もしもし、ヒトモシと私の世界【完結】   作:ノノギギ騎士団

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僕らは人間なので、かみあわない。

 記憶が曖昧になる――とは、どのような感覚なのだろう。

 眼鏡を外したら視界がぼやぼやするように、思い出そうとする記憶にピントが合わない状態なのだろうか。それとも、出来事は覚えているが、肝心の中身である詳細を忘れた状態だろうか。

 

 そのどれも、理解の閃きには至らなかった。

 どうにも彼女の状態は想像しうるどちらの状態にも合致しないと思えたのだ。

 

 そもそも、曖昧という言葉は、物事がはっきりしないことを指す言葉だ。ならば、彼女は――。

 

「マニさん、どうかしましたか?」

 

「いいえ、何でもないです」

 

 カフェの窓際に座った彼らは、食事をしていた。

 平静を装うマニは、昼食のサンドウィッチを飲み込む。それから「質問してもいいですか」と尋ね、了承を得た。

 

「どうしてあなたの記憶は、曖昧なのですか?」

 

 記憶が曖昧になったにしては彼女は仕事において、さまざまなことを記憶している。「ねじやま」に関する知識は、その通りだった。しかし、コウタとの一件――喧嘩らしい――のことは、すっかり忘れていた。

 

 コウタは忘れていたことばかり気になって、それを責めたが第三者のマニから見れば「すっかり忘れていた」事実の方が気になる。

 

 喧嘩をした内容ではなく、喧嘩をした相手でもなく、喧嘩をした時の天気でもない、喧嘩したこと自体を忘れていたのだ。だから出会ったら挨拶もするし、メールを受け電話にも出て、用件を聞く。

 

 彼はたいそう困惑したことだろう。同時に恐怖したに違いない。

 

 マニは心理学にも病理学にも明るくない。だが、自分の無気力さに嫌になった経験から『ストレス』が何なのか聞きかじった覚えがある。だから、彼女の記憶のことは極度のストレス負荷による健忘だと思ったのだ。

 

 もし、そうだとしたら忘れたくて忘れたわけではないのだろう。忘れなくては耐えられないから、忘れてしまっているだけだ。

 

 そして。

 忘れたのならば、思い出すことができる。人間の記憶とは、命に刻まれた痕跡だ。刻まれたら元通りには戻らない。

 

 マニも、挫折の思い出は消えそうで消えてくれない苦しさを知っている。彼女もそんな経験をしているのではないだろうか。

 

 マニの想像が正しければ、それは、常に。

 

「まぁ、あんな豹変した後で普通に接するのも無理がある……というものだよな」

 

 敬語も微笑もどこかに置き忘れてしまったように、対面でスープを食べていたパンジャは肩を落とした。

 

「僕は、その話し方のほうが親しみやすいですよ」

 

「キャラ作りをしているわけではない。時と場合に応じ、常に相応しい私でいたいのだ。遠方からの客人に接するに、この『わたし』は相応ではない」

 

「うーん。そうですか。では、このレストランを出たらそのように」

 

 マニは、言い争うことなく妥協した。

 

(この人は、アオイさんと似ている人だ)

 

 合理ではあるが、極端が過ぎる。内なる美学と哲学に殉じて生きているらしい。だから言葉による理解は難しい。しかし、彼女も理解を怠るほど頑なというわけではないようだ。

 

「了解した。……まあ、いいだろう」

 

 お互いの妥協点を見つけ、協調しようとしてくれるだけアオイより話しやすいかもしれない。

 

「記憶のことです。喧嘩なさったそうですが……ああ、僕は責めているわけでは無いんです。どうせ部外者ですし。まあ、彼も僕もちょっとビックリしましたけど」

 

「…………」

 

「むしろ、記憶が曖昧だったことで合点がいったことがあります。アオイさんの夢についてです」

 

 その言葉に、彼女はようやく反応らしい反応を示した。それは、鋭利なフォークをサンドウィッチに突き立てるという分かりやすいものだった。

 

「『誰よりも先へ』、『誰もみたことがないものを』、『聞いたことがないものを』、『知り得ないものを』。アオイさんの夢とは、手段を問わず、これらを達成することだと聞きました。そして、この研究室にいた頃の彼は『欠損のある化石から完全なポケモンを復元する』ことを手段として、目的を果たそうとしました」

 

「…………」

 

 そうだ。黙るしかない。

 あなたが言っていた。

「私が我々の夢の体現者」だと。

 僕を相手に、しらばっくれるには分が悪すぎる。

 

 マニは知りたいことがある。

 本当はもっと早く気付いてもよかった当然の疑問だが、大したことのないマニの頭では今頃になってしまった。

 

 それは。

 

「アオイさんはあなたと同じ研究をしていたのでしょう?」

 

 アオイは、あの海で「自分しか知らない」と言った。だから、ふたつある情報を、ひとつにして「価値のある情報」に昇華しようとしたのだ。

 

 もし、マニが受け取ったならば彼は死んでしまっていただろう。夢にかける彼の判断は本気だった。間違いなく、本気だったのだ。

 

 しかし、この世界にはひとりだけ、アオイと同じ情報を持ち得た……可能性を持つ人物がいる。

 

「パンジャ・カレンさん。あなたも、アオイさんが実験で得た知識を持っているのではないですか?」

 

 アオイは、実験結果の全てを隠し通すことが可能だろうか。否。物理的に閉ざされた研究室の中で、四六時中一緒にいると形容される彼女にまったく怪しまれずに隠蔽するなど、不可能だ。

 

 もっとも、アオイがうまく隠し通した――と思い込み――パンジャを放置している、という線もあったが情報の価値をひとつにしたがった彼らしくない行いだ。わずかな可能性の生存さえ彼は許さない。夢のために自分の命を擲つ彼ならば、信念の下、他者を害すのも躊躇しないだろう。

 

 ひとつだから価値を持つ。もし他の誰かが同じものを持っていると知ったら――。

 

 彼女は、薄く笑った。

 口角が歪につり上がる、この顔を、マニは知っている。

 ずっと、見ていたから。息をのんだ。

 

「実験には私も参加していた。――というより、彼は私を頼らなければ実験を行うことはできなかった、と言うべきだな。彼は私の技術を必要としていたのだから」

 

「そ、それなら、どうして、あ、あの時……」

 

 マニは、狼狽えた。

 

 どうしてアオイは情報が自分の頭の中とUSBにしかないと言ったのだろう? 騙されていたのは僕なのか? アオイさんは役者も真っ青な演技で僕の良心を試したのだろうか? それともアオイさんこそ記憶が危ういのか?

 

 しかし。

 

「彼は私に対し、情報を秘匿した」

 

 彼女は言わずにはいられない、面白い冗談を見つけたように語った。

 

「実験の結果が彼によってどのように統計され、考察を行ったのか、私は知らない。彼は私を研究者ではなく技術屋として扱ったからだ」

 

「そ、そんな! 共同研究者だったんでしょう、あなたは。どうして、それをよしとしたんですか……?」

 

 彼女の記憶が曖昧だったのも、都合が良かったのだろう。

 

 マニならば耐えきれない。だって夢のための努力が無駄になるのだ。だが彼女は子どもの悪戯を見つけた時のように、誰かを見守る目をしている。どうして彼女は謙虚にいられるのだろう。

 

「栄光は彼にこそ。賛美は彼に相応しい。友情を担保に、私は協力を惜しまない。彼が望むのならば秘匿を許し、黙秘を貫こう」

 

「我欲は無いんですか? あなただって、その栄光を得る資格があるはずなのに……」

 

「この件に関して、私はすでに報われているので今以上に特筆望むものはない」

 

 報われている?

 何を言っているんだ。だって彼の知識は、まだ何の形も生み出していない。それなのに。

 

「どうして、ですか……?」

 

「それは秘密だ。私は彼との約束を守ろう。まあ、私のことはどうでもいいのだ。それよりも、なるほど。彼が情報を持っているのだな。事故の時からパソコンが見つからなかったので心配していたのだが、彼が回収していたのならば、それはそれで良いだろう」

 

「…………」

 

 彼女は、肩の荷が下りたとでも言いたげにしばらく目を閉じた。

 次に目を開いた時、彼女はフォークを弄んでからテーブルに置いた。

 

「君が彼の夢を継がなくてよかった」

 

「え、ええ、僕は僕の夢を見つけますから」

 

「そうか。それは都合が良い。励みたまえ。――すでに彼の夢は私が継いでいるのだから」

 

 その言葉に、喉が凍る思いがした。

 

 

 ずっと彼女に違和感があった。

 

 

 体の動かし方に見覚えがあった。誰かと姿がダブる。それが誰なのか分からなかった。でも、いま分かった。彼女の姿は、アオイにそっくりなのだ。……マニはアオイの上半身の動きしか知らない。けれど考え込む時の頬を撫でる癖は知っている。笑うと必ず片方の口端が上がるせいで皮肉っぽい顔に見えることを知っている。そして、今は動かない彼の足運びは、彼女が見せたもの、そのものだったのだろう。

 

 ふと、彼女の願いを思い出した。

 

『彼がわたしにくれたものを返したいだけだ。わたしがパンジャ・カレンであるために。そしてわたしは、アオイに――』

 

 その先に続く言葉を、理解した。

 

(この人は、この人の願いは――)

 

 あの時、風に攫われた言葉は姿を変え、目の前にいた。

 

 謙虚なものか。これは、彼女のひどい傲慢じゃないか。

 

 マニはテーブルに拳を叩き付けた。放って置かれている食器がガチャガチャと不安定な音を立てる。

 

 でも、知ったことじゃない。

 

「だから、彼の夢を継ごうというのですか!? あの人の夢はあの人のものだ。あなたが果たしたとして、彼のものにはならないのに!」

 

「彼の尽力を横取りしたように見えるだろうか? しかし、研究の成果は手段であり、目的ではない。――それに彼は君に願ったではないか。『私の代わりに情報を活かしてくれないか』と。私が代行したとして問題は無い」

 

 結果として、アオイの知り得た情報が世界を変えたことになる。結果だけを見れば――。

 

「でも、それでも、アオイさんは、まだ……」

 

 ――私の栄光、私の夢は……まだ途中のまま、私と共に……ここにあっていいのか。

 

 そう呟いて、柔らかい笑みを浮かべた彼を覚えている。その顔には、ヒトモシのミアカシと一緒にいるときとは別の種類の幸せがあった。本当に幸せそうに見えたのだ。

 

 夢を叶えることができる、価値のある情報を持っていることで、彼は人並みに自分の命を大切にできているのだ。

 

「まだ、アオイさんは手放しがたいと思っています」

 

「彼が自ら描いた夢だ。いずれ理解する。いや、もうしているのかな」

 

 言葉が足りない。

 

 もっと彼女を止められるようなことを言わなければならない。言葉は喉の奥で絡まり、今にも叫び出さないのが不思議なくらい言葉にならなかった。

 

 彼女の言うことが、理解できないわけではない。むしろ彼の夢を継ぐならば、マニよりも他の誰よりも相応しい人物だ。

 

 結末だけを見れば、彼の夢は成立しそうだ。

 しかし。

 

(結果のためにアオイさんを犠牲にするのならば、もうそれは誰のための夢なんだ……?)

 

 マニは分からなかった。座っているはずなのに、ぐるぐると視界が回る。

 

 どうしよう。止めなければ。誰が。僕が。どうやって。手段が。僕には、分からない!

 

「……アオイさんは、あなたを大切に思っていると言っていました」

 

 苦し紛れに、そんなことを言った。

 往生際悪く、すこしでも彼女を動揺させたかった。

 

「そう。私も同じだけ思っている。だから友情を果たそう」

 

 あたりまえに甘受すべき感覚のように言われて、マニは首を振る。

 

「違う違う、アオイさんがあなたを思っているのは、そうだけどそうじゃなくて、大切に思っているというのは友情のことでもなくて、もちろん恋愛感情のことではなく、ひとりの人間として大切に思っているということなんです。ああ、僕では伝えきれない。……でも、たぶん、きっと、そうなんです!」

 

「それは過大な評価をいただいたものだ。私には勿体ない」

 

 マニはガシガシと髪を掻いた。

 

「あーッ! 違うんですよ、パンジャさん。アオイさんがあなたに大切にしてほしいのは、あなたの心です。……記憶だってストレス性の健忘が原因なんでしょう。アオイさんの夢を叶えるのに、あなたが犠牲になって欲しくないんです」

 

「今さら彼がそんなことを気にするのか?」

 

 ぞくりとするほど冷たい声。そしてパンジャのストレスの起因が分かった。

 

(アオイさん、最近丸くなってきたから忘れがちだったけど、研究室時代のアオイさんは普通にヤバイ人だったの忘れてた……)

 

 でも、彼がいったい何をしたというのだろう。

 

「アオイさんは、あなたに……何を……? あの、技術屋とは……」

 

「解体だ。装置復元したポケモン――と呼称してよいものか学術的観点によるが――彼が分析しやすいように、私が。物体の構造解析は生命学を学んでいた私に一日の長があったようだ。もっとも彼のほうが優れていたとして、手を汚さなければならないのなら、それは私が行うべきことだ」

 

「あなたは、どうして……そこまで。あの……優しいんですね」

 

 それ以外、何を言えばいいのか分からずにマニは感情を呟いた。

 

「優しさの問題とは違う。彼の精神が耐えきれないだけだ。……彼はポケモンが好きだからね」

 

「その代わりに、あなたが消耗するんですか」

 

「私は、都合の悪いことは全て忘れることができる」

 

 そもそも忘れる状態が常態化していることがおかしいのだが、それを指摘できる段階はとうに越したことを察した。

 

「あ、あの、あなた……ストレス過重で多重人格なんて、ありませんよね?」

 

 上ずった声で言うと、彼女はフォークとナイフを使って器用にサンドウィッチを食べ始めた。

 

「さあ、どうだろうね? わたしが基本人格のはずだが」

 

 なんのことはない。彼女の負荷は、アオイがかけ続けていたものだった。――だからこそ彼は肉体的に精神的にも傷付けてしまった彼女を「今は」大切に思っているのだろう。

 

「自分を大切にしてください。そして、できれば、あの人のこと、まだ信じてください」

 

「信じているとも。かけがえのない友人だ。我が親愛は永久に、永久に、永久に」

 

「とわに」

 

 マニは、引きずられるように呟いた。

 

 彼女は。

 

(『報われている』と言った)

 

 その結果が、現状だとしたら。

 

(アオイとの夢を果たすことは、彼女にとって思い出の「おまけ」に過ぎない)

 

 分かっていない。

 彼にとって大切なものが、今ではどんな価値を持つのか、分かっていない。

 

(この人は、変わっていないんだ。事故の前から後まで、最初から今に至るまで)

 

 蓄積されるはずの記憶が曖昧だから。

 

(積み上げた高さで、見えるはずものが見えていないんだ……)

 

 彼女は成長をやめた。いつまでも過去の時間軸に留まっている。

 時間は左方向へ流れていくのに。

 人間として歪な生き方だ。

 

「憐れむのか、私を」

 

 心の内を読んだかのような問いに、マニは首を横に振った。

 

「いえ……。何をどうしても情熱を持てなかった僕が、志を持つあなた達に、そんな感情を向けるのは失礼というものでしょう。ただ……辛くはないかと心配します」

 

「辛苦など感じる暇があるものか。自分で決めたことを果たすだけだ。後悔のしようがない」

 

「そう、ですね。僕も、そうです」

 

 パンジャは、マニがあっさり引き下がったことで興味をそそられたらしい。

 じいっと笑わない瞳に見つめられると、マニは自分が一枚の紙になった心地がした。どうにも落ち着かない。

 

「質問は以上だろうか?」

 

「ええ、はい。……えっと」

 

「アオイがどうして君に夢を託そうとしたのか。……常々気になっていたのだが、この際なので聞いておきたいと思ってね」

 

「えぇぇ……。アオイさんに聞けばいいじゃないですか。僕だって明確な理由聞いていないんですよ。それっぽいことは言われた気がしますけど」

 

「アオイに聞くのは、ちょっと」

 

「えッ仲悪いんですか?」

 

「悪いわけないだろう! 彼には友人がいないのだから! ……あ、ちょっとはいるかな」

 

 自分の知らないところで友達少ないことバラされるアオイさん可哀想だな、とマニは思った。いや、知っていたけど。知っていたけど、あらためて言われると、何か心の温かい部分がギュッとされる。

 

「彼は……今の私に遠慮していることが多いから、気まずいというか。私は何も気にしていないのだが、彼はそうではないから……自重している」

 

「…………そ、すか」

 

 そのせいで拗れているのならば、ぜひ話すべきなのでは?――などと提案できれば気楽な話だが、それでは彼女の「思いやり」に由縁する行為を否定することになる。

 

 他人を大切にできる感性は、たとえひとりの人間にだけ傾けられる情熱だとしても、素晴らしいものだと思う。

 

 彼女の場合、そのベクトルがメチャクチャで取るべき手段が極端なだけだ。

 

 根底にある心情が間違いではないことが問題の性質を難しくしている。ちゃんと大切に思っているのだ。そうでなくては、やり遂げる覚悟はできないだろう。

 

 何も間違っていない。

 間違ってはいないのだ。

 

 マニにとって、正しくないだけで。

 パンジャにとっては、正しいだけで。

 

 アオイも、コウタも、誰も彼も、間違ってはいないのだ。

 

 それぞれの生き方や信念に正しさが存在し、それぞれを認められない誤ちだと思っているだけだ。

 

 誰もが正しくて、間違っている。

 

「僕が……アオイさんに認められたのは、きっと……僕とあの人が似ていないからだと思います」

 

「似ていない。そうだね、君と彼は似ていない」

 

「ええ、そう。あなたとあの人のほうが、よっぽど似通っている。……でも、あの人は自分と似た人間を選んで、同じ轍を踏んでほしくないのだと思います」

 

「…………」

 

 マニは自分が残酷なことを言っていることを自覚した。

 もし、この想定が正しいのだとすれば、彼の夢を継ぐのに最も相応しくないのは――パンジャだ。

 

「同じ失敗を繰り返すのなら、意味がない。研究者として愚かなんでしょう。でも僕は、そう思わない。同じ失敗にも意味があり、経験の蓄積を得て、最後には大きな成功に繋がるんでしょう。……まあ、僕はアオイさんほどオツムが良くないので、そう考えるしかないだけなんですけどね」

 

「……そうか。アオイは、そういう選択をしたのだな」  

 

 もう一度、そう、と言う彼女の表情は凪いでいた。

 

 平静に見える彼女が本当の彼女なのだろう。今のマニは信じることができそうだった。

 

 そして、もしかすると変えることができるのではないかと思った。

 

 今の僕ならば彼女が選んだ現実を、夢に埋没する前に――ひょっとしたら、止められるのではないか。

 

「あ! でも、勘違いしないでくださいね。あなたが不適合というわけではないんです。アオイさんは……たぶん、後悔しているんじゃないでしょうか」

 

「彼が……後悔? いったい何を……?」

 

「彼は、恐らく失敗自体を憎んでいるわけではないんです。むしろ今でもどうすれば上手くいったのか考えているくらいです。でも、自分の失敗で起きた犠牲に怯えてしまったのだと思います。あの人は、わがままですけど優しい人ですから」

 

「彼は、間違っていない。何も間違っていない。失敗など取り返せる。生きている限り、間違いなど起きるものか。存在する限り、死など訪れるものか。私が元通りにする。彼の望むもの、全て!」

 

「アオイさんの後悔は、本当に大切なものを失うまで分からなかったことなんです。そして、あなたを傷付けてしまったことなんでしょう」

 

 彼女は、パッと目を丸く見開く。ちがう、ちがう、と呟いた言葉は何を否定したものか、マニは知らない。それでも良かった。彼らの問題は彼らだけの大切なことだった。

 

「自分と似た人を後継にしたくなかったのは、その人が自分と同じように、大切なものが分からずに犠牲を出してしまうことを心配してのことなんです。その人に、悲しい思いをしてほしくないんです。……心から親愛を捧げている人が、本当に大切だから」

 

「アオイは……そんな、こと…………でも、わたしは……今の彼を知らない……から……」

 

 マニは西の方角を見た。

 

 アオイには、余計なことを喋ったと怒られるだろうか。

 

 それでも、よかった。これで、よかったのだと、信じられた。

 

 片方の目を覆って考え込んでいるパンジャも、じきに顔を上げることだろう。

 

 顔を上げたら、食事をして、店を出る前に、握手しよう。

 

 そして「友人になってくれないか」とアオイにしたように頼み込むのだ。

 

 それから「今度は、シンオウに来てください」と言おう。あれ、ナンパみたいだな。もうちょっと言い方を考えよう。

 

 それから、それから、それから――。

 

 

 

 

 

 

 

 未来を描くマニの頭上で、カサリと蠢く影がある。

 

 丸の模様が特徴的なむしポケモンだった。

 そのポケモンはイッシュ地方には珍しい、もとはジョウト地方に多く生息しているイトマルだ。

 

 いつからいたのだろう。しかしそれは問う者はいない。

 

 そそくさと退散するイトマルが器用に抱えた小型の機械は、彼らの会話を余さず捉えていた。






【あとがき】
 1話にあたる登場人物紹介は、挿絵が投稿できない状況で、まだ未整備になっています。後日、修正する予定です。楽しみにしてくださっている方には申し訳ありません……。

作中、面白かったもの、興味深かったものを教えてください。

  • 登場人物たち
  • 物語(ストーリーの展開)
  • 世界観
  • 文章表現
  • 結果だけ見たい!

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