トリオンエンジニアリング!!   作:うえうら

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15 蝶の楯・玉狛第一

僕達の前に現れたのは2人の人型近界民。彼らは黒いマントを羽織っていて、そこには正六角形を6つ連ねた模様が刻まれている。モダンアートでいうリピテーションという技法だ。もしかしたら、文化や芸術の様式はこちらと近いのかもしれない。

 2人のうち1人は緑茶よりも紅茶の方が似合いそうな、英国紳士風の柔和な老人。彼の歳は60前後のように窺える。その手には杖が握られているが、冗談でもそれが歩行補助用の道具とは思えない。

 もう1人は、耳の横に角を生やした美青年だ。自分よりも年下かもしれない。美青年の目つきは鋭く、その先には雨取が見据えられている。角付き特有の強化トリガーによる攻撃準備は既に終えているのだろう。彼の周囲には金属光沢を持つ、正体不明の黒い物質が無数に浮遊している。そして、その光沢のある金属片は一つの意思を持つかのように、反発し、結合し、宙を舞い、5本の鋭い触手を形作った。5本の尖頭の金属触手は音もなく空間を蠢き、その先端がこちらに向けられる。

 先鋭の金属触手が向けられた先にいるのは、来馬さん、木虎、雨取、メガネ君と僕。凪は中距離から隙をうかがっている。ドローンから送られる人工視覚には、すこし離れたところで新型と対峙している村上が見える。太一はこれを援護しているようだ。C級隊員達は逃げようと必死だが、あなた達だけじゃ新型に襲われたとき対処できないと木虎に言い含められており、微妙な距離感を保って右往左往している。

 

直近の目標はC級隊員を守りつつ、戦力を維持したまま玉狛第一との合流だろう。未知のトリガー相手には難しい課題だが、数の力で解決したい。

「クーちゃん、玉狛第一との距離」

「約1000。車で移動しているからもうすぐだよ、ご主人」

 自分のミニマップにマーカを表示させて、それに玉狛第一とアノテーション(タグ付け)しながらクーちゃんが答えた。

 あと、970。

 そう終着点を意識すると、宙に浮く金属触手に動きがあった。黒い5本の触手は空中を撫でるように這い回り、その軌跡には先鋭の矢じりが残る。少し空中に静止したかと思うと一瞬のうちに数十の黒い矢が放たれた。

 エスクードを起動させて、雨取を防壁のすぐ背後に引っ張る。美青年の目がどうも雨取を狙っているように思えたからだ。

「あ、ありがとうございます」と礼を言われたが、無視してクーちゃんにつなぐ。

「クーちゃん、あの軌道と金属片の浮遊の仕方って磁気浮上じゃない」

「うーん、それに近いかもねご主人。熱観測したけど、一つずつ温度が違うから、それで磁界をコントロールしてるのかも」

「クーちゃん、ESP(空間磁界可視化システム) で視覚補正して」

「了解、ごちゃごちゃすると思うから人工視覚に新しい窓を作って送るね」

 人工視覚に再設計された光景は、磁界によって作られたベクトルの嵐だった。磁界による引力と斥力を矢印で表し、その力が強いほど線を太くしてAR(拡張現実)化する。今では使われていない電信柱にも磁界のベクトルが見えて、人工視覚は数百本の大小様々な矢印に包まれた。美青年の方を見ると、縦横無尽に伸びるベクトルに覆われていて姿さえ見えない。逆に、クーロンの法則よろしく距離の逆二乗で力が減退され、こちらに近い触手は見た目ほど怖さを感じない。

 磁界で作られる異次元の世界に感嘆としていると、エスクードに身を隠している僕たちの真上に、真っ黒い金属球が飛んできた。ESPで補正された人工視覚で見ると、その金属球の中心に向け何百本の太い矢印が引かれている。磁力で中心に引かれているのだ。

「みんな、シールドを――」

 僕が言い終わる前に、その針山はベクトルを180度変えて放射状に広がった。

 何とか反応した木虎と4重のシールドを展開したが、2枚は簡単に割れた。

 直後、離散した金属片から雨取を四方八方から刺すように、ベクトル線が再び引かれる。

 雨取を抱えてグラスホッパーで跳ぶ。

 さっきまで雨取がいた場所に金属片が殺到。

 最初よりは小さいものの、再び金属球が作られた。

 木虎は後方に大きく跳んで無事。来馬さんは右足、メガネ君は両足に被弾してしまったようだ。彼らの足に刺さった金属片からは、線は細いものの磁界が作るベクトルが見える。

 雨取が2度目の礼を述べるが、微笑み返すだけで返事を済ませクーちゃんにつなぐ。

「クーちゃん、凪の人工視覚にもESP補正を共有。それと今までの戦闘記録を木崎さんに送信。あと、本部につないで」

「了解、ご主人」

『本部へ、こちら鈴鳴・八宮合同。人型が2体現れた。うち1人は磁力を利用したトリガーを使う。人型は執拗に雨取隊員を狙ってくる。』

『こちら本部。玉狛第一と合流した後、雨取隊員を含めた南西部のC級隊員を連れて本部基地へ向かって。敵の狙いはC級隊員よ。』

 沢村さんの声だ。通信室は忙しいらしく他のオペレータの声も混じっていたが、不思議と通る声だった。

『鈴鳴・八宮合同、了解』

 そういって通信を終えると、今度は凪からだ。発射される金属光沢を持つ矢じりを躱しながら、凪につなぐ。

「兄さん、これ矢印が多すぎて酔います。私には、これ無理なんでサポートしてくださいね」

 けほけほと咳き込みながら凪が言った。

「わかった、そっちもしっかり援護して」

 玉狛第一到着まで、あと600。

 

 黒い矢じりを避けながら来馬さんが通常弾(アステロイド)を撃つ。

 すると、美青年の前方で磁界ベクトルが六角形を描いた。その線に沿うように、金属光沢のある黒いコウモリ傘が作られる。

 ギンと鋭い金属音。通常弾(アステロイド)との衝突音だ。そして再び金属音。

 跳弾。

 三度金属音。

 跳弾。

 驚愕と共に後ろに飛びのいて回避。

 あろうことか、こちらが放った通常弾(アステロイド)がそのまま方向を違えて返ってきた。コウモリ傘に反射して、次に金属片に反射して、最後に浅い角度で反射してこちらに向かってきたのだ。

 360度に炸裂する金属球も飛んできて、僕の人工視覚はベクトルの暴風雨に見舞われた。

 雨取をかばいながらだと回避に集中するのが手一杯で、攻撃と牽制は来馬さんと木虎に任せた。2人は反射されると知りながらも通常弾を撃ち続け敵の攻撃を抑制した。

「クーちゃん、あれって擬似モノポールじゃない」

 知的好奇心には勝てず、無線を入れる。

「うーん、あの金属球見るとそう思うよね。中心の一片だけを電気単極子にして、即座に極を変えたんだろうね、ご主人」

「なんとか、お友達になれないかな。だって、モノポールだよ。永久機関の材料だよ」

「もうほとんどSFだね、ご主人。今は生きて帰ることを目指してよ」

 ため息が聞こえてきそうなほどに、淡々とクーちゃんは返した。

 あと、200。

 

 凪の視覚には美青年の頭が映っている。

 スコープで覗かれているのだ。十字に切られた照準の中央にはこめかみが映っている。

 乾いた空気を切り裂く閃光。

 遅れて発砲音。

 ガキンと金属音。

 十字に切られたスコープには老人が握っていた杖が映った。

 老人が手にした杖は狙撃の振動に対して、少しも揺るがなかった。

「兄さん、あのご老人やばいですよ!」凪の慌てた声がした。

「僕も見た、あの爺さんが動いてこないのは、かなり幸運だと思う」

 右へ左へと一直線に飛ぶ矢じりを避けていると、引力方向のベクトルが周囲にあることに気付いた。例の金属球が4つも引力を全開にして自分達の周囲に浮かんでいたのだ。幾本もの太い矢印が4つの金属球に向かっている。今すぐにでも、極転換して破裂するかもしれない。だが、幸運にもそれは炸裂しなかった。

 不思議に思い、美青年の方を訝しんで見る。

 すると、数十本の太いベクトルが反発するのが見えた。

 美青年の周りに浮かぶ金属触手のうち1本が音もなくこちらへ発射される。

 数百本のベクトルが円錐形の内部へと落ちていくのを見た。

 放たれた金属触手は殺意を具現化した形状であり、鋭いとしか形容できない。

 4つの金属球へ向かうベクトルを見た。

 放たれた”鋭い”は引っ張られるように、そして弾かれるように加速。

 

 躰が右へ動いていた。クーちゃんの補助だ。左手には雨取の手が握られている。

 放たれた”鋭い”は加速を止めない。

 4つの金属球の内1つが引力、他の3つが斥力に変わる。

 “鋭い”は角度を浅く変え、これでもかと加速。

 そして、左に跳んでいた来馬さんの胸部に突き刺ささった。

 “鋭い”は周りの引力に導かれるように四散。自身の斥力で炸裂。

 黒い無数の金属片が飛び散った。シールドを展開して雨取を守る。

 来馬さんがいた場所に、来馬さんの形は無かった。

 あまりの光景に左手で雨取の目を覆う。

『トリオン供給機関破損』

 電子音と、

「このトリガー頭おかしい」

 僕の呟きだけが残った。

 

 5本あった金属触手が1本減った。残りの4本の内2本がさらに形を変える。その2本は長さ六尺もあろうかという、一対の金属柱となり美青年の左手に融着した。

 その金属柱が取り巻く磁界のベクトルは螺旋を描く。一本はこちら側に、もう一本はあちら側に。ようやく、気づく。この磁界のベクトルは電磁加速砲のそれだ。

 キィイイと高周波に近い音がした。聞こえた時点で手遅れ。

 僕は2本目の電極を通じて、クーちゃんに右へ引っ張れる。

 雨取を握った左手が後ろへ引っ張られた。

 振り返ると彼女の左肩には、数本の、けれど大きくて鋭い金属片が刺さっていた。

 左手に浮遊感。どうやら磁力で引かれているらしい。

 雨取が宙に浮いている。あわあわと口を空けて、手足を捩じってもがいている。

 僕の足も地を離れそうだ。手を振り回すがつかまれそうなものはなかった。

「木虎!」とっさに声をかける。

 木虎は拳銃を自分の足元に撃ち、すぐさま僕の近くの電柱に撃った。

 硬い鋼線が雨取と僕の前に引かれる。藁をもつかむとはまさにこのことで、必死に右手を伸ばした。危うく磁力に引かれ、宙に溺れるところだった。指に鋼線が食い込んで痛むが、決して離さない。

 鋼線の硬さに、木虎は痛みに反逆できる強い奴だと再認識させられた。

 率直に言って、状況は絶望的だ。僕と雨取は動けない。木虎に片足は無い。凪は狙撃を取り止め、こちらに向かっているところ。村上は2体目のラービットを相手にしている。太一もそれの援護で手一杯だ。

 残った1本の触手が宙を撫でる。黒い矢じりが精製された。電磁浮遊で宙に浮くそれは、今までのそれよりも黒く鋭く見えた。

 ベクトル線が雨取の左肩とその黒い矢じりを結ぶ。僕と木虎は4重のシールドを展開。雨取の左肩に引き寄せられた矢じりは強く速く3枚のシールドを貫いた。

 正直、僕達だけじゃあどうしようもない。

 

 

 

 ようやく、本当にようやく、距離0。

 アノテーションされた玉狛第一のタグが現在地と重なった。

 

 

 

 信号無視、立乗り、速度超過、対向車線通行、道路交通法完全無視のジープがブレーキも踏まずにやって来た。時速100は出ていそうなジープだが、小南は戦斧をかついでボンネットの上に仁王立ちしている。

 ボンネットをへこませるほどに足が踏みしめられた。そして、跳躍。

 勢いそのままに、小南は巨大な戦斧を老人に振う。エスクードさえ容易く両断する高振動戦斧は真っ直ぐに老人の躰へ。だが、さすがはイーグレットに反応する老人といったところで、戦斧の刃のない部分に自身の杖を交えた。達人を思わせるしなやかな衝突音。2人はそのまま鍔迫り合いに。

 一方、時速100のジープが美青年を後方から襲う。

 4つの金属球が美青年の5mほど手前に一列に並んだ。

 金属球が発する磁力に導かれ、ジープは右の脇道へとそれる。廃車確定だ。

 ジープから飛び降りた2人はその慣性を利用して、美青年に急速接近。

 烏丸が弧月を抜いて切りかかる。時速100kmの慣性が乗った弧月は恐ろしく速い。瞬きするもなく、右肘から先を刎ねとばした。美青年のきれいな手がどさりと落ちる。

 時速100kmが乗った木崎さんの拳は重く鋭い。金属片の楯による減退を感じさせずに、美青年の頬を打ち抜いた。隣家の塀に美青年の跡が残るほどにその拳は硬く握られていた。

 

 いつの間にか、雨取を宙に引く磁力はなくなっている。

 すとんと着地。地を踏む安心感を得る。

 そして、待ち焦がれた無線通信が来た。

『こちら、玉狛第一。よくC級隊員を守り抜いた。八宮隊と木虎はC級隊員を連れて本部基地まで急げ』

『八宮隊、了解。木崎さんありがとうございます。本部まで急ぎます』

 

 敗走ではあるのだが、僕達は走り出した。

 

 走って少しすると、雨取がぺこりと頭を下げてきた。

「何度も助けてくれて、ありがとうございました」

「千佳をありがとうございます。助かりました」

 メガネ君も声をかけてきた。

「いえいえ、何もできなかったけど、大事にならなくてよかったね」

 顔を綻ばせて、手をひらひらと振りながら返事をする。いくらか彼らと話して、メガネ君は三雲君という名前で、玉狛第二の隊長ということを知った。

 すると、いつの間にか凪が隣にいた。凪にちょっと来いと言われ、C級隊員の群れから少し離れると、凪はこちらを見て口を開く。

「兄さんはロリコンですか。デレデレして、何度も助けて、手を握って、手で目まで覆って、そんなにあの子が大事ですか」

 久しぶりに凪のジト目を見た。やはり目の下にくまがあるからちょっと怖い。

「いやいや、決してロリコンじゃないよ。それに、身長のことを言ったら、凪が一番…」

「私のことはいいんです。いや…、もし、もしですよ。私がああなったら兄さんは手を取って助けてくれましたか」

「それはもちろん。でも、実力から言えば僕が凪に助けてもらうことの方が多いかも」

 凪はこれを聞くと、ふうとため息をついて言葉を続ける。

「できる妹は損をしますね、兄さん。あと、それと、忘れてませんよ。有給取ったんですよね。私も伝えたいことがありました、兄さん」

 凪が苦笑しながら言う。ありきたりな死亡フラグは逆に生存フラグなのだ。

 2人で笑っていると、ピピッとクーちゃんから無線が入った。

 

「ご主人、本部が、本部の通信室が…」




蝶の楯とかいうSFトリガー

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