【完結】しゅらばらばらばら━斬り増し版━   作:トロ

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お待たせ!


第二話【鬼と修羅(上)】

 

「つまんないの」

 

 一閃無情。また一つ、悪しき者にして、俺を高めるための餌であった者を斬り伏せた俺の背後。鈴の音みたいな声が鮮血の場に響き渡った。

 

「まったく、まったくもう。君はとてもつまらない人間だ。あんまりにも単調すぎて、ひどくどうでもよくなってしまう凡人みたいだ」

 

 その女は最近、ことあるごとに俺を蔑み、貶し、嘲笑する。だが俺は俺がただの凡庸であり、特別なのは授けられたこの身体だというのをわかっているため、返す言葉も、ましてや怒ることもなく無言でその悪口を受け止める。

 そも、俺を侮蔑するその女は口調とは裏腹に、こんな俺を見て、あるいは誇らしげに、あるいは尊敬の念をこめて、その顔に満足げな笑みを浮かべている。だから仮に俺以外がこの嘲笑を受けても、そうそう怒る気にはならないだろう。

 

「期待に答えられなくて悪かったな。生憎、俺は俺だ。だから、期待には応じられない」

 

 普通なら収めるのにすら苦労しそうな野太刀を難なく鞘に収めながら、いつものように答える。振り返れば、やはりいつもと同じ憧憬の眼差しが俺を射抜いた。

 

「やっぱつまらない」

 

 そして変わらぬ答え。何度と繰り返したこのやり取りに飽きることなく、女は俺の前に立つと、やはり嬉しそうに悪態をつき続けるのであった。

 

「ならば、さっさと俺なんかの側から離れればいいだろうに」

 そしていつものように、俺は突き放すようにそう答えるのだ。

 だがこのやりとりが常日頃繰り返されてきたため、今更その程度で彼女は俺から離れない。むしろその笑みを一層深くして、妖しく光る眼光で俺の無表情をなめ回すように見返すだけだ。

 彼女が俺の武者修行という名の暴挙についてくるようになったのは果たしていつからか。

 いつの間にか後ろに居た。

 いつの間にか隣に居た。

 そしていつの間にか言葉を交わし。

 いつの間にか暴言を俺に言うようになった。

 最初は忌々しそうな顔で俺の技を賞賛していた。

 それがいつからか無表情になり、賞賛の中に俺への愚痴がつき始め。

 今では賞賛は一切なくなり、笑顔で暴言を吐き続けるようになっていた。

 なんともまぁ奇妙な女である。

 俺より歳上(見た目から判断してだ)のくせして子どものように我が儘かつ悪戯好きで、かと思えば時折、こちらが感心するような真理を語る。

 だからなのか、かれこれ一年以上、強者を見つければ決闘を挑んできた俺が、唯一決闘を挑むことなく、この女は隣で共に歩いているのだ。

 そう、彼女は強い。

 その強さの底が、武者修行を経て実力をつけてきた俺でも未だ読めぬほどには、彼女は強い。

 なら、俺は俺の強さのために、この女を倒す必要があるのだけれど、何故だか彼女と戦う気になれないのは──。

 

「響」

 

「何だ?」

 

 応じる。

 彼女は俺を『青山』とは呼ばない。

 いつの間にかこの身に刻まれた、畜生を示す名ではなく。

 ただ、響と呼ぶ。

 一個の人間として、俺を扱う。

 強さしか求めない畜生ではなく、真っ直ぐに俺を見る。

 だから、なのだろう。

 だから、俺は彼女と戦おうとしないのだろう。

 呼ばれる度に奇妙なむず痒さを感じつつ、張り付いた鉄面皮で心を隠して女を見返す。果たしていつも通り、罵詈雑言がその口から出るだろうという予感に、辟易と、僅かな喜びを感じながら。

 

「そろそろいいだろ?」

 

 だが予想に反して、彼女の口から出たのは蔑みではなく問いかけだった。

 

「そろそろ、とは?」

 

「何だよ響。これだけ共に居たというのに、まだ私の心も読めないのか。未熟者が。程度が知れるな」

 

 ──だから駄目なのだ。

 女は今にも踊りだしそうなくらい喜びを露にしながら、俺を詰る。

 

「……とはいえ、わからないものはわからないだろ。お前は呪術師だから、そういった機微には敏感だろうが、俺はただの剣士だ。そして自分の強さにしか興味のない愚鈍な男だ。そんな男に機微を察しろというほうがおかしいだろう」

 

「ハハハ、自分の間抜けには気づいておきながら、どうしてそれを直そうとはしないのかね? 全く、これだから君はいつまでたっても間抜けなままだ」

 

「返す言葉もない」

 

「阿呆。未熟なりに返答する場面だぞここは……まぁいい。ともかく響、君の愚鈍さにはほとほと呆れる他ないが、そのことについて説教するのも今更だろう。だから要件だけを済ませよう」

 

「わかった」

 

「私は君を壊すことにした」

 

 変わらない。

 いつもと同じように涼しげな声色で、彼女は唐突に俺へ死刑宣告をした。

 そのことに一切の動揺がなかったと言えば嘘になる。

 それはあまりにも唐突すぎて、俺は半ば呆然と彼女の言葉を聞いていた。

 

「天才なんだ。私は」

 

 宣告が唐突なら、それから先の言葉も唐突だった。

 俺から視線を逸らすと、背後に出来上がった血溜まりを見据えて、自らが如何に優れているかという聞くものの殆どが毛嫌いしそうな自慢話を始める。

 

「だからこそ、凡人よりも真理に届いた。いや、残念ながらいうところかな? わかるからこそ、殺風景になってしまう。立つ場所がたかすぎるから、遥か下の暗黒をいやがおうなく見るしかないのだから」

 

「……」

 

「おいおい。ここは笑うところだよ? そんなことがどうしたのさってさ」

 

「いや……笑うも何も、お前の言葉は──」

 

 俺には、難解すぎる。

 俗世の事情にすら疎い俺が、彼女の言葉を理解できるはずがない。

 だがそれでも、そんな俺だからこそ、わかることはよくわかっているつもりなのだ。

 

「それで、いつ俺を壊すのだ?」

 ならば今からでも。

 その意を言葉にする代わりに、柄に手を添えて返す。

確かに俺はこの一年、彼女と共に行動をしてきた。共に寝食をし、共に語らい、時には恐るべき敵を共に打倒したことすらある。

 だからと言って、俺を壊すというのなら、俺は是非もなくお前を斬り捨てることに躊躇いはないのだ。

 

「……だから、君は愚かなんだ」

 

「愚かを是とした。今更変えられる生き方なら、とうに引き返しているだろうよ」

 

 鞘走る刃。鋼の切っ先を外気に晒した俺は、やはり常と変わらずに、友と感じている彼女へ牙を向ける。

 

「ん?」

 

 いや。

 友。

 友と思っていたのか、俺は。

 刀を構えながら、脳裏に過った思いに僅かな驚き。

 

「そうか。お前は俺の友人如きものだったか」

 

「なんだそれは。そんなこともわからなかったのか」

 

 不意に呟いた俺の言葉に、彼女は呆れた風に肩を竦める。

その姿には余裕があった。いや、そう見えるのは、彼女に今俺と戦うつもりがないからなのだろう。

 彼女は強いが、この間合いでは確実に俺が有利。自惚れるつもりもないが、この距離ならば、俺は彼女に何かをさせる余地すら与えず一閃することができるのだから。

 余裕ではなく、いつもと同じなだけ。

 ならば俺もいつまでも構える必要もない。若干のつまらなさを感じながら刀を収めると、ニタニタ笑う彼女に背を向ける。

 

「行くのかい?」

 

「宣誓の意味くらいはわかるつもりだ。俺とお前の道はここまでだった。ならばこれ以上共に居る必要もないだろ」

 

 だから別れの言葉すらいらない。置いていた荷物を肩に担ぎ直した俺は、そのまま彼女の方を見ることなく、元来た道を引き返す。

 淀みなく。

 迷いなく。

 唯一の友すら、省みぬ。

 

「そんな君だから」

 

 だからだったのだろう。そんな俺だから、彼女は寂しさと喜びを込めて。

 

「一年の月日、紡いだ友情。それすら躊躇いなく斬り捨てる君だから、私はーー」

 

 その最後に、祈りにも似た呟かれた独り言を耳に留め。

 

「それはないだろう」

 

 俺は、彼女の出したたったひとつの答えを一人静かに断じたのだった。

 

 ──今思い返せば、俺はその時、彼女に何かを告げるべきだったのだろう。

そうすれば、何を見るでもなく己に腐心したこの道に、一つの兆しが生まれたかもしれない。

 そうだ。

 友情があった。

 互いに思いは別にあれど、そこには暖かな繋がりがあったというのに。

 俺は。

 そして彼女は。

 そこに何ら見出だすことすらせずに別れてしまえるほどに。

 

 あまりにも独善的すぎる、どうしようもない人間だったのだ。

 

 

 京都神鳴流。

 

 人知れず力なき人々を恐るべき妖怪変化より守るその名は、極東の一勢力でありながら、極東だけではなく、西洋、果ては魔法世界と呼ばれる場ですら一目置かれる者が背負う看板だ。

 本来なら人間とは根本的にその性能が違う妖怪変化を相手に、野太刀を手に、膨大な気を用い調伏を行う彼らの実力は、一人一人が現代の軍隊を相手に出来るほどである。

 そのなかでも、唯一にして絶対の頂点として君臨するのが、その宗家。

魔を相手取る神鳴流の使い手の誰もが頭を上げること敵わぬ最強。

 

 名を、青山。

 

 宗家青山。

 

 初代より今日に至るまで、その類い稀な力と、高潔な精神によって神鳴流を背負ってきた青山。

 その当代は、歴代においてもさらに隔絶した能力をもって、裏の世界で勇名を誇っていた。

 先の大戦にて、英雄サウザンドマスターの友として戦場を駆けた青山詠春は最たるものだ。

 神鳴流ここにありという活躍を見せたサムライマスターである詠春。しかし驚くべきは、当代の青山にて、詠春程の実力者すら、とるに足りぬということにある。

 未だ才覚を露にしていないが、その片鱗を見せ始めている当主候補の青山素子。

 そして歴代最強の名を欲しいままにしながら唐突に引退を発表した青山鶴子だ。

 婚姻を機に、神鳴流を引退した彼女は、現在京都の山奥にある家屋で、旦那と二人、早めの隠居生活を行っている。

 表向きは、現役を退いた鶴子が、裏の事情に関わらぬようにと自ら言い出したということになっているが、その本当の事情は、神鳴流の使い手ならば誰もが知っている。

 その理由は、単純明快。

 

「お久しゅう」

 

 暖かな木漏れ日が入り込む小さな客室。その日、青山鶴子は、旦那が居ないのを見計らって、一人の男を迎え入れていた。

 その相手こそ、今鶴子と向かい合うように凛と正座をしている青年だ。

 

「はい。ご無沙汰しておりました」

 

 深々と一礼した青年は顔を上げて鶴子を見返した。

端正とは言い切れぬが、素朴な青年である。少年の面影が薄れ、ようやく一人の青年になろうといった顔立ちだ。見た目だけを見るならば、恐らく十代の半ば程か。しかし、感情のわからぬ表情と、抜き身の刀のように冷たい雰囲気をまとっているせいか、年齢は見た目よりも随分歳が上のように見えた。

 

「えぇ、本当に……とは言うても、半月程やけど」

 

 鶴子は上品な微笑みを浮かべた。

 その表情に浮かぶのは、親しみと僅かな憐れみ。だが着物の裾で上手く表情を隠した鶴子は、何を考えているかわからぬ青年の様子を見た。

 

「本当なら、ウチの旦那に誤解を解いて欲しいんやけどなぁ響はん」

 

「鶴子姉さん……いや、誤解ではなく、俺がなした所業は事実故」

 

「ですが……」

 

「本来なら、ここに訪れることすら許されぬ身ではありながら、鶴子姉さんのご好意に甘えてばかりな自分を恥ずかしく感じるばかりです」

 

 尚も言葉を続けようとする鶴子に、男、青山宗家が最後の一人である青山響は、再度頭を下げるのであった。

 

「まぁ、響はんがそう言うなら、ウチはどうも言わん」

 

「我が儘ばかりで申し訳ありません」

 

 頭を下げたままそう謝罪する響に、鶴子は場を和ませるように明るく笑うと、響の傍に寄ってその肩にそっと左手を乗せた。

 

「えぇんや。我が儘言うんが弟やからなぁ。響はんがちっちゃい頃は我が儘一つ言わなかったんや。このくらいはなぁ」

 

「……ありがとうございます」

 

「もう。そんな他人行儀は止めや止め!」

 

 朗らかな鶴子に引き上げられるように顔を上げた響は、優しく笑う鶴子を一度見てから、続いてその右腕の『あった部分』を見た。

 着物で隠されているが、肩より先の部分が鶴子の右腕は存在していない。

これこそ鶴子が神鳴流を辞した理由であり、宗家青山に置いて、響のみが語られていない理由だ。

 今より幾年か前、婚姻を境に一線から退くつもりであった鶴子に、真剣を用いた決闘を響は挑んだ。

 そして、結果は見てのとおり。

 響は全盛期の鶴子の右腕を斬り捨て、歴代最強の使い手となったのである。

だがそれに対して周囲が感じたのは、底知れぬ強さが見せる暗黒への恐怖。

 

 魔を断つ剣にあるまじき、悪鬼外道の姿であった。

 

 だが、そんな彼に対して、鶴子はといえば以前と変わらず、いや、それ以上に優しく接するようになっていた。

 当然、周囲の人間はそれを良しとはしなかったため、今はこうして人目を忍んで月に一度か二度の頻度で出会っては、とりとめのない会話と。

 

「それで、今日もまた何かあったでしょうか?」

 

「それは勿論。とは言うても、これも噂話の域やけど」

 

 毎度の如く響にとっては有益となりえる『好敵手』の話であった。

本人も自覚していることだが、響はコミュニケーション能力が常人に比べて著しく低い。なので彼だけでは、幾ら腕が立つとはいえ、これまで斬り伏せてきた妖怪変化や悪党の情報を得ることは難しかっただろう。

 そんな彼を人知れず支えてきたのが、未だ神鳴流で大きな影響力をもつ鶴子であった。

退魔を生業にする神鳴流には、様々な情報が集まってくる。鶴子はそれらの中から、今の響に必要なものだけを選択して、彼に伝えていった。

 あくまで、噂話として。

 偶然、そんな話を聞いたという体で。

 

「……是非、聞かせていただけないでしょうか」

 

 当然、響も何度となく話を聞いてきたために、流石に鶴子が何らかの意図で自分に敵を与えているのかくらいは察している。

 だがその理由について問うことはなかった。何故なら理由を知ったところで意味などないことはわかっているし、己が強くなるのであれば、利用されるのすら構わないと思っているからだ。

 鶴子はそんな響の内面の機微を知ってか知らずか、本心を内側に隠した微笑を浮かべたまま、響が望む噂話を語りだした。

 

「何でも、ここより西で、地図にも載っていない島で封印されとる鬼を解き放とうとしているけったいな輩がおるらしゅうてな……」

 

「封じられた鬼……」

 

「酒呑童子。と言うたら分かるやろか?」

 

 あくまで世間話という体でさらりと告げられた鬼の名前に、表情に乏しい響の顔が小さいながらも驚きに染まった。

 

「酒呑童子とは……まさか、実在していると?」

 

「まっ、あくまで噂やけどなぁ」

 

 鶴子の微笑みはまるで変わらない。何でもないようなことと口にはしているが、その実、もしそれが本当ならば決して気楽に口にしていい話題ではないはずだった。

 酒呑童子。

 古くから人々を襲ってきた妖怪変化の中でも特に強力であり、かつポピュラーな存在である鬼と呼ばれる妖怪を統べる存在としてその名は有名だ。

 現在は京の都で封印されているリョウメンスクナですら、彼の鬼と比べれば格が劣ると言えば、その規格外が理解できるというものだろう。妖怪の中でも特に強力な鬼を統べる力は伊達でもなく、無数の命を生贄として召喚されたときは、日本中の術者が総力を結集して、辛うじて封印するに至ったらしい。

 だが一方でその存在は資料でしか確認されておらず、しかも封印場所がまるでわかっていないことから、存在しないのではないかとさえ最近では言われてきた。

 ならば成るほど、噂話としては上等な類のものだろう。少しばかりスリルがあるが、実際にはありえないお話とあれば、話題としてはうってつけだ。

 しかしこれまで鶴子が噂話としてもちかけてきた話の全てが響にとって価値あるものであったことを考えると、この冗談のような噂話も、あながち嘘ではないのかもしれないと響は思っていた。

 

「それで? その島というのは何処に?」

 

 既に驚愕の色は響の顔から抜け落ちていた。あるいはその話が本当だとして、何故その話を自分にしたのか、どうやってその話を手にしたのか等、疑問が沸いて出てきてもおかしくないだろう。

 しかし響は一切の疑問を吐き出すことなく、ただ静かに頷きをもって鶴子に続きを促した。

 

「そう言うと思うて、地図を引っ張ってきたんや。噂にしてはよう練られてますえ」

 

 言うが早く懐から色あせた小さな地図を鶴子は取り出した。

 用意周到というか。ここまでしておいて未だ噂話だと言ってのける胆力に響も内心で苦笑しつつ、広げられた地図を二人で覗き込んだ。

 

「少々遠くにありますが、そこへの道は偶然にもウチの知り合いが知っておってなぁ。その知り合いにここまで行きたい言えば連れてってくれますわ」

 

 地図には本来島など存在しない場所に小さな点のようなものが描かれていた。ただこの地図だけでは本来座標を特定することが出来ないはずだが、おそらくこの地図自体がその場所へ行くための鍵のようなものなのだと響は察した。

 だからこそ疑問なのは一つ。

 

「仮にお話が本当だとしたら、この封印を解こうとしている術者は、どうやってこの場所を知ったのでしょうか?」

 

「さて」

 

「そもそも、その術者は何処でその話を聞いたのでしょうか」

 

「さぁ?」

 

 当然すぎる質問に、鶴子は笑みを崩すことなく堂々と白を切って見せた。

 響はその笑みを探るように数秒見つめる。だが幾ら見たところで鶴子が何を思っているのかなどわかるわけがないので、疑問は吐き出した呼気とともに外へと流した。

 

「まぁ、気にしても仕方ないことなのでしょう……とりあえず地図はお借りしても?」

 

「構いません」

 

「では」

 

 響は地図を丁寧に丸めると懐に仕舞い込んだ。

 そして用はこれ以上ないとばかりに立ち上がり、「失礼します」と一言入れてから鶴子に背を向けてその場を後にした。

 

「えぇ、気をつけてな」

 

 久方ぶりの姉弟の会合はものの十分もしないうちに終わってしまった。だが響は当然として、鶴子もそのことを気にした様子はまるでない。

 ただただその顔に浮かぶのは優しげな笑みだけである。

 

「……疑問はあるやろう。ですがそんな疑問も、あまりにも出来すぎた演出すらも響はんは決して気にもしない」

 

 響は鶴子を信頼しているからこそ疑問を口にしないのだろうか。鶴子の笑みは己を信頼する弟を頼り、そして一人前の剣客としての経験を積ませるために噂という形で邪悪と呼ばれるような者達の情報を与えているのか。

 もし彼らの会合を知った第三者が居たならば、そう問うたに違いない。

 そしてもし問う者が居たのなら、鶴子はやはり微笑を称えたままに答えただろう。

 否。

 そんなことは決してありえない。

 響は確かに己を信頼しているだろう。だが、そんな家族への信頼など遥かに超えた欲求があるからこそ、響は鶴子の話に耳を貸して、自ら動いているのだ。

 

 強くある。

 

 強くあれ。

 

 青山響という男が持つ欲求はあまりにも単純明快だ。だからこそその狂気的な純粋無垢に、鶴子は己の腕が斬られるその瞬間まで気づかなかった。

 

「ならば叶えましょう。強くなるんや響はん。その身に流れる『青山』のままに」

 

 それはまるで一本の刀を鍛え上げる作業に似ていた。

 鍛え、練り上げ、そしていずれ響という男は、青山という鋼の結晶となりえる。

 その未来を想像して、鶴子は切断された右腕の部分に甘い痛みが走るのを感じた。

 

「ん……ふ、ぁ」

 

 頬を赤らめ、切断部分をそっと撫でる。熱をもった断面は、触ると甘い疼きを体中に伝えた。

 

「ふふ……」

 

 強くなれ。

 

 強くあれ。

 

 強くなり続けろ。

 

「その先をウチは永遠に理解できないやろうなぁ」

 

 剣士として響に劣る己では、その狂気が行き着く終わりの場所を理解することは出来ないだろう。

 だがそれでいい。自分は知らずとも、もう一人の『青山』は狂気の末路を知りえるはずだ。

 

「天啓やった……弟に斬られ、無様を晒しながらも生き抜いたあの日、ウチの血塗れた姿を見て、あの子だけは恐怖の中に『色』を見せた」

 

 あぁ、もう一人の青山。

 今は弟のことを忘れて、陽だまりに己の身を置く対の異端よ。

 鶴子は天啓を得て、己が使命を知った。

 あの日。

 あの時。

 恐怖を忘れ暗黒に埋没する青山と、恐怖に飲まれながら光を覗かせた青山。

 この二つを、真逆の極地に立たせることこそが自分の命の在り方だと知った。

 

「これをもって『青山』は完成する。どのような極地か、ウチには決して理解できへんやろが……素子、血が作り上げた『青山』を知るのはあんさん以外おらへん」

 

 最早、その思考は血を分けた家族へのものとは思えなかった。

 京都神鳴流が長き年月を経て作りあげた二つの恐るべき才覚。鶴子にはそれだけしか見えていなかった。

 

「『青山』」

 

 いずれ、この言葉は響きのみを指す言葉として知れ渡ることになるだろう。

 宗家とは違う狂気の名として。

 そしてそのときこそ、鶴子は歴史の証人となるのだ。

 

「人間の終わり。人間の可能性……おぞましきは人の性」

 

 その暗黒を見ろ。

 そして大衆よ、己が業を知れ。

 

「もしくは、それすら照らす光があるのやろうか」

 

 いずれにせよ、この一戦にて人間の終わりの一部が姿を見せるだろう。

 人は何処まで行けるのか。生物として妖怪変化に劣る我々がどうしてここまで繁栄することが出来たのか。

 根源に在るおぞましきその姿を曝け出せ。

 そして──

 

「凛と、歌声を」

 

 斬撃から溢れ出た凛と染み入る鈴の音色を再び。

 なんてことはない。

 取り繕った理由は彼方に。鶴子はただ、あの美しき音色が奏でる旋律をもう一度聴きたいだけなのであった。

 

 




なろうで、不倒不屈の不良勇者とか書いてて遅くなりました。
とはいっても、現在もなろうで新しく魔神兵装クロガネっていうのを連載しているので、暫くは完全に定期更新とはいきませんのでご了承を。よければなろうの新作やヤンキーとか読んで気長に待っていただければと思います!なんて露骨にアピール。

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