【完結】しゅらばらばらばら━斬り増し版━   作:トロ

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第五話【どなどな(上)】

「つまり、響さんはもう犯罪者なんやなー」

 

「……身も蓋もない言い方だが、概ねそれで正しい」

 

 目的地へ向けての道中、木乃香ちゃんが笑顔で放った強烈な一言に何とも情けない気持ちになる。だが事実として俺は誇張でも何でもなく、肉親を手に掛けた犯罪者なのだ。しかも兄妹全員を斬り殺しているのである。客観的にも主観的にも酷い人間だなぁと自分でも納得してしまうくらいには、まぁ犯罪者であろう。

 それ以前にも術者とはいえ人を手に掛けているので、結局のところ俺が犯罪者なことに変わりはないのだが。

 

「だったら逃げた方がえぇんやないですか? いつまでも京都に居たらそれこそ警察に御用なりますえ?」

 

「警察なら別に問題ない。障害にもなりはしないよ」

 

 気楽に言ったせいか木乃香ちゃんは少々不満げだが、実際にそうなのだからこれ以上言うべき言葉がないので俺は苦笑した。

 そもそも、日本の警察程度の戦力だったら、寝こみを襲われたとしても容易に無力化することが出来る。これは自惚れでも何でもなく、知人で例えるなら高畑先生や今は無き刀子さん、隣でニコニコ笑い合っている木乃香ちゃんと月詠さんであっても俺ほどではないが対処は容易だろう。

 第一それなりの術者となれば、戦闘ヘリ一台分の戦力はあるのだ。しかもヘリよりも小型で耐久力もあり、現行の科学力では探知出来ない隠密性も持つ。科学では実証できず、化学では太刀打ちできない。術者とそうでない者との間にはそういった隔絶した戦力差が存在する。

 そして俺はそんな術者の中でも一流と呼ばれる者や、術者が討伐する魑魅魍魎を相手に生死を賭けて戦い、今も生きている。自惚れでもなく、警察程度は相手にすらならないのだ。だからとて、進んで法律を破ろうとは思わないが。

 

「それに俺達のような存在が表沙汰になればこれまでの秩序が完全に崩壊する。だから俺の顔がニュースの一面を飾るということはないさ」

 

「じゃあ、なんで何とかせないかんのですか?」

 

 お菓子を頬張る月詠さんの頭を撫でながら唸りをあげる木乃香ちゃんの様子が微笑ましい。少しでも裏の事情を知っていればわかるようなものだが、一通りの戦闘技術は教えたとはいえ、木乃香ちゃんはまだまだそう言った事情には疎いので無理もないか。

 

「相手は俺のことを表沙汰にしないように働きかける存在のほうだ。そしてこの場合、俺を狙うだろう相手は――」

 

 辿り着いた目的地を見上げれば、つられるように木乃香ちゃんも俺の視線を追った。

 五メートルはありそうな木々を容易に超えた何重にも重なった古めかしい和風の塔。それこそ先んじて俺が処理することにした場所にして、随分と昔に出て行った懐かしい古巣。

 

「京都神鳴流……西の協会の主戦力にして、極東最大の戦闘集団」

 

 そして、俺が培った技術の根源を練り上げた原点とも言うべき場所こそ、木乃香ちゃんを『仕上げる』のに必要な餌にして、目の上のたん瘤的な存在なのだ。

 

「おー……言われるまで気付きませんでしたー」

 

「基本的に鍛錬の場としても使われてますからねー。人避けの符とか視界から外す符とか色々と隠ぺい工作はされてますー」

 

 荘厳な光景に溜息をもらす木乃香ちゃんの隣で、月詠さんが解説を挟む。そんな二人のやり取りを聞きながら、俺は無造作に腰に差した鞘よりひなを引き抜いた。

 

「ちょっと待っててくれ」

 

「はーい」

 

「はーい」

 

 仲良く声を揃えて返事する二人は、俺の少ない言葉に疑問を挟むこともしない。

 信じてくれていると言うべきか。

 あるいは――。

 

「くひっ」

 

 おっと、いけない。

 今は彼女のことよりも、彼女の未来を彩るべく、餌を調達するのが先決だ。

 

「じゃ、行ってくる」

 

 俺は歪んだ口許を見せないように、振り返ることなくそう告げて大地を蹴った。

 

 

 そして斬った。そういうことだ。

 

 

 

 

 

 京都神鳴流宗家、青山。

 極東でも最強と名高い京都神鳴流において、代々稀有な人材を輩出し、近年では故近衛詠春こと、旧姓青山詠春は先の大戦でサムライマスターとして立役者の一人として名を広めた程である。

 そしてそんな彼の全盛期であっても及ばない才覚を持つ青山が、この世代には三人も存在した。

 かつての神鳴流後継者にして歴代随一の天才と謳われた女傑、青山鶴子。

 その青山鶴子をして己を超える器と言わしめた現神鳴流後継者、青山素子。

 そして、神鳴流の理念に反した暴挙を数々犯し、鶴子の腕を斬り捨てて引退に追い込んだ外道――。

 

「青山……奴なのか」

 

 神鳴流本山にある屋敷の一室。何かしらの事態が起きた時の会議の場として使用されることが多いその部屋に居る面々は、年齢も性別もバラバラだが、いずれも今の神鳴流を支えてきた猛者達だ。

 だが百戦錬磨の彼らの表情は重く険しい。中には顔を青ざめさせて頭を抱えている者すらもいた。

 

「壊滅した修行場にて発見された斥候の者達の亡骸と、埋葬された鶴子様と素子様の亡骸……あの場に行ったのは桜咲のみだが、斥候はともかく、アレには素子様はおろか片腕を失った鶴子様を相手にしたとて勝ちを拾えるとは思えん」

 

「そもそも、青山とかつて対峙した後の素子様を相手にして勝ちを拾える者等、神鳴流はおろか魔法世界を探しても片手程度の者しか見つからんだろう」

 

「そして、その中で最も可能性が高いのが……青山か」

 

 まるでその名を口にすることすら躊躇われるとばかりに顔を顰める。だがこの場に居る全員が、かつての青山――響がどういった存在なのかを実際に目の当たりにしていた。

 親の愛を欲するだろう三つ程度の童が、周囲に目もくれず一心不乱に鍛錬に埋没するおぞましさ。

 五つを過ぎるころに倍以上離れた門下生を纏めて蹴散らす不気味。

 そして十を過ぎるころには、その怪物は歴代最強の剣士の、何よりも血肉を分けた姉の腕を奪い去ってしまった。

 それらを見てきた彼らにとって、響という男は得体の知れない何か。まるでこの世界とは違う場所から来た存在に思えた。

 誰もが言葉を詰まらせて室内に静寂が流れる。青山を知るが故の躊躇、迷い、そして心の奥で燻る恐怖の火種。全てが混ざり合った感情を整理するには、歴戦の勇士である彼らだからこそ難しくあった。

 

「……今すぐ協会に助勢を乞うべきだ」

 

「協会の矛たる我々が矛を欲すると?」

 

 その場で最も年の若い男が沈黙を破って提案するが、即座に遠回しな非難の声が上がった。

 しかし男はそんな意見を真っ向から切り捨てるように反論した相手に鋭い眼光を送る。

 

「そうして矜持を守ろうとするのも立派だが、だからとて黙っていれば守るべき矜持はおろか、何も知らぬ市民にまで被害は出るぞ? 否、既に被害は出ているのだ。最早、いつまでも蓋を被せることは出来ぬ」

 

「……そうじゃな。そもそもが、あの男をいつまでも野放しにしていたことこそ最大の過ち。鶴子様と素子様の言があったからこそ今まで放っておいたが、そうも言ってられぬだろう」

 

 男の熱弁に同意を返したのは、上座に座った最年長の老剣客だった。未だ鍛錬を欠かしていないだろう鍛えられた丸太の如き両腕を組みながら、鋭く周囲の同胞達を見渡した。

 

「鶴子様と素子様はお亡くなりなられ、詠春様も既に居ない。だが宗家を引き継ぎ、我らが上に立つべき資格を持つ男こそ此度の元凶ならば……是非は無いだろう」

 

「では?」

 

「うむ」

 

 老剣客は大仰に頷くと静かに立ち上がり、傍に立てかけていた野太刀を掴んだ。無意識にその全身より漏れ出る気は覚悟の証。充実する気こそ戦意の証明とばかりに、老剣客は大きく息を吸い込むと、目を大きく開いて気迫のこもった檄を飛ばした。

 

「これより京都神鳴流門下一同は、温情を忘れて宗家を斬り捨てた怨敵を打倒する! あの男、青山こそが憎き仇! 宗家を絶やした奴を葬るぞ!」

 

「おぉぉぉぉ!」

 

 老剣客の放つ熱はそこに居た全ての者達へと伝播して、一つの大きな唸りとなって誰もが己の相棒たる鋼を掲げた。

 既に賽は投げられたのだ。例え相手があの恐るべき修羅外道だとしても、人々を守る使命のためならば誰もが信念を持って相対出来る。

 

「そうだ! いつまでも奴の影に怯える必要など何処にもない!」

 

「例え素子様と鶴子様が倒れたとて、我らもまた同門として練り上げた力と意志、そして死線を共に潜り抜けてきた仲間が居るのだ!」

 

「そしてそれらを束ねれば、仲間無き修羅外道に劣ることなし!」

 

 先程までの沈痛な空気が嘘のように、神鳴流の剣士らしく、刀のように力強く鋭い意志が感じられる。

 老剣客はそんな彼らを見て心の中で確信する。

 神よ、居るならば見るがいい。例え宗家という支えを失ったとて、人は互いを支え合うことで立ち上がることが出来るのだ。そして、共に手を取り支え合えることこそ人だけが持ちうる絆と言う力ならば、それを持たず、あまつさえ忘れてしまったあの男を恐れる部分がどこにあるというのか。

 

「無数と罵倒は受けるだろう。じゃが我らのこの絆があれば――」

 

 ――負けぬ。

 負けるはずがないのだと――。

 

 

 りーん。

 

 

 老剣客がそう言おうとした瞬間、その熱気を断ち斬るかのように、どこかで聞いた覚えのある鈴の音色がその場はおろか、神鳴流本部一帯に響き渡った。

 

 

 

 

 

「……意味無いことしたなぁ」

 

 この場を包んでいた侵入者探知用の結界だけを斬ったのはいいが、本部全域に音色を響かせたため、響の侵入は即座に感づかれることとなった。

 自信満々に見栄を切っておいてこの体たらくである。響としては正直、赤面ものではあるが、斬撃を聞きつけて慌てた様子で集まってきた神鳴流の剣士達を前にして、いつまでも恥ずかしさに悶えるのも失礼だと思って気を引き締め直す。

 

「誰だ!?」

 

「敵!? くっ、ここを神鳴流の本部と知っての狼藉か!?」

 

 ざっと十人弱の剣士が響を取り囲むように集まった。その誰もが抜き身のひなを構えている響を敵と認定して、誰もが野太刀を抜いて俺にその切っ先を向けている。

 響はおそらく未だ修行中の身なのだろうことをその立ち姿から察した。数人、それなりに鍛えられた者が居るものの、殆どは構えも固く視線も泳ぎ、戦いに必要な平常心を忘れて混乱状態になっている。そもそもいずれもが木乃香や月詠よりも年下の少年少女である。

 

「……退け」

 

 成長していない未熟者を葬っては未来に楽しむ可能性を潰したくはない。そう思ってひなの切っ先を掲げながら殺気を飛ばすが、どうやら突然の襲撃に恐慌状態になっているせいか、彼らは怒気を漲らせて間合いをゆっくりと詰め始めてきた。

 

「止せ! お前らでは勝てる相手ではないぞ!」

 

 来るなら斬る。

 響がそう思った矢先、死の行軍に向かわんとしていた剣士達に浴びせられた鋭い一声が彼らの愚行を寸前で食い止めた。

 

「師範代……」

 

「……馬鹿者共が、相手の力量も見極めずに挑むなとあれ程言っただろうが」

 

 剣士の輪を抜けて響の前に現れたのは、響よりも頭三つ分は背丈の違う筋肉質の男だった。鬼と比しても見劣りしないその男は、細身の響の胴回り程はありそうな腕で傍に居た剣士の一人を後ろに軽く押すと、反対の手に持っていた二メートルはあるだろう、鉄板にしか思えない肉厚な包丁の如き刃を肩に担ぎながら、観察するように青山を見下ろした。

 

「ふん、成程。神鳴流の本部と知りながら単独で挑む自信を持つ程度には鍛えているらしいな」

 

「……」

 

「充実する気。鋭い眼光。未熟とはいえ神鳴流の剣士に囲まれて汗一つかかぬ胆力。そしてその手に持つ妖刀より香る邪悪な力。おそらくだが神鳴流を破門されたかつての同門。そして復讐のために妖刀を手にしたとみるが、違うか?」

 

「……」

 

「答えぬか。まぁ、それも良いだろう」

 

 黙して見上げるだけの響に、師範代の男は不愉快さを隠そうともせずに表情を歪めると、担いでいた刀を小枝のように掲げて、その場で豪快に振り回し始めた。

 男を中心に舞い上がる砂埃。まるで誇るように己の筋力を見せびらかす男の力は、周囲の剣士が発生した暴風に身を縮ませる程あり、誇示するに相応しい一品だろう。例え気で強化していようが、刀に当たらずとも肉体が千切れるのは明白だ。

 鬼よりも鬼らしい怪力。

 鍛え上げられた肉体と、神鳴流直伝の気による身体強化を合わせた怪物。

 

「……」

 

 だが響はまるで揺るがない。暴風に狙われているのを知りながらも表情一つ変えることなく、悠然と佇む姿は師範代の男とはまた違った凄味があった。

 しかし周囲を囲む剣士達には目に見えて圧倒的な師範代の男以外目に入っていない。暴風から離れながらも、強張っていた表情は男への信頼による余裕へと変わっているのを、響は見ることもなく察した。

 

「はははっ! 俺の力を見て動じぬその気概やよし! しかし妖刀如きに頼らねば強くなれぬと悟った時点で貴様の負けよ!」

 

「……」

 

「心すらも脱したかつての同門よ! 貴様に掛ける言葉は無い! お主に与えるのはこの――」

 

 嵐が止まる。男は天高く掲げた刃を両手で握りこむと、落ちかけの夕陽の光すらも断ち斬らんと全身に力を漲らせて。

 

「鉄塊のみよ!」

 

 夕焼けに染まる刃を紅に染めるべく、響の背丈を超えた刃は振り下ろされる。

 最早それは斬撃ではない。感じる威圧感と予想される破壊力は小型のミサイルと同程度か。

 直撃すれば肉片すら残さぬ一閃。

 逃れることなく一撃必殺。

 絶対なる敗北を与えるべく音速を突き抜けた鋼鉄。

 響はその青と黒の双眸で冷たく捉え。

 

 そして、その姿もろとも鉄塊は地面に着弾した。

 

「うわぁ!?」

 

「きゃあ!」

 

 四散する地面が周囲にばら撒かれ、巻き起こる砂埃は辺り一帯を埋め尽くし、その余波を受けた剣士達の悲鳴が木霊する。

 

「や、やった! 師範代の一撃が侵入者に直撃したぞ!」

 

 だが砂埃の中、辛うじて直撃の寸前まで見届けた少年が歓喜の声をあげると、周囲の少年少女も、呼応するように無邪気な喜びを発露する。

 確かに侵入者は恐ろしい男だった。まるで抜き身の刀そのもののように冷たく鋭くはあったが、彼らが師事する男は若くして師範代になった神鳴流でも天才に数えられる男だ。

 潜り抜けた場数が違う。

 鍛え上げた年月が違う。

 そして自分達とは持っている才能の桁が違う。

 故の信頼と、確固たる勝利の光景を口にされたことによる安堵の空気が子ども達の間に流れる。

 

「た、助かったんだ」

 

 しかし、彼らは気付かない。いや、気付いていながら耳を塞いでいる。

 一撃必殺が響を巻き込んで地面に炸裂した轟音に紛れるようにして鳴り響いた――。

 

 今まさに凛と響いた、鈴の音と同じ音色を。

 

「え?」

 

 透き通るように空気を震わせた音色を感じた彼らの視界が一瞬にして晴れる。まるで最初から砂煙など存在しなかったように。

 そして開いた視界の向こう側、そこに立つのは彼らが師事した師範代の大きな背中ではなくて、冷たい眼光で彼らを見据える響のみ。

 

「あ……」

 

 そこで彼らの一人が響の横で倒れる師範代の姿に気付いた。先程の砂煙と同じく、やはり最初からそうであったように失われた首はこの世の何処にも存在しない。砕けた大地に沈んだ巨漢の浮かべる笑顔を知らなければ、響の横で骸を晒す男は、最初から首がないのが正しいとすら思ってしまっただろう。

 だがそれはやはり骸であった。首を失った。物理的に考えて明確な死。

 彼らを導く師範が放った絶対の一撃は意味をなさず、返しの斬撃で首を斬られた事実だけが、その場の真実だった。

 

「う、ぁ……ぁぁぁぁ」

 

「そんな……そんな!」

 

 信頼を寄せていた男の死。裏社会に身を置くならば決して逃れられない仲間の死とはいえ、だからとはいえ冷静でいられるだろうか。

 ましてや彼らは未だに殺し合いを知らない子どもばかり。唐突に突きつけられた死という事実を前に、錯乱することも出来ずに体を硬直させるのみ。

 

「う……うぁぁぁぁ!」

 

 だがそんな彼らの中で、先程師範代の勝利を叫んだ少年が雄叫びをあげながら響へと突貫した。

 許してたまるものか。

 許されてたまるものか。

 純粋なる怒りと殺意。

 しかして無知ゆえの自殺が如き暴走。

 子ども達の中でも優秀だったその少年は、大人顔負けの流麗な瞬動で響の背後へと回って刀を振り上げた。

 刀身には怒りに任せて練り上げた気を収束させる。その荒々しい気の唸りは少年の感情を表す鏡面。刀身に怒りで歪んだ顔を映しながら、それでもその短い人生で最高の一撃を少年は響へと放つのだ。

 

「神鳴流奥義! 斬岩剣!」

 

「一つ忠告するが」

 

 ほぼゼロ距離での奥義解放。だが相手が師範代だったとしても無手では受けられない一撃は、放たれることなく霧散すると同時、少年の体は地面に落ちた。

 

「え? あれ?」

 

 何故体がいきなり言う事を聞かなくなったのか。その疑問の答えを見つけようと当たりを見渡した少年は、遅れて少し離れた場所に落ちた肉片を見て全てを察した。

 

「お、おれ、腕も、足、も……」

 

 四肢が全て失われている。人体の半分を失ったというのに痛みも出血もなく、だが斬られて失った全てに少年は愕然とした。

 いつ斬られたのか分からない。

 だが間違いなく斬られたのだ。

 何をされたのか分からないがそれだけは直感的に理解した。そして、理解した瞬間、少年は自分を見下ろす男がどういった存在なのか理解した。

 理解、してしまったのだ。

 

「奥義の名を告げることで言霊による効果で威力も上がるが、だからとてあの至近距離で技を告げれば今から私は危ない技を放ちますと言っているようなものだ。しかも相手の背後を取ったのなら気を収束させた斬撃だけでいい。奥義は溜めもある分奇襲や初手としては有効ではないんだ。でも、最初の瞬動は良かったなぁ」

 

「ひ、ぃ……」

 

「思わず斬ったよ」

 

「ひぃゃぁぁぁぁぁぁぁ!? あぁ! うわぁぁぁぁぁ! 俺は! 俺の! 俺のがぁぁぁぁぁぁぁ! あ……」

 

 柔和な笑みを浮かべる響の顔を見て、少年はこの世の終わりとばかりに絶叫した後、白目を剥いてそのまま意識を失った。

 何を理解したのか。何を理解してしまったのか、その一連を見ていた他の者達には未だ分からない。

 だがそこに居た誰もが徐々に理解しつつあった。気絶した少年から視線を切って振り返った響に見据えられ、誰もが蛇に睨まれた蛙のように喉を引きつらせ恐怖に涙を浮かべる。

 斬られることを理解した。

 それ以外に自分達に残された末路は残っていないのだと絶望を受け入れてしまった。

 

「……さて、一人斬ったんだから、もういいか」

 

 

 だがそれだけならばまだ救いはある。

 斬られて死ぬと思っている間は、その絶望こそ希望だと彼らは数秒後に理解してしまうだろう。

 

「二人だろうが百人だろうが、変わらないだろ――餌は多い方が良く育つ」

 

 斬られるのだ。

 斬られて死ぬではなく、斬られるという最悪を。

 

 哀れ、無垢なる子どもに救いの福音が訪れることは無い。

 

 

 

 




次回もどなどな、贄とされる羊の末路。


例のアレ

三倉権座衛門

若干、十六歳にして神鳴流師範代となった次世代のホープ。見た目がどう若く見ても三十代にしか見えないのがたまに傷だが本人は気にしてない。
恵まれた体格と気の総量から放たれる一撃は神鳴流でも一角の威力を誇るが、オリ主的には五流の腕(素子ライザー基準)だったため返しの刃で斬殺された。
年が近いのもあってか下の者からは慕われていた。

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