのクラスメイトは兄さんに質問しに行ったのだ。放課後の教室なんていう、べたべたな展開で。

AND関数、OR関数がどうのこうのと言葉を交わしながら、その子と兄さんは向かい合わせになって〇×ゲームをしていた。

 

そこは私の居場所だ、と声を荒げ、勢いよく教室の戸を引きそうになった。

でも、そうはしなかった。心が潰れるかと思ったけど、なんとか堪えた。

兄さんとその子の顔が夕日を受けて綺麗に映ったからではない。

兄さんがその子にわかりやすく教えようと苦心する姿に、私は今まで兄さんの重荷になっていたのでは、と思わされたからだ。

東京の大学に行かなかったのもそうだし、深夜から朝方にかけてバイトをしているのも、私がいたせいだ。

兄さんには、兄さんの未来があるのだと、その光景が鮮明に語っていた。

小刻みに震える手を、兄さんの邪魔をしないようにと、その一心でなんとか抑えた。

でも、それでも、どうしても、我慢できなかった私は兄さんが家に帰って来てから2人で、定石ができあがるほどに五目並べを楽しんだ。

私の居場所はここにしかないと再確認してしまった。

 

サイン用色紙が真っ黒になるほどの寄せ書きを携えて、兄さんの実習が終わった。

誇らしくもあったけど、兄さんが遠くに行ってしまうのではないかと不安になった。

兄さんを振り向かせるために行動しようと決意した。寄せ書きの密度がそうさせたのだ。

とりあえず、兄さんが私をどう認識しているのか知りたかったので、クラスでよく話題になる先輩とご飯を食べに行ってみた。

とんとん拍子にことが運んだので、ちょっとばかり愉快でさえあった。乙女ゲーかよと内心でツッコミを入れるほどに。

振り返ってみると、この行為がプリン頭と濃いめの茶髪の癪に触ったのかもしれない。

 

その先輩と夕ご飯を食べてから帰宅すると、時刻は20:00少し前になっていた。

私がその旨を伝えても、兄さんは特にその行為を否定してくれなかった。

高校デビューしたいって言ってたしね、でも一応進学校だから節度あるお付き合いを、とだけ口にしたのだ。表情こそ確認できなかったのだが、あまり動揺はしてなかったと思う。

兄さんの淡々とした態度に、しゅんと悲しくなったことを覚えている。

端的にいって、嫉妬してほしかったのだ。

この想いは一歩通行でしかないのかと悩んでいると、兄さんはすぐに、昨日の格ゲーの続きをやろうとハードの電源を入れた。

私も、隣に座ってコントローラを握る。

やっぱりこの時間こそが、かけがえのないものだと強く思った。

兄さんの姿にドキリとしたり、意識したりすることもあったけれど、とにかく一緒に遊べればそれで満足できる自分がいた。

兄さんと一緒に遊ぶことがどうしようもなく好きなのだ。

 

その夜、ベッドの中で考えてみた。

兄さんを彼氏にしたいかと言われると、ちょっとあるけど、そうでもない。

一日中べたべたしたいかと言われると、ちょっとあるけど、そうでもない。

腕を組んで歩きたいかと言われると、ちょっとあるけど、そうでもない。

皆に自慢したいかと言われると、ちょっとあるけど、そうでもない。

兄さんに好きだって言ってほしいかと聞かれると、ちょっとある、いや、かなりある。

キスをしたいかと言われると、ちょっとあるけど、そうでもない。

エッチなことをしたいかと言われると、よくわからない。

ただ、これだけは絶対だと、誓って言える。

兄さんを誰にも取られたくない。

兄さんを困らせたくない。

自分の嫉妬深さに、我ながら呆れてしまった。

両立の難しい命題が頭を悩ませたので、布団を深くかぶって寝た。

 

兄さんを困らせまいと、現状で一応は満足だと、妥協にも見える道を選ぶことにした。

つまり、私から距離をつめようとするのはやめにした。

兄さんの妹として一緒に遊べるならそれで十分ではないのか、と自分に言い聞かせていたのだ。

 

 

だからこそ、兄さんの方から隊を組もうと私の手を取ってくれたことが嬉しくてたまらなかった。

その時の胸の高鳴りようは今でも克明に思い出せる。

私から言うのでなく、兄さんから求めて欲しい。そんな望外の思いが叶ったのだ。

それからは、兄さんと一緒にいられる時間が格段に増えて、毎日が楽しかった。

お揃いの隊服で防衛任務を行って、時間があったら模擬戦をやって、週末になったら買い物に行ったり、ファミレスに行ったり、ゲームをしたりと実に充実していた。

 

黒トリガー争奪任務では、一緒に小南さんを倒した。

私が愛用している黒に白のラインが入ったカチューシャは、その時に兄さんから貰ったものだ。

大規模侵攻では、新型トリオン兵や人型を相手に戦った。

人型を相手にしているとき、兄さんが宣言通りに私を助けてくれて本当に嬉しかった。

エスクードを多数展開するために、緊急脱出用のトリオンまで使ってくれたのだ。

惚れ直したというわけではないのだけれど、そのときの私は背中の後ろに手を組んで、上目づかいで兄さんを見つめあげた。

そんなあざとい行為をやってしまうほどに、胸が熱くなっていたのだ。

 

兄さんがボーダーに就職してからは好ましいことばかりが起こっていた。

ただ、兄さんの口から発せられるクーちゃんと言う名前が、私の気に障った。

それも、日に日に回数が多くなるので、そんな兄に強くあたることもあった。

聞けば、兄さんが夜勤をしている間に将棋や囲碁、ボードゲームやしりとり等々を行っているらしい。

夜勤の間も起きていようかと考えてもみたけど、中学の時の二の舞になりそうだったので、やめておいた。それでも、できる限り起きているようにした。

兄さんを誰にも渡したくない。

兄さんを困らせたくない。

2つの命題、というよりも単なるわがままが私を悩ませていた。

 

そこは私の居場所だ、とクーちゃんに向けて言いたくなったこともあったけど、冷静になって我慢した。

よくよく考えてみればただのコンピュータだし、私だってコンピュータを相手にゲームをする。

それに、クーちゃんは兄さんのことはともかく、私にも好意を持って接してくれるので、嫌いになれるわけがなかった。

そればかりでなく、彼女は兄さんのことをよく考えてくれていた。

というのも、兄さんの内定一周年祝いにかこつけて渡したPC用グラスは、クーちゃんのアイディアによるものだったからだ。クーちゃんが言うには、兄さんは疲れ目に悩まされていたらしい。私とクーちゃんで黒縁のものを選んでプレゼントしたのだ。

兄さんがもし誰かと一緒になってしまうのなら、私が兄さんと遊んでも気にしない人だと嬉しいな、と可笑しな妄想までしてしまった。

 

そう思いもすれども、それに相反して、クーちゃんのことを日増しに疎ましく思うようになったのも事実である。

クーちゃんがARされるようになってからというもの、兄さんと彼女が一緒にいるだけで、胸がチクリと痛むようになった。

クーちゃんは私が思っていたよりも大胆で、兄さんに抱きついたり、とびついたりしていた。

兄さんがPCの前で作業していれば、いつでもクーちゃんはその隣にいて頬をゆるませていた。

兄さんもクーちゃんに心を許しているようで、軽口を交わしあいながら、落ち着いた表情でキーボードをリズムよく叩いていた。

大規模侵攻が終わってからだろうか、クーちゃんが兄さんへの好意を隠さなくなったのは。

兄さんとべたべたしたいかと言われると、自分でもよく分からないのだが、他人が兄さんにそれをするのは許せなかった。

ARしたままのクーちゃんと兄さんが盤を挟んで将棋をしている姿なんて、直視に耐えなかった。

見ているだけで胸の内が縄で絞められるかのように、きりきりと痛んでしまう。

 

それでも兄さんと模擬戦をすれば、クーちゃんは形を保てないので、気のすむまで兄さんと一緒に斬り合うことができた。

50本勝負をしたり、目隠しをしながら市街地Aを走り回ったり、兄さんに狙撃銃の扱い方をレクチャーしたり、ランク戦のシーズンになってからはなるべく多くの時間を仮想空間の中で過ごそうとした。

この作戦はなかなか当たりだったようで、兄さんを独占することができた。

それに加えて、たぶん兄さん困っていない。表情からして、きっとそうだ。

兄さんが私と同じ気持ちで弧月を振っているとしたら、こんなに幸せなことはないだろう。

 

 

 

それだけに、今の模擬戦が身を切られるようにつらい…………。

私が意気揚々と受けて立った兄さんとの遊びで、まさか泣くはめになるとは思ってもいなかった。

兄さんの黒い弧月に切られて緊急脱出し、一足先にブースに戻ると、クーちゃんが私にこう言ったのだ。

「凪、あれはね、蝶の楯って言って、アフトクラトルのトリガーを再構成したものなんだ。それを僕が動かして、ご主人と一緒に戦っているんだよ、へへ」

その言葉に、トンカチで頭の奥を引っ叩かれるような衝撃を受けた。

何がへへだ、と怒りが沸きあがる前に、クーちゃんが吐き出したその言葉のせいで私の目の前は真っ暗になった。

兄さんの隣は私の場所のはずなのに、このAIが兄さんの隣にいて、それで2人で一緒に私を斬り伏せたというのだ。

私は感情に突き動かされるままに無線を入れて、兄さんに捲し立てる。

「兄さん、チートは禁止だって言いま――――――し……たよね。………話が……ちがうじゃない……で………すか」

一文言い終わる前に兄さんが通信を切った。

断たれてしまったのは回線だけじゃないかもしれない。そんな不安が私を襲った。

これが意味するところを考えてみる。

兄さんの遊び相手はクーちゃんになってしまったのだろうか。

兄さんの隣はクーちゃんの場所になってしまったのだろうか。

無線を切るってことは、自分とクーちゃんの時間を邪魔するなという意思の表れなのだろうか。

私じゃなくて、24時間一緒にいられるクーちゃんの方がいいのだろうか。

クーちゃんが兄さんにべたべたしていて、兄さんがそれを受け入れているというのはそういうことなのだろうか。

兄さんと薄緑の髪の少女が手を取り合っている姿。そんな悪夢にも似た光景が浮かんできてしまった。

私よりも、クーちゃんの方がいいってことなのだろうか。

 

自分の思考は下降螺旋を描き、悪い方悪い方へと落ちていった。

目の前が真っ暗になったと思っていたら、次は滴で滲んでいた。

声を押し殺して、心の中で泣いた。

あろうことか、私の涙に気づかないクーちゃんが追い打ちをかける。

「あのね、凪、ご主人と一緒に戦えるのが、本当に嬉しんだよ。でさ、明後日が13日で、14日のイヴでしょ。だから、明後日の夜、ご主人にプレゼント渡して、伝えたいことを言おうと思っているんだ」

私はクーちゃんの言葉を理解しないようにと必死に抵抗した。それを認めてしまったら、薄緑の髪の少女の手と兄さんの手が結ばれてしまう、そんな光景が実現してしまうように思えたからだ。

自分では、右から左に聞き流しているつもりなのに、嫌になるほどその言葉は胸に刺さった。

兄さんが奪われてしまう。たぶん、全部がとられてしまう。

恐怖や悲しみ、戸惑いが私を包んだ。

 

私はどうすればいいだろうか、と迷いながら剣を振った。

5回も戦ったが、まったく勝てなかった。全然集中できてなかったし、平静を保とうと必死だったし、とても戦える心理状況ではなかった。

2戦目から5戦目までの全ての試合で、クーちゃんの蝶の楯に止めを刺されてしまったことが、どうしようもなく悔しかった。

せめて、いつもみたいに、兄さんに斬られたかった。

 

5戦目が終わって、ふと気が付いて、兄さんにメールを出した。

何でもいいから、兄さんに会いたかった。その一心だった。

メールは帰ってこなかった。

涙に滲んだモニタを見ると、兄さんが仮想空間へ既に転送していることが分かった。

あんなに楽しみにしていた模擬戦だったのに、今は早く終わってほしい。

兄さんとクーちゃんの連携を見せつけられるなんて、最悪だった。

6戦目が終わっても、兄さんからメールは帰ってこなかった。

 

7戦目は胸に大穴をあけられた。

あのAIが私を撃ったのだ。

心はシロアリに食われたようにぼろぼろと崩れてしまい、考えれば考えるだけ、悪い想定がぐるぐると頭の中を廻る。

もしかしなくても、兄さんとクーちゃんはお似合いなのかもしれない。

クーちゃんは背も丁度いいくらいだし、スタイルもいい。

対して私は、成長期の不摂生がたたって、背は伸びなかったし、胸も大きくならなかった。

中学生に間違えられるほどだ。

こればかりは手の施しようがないし、乾いた笑みで諦観するしかなかった。

ファミレスで兄さんと向かい合って座っても、彼氏彼女には到底見えないだろう。

実体があるという点でしか、クーちゃんに勝てる部分はない。

それすらも、今後は危うい。

兄さんはクーちゃんの躰を作ってあげようと頑張っている真っ最中だ。

そう考えると、手が小刻みにガタガタと震えてしまう。

頭で止まれと命じても、心の痛みを体現して、私の手は震え続ける。

やり場に困って、兄さんの白衣にすがろうと手を伸ばした。

しかし、私の手は虚空を彷徨った。冷静な判断力も失っていたらしい。

今、兄さんの隣には、クーちゃんがいるのだ。

メールは帰ってこない。手の震えは止まらない。

 

 

 

 

 

  『calling calling』

 

 

コンタクトの右上に明滅する文字が躍る。

黄色の文字は電話の報せだ。

すがるような気持ちで、電話をつなぐ。

 

「凪、言いたいことがあるから、そこで待ってて――」

プツンと切れて、ツーツーツーと単調な音だけが残る。

こんな電話あるか。メールを寄越したのだから、メールで返せと文句を言いたくなる。

まあ、電話をつないだままだったら、堰を切ったように話し続けたに違いないので、兄さんの行動は正しい。

私は兄さんとの一連のやり取りに、暖かい既視感を覚えていた。

白衣の袖で目元を拭う。

待つこと、10秒弱。

革靴で床をせわしく叩く音が段々と近づいてくる。

勢いよく扉が開いた。ブース内にこもった空気が入れ替わる。

目の前に現れたのは、肩を上下させ、息を切らす兄の姿。

兄さんはこちらに、右手を差し出し、私の目を見据えて言う。

「凪、ものすごく、待たせた。一緒に遊ぼう」

聞いたことがあった。これは、兄さんから私の手を取ってくれた時の台詞だ。

「はい、兄さん、ものすごく待ちました。一緒に遊びましょう、……と言いたいところですが、まずは話を聞いてください」

こちらに向けられた手を握り返すでなく、兄さんのヘッドセットを掴んでやった。

そこから声が漏れてきたが、今は気にしない。

「兄さん、とりあえず、ついて来てください」

左手で自分と兄さんのヘッドセットを握って、私はブース内から抜け出した。

 

 

 

互いの手の甲が触れるか触れないかの微妙な距離。

黒い革靴と黒いローファーがカツカツと床を叩く音だけが廊下に響く。

――しばらく二人で黙っているといい。その沈黙に耐えられる関係かどうか。

これはロシアの詩人、プーシキンの言葉だ。

兄さんがこの間をどう捉えているかは分からないけど、この沈黙には安心感があった。

 

兄さんの隣を歩きながら、兄さんへの想いを再確認してみる。

兄さんが好きかと聞かれれば、YESと答える。

異性として、一人の男性として、兄のことが好きかと聞かれたら、間違いなくYESと答える。

けれど、兄と妹の延長線上の好きかと聞かれても、YESと答えるのだろう。

人の気持というものは、オセロのように容易く白黒つけられるものではないのだ。

兄と妹の垣根なんてものは、とうの昔にごちゃごちゃになっていたのかもしれない。

だって、自分の兄でない兄さん何て想像できないし、別の出会い方をしていれば、大して意識をしなかったはずだ。

兄さんでない兄さんを好きになることはありえなかった。

そうだとすれば、この感情は一体どこに根差したものなのだろうか。

兄さんのことは好きだ。

けれども、それがどんな種類なのか、表現する言葉を私は持っていない。

 

そうこう考えているうちに、非常階段の前に着いてしまった。

私は扉のノブに手を伸ばした。ぎぎいと軋んだ音がした。

ひりりと冷たい外気が廊下に侵入し、私達の白衣を揺らす。

まるで、社会というもの、その人間関係の力学は酷薄だと、暗に示しているようだ。

廊下のぬるい空気のまま停滞しよう。そんな考えが、私の歩みを妨げる。

ここまで来たにもかかわらず、伝えてよいものかと一瞬の躊躇。

されど、兄さんは迷うことなく、扉の向こうへ踏み出そうと足を動かした。

黒い革靴から目線を上げて、兄さんの顔を見つめる。

微笑みで返してくれた。

私も兄さんの一歩に合わせて、扉の向こうへと踏み出す。

カンッと小気味の良い音がした。

2人の一歩が奏であげたのだ。

 

警戒区域内に明かりがないためか、夜ってこんなにも暗いのかと少し不安になる。

2人の白衣だけが、夜空に浮かんでいるかのように錯覚した。

寒いでしょ、とだけ呟いて、兄さんは白衣を渡してくれた。

兄さんの匂いだなって意識しようと思ったけれど、わざとらしいファブリーズの香りが私を包んでくれた。

オチがついたと勝手に納得して、それほど緊張せずに話を切りだす。

 

「兄さん、いくつか聞いてもいいですか」

 




ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
くどいの一言、そういう話でした。凪はヤンデレではない、そういう話でした。
ワールドトリガーでやらなくてもいい、そういう話でした。
読んだことないけど、携帯小説感が漂うお話に仕上がったと自負してます。
感想本当に嬉しいです。動力源です。
「 あ 」という一文字だけでも、書いてる人は喜びます。

※以下チラシの裏 (今回はスターウォーズネタ、そしてルール違反)

「兄さん、何ですか、そのブゥーンブゥーンブゥーンっていう、SE(サウンド・エフェクト) は」

「え、凪も使ってみたいって、この赤色に光る弧月。お望みなら、緑色のもあるけど、どう? 刀身を円柱状するのに、苦労したんだ。どう、使ってみたいでしょ、ね、ブゥーンブゥーンってやってみたいでしょ」

「エンジニアって立場を利用して、やりたい放題ですね……。あ、私はいいです。フォースの加護がありませんので」

「フォースを信じるんだ、凪。フォースはいつも、凪と共にある」

「いや、いいですって、子供じゃないんですから」

「シュコーシュコー」

「………………」

「いや、無視はだめでしょ。傷つくでしょ。……その蔑んだ目もやめてください」

「……あ、暗黒面に落ちましたね、兄さん。まあ、とっくに落ちてますけどね」

「もう何も言うまい。とにかく、使ってみなって、ほら。……フォースと共にあらんことを」

「いいでしょう、弧月同士なら、勝てるとふんでいるようですが、……その過信が兄さんの弱点です。あ、これ結構、本格的ですね。速く振ると音が高くなるところがそれっぽいです」

「凪、お前は私の妹同然だった。お前を愛していた」

「待っていましたよ、兄さん。ついに再開しましたね。今、運命の輪が閉じる。兄さんの妹は遂に道を究めました。…………兄さんノリノリじゃないですか」

「いや、何だかんだで凪も有名な台詞をぶっこんでるでしょ」

大気を焼きながら閃光が疾る。
触れるものすべてを溶断する光の刃がバチバチと音を立てて交わった。
特徴的な音が空気を震わせ、緑と赤の光が眩いを尾を宙に引く。
昼間にも関わらず、それは走り屋のテールランプのように、美しく残影を刻んだ。
光の束は横薙ぎに振るわれ、翻り、袈裟懸けに走り、幾度も衝突する。
瞬刻早く、緑の光が意思を感じさせずに、風を切って翻った。
緑閃光――太陽が沈む直前、緑色の光が一瞬輝いたようにまたたく現象――のように、刹那を刻む一瞬。
3次元上の点と点を繋ぐかのごとく、緑の光の流れは2点間の空間を溶断した。

「あ、結構、あっけなかったですね、兄さん。フォースは私と共にあったようです。」

「いや、負けたのは、認めるけどさ。めっちゃのりのりじゃん、凪。ヨーダ様を意識しまくりだったでしょ、あの動きは。跳ね回って、回転しまくりだったじゃん。最初はあんなに、面倒くさそうにしていたのに」

「それは、兄さんが弧月を2本つなげて、ダース・モールごっこをしたからですよ。できる妹である私が仕方なく付き合ってあげたんです」

「おっと、ここにいかにもモビルスーツ感のある、薄紅色に輝くビームサーベルが」

「それ! 今度それ使いたいです。……当たらなければどうということはないってことを教えてあげましょう、兄さん」

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