「よっ! アピニオン!」
「ぎゃあぁああああああーっ!!」
学院祭とやらを二日後に控えたある日。
アタシは暇潰しのためだけに聖王教会を訪れていた。相変わらず居心地が悪いな。
裏庭ら辺をうろついていたのだが、そこでアピニオンが植木に水やりをしていたので声をかけてみたのだ。それでも第一声で悲鳴を上げられるとは思わなかったけどな。全く、アタシになんの恨みがあるってんだ。
「な、な、なんでいるんですか……!?」
ぎこちない動きで後ずさりしながらそう問いかけてくるアピニオン。声が震えてるぞ。
なんかすげえ小さな声で呟きながらシスターらしくお祈りし始めたんだけど。
まるでアタシがいるなんて悪夢でしかないみたいな言い方だな。悪夢かどうかはともかく、なんでいるのかに関しては正論である。しかし、今のアタシは暇を潰すためならどこにだって行く。
……ヤバイ、そろそろ気分が悪くなってきた。
「ところでアピニオン――」
「サンドバッグにはなりませんよ!? あたしだってまだ生きたいんですっ!」
「――トイレはどこ?」
「へ?」
早くしないとゲロインになってしまう。
~~しばらくお待ちください~~
「あ~スッキリした~」
「………………(ガクガクガク)」
数分後。逃げようとしたアピニオンの首根っこを掴んで捕獲し、強制的にトイレへ案内させることで事なきを得た。
危なかった。一分でも遅れていたら(ピー)を廊下にぶち撒けていたぞ。今回だけはアピニオンに感謝だ。今みたいにガクガク震えながらもちゃんと案内してくれたのだから。偉いぞアピニオン。後でサンドバッグにしてやる。
それにしても……震えすぎだろ。首根っこを掴んでいる左手にまで振動が伝わってきてるぞ。こういうところはちょっと可愛いんだよな。だからこそ虐めたくなるんだけど。
「落ち着け。別に取って頭を撫でるわけじゃないんだから」
「落ち着けるわけないじゃないですか! これから何をされるかわかんないのに落ち着けるわけないじゃないですか! あとその方向でお願いします! 頭を撫でる方向でお願いしますっ!!」
なんて失礼な奴だ。
「気が変わった。やっぱり取って――」
「なんだかんだであたしをサンドバッグにする気満々じゃないですか」
「――殺す」
「殺す!? 食うじゃなくて殺す!? 食われるかサンドバッグにされる方がまだマシだ!」
アピニオンはアタシから逃げようとその場でじたばたするも、アタシが首根っこを掴んで持ち上げているので逃げられなかった。
諦めろアピニオン。お前の末路はどっちにしてもサンドバッグなんだよ。
「さーて、ディードのとこに行くか」
「なんでディード!? そこは普通騎士カリムかシスターシャッハですよね!?」
なんでってそりゃお前――
「――お前を縛り上げてもらうために決まってんじゃねえか」
「いやぁああああーっ!!」
自分の最期が見えたらしいアピニオンは涙目で悲鳴を上げた。
ついでに言うとアタシ、お前の上司は大嫌いなんだよね。あのクソ真面目な人格ゆえにどうも気が合わない。勢い余ってブチ殺してしまいそうなくらいには気が合わない。それに比べればトップのグラシアはまだ融通が利くからマシな方だ。
ま、そんなことは置いといて、早くディードを探し出すとしますか。
……あれ?
「おいアピニオン」
「なんですか……?」
「ディードの部屋ってどこだっけ?」
「…………」
そんな目でアタシを見るな。知らないくせに行こうとしてたのかこの人は、みたいな感じの視線をアタシに向けるな。
この調子だとアピニオンの口からは聞けそうにないので近くにあった扉を順番に開けていき、そこにディードがいるかどうかを確認していく。扉多すぎだろ。何人シスターがいるんだよ。
そうしてるうちに10枚目の扉へたどり着き、イラついていたこともあって蹴り飛ばすようにして開けてから中に入ると、部屋の右側に二段ベッドがあった。どうやらここは寮室のようだ。
「あれ? サツキ――とシャンテ?」
二段ベッドの上段から声がしたので見上げてみると、水色の髪が印象的なセインがうつ伏せになってこっちを見つめていた。
コイツとは強化合宿以来か…………タオル風船の恨みは忘れない。
「何してんだお前」
「それはこっちのセリフだよ……特にシャンテ」
「助けてセイン! このままだとあたしはサツキさん専用のサンドバッグにされてしまう!」
今がチャンスだと言わんばかりにじたばたするアピニオン。おいやめろ。それ以上暴れるな。ガキじゃあるまいし。
セインはそんなアピニオンを見かねたのか、アタシに些細な抗議をしてきた。
「あ、あのさサツキ。イタズラもその辺に――」
「バカかお前。これはストレス発散だよ。決してイタズラなんかじゃない」
「イタズラの方がまだマシだー!!」
さっきからうるせえなお前は。そろそろブチのめしたろか。
「…………で、サツキは何してたんだよ?」
「諦めるなセイン! お願いだからあたしを無視するのはやめて!」
セインはアピニオンの救出を諦めたらしく、目の前でじたばたしている彼女を幽霊のように扱い始めた。哀れアピニオン。
しかしこれは助かった。これ以上扉を破壊すると奴がすっ飛んでくるからな。……もう飛んできているかもしれないが。
「あー、実は――」
□
「ほら、あそこがディードの部屋だよ」
「もうダメだ、おしまいだ……!」
セインの案内でようやくディードの部屋にたどり着いた。それにしても長かった。時間的には短かったのに長かった……。
アピニオンに至っては完全にヘタレ化しており、ボソボソと何かを呟いている。
そんなアピニオンにため息をつきながら扉の前を見てみると、大人びた容姿のディードと中性的な容姿のオットーが何か話しており、さらにオットーの横へ視線を移すとベリーショートの髪型をしたシスターが一人立っていた。
(アイツは――!)
そのシスターが誰かわかった瞬間、アタシはほぼ反射的にアピニオンをセインの方へ投げ捨てていた。そして一気に距離を詰めて跳躍し、ソイツの顔面目掛けて飛び膝蹴りを放つ。シスターはアタシの予想よりも早く反応し、瞬時に双剣型のアームドデバイスを展開して蹴りを防いだ。
「チッ……!」
あと一歩で殺せたのに……!
「…………相変わらず度が過ぎますね、サツキ」
「テメエこそ、相変わらず生真面目だなヌエラ。生真面目すぎて――ブチ殺したくなる」
何事もなかったかのように綺麗な笑顔でアタシを睨みつけるシスター――シャッハ・ヌエラ。
彼女とは初めて会ったときからこんな調子で殺し合っている。コイツは教育的指導と同じ感覚でアタシとやり合っているらしいが、その生真面目な人格がさらにムカついて殺意しか湧かない。あの姉貴ですら『次会ったらポキッて殺しちゃいそう♪』と笑顔で言うほどのレベルである。
ついでに言えば、コイツこそが気が合わないと言ったアピニオンの上司その人だったりする。
「出会い頭に飛び膝蹴りを放つなんて、一体誰に似たのやら……」
やれやれと頭を抱えるヌエラだが、展開した双剣は解除しようとしない。しかも、今の言葉を聞く限り前にも同じことがあったようだ。
基本的にこんな調子ではあるが、毎回こうなるわけではない。前に会ったときはグラシアが、サボっていたアピニオンを連行した際にはヴィヴィオもいたのでこんな風にはならなかった。けど、今回はそういった障害が存在しない。
つまり――存分に殺し合えるというわけだ。
「今日こそ地獄に送ってやるよ……!」
「その無礼極まりない態度、今度こそ叩き直してあげますっ!」
口元を歪ませながら脱力した自然体の構えを取る。それを見たヌエラも双剣を構えた。その隙をついて突撃し、右側から拳を放つ。
彼女はこれを左の双剣で防御し、右の双剣を腹部へ振るってきた。アタシは迫り来る双剣を左脚で踏んづけてジャンプし、右の蹴りを繰り出すも再び左の双剣によって阻まれてしまった。
互いに一旦距離を取り、すぐに構え直す。今のは小手調べだ。次は本気で殺る。
今度は思いっきりスタートダッシュをかまして距離を詰め、右の拳を振り上げる。ヌエラもほぼ同時に双剣を振るい、それが振り下ろした右拳と激突した……。
しばらくの間こんな感じでやり合っていたが、とうとう決着が着くことはなかった。
「セイン姉様、あれは一体……」
「………………あれがあの二人の日常なんだよ、きっと」
「んなわけあるかっ! あれどう見ても殺し合いにしか見えないんだけど!?」
「…………ところでシャンテ」
「な、何?」
「裏庭の水やりはどうなったんですか?」
「………………」
「またサボってたのか」
「ちょ、今回だけは完全に誤解だって! サツキさんに無理やり連行されてきたんだよっ!」
「………………
「あ」
《今回のNG》TAKE 21
「………………また噛んだか?」
「………………いえ、気のせい《二度とこにゃいでください……》わぁああああああーっ!!」
「おいコラ誰が前に録画したやつを再生しろつったよ(※第8話のNG参照)」
〈そろそろ忘れてる頃かと思ったので〉
「確かに忘れてたけどよ……」
《二度とこにゃいでください……》
「もうやめてぇえええええーっ!!」