トリオンエンジニアリング!!   作:うえうら

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14 2本目の電極・鈴鳴-八宮合同

 パンチが飛んできた。危ない。避ける。

 入力があって、出力される。そういう意味では人間も機械と変わらない。当然、危ないと思ったときには既に殴られた後なんてことはしばしばある。出力されるまでにはそれなりに時間がかかるのだ。

 僕のような一般人は入力から出力まで約0.2秒(12フレーム)。FPSで鍛えた凪はそれでも10フレームが限界。太刀川さん、風間さんレベルでようやく、8フレーム強。100m走のトップアスリートが約0.1秒の7フレーム。これ以上のレスポンシビリティは人間の神経機構の構造上の問題で望むべくはない。

 意外と人間の反応って時間がかかるのだ。

 しかし、僕の現在の反応限界は5フレーム。こと機械においては、人間の限界なんて通用しないのである。2本目の電極を介してクーちゃんが入力を極小の時間でやってくれているのだ。だから、ラービットの腕が来たと知覚した時には、既に僕の躰は後ろに跳んでいるってわけだ。

 

「ご主人、BCI(Brain-computer-interface) はまだ実験段階の技術なんだよ。こんなに使って大丈夫?」

 迫りくる新型の腕を右に左に上に下に2人で躱しながらクーちゃんが問いかけてくる。

「たぶん大丈夫だよ、クーちゃん。複雑な命令は出さないってルールを守りさえすればね」

 これは本当にそうで、繰り返し矛盾した命令を出されたラットは脳がオーバヒートして、重篤な脳機能障害を負った。

 そして、この技術はそれほど便利なものじゃない。BTBI(Brain-to-brain-interface) であっても、感情や思考までは伝えられないのだ。それ故、通常弾(アステロイド)誘導弾(ハウンド)を敵に向けて撃つことはできない。弧月を振ることくらいはできるかもしれないけど。とりあえず、今は目の前の新型に集中だ。

 奴の右腕が後ろに引かれる。

 テレフォンパンチの予備動作だ。

 ダッキングと同じ要領で上体を倒し重心を下に。

 タタッと倒れこむように進む。

 感じるのは突き出された腕からの風圧。

 やった。

 補助なしで躱せた。

 直後。

 ガギンと金属と金属の衝突音。狙撃だ。

 狙撃を受けた新型は口を閉ざしていた。

 太一が口内の目を狙ったのだろう。

 しかし、奴の歯は頭部よりもさらに固いらしく少しの綻びも見せない。

 狙撃がくれたコンマ2秒を逃さずに、その場から離脱。

 思うところがあったので、鈴鳴・八宮合同に無線を入れる。

『来馬さん、やっぱり』

 僕の意図を察して、来馬さんが答えてくれる。

『たぶんそうだ。相手の目を使えないようにすれば、それだけ動きが鈍くなる。僕と太一と凪さんで牽制入れるから、鋼と八宮さんで近接戦をお願い』

『『了解』』僕と村上が同時に答えた。

 こうなってからは、少し余裕が出た。来馬さんの突撃銃と凪の拳銃は正確に相手の目へ向けられた。新型の図体が大きいためか援護射撃もしやすかったのだろう。3人の射撃と狙撃は新型の口を閉じさせ、腕で防御させ、相手の行動を制限させた。村上はその隙を逃さずに、奴の両耳を抉るように切断した。感覚器官を1つ失った相手の動きはさらに鈍くなり、ますます余裕が出た。凪から無駄口が飛び出すほどに。

「一時はどうなるかと思いましたよ。兄さんを新型に掴ませて、相手の腹が開いた隙に近距離狙撃(クロスレンジスナイプ)なんてことも考えたんですからね」

「凪、それは洒落にならないからね。僕はともかく、凪も危ない」

「さ、最後の手段くらいにですよ、兄さん。真剣に検討はしていません。それよりも、集中してください」

「了解、しっかり援護して」

 大振りになった相手の薙ぎ払いを屈んで避けて答える。すると、無線が来た。

『こちら、sTWACS(戦域早期警戒補助管制機)。新型と交戦中の全部隊に告げる。嵐山隊と風間隊が新型を倒すことに成功した。その分析結果を伝える。新型の腕、頭蓋、背中は特に装甲が厚いため、弧月でも切ることは困難。逆に、相手の耳、足、腹はスコーピオンでも両断可能。そこを狙われたし。捕獲される恐れが強いため、A級もしくはマスタークラスを含め複数で対処されたし。…以上。……繰り返す』

 なるほど、いいことを聞いた。

「村上! 」僕は目配せをしながら声を出す。

「まず足を落としましょう」

 そういってすぐに村上は左足を両断して見せた。来馬さんの援護射撃が機能したおかげでもある。平衡を崩した新型の隙を逃さずに、僕も右足を断ち切ってやった。こうなったら、まな板の上の鯉も同然だ。新型の腹は割かれ、急所の目は串刺しになった。

「兄さん、やりましたね」顔を綻ばせて凪が言う。

「ああ、なんとかね。来馬さん、本部に連絡お願いします」

 来馬さんは襟のマイクに向けて、ひと段落ついたといった表情で報告する。

「『本部、こちら鈴鳴・八宮合同、新型を1体排除した。トリオン兵を減らしつつ、南部の警戒区域外へ向かう』」

『こちら、本部。鈴鳴・八宮合同へ。よくやったわ』

 無線通信に作戦室本部のゴタゴタが混じっていて聞こえづらいけど、たぶん沢村さんの声だ。そして、この通信は賞賛だけでは終わらなかった。

『鈴鳴・八宮合同は南西部へ向かって。そこがトリオン兵に突破されてしまったの、南部のB級合同部隊との合流は後回しでいいわ』

「『合流は後回しでいいんですね』」来馬さんが確認する。

『ええ、元々新型に捕獲されないための合同部隊でしたから。新型を対処できるなら、なるべく市街地への被害は抑えたいというのが本部の意向よ。当然向こうには新型もいるから気を付けて』

「『鈴鳴・八宮合同、了解』」

「ということらしい、みんな。急ごう」

 全員が了解と頷き、地図に記されたポイントへ向かう。

 

急ごしらえであったが、鈴鳴・八宮合同はそれなりに機能した。慣れた相手に無類の強さを発揮する村上がいたからだ。それに、贔屓目ではあるのだけれど、遊撃手的な役割をこなす全距離対応の凪の活躍も大きい。そういえば、茶野から搾り取ってアステロイドをマスタークラスにまで運んだと自慢された。僕は太一がいつやらかすのかと内心気が気でなかったけど、僕達はうまいこと事を運んだ。

 2匹目のラービットは1匹目よりも時間をかけずに倒せた。何故かヘイト値の高い僕に向かって突撃してくる新型に、例の如くエスクードをかます。衝突に怯んだ新型を凪と村上が片足ずつ切り落とす。装甲の薄い土手っ腹めがけて僕と来馬さんで通常弾(アステロイド)を撃つ。腹部に風穴を空けて上半身だけになった新型に村上が止めを刺す。思わず村上とハイタッチするくらいには心が沸いた。

「クーちゃん、南西部における近界民の侵入地点までの距離」

「約800だよ、ご主人。現在、南西部の市街地では木虎が新型と交戦中。向こうのドローンの映像を人工視覚に送るね」

「ありがとう、クーちゃん。余裕があったら視覚資料化して鈴鳴にも頼む」

「了解、ご主人」

 映像化された資料を見ながら来馬さんが呟く。

「あの新型、ブースターとかの砲台とか色々付いてるね。僕たちが倒した2体とは色が違うし、木虎1人で大丈夫かな」

 そんな誰に言うでもない慮りに、凪がとつとつと応える。

「大丈夫じゃないですか、押しているみたいですし。それよりも、急ぎましょう」

 実際、木虎の立ち回りはこれぞA級といった具合で、色つきの新型を圧倒していた。四方八方に張り巡らしたスパイダーの張力を利用して、跳ね回りながら拳銃で狙い撃つ。木虎は相手の腕の間合いを完全に見切っていて、ピンと張られた鋼線は絶妙な距離感を保っていた。時間をかければ無傷で勝てるだろう。

「あっ、まずそうです。兄さん」

 凪が言うのと同時に色つきの新型は上空へ飛んだ。そして、口内の砲塔から無差別砲撃。収斂された光の束が市街地を襲った。ドローンからでは音声が伝わらないため今一つ迫力に欠けるが、逃げ惑うC級隊員、一般市民の悲壮な表情に現実感を掻き立てられた。

「来馬さん、これ本当に急ぎましょう」

「ああ、急ごう。市民とC級隊員が危ない」口を引き締めて来馬さんが応える。

「クーちゃん、距離は? それと、C級隊員に一般市民を避難誘導させてあげて」

「了解、距離は約400急いで、ご主人」

 目標までの距離がおよそ200というところで、木虎が色つきの新型に止めを刺した。スパイダーを拳銃に巻き取る力を利用しての高速移動で、新型の意表を突いたのだ。木虎のスコーピオンは見事に急所の目を射ぬいていた。だが、代償も大きく木虎は片足を失った。足ブレードを多用する木虎には些細な問題かもしれないが。

「クーちゃん、木虎につないで」

「了解、ご主人」

『こちら、鈴鳴・八宮合同。木虎、そっちに合流してC級のカバーに入る。それと、さすがA級五位のエース』

『世辞はいいから、早く来て。――えっ!?』

 素っ気無く答えた木虎の声が急に撥ねた。

 真っ黒い球体が時空を歪めて、突如現れたのだ。既に目視できる距離だったので、形容し難いゴィゴィゴィという不吉な音もしっかりと聞こえた。

 仄暗い(ゲート)から現れたのは、4体の色つきの新型。木虎と僕たちを狼狽させるには十分だった。距離は残り100、木虎が危ない。

 「凪、お願い」

 言い終わる前に真横から狙撃音がした。

 人工視覚に映る十字の照準は確かに新型を捉えている。

 狙撃にのけ反った新型は木虎への攻撃を中断した。

 急ぐ必要があるけど、状況を整理しよう。住宅街の一本道を、鈴鳴・八宮合同、C級隊員の群れ、木虎、4体のラービットという順に並んでいる。奴らの捕獲対象はC級も含むようだ。ここに4体も投入されるくらいなのだから。

 距離は30。直近の目標はC級を守りつつの4体の殲滅だ。敵の分断を望むべくもないので乱戦に突入だろう。

 

「兄さん、見えてますよね。私の狙撃に合わせてください」

「見えてるよ。上からも凪の目からも見えてる」

 視線誘導(ミスディレクション)意識誘導(マジシャンズ・セレクト)は凪の十八番だ。大体何をするか分かった。

 目標は一番近くの白っぽい奴。

 距離は20。

 十字に切られた照準は頭部の動きをトレース。

 上体を倒して、重心を斜め下に。

 ドローンからの人工視覚が一筋の光を捉える。

 遅れて、発砲音。

 数歩踏み込む。

 耳朶に着弾。金属音が響く。

 新型が揺れる、と同時に一閃。

 グラスホッパーで即時離脱。

 人間でいうところの太もも付近から、どさりと片足が離れて落ちた。

 スラスターの加速音。

 村上がもう片方を狙う。

 不安定な体勢を諸共せずに、ラービットの腕部が村上に迫る。

 レイガストが即時変形。

 楯を使って相手の腕を撫でるように、勢いを殺す。

 空中で横に一回転。

 勢いそのままに、弧月が振るわれる。

 一閃。

 もう一本を刈り取った。

 エスクードで村上のカバーに入る。

 激しい衝突音。

 村上も離脱。

 1体を半無力化。そこそこの戦果だ。

 だが、人工視覚はもっと大きい戦果を捉えた。

 それは、C級隊員が放ったアイビスだった。閃光の後に響く轟音。地鳴りにも似た空気の振動。ばらばらと無数の金属片が飛び散る音。後に残ったのは、半身に大穴を空けた新型だった。そして、一閃。メガネ君が抜け目なく新型に止めを刺した。

 思い出した。彼女こそが一度は近界民と疑ったトリオンモンスターだ。そういえば、クーちゃんに写真をお願いした気がする、名前は確か雨取千佳。

「雨取! こっちの足が無い奴も!!」

 自分で放ったアイビスのあまりの威力に放心している雨取に向けて叫ぶ。久しぶりに大きな声を出した。

「ハッ、ハイ!」

 声と共に、銃口がこちらへ向く。そして、引き金が引かれた。直径1mはあろうかという極太の光。そして爆音。地を揺るがす空気の振動。半身を失っていた新型は影も形も残さなかった。残すは2体。

 その2体のうち1体が肩部のブースターを着火させ、雨取に迫る。もう1体も地に足を踏みしめ大きく跳躍した。向かってくる2体の新型にC級隊員たちは顔を青くし、取り乱している。

「千佳っ!!」

 メガネ君は叫ぶと同時にレイガストの形状を変えた。楯の下部に2本の突起がある。地面に突き刺して勢いを止めるつもりのようだ。メガネ君の公算は上手くいって、数m押されるも1体を食い止めた。

「兄さん」凪が急かすように言う。

「分かってる」

 エスクードと唱え、雨取の3mほど手前に防壁を展開。タイミングはもう慣れた。

 衝突。空気が打ち震えた。新型の足が止まる。

「雨取! 壁ごと!」

「ハイ!」

 本日3度目の爆音。反り出た壁に減退されることなく、閃光は一直線に。だが、新型も学習しているようで、身を捩って雨取砲からの被害を腕1本で抑えた。

 もう片方の腕が雨取に迫る。

 間に合わない。

 雨取は手で頭を覆っている。

 直後、一本の線が雨取と新型の間に引かれた。

 そして、赤い影が走る。

 腕が迫る。

 だが、既にそこには雨取の姿はなく、ラービットの腕は空を切った。

 スパイダーを利用した高速移動だ。民家の屋根で雨取を抱えた木虎がふうと一息ついた。

 木虎の影を追うように数多の弾丸が新型を襲う。

 空ぶった相手の隙を見逃さずに突撃銃の火を噴かせたのは来馬さんだ。

 僕も斜角や誘導補正を調整して誘導弾(ハウンド)を重ねる。

 通常弾(アステロイド)誘導弾(ハウンド)は腕のない肩部へ殺到。

 2人がかりの物量投射は剥き出しになった肩部を襲う。

 内部からぼろぼろになり新型は動きを止めた。

 残すは1体。

 

吹き飛ばされたメガネ君に代わって村上が新型と切り結んでいるところに、クーちゃんから無線が来た。

「ご主人、付近に玉狛第一の識別コードを認識したよ。救援要請だす? 」

「凪、どうしようか」

「木虎もいますし、鈴鳴第一もいますし、ここは大丈夫じゃないでしょうか、兄さん」

「そうだね、じゃあ他を助けに行ってもらうよう取り次いで、クーちゃん」

「了――、あっ、ご主人、一旦切る」

 プツンと切れた、何があったのだろう。直後、再び入電。

『鈴鳴・八宮合同を含め、南西部のC級隊員に告げる。付近のトリオン漏出量偏差78。警――』

 突然、ゴィゴィゴィゴィと自然界に存在しない不快な音を出して、時空を歪めて、黒々とした(ゲート)が宙に浮かんだ。その(ゲート)はこれまでよりも一際大きく、空間を削り取った深淵の中は見通せそうにない。

 やがて、黒球の外延部にうっすらと影が見えた。2人くらいだろうか、黒いマントでよく見えない。木虎はC級隊員に逃げるよう指示を与えていた。

 その2人はふわりと地に降りたった。1人は耳の横に角を生やした美青年。もう1人は整った顔の老人で、その手には杖が握られている。黒地に赤で幾何学模様を描いたマントは不気味で、僕たちを警戒させるには十分だった。

「クーちゃん、やっぱり玉狛第一に救援要請」

「了解、ご主人。武運を」

 さらに、無線が入る。

『こちら、sTWACS。東部、南部、南西部で人型の近界民が現れた。人型は強化トリガーを用いる。注意されたし。相手の角が黒ければ、そいつは黒トリガー持ちだ。一層警戒されたし』

 今度は来馬さんからだ。

『C級のカバーを最優先で玉狛第一が来るまで堪えよう』

 木虎を含めた全員で了解と返す。

 

美青年の角は黒くない。故に、黒トリガーではない。しかし、彼の周囲には金属光沢を持つ、正体不明の黒い物質が無数に浮遊している。その光沢のある金属片は一つの意思を持つかのように、反発し、結合し、宙を舞い、5本の鋭い触手を形成した。黒トリガーでないにしても、不明瞭にすぎるトリガーだ。

「クーちゃん、一応熱観測」

「了解、ご主人」

「凪、帰ったら伝えたいことがある。有給取ったからね」

「兄さん、露骨にフラグを建てるのはやめてください」

「緊張を紛らわせるために言ってみたくなったの。でも、有給は本当だから」

「そ、そうですか。でも、兄さんは中二病の気がありますからね。実は聞こえてましたよ。この剣は無限の情報で構成されている…でしたっけ。ププッ」

「あれはいーの」

 とりあえず、笑っとけ。その方がいつも通りに戦える。

 一呼吸置く。ヘッドセット越しに凪の方からも一泊のためが感じ取れた。

「さあ、遊ぼう凪」「遊びましょう、兄さん」

 




読んでくださって、ありがとうございます。

酷評大歓迎。

需要があれば、用語解説やってみたい。

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