死戦女神は退屈しない   作:勇忌煉

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第66話「無銭飲食の危機(後編)」

 

「な……なんやて……?」

「だからねえんだよ、お金」

「嘘やろ!?」

 

 とりあえずジークも呼んでみた。ぶっちゃけコイツは一番期待できない。それでも逆転の一手として呼んでみたのだ。

 真面目に言うと呼び出すのはタスミンやシェベルよりも簡単だった。二人と同じく通信で『皆で飯食ってるからお前も来いよ』って言おうとしたらわずか数分で来たのだから。ていうか、最初の三文字で通信を切ったというのにどうして場所がわかったんだ? もしかして特殊なセンサーでも装備してる? そのツインテールがセンサーだったりする?

 ……とにかく、ジークも共犯になったというわけだ。やったねアタシ! 道連れが増えたよ! とか思ったのは内緒である。

 今ハリー達が順番に謝っているが、ジークは右手にフォーク、左手にスプーンを持ちながらあたふたしている。どうやらまだ混乱が解けていないようだ。あと頬についたご飯粒を早く取れ。

 

「ジーク。折り入って頼みがある」

「それ聞いたらこっから出れるんか……?」

 

 当然だ。でなきゃアタシだけでなく他の三人も帰れないからな。

 なぜ一番期待できないジークを呼んだのか。そんな理由は一つしかない。

 

「ヴィクターを呼んでくれ」

「おいサツキ。それ何度かやって出なかったのを忘れたのか?」

「忘れるわけがねえだろ。だが今度は違う」

 

 アタシがそう言うと、タスミンとシェベルは納得したような表情になった。相変わらずお前らは理解が早いね。まあ、助かるけど。

 おそらくヴィクターはこっちで面倒事が起きているのを察している可能性がある。だから居留守を使ったのだろう。アイツ、今日は特に予定ないはずだし。だけど昔なじみ兼自分の娘的な存在であるジークを使えば少なくとも確率は高まる。いざというときにはジークを人――交渉材料にする。それでも無理ならジークにひたすら飯を食わせて店内を混乱させてやる。

 

「ジークが呼べば奴は必ず出てくれる」

「いやいや、そう簡単には――」

 

 

「お願いやヴィクター」

『任せなさい。今そっちに向かうわ』

 

 

「――いくのかよ!? オレらのときと違ってめちゃくちゃあっさりしてんなおい!」

 

 すぐそばではジークが通信でヴィクターを呼び出していた。見てたけど呼び出すのに二分も掛からなかったな。ジーク恐るべし。何より計画通りであり期待以上の結果だ。マジで。

 タバコ――というか、マッチがあと二本しかないからそういう意味でも助かった。ライターのオイルも完全に切れたし。

 

「なぜ始めからこうしなかったんですか?」

「ハリーが頑固なせいで――」

「悪かった。今は反省してる」

「ハリーが謝ることはない。元はといえば……」

 

 そう言ってシェベルはアタシを睨む。まあ、否定はしない。しかしあんな手に釣られるそっちもどうかと思うがな。少し頭を冷やせばすぐに見抜けただろうに。ちょっと情けねえぞ。

 それにしても、人ってのは簡単に騙される生き物だな。とはいってもここまで上手くいくとは思わなかったけど。コイツらの将来が本気で心配だよ。詐欺とか麻薬とか賭博とかその手のやつにハマってしまいそうで。

 

「あれ? ということは最初からチャンピオンを呼べばすぐに終わったんじゃ……?」

「そうだな」

「ならどうして私たちは呼び出されたのかな?」

 

 タスミンがジト目でこっちを睨み、シェベルが怒気を含んだ声で問いかけてくる。おいおい、年頃の女子がそんな顔するもんじゃねえぞ。ウェズリーだったら喜ぶかもしれんが……。

 

「パーティーみたいに皆で食った方が盛り上がるだろ」

 

 うんうんと頷きながら語るアタシ。

 

「で、本音は?」

「帰れなくなった腹いせにお前らを巻き込んでやろうと思った」

 

 その直後にとても涼しい顔で本音を暴露するアタシ。それを聞いたシェベルは「大体予想通りだね」と呟いていたが、タスミンはあり得ないと言わんばかりに絶句していた。タスミンよ、この程度で絶句するなら後が持たねえぞ。にしても、ヴィクターが来るまでまだ時間があるな。それとジークがあまりにも静かだ。

 ……と思ったら静かに特大のオムライスを食べていた。何クソ高いの注文しちゃってんだお前。

 しかもよく見てみると近くにはいくつもの皿が大小問わず積み重なっていた。どんだけ食ったんだよお前。さすがにドン引きだわ。

 

「おいジーク。それ以上食うな」

「サッちゃんの奢りやから問題ないんよ」

 

 今ここでシバいてやろうか。

 

「あとサッちゃん、タバコはあかんよ」

「もう聞き飽きたぞ……」

「いや、サツキを知る人間なら誰もが同じことを言うと思うよ?」

 

 呆れ顔のシェベルにそう言われ、思わずなんでやねんとツッコミそうになった。お前らがアタシをどういう風に見ているのか果てしなく気になるところだ。吸っていたタバコを灰皿に押しつけながら、半分ほどげっそりとしているハリーにふと思い出したことを言ってみた。

 

「そういやハリー。あれからどんぐらい時間経った?」

「えーっと……六時間だ」

「「「………………」」」

 

 その答えを聞いて絶句する一同。……ま、まだマシだと思っておきたい。前回は三時間も経っていたからな――いや、記録更新ですね、はい。

 えーっと一日の時間が24時間だから……つまりその4分の1をこのファミレスで過ごしたということになるな。これほど時が経つのは早いと思ったことはない。

 

「サッちゃん……」

 

 何を思ったか、ハリー達が呆れと哀れみを込めたような目で睨んできた。ここまで複雑な感情で睨まれたのはさすがに初めてだ。

 

「そんな目でアタシを見るな」

 

 そう言うと、シェベルを皮切りにハリー、タスミン、ジークの順にアタシを諭してきた。その内容のほとんどが『非難されないだけマシだ』というものだったが、それを聞いたアタシは思わず感動しかけた。言われてみればその通りだ。お前ら意外と優しいんだな。

 そのあともヴィクターが来店してくるまでその話で持ちきり状態だったが、アタシは感動するまいと必死に堪え続けた。

 

 

 □

 

 

「まったく、ジークからやんちゃだとは聞いていたけどここまでやるとは思わなかったわ。……それとタバコはやめなさい」

 

 あれからさらに二時間。やっと駆けつけたヴィクターが全額払ってくれた。当然、そのあと説教を受けたのは元凶のアタシだけだ。今は全員で帰っている途中ね。だけどアタシは最後のマッチを使って本日最後の一服をしている。

 ちなみに今回、ヴィクターが払った分は丸々アタシの借金となった。こいつぁ大打撃だぜ。来月の食費は確実に水の泡だな。

 

「ジーク、そろそろ離してくれ」

 

 現在、アタシの右腕にはジークが抱きついている。ていうか本気で力入れるのやめてくれ。歩きにくいしそうでなくてもウザいから。

 

「そしたらサッちゃんは逃げるやろ?」

「当たり前だろ」

「そやからあかん。――ずっと離さへんよ」

 

 最後の一言は聞かなかったことにしよう。明らかに余計だし、なんか怖い。

 

「まるで悪事を働いた娘の説教をした感じでしたわね……」

「お前、子供いたのか?」

「そこにい――いないわよっ!」

 

 今ジークが自分の娘だって言いかけたぞコイツ。端から見ればあながち間違いじゃないけど。実際は昔なじみなのにジークが実は義理の娘だと言われても全く違和感がない。

 ヴィクターの反応を見て、さすがのジークも苦笑いしていた。タスミンやシェベルもこっちはこっちで大変だね、みたいな顔で、ハリーは完全にげっそりとした感じでこっちを見ている。

 

「まあいいか。とりあえず……」

「んん!」

 

 アタシはタバコを咥え、それにより空いた左手でジークの頭を撫でてその隙に右腕から引き離す。おいコラヴィクター、頼むから自分の娘を奪われたような目でアタシを見るな。それだとアタシがまるでジークを寝取ったみたいじゃねえか。

 

「まさかサツキ選手も不良生徒だったとは……今までの行動に納得がいきましたよ」

「こんな自称と一緒にすんな。アタシはアタシだ」

「自称で悪かったなぁ……!」

 

「「…………!!(メンチのくれ合い)」」

 

 どうやらコイツとは本気で話し合う必要があるみたいだ。

 

「二人とも、少しは落ち着かないか」

「「周りには迷惑掛けない(ねえ)から大丈夫だ」」

「その周りには(ウチ)らも含まれてるとええんやけど……」

「というか皆さん止めましょうよ……」

 

 それは暴れてからのお楽しみ。そんなこんなでアタシたちはこの一日を共に過ごしたのだった。

 ……とりあえず来月の食費をどうやって稼ぐかだけを考えよう。でないと他の分からごっそり差し引かなければならない。

 

 

 

 




《今回消費した金額の合計(円単位)》

 サツキ 14990
 ハリー 15110
 エルス 13900
 ミカヤ 12000
 ジーク 26000

 合計  82000円
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