もしもし、ヒトモシと私の世界【完結】   作:ノノギギ騎士団

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ひょっとすると、僕は。

 運転中に考えさせるのはよそう。

 アオイだって命はおしい。

 

「まあ、そういうわけでね。ナタネさんに相談されて、解決法を一緒に探しましたが根本的な解決に至らず一時的な妥協策を提案してそれに同意頂いたところだ。森の中にいたのは……ダークライだ。名前は知っているかい?」

 

「ダークライ? 夢を見せるというあれですか?」

 

「悪夢専門だがね。森に住み着いたらしい」

 

「へぇ……。ほんとうにいたとは思いませんでした。アオイさん、よく見つけましたね?」

 

「そのことなんだが……どうかナタネさんには秘密にしてほしいのだが私が見つけたのではない。私がダークライに見つかっただけなのだ」

 

「んん? どういう意味です?」

 

「森の異変のことをナタネさんに相談されてから私もフィールドワークで外出していた。森の中で私が罠に引っかかってしまったんだ」

 

「ポケモンが罠を? ダークライにそんな高度なことができるとは……」

 

「彼は賢いぞ。テレビ番組の内容を理解しているし時間の概念もある。そのつもりになれば社会的な生活だって営めるはずだ」

 

「それは……すごい。そんなにすごいのに……持ち合わせた特性は残酷だ。人もポケモンも死に至らしめる」

 

「その話だが、マニさん?」

 

「え? なんすか?」

 

「ダークライが人を殺してしまった、という話はここにもあるのかい?」

 

「う、噂話ですよ! それもそれほど出回っていない……僕は! たまたま知っているだけで……それも詳しくは知らない……」

 

「へぇ」

 

「うわっ疑わしいという目! あなたの目はときどきもの凄く雄弁ですね。おかっぱ髪のせいでしょうか? あー、もう。噂話の発端はミオシティですよ、現在進行形で向かっているミ・オ・シ・ティ! そこの海っ端に住む子供が犠牲になったという話です」

 

「子供が? どうして……。いや、待て。町中にダークライがいたのか?」

 

「それ以上は知りませんよ。僕は在学中にたまたまミオシティ出身の同期生の話を聞いただけですから。でも僕は……本当にダークライがやったのかどうか分からないから……体の良い悪役にハマっているだけのような気がしてならないです」

 

「悪役……か。なるほど。分かる気がする。彼は存在するだけで損する存在だ」

 

「たとえば子供が双子だったら? 伝承に従い片方の子を還したのかもしれない。けれど今の社会ではただの犯罪だ。それの言い訳にダークライを使っているとしたら? ……いくつも考えられてしまって僕は事実を素直に受け入れられそうにない」

 

「……やればできるじゃないですか。最初からその調子で頼みます」

 

「できる程度しかできないんですよ、僕。どうせいつも2番ですから」

 

「優劣が人間の全てではないさ」

 

「あなたがそれを言うんですか。ぼかぁ、ちょっとばかし鈍くっても心の機微には聡いほうです。ちっとも思っても信じてもいないくせにそんなこと言わないでくださいよ。アオイさんらしくない」

 

 マニの眠気は峠を越したらしい。

 

「まさか本心から思っているわけではないよ。けれど私はそう信じて失敗したクチだから、君には別の道を選んで欲しいだけさ。研究は苦労するが……生き甲斐になりうるものだ」

 

 アオイは、アクロマを思う。

 その生き方は人によって様々だが、彼の生き方はひとつの理想の生き方だと思う。

 

「そうだ、いつかそういう生き方をしている人を紹介しましょう」

 

「現役ですか?」

 

「ええ。生涯現役ですよ」

 

「あ、もしかしてパンジャさんですか? ハクタイの」

 

「いや彼女はどういう理屈で動いているのか分からないので参考にはならないかも」

 

「なんすか、それ。アオイさんの同僚さんじゃあないんですか?」

 

「私が君の考えていることがさっぱり分からないように。君が私の考えを読めないように。私は彼女のこと分からないんだ」

 

 情けない話だ。ほんとうに……口にするのも憚れるほど。

 

「君に紹介するのは別の人だ。アクロマ、というイッシュのキレ者研究者だよ」

 

「研究室はどちらでしょうか? でも僕、覚えてるかなぁ……有名どころしか知らないからなぁ」

 

「じゃあ知らないだろうね。彼はフリーだから。今は雇われ技術者をしているらしいけれど」

 

「雇われ? 企業ですか? すっごーいじゃないですか!」

 

「とても良い刺激になると思うよ。キレッキレだからね」

 

「アオイさんがそこまで言う人なら凄い人なんだろうな! 僕! 期待しちゃいますよ?」

 

 外見のインパクトは最高なのでマニも驚いてくれるだろう。むしろ髪型だけ見せてみたい気がする。

 

「期待の遙か斜め上をいく人なので精一杯期待しておいてください」

 

「んん!? ななめ? は、はあ、りょうかいっす」

 

「彼のように……目標をもつことは大切なことだと思う。達成できるかできないかは些細なことだ。問題は」

 

「目標を掲げること?」

 

 行き場の失った言葉が切り取られた。

 

「そう。……目標は大事にしなくとも大切なことだ」

 

「アオイさんってときどき『大事』と『大切』って言いますけど、それってどう違うんですか」

 

「大事なことは価値のあることだ。大切なことは失ってはいけないものだ」

 

「目標は大切、それを達成できることは大事……? むつかしいですね」

 

「ただの言葉遊びだよ。でも不器用な我々が何かを成すにはなりふりを構っていられない。大切なことだけ守っていれば良いのだろう。譲れない一線を水際にして」

 

「僕の場合は何になるんでしょう?」

 

「動機は何だっていいんだ。ただ、それはそのまま覚悟になってしまうから慎重に決めないと」

 

「何でもいいのに慎重にって矛盾してません? 僕はなぁ……変われたらいいなあって思っているんです」

 

「向上心があるのは素晴らしいことだ」

 

「でもうまくいかなくて。研究者になれば僕はシャンとした人間になれるかもって思っているんです」

 

 どうして研究者に。

 ぼそり。アオイは呟く。

 見返りのない過酷な道だ。

 

「アオイさんを見ていればそれは、それくらい僕にも分かりますよ。……でも僕は…………あぁ、ひょっとすると僕も……!」

 

 長い長い山道が終わる。

 

 分岐を始めた道の真っ正面に太陽が昇った。今朝には忌々しいと思ったそれに、憎たらしさはなかった。

 

「誰も見たことがないことを、誰も知らないことを、誰も聞いたことがないものを、最初に見たいのかも……誰かに誇れる何かを見つけて僕は僕がこの世界にいたことを証明したい……かも」

 

 なんちゃって。

 照れたようにペロリ舌を出したマニ。

 彼の名前を呼んだ。

 

「茶化さないでくれ。それが大切なことなんだろう? ……それならごまかしてはいけない。ないがしろにしてもいけない。大切にしてくれよ」

 

「恥ずかしい夢だって、君にそんなことできるはずがないって……笑わないんですか?」

 

「笑わないよ」

 

 不安に揺れる声音をちぎるようにアオイは続けた。

 もう目を伏せることも、海の彼方に幻を探すこともしなかった。

 

 永く立ちこめていた夜霧に光が差したようだった。

 

 その光を、アオイはしばし『希望』と呼びたいと思う。

 

「笑えない。笑えるものかよ。笑えるわけがないじゃないか。――私だって同じ夢を見た」

 

 羨ましいと思うのは、妬ましいと恨むのは、何のことはない。

 

 私と彼は、似たもの同士だったのだ。

 

 車内の狭い個室のなかで名状しがたい空気が流れ損ない停滞した。マニは同じ夢を共有した痛みに触れて動けなくなっていた。アオイもまた彼に感じる不快の正体を垣間見て痺れていた。

 

「僕、あなたに勝って見せます」

 

 絞り出したような声に、アオイも応えた。

 

「どうぞ。――できるものなら」

 

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