さて、例え偽物でも幸せなんでしょうかね?
ちょっとした疑問符を投げかけてみます。
答えは人それぞれだとは思いますけど。
山の木々がそよそよと靡いた。
頬を柔らかな風が包む。
美しかった。
目の前に見えるこの景色が、いつも当たり前の様に見ていたこの景色が……
どうしようもなく美しく思えた。
「なぜ……こんな事に……」
ガクッと崩れ落ちてしまいそうになった。
けれど、それでも、オレはあの子を守ろうと思った。
耳聞こえず、オレのせいで目も見えなくなったこの子を……オレは愛しているからだ。
「うろ〜」
目から血を流して伊織は笑った。
抱き締めようと思った。
でも…………
「良い加減になさい」
聞いたことのある声を聞いた。
そして、次の瞬間……
ズドドドドッ!!
っと音がしたと思ったら
四肢を釘が貫き、地面に張り付けにされた。
「クソッ……」
動けない、もう身体が限界みたいだ。
目をやると手に釘を持った霊夢が立っていた。
「お願い、私にあんたを殺させないで……」
俯いて霊夢が言った。
知った事かと身をよじっても、身体が動かなかった。
「うろ〜あははは〜」
伊織がこっちとは違う方向にフラフラと歩いて行く
ズテッと転んでも、泣いたりせずに歩いて行く
まるで誰かの声が聞こえるかのように……
「伊織!!違うそっちじゃないよ!!」
大声で叫んでも聞こえやしない。
だって耳が聴こえないのだから……
「クロ、あの子このままじゃ死ぬわよ……どうするの?あの子を里に帰すのならあの子の目の傷を治すわ、選びなさい……あの子を今見殺しにするのか、それとも、あの子のこの先を里の人達に委ねるのか……」
スキマから紫が言う。
殺してやろうと思ったけれど、身体が動かない。
「恨みたければ恨みなさい……所詮、人間と妖怪は相入れないのよ、貴方は深入りし過ぎた。里で人間を襲った妖怪がこのまま退治されずに野放しにされていれば、他の妖怪達が増長するわ……貴方、本当に里で人間が襲われる様になっても良いの?」
分かってた……オレがあの子を攫ったことにされて
それを聞いた他の妖怪達がどうなるかくらい、知ってたさ
なんで……こうなってしまったんだろう……
オレはただ……誰にも愛して貰えないあの子を、救いたかった……だけなのに……
どんどん気が遠くなってゆく、釘に妖力を吸われているからだろうか?
それもあると思う。
でも、それよりも…
あの子がオレなんかの為に両目を失ったのを見て
結局自分は何も守れないと言うことを突き付けられた気がして、自分が崩れ落ちてしまいそうだった。
「あの子には貴方の声が聞こえる様にしてるの、私の術でね……ずっと隣に貴方が居てくれてると思わせているわ……だから、きっと人里に行ってもあの子は寂しくないし、きっと幸せだと思うわ」
「そんなの……幸せなんかじゃ……ない……」
そこから先は覚えてない。
ただ、意識が途切れる瞬間に見えた伊織の幸せそうな笑顔がいつまでも目に焼き付いて離れない。
目も見えなくて耳も聞こえない。
だからこそ、あの子は幸せに感じたんだと思う。
たとえ、それが偽物だったとしても……
あの子は本物と信じて疑わないのだから。
例え世界が終わってしまってもオレはお前を離さない……
そう誓ったはずだったんだけどな……