落ち着いたので射命丸に言われた小屋を見てきた。
ボロいけど、生活するには何ら支障はない
元から野宿して生活するつもりだったし贅沢言わないさ。
「閻魔の言った通り、本当に悲しい目をしてるわね……」
どこからか声が聞こえた。
あの女か?
違うな……もっと歳食った声に感じる。
「ここよ」
突然目の前の空間が裂けて、その中から1人の女性が現れた。
なんじゃこりゃ……
「貴方は一体……」
「私の名前は八雲 紫よ、妖怪の賢者と呼ばれているわね、貴方の名前は知っているわよ、K君」
!?
なんでこの女オレの本名を知ってるんだ!?
「精神的に向上心のない者は馬鹿だ……貴方の好きな本の『K』の言葉ね、そして貴方の信条……でも、貴方はK君だけど……『K』にはなれないわよ?だって、今の貴方はクロだもの……」
「………………、オレと『K』は一緒ですよ……オレはあの人の気持ちがよく分かる……きっと、虚しかったことでしょう。」
「違うわ、自分と同じ考えを持って、自分と同じような生き方をしてきたんですものね……共感するのは当然でしょうけど、貴方は『K』よりも強いし、とっても優しいもの……」
にっこりと八雲さんは、笑って言った。
この人は、綺麗な人だけど、笑顔が凄く不気味に感じた。
「オレは、強くないし、全然優しくないです、まぁ、オレは誰にも裏切られてないから、彼よりは恵まれているのは確かですね。でも、オレは誰も好いてないから彼より劣っているのも確かです。」
「はぁ……もう少し、素直になりなさいな、本当は誰かに側に居て欲しい癖に……寂しくて堪らない癖に……」
溜息をついて八雲さんは言った。
「………………」
「見つめていた深淵に、堕ちていってるわよ?帰れなくなる前に、手を伸ばしてご覧なさい、差し伸べられた手は、沢山ある筈よ」
「誰も差し伸べちゃくれないですよ……オレなんて……」
「気付かないだけよ……壁を作って閉じ籠ってるだけじゃない」
「そうですね……」
「貴方は、『K』じゃないわ、クロよ、とても綺麗な『こころ』を持ってるわ……どうか、綺麗なままでいて欲しいわね……」
オレのこころは綺麗じゃない……
もし、オレのこころが目の前にあったとしたら、ゲロみたいな匂いがするんだろうな……
「さて、貴方に言いたい事は全部言ったから私は、帰るわね」
ニコッと笑って八雲さんは空間の裂け目の中に消えてゆく
恐ろしい人だ……賢者と呼ばれるだけある
もう少し素直に……か……
難しいな
青年は大きく伸びをして歩き出した。
「強いて言うなら、『K』というより、『グレーゴル・ザムザ』かしらね……どちらにもならないと良いけれど……」
妖怪の賢者は、スキマと呼ばれる空間の裂け目の中で、静かに呟いた。
「壊れていってる……」