※これは読まなくても物語に大差はありません。岬君の研究ノートです。
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■表紙
八宮岬の研究ノート:トリオンと素粒子物理学
■注意
八宮岬に許可なく閲覧することを固く禁ず。
■序
クーちゃんは本当に成長した。それこそ、自分で興味関心を抱き、自分で対話をするほどに。オペレータとしての技術も申し分なく、僕たち八宮隊がB級ランク戦でそれなりの順位を示せば、クーちゃんの単独での実戦投入が始まる。凪がいるからそれも時間の問題だ。九宮プロジェクトの完遂も間近である。
というわけで僕は新しいプロジェクトを立ち上げようと思う。その名も、“素粒子物理学の観点におけるトリオン力学の位置づけ”だ。噛み砕いて換言すると、トリオンって何で構成されていて、どうしてこのように振舞うかを調査したいってことだ。
プロジェクトではあるが、これは公にせず自分だけで進めることにする。一歩間違えれば、記憶封印されかねない。
■問題提起
そもそも、トリオンは何でできているのか全然わかってないんだ。どうして刀になるのか、鉄のような外壁になるのか、CPを動かすエネルギーになるのか。よく分からないけど、何となくで使っているし、加工しているのが現状だ。まさに、ブラックボックスってわけ。
そして、トリオンの運動法則も全然解明できてない。
あと、シューターの基本三要素に速度、射程、威力ってあるけど、“威力”ってなんだよ。速さと重さがエネルギーになるのは、この宇宙不変の真理のはずだ。威力を上げると速度が落ちるというのは不思議であり、トリオンキューブの構成物質はまさに正体不明。威力のパラメータを上げたトリオンキューブを持ってみても、重さは変わらないし、というか重さなんてほとんどない。
トリオン体への干渉度を“威力”の意味として納得しかけたことがあった。でも、それだと、アステロイドで民家を壊すときに、その損傷度合いに違いがでることを説明できない。
■トリオンの構成物についての仮説、“ボース粒子”
そこで、僕はある一つの仮説を立てた。その仮説は、「トリオンは“ボース粒子”を多量に取り込んでいる」というものだ。
“ボース粒子”の性質は端的に言うと『物質を構成せずに「力」を伝達する素粒子』と説明することができる。そして、ボース粒子はパウリの排他原理に従わず、同じ場所にいくらでも詰め込むことができる。
トリオンキューブのパラメータを上げれば、“ボース粒子”の含有量が増大する。シューターの僕と二宮さんを例に出そう。同じ大きさのトリオンキューブを作っても、その威力は全く違う。同じ体積にもかかわらずにだ。二宮さんのトリオンキューブには僕よりも多くの“ボース粒子”が含まれている。この仮設なら、一人一人のシールドの強さに違いがあることも説明できる。一人一人のトリオン能力の違いも、トリオン器官による説明だけでなく、“ボース粒子仮設”を用いればより詳細に説明できるかもしれない。
その“ボース粒子”にもっと迫るためにも、基本に立ち返り、物質は何で作られているのかを、考えてみよう。これを考えることは、トリオンの構成物質を明らかにするためにも有益だ。
目に見える物質をバラバラにすると分子になる。分子をバラバラにすると原子になる。ここまでは、厨房だって知っている。原子をさらに壊すと、真ん中にある原子核とその周囲を回っている電子に分かれる。そして、真ん中の原子核はさらに分解することができて、中性子や陽子に分かれる。この中性子や陽子はさらに分解することができて、実は、三つのクォークからできている。さらに、クォーク二つからできている中間子というものもある。これは湯川教授で有名だ。そして、現在五つのクォークからできているペンタクォークなんて素子も見つかっている。
これで、一応一つの結論がでる。“物質は電子とクォークで作られている”。じゃあ、トリオンも電子とクォークで作られているのかというと、それがどうにもよくわからない。
さて、いよいよ問題の“ボース粒子”の話をしよう。これら物質を作っている電子やクォークはおよそ12あるとされている。そして、物質を構成しない素粒子も含め、16の素粒子で素粒子の標準模型が作られている。
全部ここに書いてみよう。アップ、ダウン、電子ニュートリノ、電子、チャーム、ストレンジ、ミューニュートリノ、ミューオン、トップ、ボトム、タウンニュートリノ、タウオン、フォトン、グルーオン、zボソン、wボソン、これが素粒子の標準模型。
その中の、第四世代である、フォトン、グルーオン、zボソン、wボソンが“ボース粒子”というカテゴリに含まれる。ちなみに、残りの12はフェルミオン粒子というカテゴリだ。フェルミオンとボースは素粒子の角運動量が決定的に異なるため、性質が異なる。
もう一度端的に、“ボース粒子”の特徴をまとめる。
・物質は構成せず「力」を伝達する素粒子である。
・パウリの排他原理に従わず、同じ場所にいくらでも詰め込める。
僕はこの“ボース粒子”がトリオンの重要な構成物質だと睨んでいる。ところが、トリオンキューブをいくら拡大してもその最小単位は確認できなかった。戦闘体から漏れ出る黒い煙を注意して調査しても、皆目見当がつかない。ボーダー本部の電子顕微鏡の分解能では、限界がある。
これが、研究ノートだから書くことができるけど、僕は民間や国にトリオンを調べてもらいたいと思っている。そうすれば、原子間力顕微鏡もつかえるし、
これは本当に切実に考えていて、せっかく情報は共有しても減らないのだから、なんとか民間事業主や国の研究機関と手を組みたい。これからの時代を制するのは、オープンソースだ。
■トリオンの力学に関する仮説、“人間原理”
最初に仮説を挙げる。「トリオンの運動は既存の標準理論や物理定数で測ることができない。“人間原理”やひも理論を超えた、超統一理論が存在する。トリオンの力学はその超統一理論に従っている。」これが仮説だ。
自然界では、物質間でいくつかの力が働く。重力、電磁気力、強い相互作用、弱い相互作用。物理学者はこの4つの力をたった1つの原理で説明したいと熱望している。しかし、20世紀物理学の標準理論は、重力を除いた3つの力のそれぞれの原理を説明したに過ぎない。そのため、大統一理論であるひも理論に注目が集まっているわけだ。
トリオンについての力学は20世紀物理学の成果である標準理論におおよそ、従っている。しかし、
言ってしまえば、トリオンの動きは世界を支配する物理定数に反しているのだ。“人間原理”に反しているとも言っていい。
この“人間原理”とは、宇宙は人間がいるから作られたという考えだ。例えば、重力定数が今と5%違っていたら、地球はできなかっただろう。強い相互作用、つまり核力が0,001違えば、水素原子はビッグバンを生き残らなかった。
しかし、この世界には
僕はこれを調べてみたい。近界に興味がある。近界を調査してみたい。近界でどのようにトリオンの研究が進められているか気になる。向こうのトリオン力学を知りたい。これは、エンジニア、研究者としての性だ。知的好奇心には敵わない。
■これからの身の振り方とその手段
・民間や国の研究機関と連絡をつける方法を考える。
→大学時代の友人が国の研究所にいるため話をつける。
・近界に行く手段を考える。
→今はなき鳩原さんに黒い噂があったらしいので、その隊長の二宮さんや師匠の東さんに当た
りをつけて調査する。
→冬島さんを押しのけて、遠征艇付きエンジニアになる。これは、A級入りしないといけないの
で、かなり大変。もしくは、遠征艇を増やすように企画するか。
・この動きに感づかれないように、先の黒トリガー争奪戦で有効性が証明されたドローン戦術の量
産化を新規プロジェクトとし、隠れ蓑とする。
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「取り敢えずはひと段落かな。好奇心に殺されませんように」
そう言って僕は息を吐いた。集中していたのだろう、喉の渇きを覚える。ここは、家具の少ない白い壁の良く見える部屋。八宮隊の隊室。監視カメラがないのは確認済みだ。殺風景な部屋なので、確認はすぐに済んだ。上層部に知られると記憶封印されるので、万が一は許されないのだ。
凪はともかく、クーちゃんにも見られたくなかったので、久しぶりに手書きでノートをとった。もちろん、僕のコンタクトレンズからの情報送信は切ってある。僕とクーちゃんの共有度は割と一身胴体レベルまで、引き上げることができるから注意しないといけない。
ピピッと電子音が鳴った。クーちゃんからの無線だ。ヘッドセットをONにすると、クーちゃんの声。
「ご主人…、すごいこと考えているね…。その考察はなかなか面白かったよ」
おかしい…。おかしい、おかしい、おかしい…。
血の気が引く。
何でクーちゃんが知っているのだろう。コンタクトの送信は切ってあるし、ヘッドセットの電源も落としてあった。僕の脳に刺さった電極の電源も落としてある。
「ご主人…、指向性集音マイクを付けたドローンって2機あったよね。その内の1機がこの部屋にあるよね…」
機会音声がいつもより冷たく聞こえる。これが上層部にばれると、記憶凍結なので洒落にならない。冷えた手で背中を撫でられているような気分だ。冷や汗を垂らしながら、ヘッドセットに向けて口を開く。
「マイクがあったとしても、僕はノートを取っていただけで喋ってないよ。それに、その角度じゃドローンのカメラからは全然見えないでしょ」
精一杯の反論。それに対してクーちゃんが答える。
「ご主人、喉かわいているよね。音の波形で分かるよ。ご主人の古い癖が出ちゃったのかな、昔みたいに自分の好きなことだからと、独りでペラペラ喋っていたよ…」
凍った手で、心臓を握られた。背筋に寒気。そういえば、喉が渇いてる。冷や汗の量がすごいので、喉の渇きが加速しているのかも。
今、僕にできることは許しを乞うこと。
「ク、クーちゃん、未遂だから許して。上層部に報告だけは勘弁して」
精一杯の懇願。
「…了解、ご主人。そのかわり、その考察をもっと聞かせてほしいな。あと、さっきの僕のログはさっさと消した方がいいよ。僕は僕のログを弄れないからね」
よかった。機械的すぎるsAIじゃなくて助かった。好奇心に殺されずに、まさか救われることになるとは思わなかった。
「ありがとう、クーちゃん。本当にありがとう、助かるよ。さっきの部分は消して、数日前のログを適当に弄ってそこに埋めておく」
そう言って僕は端末を立ち上げて、カタカタとキーボードを叩く。
「ご主人、1つアドバイスがあるよ。この前の黒トリガー回収任務で、黒トリガーを持った
そういえば、迅さんの風刃と引き換えにそういう結末になっていた。風刃あんなに強いのに、手放すなんてもったいない。そうまでして入隊させた、
「なるほど、今度探してみるよ。入隊ってことは今日の戦闘訓練にもいたかもしれない。クーちゃん、見てたんでしょ。なんか
「うーん、わかんないなあ。もしかしたら、0.4秒の白い髪の少年がそうかもよ。あと、アイビスで本部の外壁に風穴を空けた人も怪しいね」
「なるほど、2人とも怪しそうだ。特に、アイビスの子が怪しい。クーちゃん、後でその子の写真を送って」
「了解、ご主人。送っておくよ。あと、くれぐれも口を滑らせないようにね」
「了解、クーちゃん。ありがとね」
そして、翌日。
黒い炊飯器が浮いていると、クーちゃんは意味のわからないことを言った。
それを確かめるために、クーちゃんの操縦するドローンと人工視覚を共有する。
僕の脳内で再構成された光景の中で、確かに黒い炊飯器が白い髪の少年と話していた。
よろしければ、こういう考察が好きな方は教えてください。
どうか、よろしければ、嫌いな方も教えてください。
正体不明の物質、トリオンについての意見を聞かせ下さると嬉しいです。