トリオンエンジニアリング!!   作:うえうら

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第三章 大規模侵攻
13 抗戦開始


「ゆえに三軍のこと、交わりは間より親しきはなく、賞は間より厚きはなく、ことは間より密かなるはなし」

「『孫子』だね、ご主人」ヘッドセットからは、クーちゃんの機会音声。

「うん、そうだね。自分が今やっていることを思うとね」

「ご主人、勝手に訳しちゃうよ。一国の軍事上、情報活動ほど大切にすべきものはなく、情報活動ほど厚く遇するべきものはなく、情報活動ほど極秘で行われるものはない」

「さすがだね、クーちゃん」

「お褒めに与り、恐悦至極」

 

大規模侵攻対策会議が終わってからの1週間は本当に忙しかった。遠征艇の整備はto do リストの一番最後に回って、基地防衛迎撃システムが直近の課題となった。トリオン兵の認知機構の作成には、多くの情報通信技術者が協力してくれた。鬼怒田さんのカップラーメン好きもあってか、何味が好きかで争ったり、ミックスさせたり、ケトルの優先権を争ったりした。そんな中でも、俺は春雨ヌードル一択だと言い張る健康志向の剛毅な方もいた。彼の技術は繊細で、誤作動を起こさない丁寧なプログラミングだった。

 夜から早朝にかけての夜勤は非番の方に代わってもらい、sTWACS(戦域早期警戒補助管制機) の作成に全力を注いだ。OSはクーちゃんのそれで、処理機構はクーちゃんのオペレーティングソフトを流用して、並列処理に重きを置きタスク要領を増設した。sTWACSは前線での情報通信の中核を担うことになるので、装備の重量が増えてしまった。そのため、今回は多脚型ロータのオクトコプターを採用した。今はクーちゃんに操縦を任せているが、いつかは独自の人格を入れてもいいかもしれない。もちろん、クアッドコプターにもいくかの秘密兵器を積んだ。その最終整備も丁度終わったところだ。

 

「結局、僕がやっていることは情報をいかに早く上手く共有するかにつきるんだよ。第一次大戦は科学の戦争で――」

「第二次大戦は情報の戦争、ですよね、兄さん」

 ヘッドセットから突然に凪の声。

「凪、聞いてたの? というか、今学校でしょ」

「クーちゃんに繋いでもらいました。それと今はランチタイムです。いきなり、紀元前4世紀の話をするのでお茶を吹きだしてしまうところでしたよ、兄さん。」

 ほら、やっぱり。秘密にしておきたい、聞かれたくない情報は山ほどある。だから、ドイツはエニグマ何て恐ろしい暗号機を作り、イギリスは何としてもそれを暴いてやろうと、数学者、言語学者、科学者をブレッチレーの古城に集めたのだ。

 

 

  『calling calling』

 

 

赤い文字の明滅。自分の視覚支援用のハードウェアであるコンタクトレンズにコンマ1秒間隔で文字が現れる。それが示すのは本部からの緊急の連絡だ。

「兄さん、見てください。外を!」凪の上ずった声。

 言われて窓から外を見ると、どんよりとした鉛色の雲の下で酷い光景が広がっている。いくつもの黒い球があたり一面に散らばっていて、時空が歪んでいるのだろう、真っ黒な球体の外延部からは角度的に見えてはいけない光景が確認できた。ゴィゴィゴィゴィという自然界には存在しえない名状し難い音を地鳴りと共に立てながら、異次元に直結する(ゲート)はこちらの世界を侵しに来たぞとその数を次々に増やしていく。

「二人とも、無線を本部に繋ぐよ」

 あまりの光景に呆けてしまっていたのだ。クーちゃんが自分がやるべきことを代わりにやってくれた。無線からは、忍田さんの声。

『非番の正隊員に緊急招集を掛けろ。全勢力で迎撃に当たる! 戦闘開始だ!!』

 怒気がこもっている。とても力強い声だ。

 基地の中が一気に慌ただしくなる。仮眠室からは夜勤で働いていた職員が一斉に起きだして、ラウンジで昼食をとっていた人達は急いで食事を飲み下した。多くの人が戦闘体への換装を終え、基地を飛び出す。僕もトリガー起動と心のなかで唱える。白衣がモチーフの隊服に換装し、1機のドローンに自分の真上を飛ぶようにと指示を与え、窓から飛び出す。

 

「クーちゃん、基本は忍田さんの指示に従ってオペレートしてあげて。それ以外は、アドリブでいいよ。フリーのB級隊員にはなるべく分隊行動がとれるように情報を与えて」

「了解、ご主人」

「兄さん、とりあえず合流しましょう。基地から見て、南西の方角でいいですね」

「それでいこう、凪。忍田さんからも、東、南、南西で三つに分けて合同部隊を作れと指示があった。クーちゃんもそっちの方を中心にドローンを回わして。本部よりもクーちゃんの方が現場見えているから、自信を持ってオペレートして大丈夫」

「了解、ご主人。今30人くらい僕がいるからね、まかせてよ」

「じゃあ、一人回して鬼怒田室長にスパコン頼んできて。二本目の電極を使おう」

「もう済ませたよ、ご主人。また20%間借りさせてもらえた」

「さすがクーちゃん。南西で交戦中の鈴鳴第一まで急ごう。戦闘行動視覚支援、ドローンとの視覚共有」

「了解、ご主人」

 

モールモッド、バンダー、バムスター、飛行型トリオン兵…etc,etc。奴らはブロイラー工場を思わせるほど、ごちゃごちゃとひしめき合っている。マンションの壁や、コンビニの屋上にもトリオン兵は蠢めき、人間の感性とはかけ離れた駆動音をまき散らしている。

 急いでいたためか、3体のモールモッドの索敵範囲に踏み込んでしまった。9つの目がギョロリとこちらを捉え、3対の鎌が打ち鳴らされる。こちらも弧月をかまえて臨戦態勢に。トリオン兵はどんなに野性的に見えたとしても結局はプログラムだ。情報を積み重ねて評価関数を捉え、回数を重ね行動原理のフローチャートをつかむ。そうすれば、コンマ1秒先が見えてくる。釣鐘型の正規分布は宇宙の真理だ。

 鎌が数cm後ろにひかれる。

 予備動作だ。

 次の鎌の軌道は見えている。知っている。

 屈んで躱し、重心を前へ。

 地面に落ちるように、数歩進む。

 上空のドローンがモールモッドの予備動作を捉える。

 人工視覚にコンマ2秒後の鎌の動きがシミュレート。

 2本を右に跳んで避ける。

 真上から3本。

 さらに体勢を低くし前のめりに避ける。

 急所の目は眼前だ。

 右手の弧月を逆手に持ち、そのまま左へ横なぎに振う。

 まず、1体。

 直後が一番危ない。

 左手で時間差誘導弾(ハウンド)を設置。

 その手でグラスホッパーを出し、真上へ。

 鋭い鎌と6つの目がこちらを追う。

 置いた誘導弾(ハウンド)が動き出す。

 急所の目へ殺到。

 これで、3体。

 軽くガッツポーズ。

「クーちゃん、鈴鳴第一までの距離。それと、敵の索敵範囲を視覚支援」

「了解。距離は約 400。急いで、ご主人」

「来馬さんに、話しつけといて」

「了解、ご主人」

 マンションや商店の上を走って、鈴鳴第一の方へ。敵の数が膨大でコストパフォーマンスを意識する必要がありそうだが、合流は身の安全のために何にも勝る。グラスホッパーを使って急ぐ。

「ご主人、合流まで太一が援護してくれるみたい。急いで。」

「了解、よろしく言っておいて」

 前方に片手剣スタイルの村上と突撃銃を持つ来馬さんが見えた。村上に切り刻まれ、10に近いモールモッドが既にその動きを止めている。

 グラスホッパーで跳び、村上に正対しているモールモッドを後ろから弧月で刺すことに成功。そして、無事合流。鈴鳴第一の2人は少し開けた公園のような場所に布陣していた。遮蔽物が少ないため、太一からの狙撃による援護を期待しやすいポジション取りだ。

「来馬さん、村上くん、一緒に戦わせて」

「心強いよ、ありがとう」この親切な感じの受け答えが来馬さん。

「来馬先輩と一緒に援護してください」片手にレイガスト、片手に弧月を構えて、こちらを見ずに村上が答える。

「了解、引き気味に戦うよ」

 数の力はやはり偉大だ。特に銃手と射手は火力を合わせやすい。即席であっても十字砲火くらいは容易くこなせる。

「凪そっちはどう? 」

「そっちまで距離600です、兄さん。現在、間宮隊と分隊行動中」

 戦闘中なのだろうか、風切音と共に凪の声が聞こえてくる。

「なるほど。間宮隊はB級合同に預けて、凪だけでもこっちに来れないかな。こっちの鈴鳴・八宮合同が戦力として機能すれば、B級合同部隊と協力して相手を挟めそうだから」

「了解、話を付けてきます。兄さん、視覚共有を」

「了解、クーちゃん、頼む」

「了解、お二人とも」

「太一、凪さんの援護お願い」

 来馬さんが隊服の襟についているマイクに向かって言う。彼は気遣いのできる仏か何かに違いない。

 こうやって話している間にも村上が弧月で次々とモールモッドを両断していく。彼の『副作用』なら、戦い慣れた相手に無類の強さを発揮するだろう。流れるように振るわれる弧月は淀みがない。僕も燃費を重視して来馬さんを守るような布陣に構え、逆手にもった弧月を振う。データのある相手との戦闘は僕もそれなりに得意だ。

 

モールモッドの死体が30を超えようかというところで、鈴鳴・八宮合同にクーちゃんからの無線が入った。

『聞いて、みんな。sTWACSから新型についての情報が来た。今、諏訪隊の戦闘データを視覚情報で送るね。本部のレプリカからも情報が来ている。要約して伝えるよ。全長、3mほど。名前は「ラービット」。トリガー使いを捕獲するためのトリオン兵。A級隊員であっても、単独では危険』

『現在、風間隊が新型と交戦中。何人かの僕はそれを見て分析と情報の共有に移る』

 空中にディスプレイを描いて、送られてきた視覚情報をAR(拡張現実)する。なるほど、ラービットはヤバイ。諏訪隊のショットガンや笹森の弧月でも破れない装甲、背中からの電撃、高度な頭脳、俊敏な動き。今までのトリオン兵とは一線を画すると言ってよい。お蔭で、諏訪さんは捕まってしまったようだ。

「新型と出くわしたら、引き気味に戦おう。鋼」

 顔を青ざめさせて来馬さんが言う。

「わかりました」弧月をバムスターに浴びせながら村上が答える。相変わらず、その太刀筋は鋭く真っ直ぐだ。

 そのバムスターの装甲の内部から、同心円状に線を引かれた目がギロリと光った。今までの、どのトリオン兵とも異なる駆動音も聞こえてくる。噂をすれば何とやらってやつだ。

「来馬先輩、下がりましょう」村上がレイガストを楯に変形させて言う。

 目の前の兎のような人型は話に訊いた特徴と完全に一致した。白い3mほどの体躯、センサーの役目を果たす2本の耳朶、無駄のない流線型のフォルム。ズンと地に足を踏み鳴らす音が、弧月さえもはじく分厚い装甲を物語っている。

 新型だ。近づいたら掴まえられる。

「凪、出た」

「兄さんの目から見えてます」

 

新型を注視していると、頭部がこちらに向けられた。その無機質な目に寒気を覚える。

 瞬間、新型の姿が消えた。

 後に残ったのは、跳躍の跡の砂煙。

「左だ! ご主人」

 自分の躰が後ろに跳んでいる。

 引っ張られるよう動かされた。

 眼前には横なぎに振るわれた、新型の分厚い腕。

 僅かな痛み。

 僕の鼻先が消し飛んだ。

 動揺と共に着地。

 大丈夫かと、来馬さんと村上がこちらに顔を向けた。

 表情を引きつらせて、2人を見て目線で答える。

 あまり大丈夫じゃない。

 そういえば、この新型は捕獲用と言っていた。一番掴まえやすそうだと目を付けられたのかもしれない。

 口の中から覗く目玉が再びこちらに向けられる。

 直後。

 ガギンと金属音。

 太一のイーグレットだ。奴の後頭部に直撃。

 しかし、装甲にひびが入った程度であまり効果をあげてない。

 新型は狙撃を諸共せずに、再びこちらに向かってくる。

 速い――

 エスクード! 心の中で唱え、2枚の防壁を展開。

 衝突。

 空気の振動がこちらにまで伝わる強い衝撃と激しい音。

 地面から反り出た2枚の壁には僅かにひびが入った。

 それでもなんとか、突撃を止めることができたようだ。

 小南の双月に比べれば、まだかわいい方かもしれない

「来馬さん、鈴鳴・八宮合同でこいつを倒しましょう」

「わかった、5人で片付けよう!」

 突撃銃を新型に向けて来馬さんが答える。

 村上も楯と弧月を躰の急所を守るように構える。

 僕も荒船メソッドを思い出し、半身にして弧月の切っ先を奴に向ける。

 バイポッドで狙撃の精度を高めた太一も援護してくれる。

 凪も不意打ちを噛ましてやろうと、潜んでいるようだ。

 

 

 

 新型は弧月をはじき、イーグレットにも怯まない。

 今までのトリオン兵を過去にする高性能ぶりだ。

 けれど、決して悲観するような状況じゃない。

 こっちにはA級に両足突っ込んだ2人がいる。

 クーちゃんからの支援もある。

 抗戦開始だ。




読んだことある本を読み返しながら書いてるけど、自分の勉強になる。
戦闘描写を書けてたしかな自己満足。
酷評大歓迎。

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