「魔女っ子~!」
「エレミア…………っ!」
「……何これ?」
〈さあ?〉
ある日の深夜。路地裏だけを徘徊するのに飽き、暇潰しに夜の街へ繰り出していた際、ちょっとした揉め事に巻き込まれたアタシはそれをすぐに片付け、たった今帰宅したのだが――
「何これ?」
〈知りませんよ〉
リビングにて訳のわからない争いが起きていた。何してんのコイツら。見る限りはテレビのリモコンを取り合っているようにしか見えないが、二人とも空いている方の手に魔力をまとって攻撃態勢に入っている。やめろお前ら、頼むからやめてくれ。何アタシん家でぶっ放そうとしてやがる。やるなら外でやれ。
これはとりあえず事情を知る必要があるな。早くしないと我が家がお星様になってしまう。つーか最近、アタシよりも我が家の方が消滅の危険に晒される確率が高くなっている気がする。
「おい」
「あっ、サッちゃん」
「……おかえり」
「おう、ただいま」
その場で一服しながらそう言ってみると、ジークにはいたの? みたいな反応をされたがクロは普通に応えてくれた。なんだこの静かさは。普通ならジークの方がテンションは高いはずなんだが……あ、寝る時間なのに寝てないからか。コイツ、いつもなら今ぐらいの時間にアタシのベッドに侵入してくるし。ま、そんなどうでもいいことは後回しにして、さっさと吐かせますか。
「何してんの? お前ら」
「魔女っ子にテレビのリモコン取られたんよ!」
「取ったのはそっち……!」
予想通り過ぎて鳥肌が立った。
「そ、そうか」
「そーゆーサッちゃんはこんな時間までどこで何してたん? タバコまで吸って」
「……それは私も思った」
「お前らはアタシの母親か」
物凄いデジャヴだ。確か数ヵ月前、ハリーにも似たようなことを言われた気がする。……むう、思い出したらムカムカしてきたぞ。だけどそれ以上に眠気がヤバイ。コイツら(とハリー)に八つ当たりするのは明日にして、とっとと寝ますか。
「ちょっと遊びに行ってたんだよ。んじゃ、シャワーを浴びて寝るからそゆことで」
「待ってサッちゃん! その服と顔に付いた血はなんなん!?」
「……それは私も思った。刺されたの? 吐血したの?」
いきなりアタシの顔と胸元を指差して何を言うかと思えばそんなことか。クロもそこを見て少し不安そうな顔をしている。今日は白のTシャツを着てみたのだが、運の悪いことにブチのめした相手の吐いた血をモロに浴びてしまったのだ。上にお気に入りのパーカーを着てて助かったよ。もし着てなかったら通報待ったなしだからな。
「なんてことのない、ただの返り血だ」
タバコを灰皿に押しつけながら正直に応えてみる。確かに傍から見れば胸元を刃物で傷つけられたように見えるな。けど服には汚れていることを除けばこれといった破損箇所はない。だからこれは返り血だ。顔に付いたやつは言うまでもない。
アタシの返答を聞いたクロはホッとしたような表情になったが、ジークはそれでも納得がいかなかったらしく、少し怒り気味に抗議してきた。
「あのなサッちゃん。返り血の時点でなんてことないっちゅうのはあり得へんよ!」
「…………サツキだから仕方ない。うん、きっとそう。そうに違いない。サツキだから――」
「待つんや魔女っ子。自分に言い聞かせてもあかんよ」
ジークにはそろそろ慣れてほしい。反対にクロはまるで呪文を唱えるかのように必死になっていた。頑張れクロ。その調子で友達も作ってしまえ。それとお前ら、実はめっちゃ仲良しだろ。
しかし、クロに関してもそろそろ見解を改める必要があるかもしれない。最近ははっちゃけすぎだ。こないだはそんなにお転婆じゃなかったろお前。もしもそれが本性だってなら……合鍵を返してもらう。いずれにしても見切りはつけるしな。
まあ……争奪戦も終わってることだし、マジで寝かせてもらおうかね。
「そんじゃ、お休み」
「サッちゃん!? まだ話は――」
しつこい。ちょっとは慣れろよ。そしてうるさいから黙れ。やっぱりぶん殴ろうと思って振り返ると、クロがジークを必死に押さえていた。そういうところは変わってないか……よし、今度お前の大好きなショートケーキを作ってやろう。
そのあとは最初に言った通り、風呂に入って普通に寝た。意識があるうちはジークがとにかくうるさかったけどな。
『サツキさん! 私と試合してください!』
「………………は?」
翌日。またしてもテレビのリモコンの使用権で言い争っていたジークとクロを黙らせると同時にヴィヴィオから通信がきたと思ったらこれである。目が点になるほど驚いたアタシの反応は絶対に正しいはずだ。あと画面端にアピニオンの慌てる姿が見えたがきっと気のせいだろう。
背景と少しだけ見えたアピニオンから推測すると、どうやら聖王教会から連絡してきたようだ。なんか用でもあったのか? 今後ろをアピニオンと妖精みたいなのが通過したけど。……あ、気のせいじゃなかったんだな。にしてもあの妖精はなんだ? どっかで見たような外見だったが……。
「はっ、おもしろい冗談だ」
『冗談なんかじゃありません!』
マジだった。
「……なんで?」
『アインハルトさんとは二回も試合しているのに、私だけ一度もしてないなんてズルいです!』
まるで理由になってない。確かにストラトスとは試合をしたが、一回は野良試合だし、もう一回は白黒つけるための試合だ。それに対してコイツはどこか挑戦的な感じで申し込んできている。アタシ相手にどこまでやれるかを試そうってか?
――だとしたらナメられたもんだぜ。LIFE制のインターミドルならまだしも、普通の試合でアタシとやり合えるわけがねえだろ。
別に受けてもいいが、今はインターミドル真っ只中だ。あんまり手の内は見せたくない。それにコイツの意図が見えない。何が目的なんだ? 今言ったことも嘘ではなさそうだが……。
「受けなきゃダメ?」
『できれば受けてほしいです』
そう言うヴィヴィオの瞳は真剣そのものだった。そこまでしてやる必要がどこにあるんだよ。
……とはいえ、ここまで真剣に申し込まれちゃあ断りにくいな。これこそ断ればアタシは腰抜けだ。格下相手に背を向けるとか。
それに――ガチで売られたケンカは買うのがアタシの主義だ。
「いいよ、受けてやる」
『本当ですかっ!?』
「おう。だから本当のことを言え」
受けるには受ける。だが、まずはコイツの真意を知っておきたい。なんか隠し事をされてる感じで気に入らない。
するとヴィヴィオが目を泳がせながらも口を開いた。何を慌ててるんだ?
『じ、実は先日、久しぶりに一昨年の都市本戦決勝の映像を見たんです』
「へぇ、それで?」
『えっと、その……サツキさんの強さを直で知りたくなりましたっ!』
そう言いながらテヘッ、と舌を出すヴィヴィオ。つまりアタシの強さを知るために試合をするってわけか。まあ、ジークとやり合ったのは試合じゃ一昨年の都市本戦決勝が最初で最後だし、今と昔とじゃ実力は変わってるもんなぁ。
それにしてもコイツといいクロといい、この世界には物好きな奴が多いな。好奇心が旺盛なのか、それともただのバカヤローか。……もちろんジークはどちらでもない。あれはただの変態だ。
「とりあえず、日時と場所を教えろ」
『はいっ! それじゃあ――』
ヴィヴィオにさらっと日時と場所を教えてもらってから通信を切り、いつの間にか三度目のリモコン争奪戦を始めていたジークとクロをできるだけ優しく静めたのだった。
……そういやヴィヴィオとやるのは初めてだな。明後日はどうなることやら。
《今回のNG》TAKE 4
「とりあえず、日時と場所を教えろ」
『はいっ! それじゃあ――今から一時間後に練習場へ来てくださいっ!』
ピッ
「よし、寝るか」
スーパーの特売に備えて。