「…………」
とある晴れた日。ハリーと共に本屋のバイトをすることになったアタシは、目の前にいる不審者を通報した方がいいのかどうか考えていた。
顔をマスクとサングラスで隠してるけど、その不審者がエルス・タスミンであることはバレバレなんだけどね。さて、どうしたものか。
「ん? 確かあの棚は……」
タスミンが周りを気にしながら向かった先はアニメ雑誌が置いてある棚だった。
へぇ、真面目な生徒会長にオタク趣味があるとはな。こいつはおもしれーぞ。
その棚から『アニメエース』という月刊の雑誌を取ると、やはり周りを気にしながらレジへと向かっていった。
そういやレジの担当って確か……
「なんだ、エルスじゃん」
「は、ハリー選手!?」
うん、ハリーだったな。残念だったなタスミン。見事にバレてしまったぞ。
それにしても……すぐ後ろにアタシがいるのになんで気づかないんだろう?
「……オレだけじゃねーぞ。ほら、後ろ」
「う、後ろ――!?」
「よう(ニヤニヤ)」
ハリーに背後を指摘され、ようやくアタシの存在に気づいたタスミン。
周りを警戒してたのに背後をとられるなんて情けないにもほどがあんだろ。
タスミンはアタシとハリーを交互に見ながら焦りに焦っている。はは、ワロスワロス。
「とりあえず待ってろよ。オレとサツキはあと五分で休憩時間だから」
「…………!」
アタシとハリーがもうすぐ休憩時間に入ると聞いた瞬間、タスミンの顔が弱みを握られた際のそれと全く同じものになった。
……もしかして、オタク趣味を知られたくなかったのか?
□
「よっ、待たせたな」
そして五分後。休憩時間に入ったアタシとハリーはタスミンと合流した。
バイト中はずっと我慢してたあくびをしていると、唐突にタスミンが口を開いた。
「い、いくら欲しいんですか……!?」
「へ? い、イクラ?」
そっちのイクラではない。
「オレはウニ派かな……」
「そうだな……とりあえず、有り金全部出せ」
「うにゃぁっ!?」
「は? な、何を言ってるんだお前は?」
いや、今のは明らかにお金をやるからこの事は黙っててもらえませんか、って意味だろ?
それなら遠慮なく今コイツが持ってるお金を全部出してもらわないと。
ハリーはようやくその意味に気づいたのか、慌ててタスミンに弁解し始めた。
「ち、違うぞエルス! オレはサツキみたいな考えでそう言ったわけじゃなくてだな……!」
「で、でも見たんでしょう?」
「そんなもんいちいち覚えてねーよ」
「えーっと、確かアニ――」
「わぁああああああーっっ!!」
アタシが正直に言おうとすると、タスミンが物凄く慌てながらアタシの口を封じてきた。
ハリーの方をチラッと見てみるも、呆れた表情になってるだけで役に立たなそうだ。
ていうかそろそろ口に当てている手を退けてもらえませんかねぇ?
「あ、もしかしてやらしい本とか?」
「やめろよハリー。お前じゃあるまいし」
「……その言葉、そのままお前に返すぞ」
そんなことを言われるような覚えはない。
「それにしても、お二人が本屋でアルバイトなんて……」
似合いませんよ、と半信半疑でアタシとハリーを見つめてくるタスミン。
職場体験のハリーはともかく、アタシは家賃その他諸々を稼がなきゃなんねえからなぁ。
でないとジークのようなサバイバル生活になってしまう。
「サツキはともかく、オレや他の皆は授業の一環で毎週やらされてるんだよ」
「ま、真面目な不良……」
「誰が真面目な不良だ殺すぞ」
思わず拒否反応に近いものが出てしまったが気にしたら負けだろう。
「先週はドーナツ屋だったなぁ。サツキはどこだったっけ?」
「雑貨店だったな。確かアニ――」
「ほわっつ!?」
「ど、どうしたエルス?」
アニメグッズがあったな、と言いかけたところでタスミンが反応した。
……何これ、ちょっとおもしろそうだな。
他に何かないかと考えていると、ふと使えそうな話題が浮かんできた。
「そういやさ、この前イツキの奴がアニ――」
「んひゃぁっ!?」
アニメのDVDを買えずに落ち込んでいた、と言いかけたところで再びタスミンが反応。
お、おおう。これはおもしれーぞ。
「イツキの奴がどうかしたのか?」
「ああ、イツキがアニ――」
「げほっげほっ!!」
「さっきからおかしいぞお前……」
タスミンはハリーがフォローしてるから置いといて……アタシとハリーがタスミンと合流した辺りから後をつけられてるな。
すぐさま視野を広げ、ストーカーの正体を確かめる。……ティミルとウェズリーか。
これはこれでおもしろいことになりそうだし、今は黙っといてやろう。
「で、では私はここで失礼――」
「まあまあ、休憩が終わるまで付き合えよ」
「…………仕方ありませんね」
秘密を知られまいとその場を後にしようとしたタスミンを、ハリーが引き止めた。
しかも缶コーヒーを奢ってもらってるから退路は断たれたな。
近くにあったベンチに座り、タスミンとハリーは買ったコーヒーを飲み始めた。
……後ろにティミルとウェズリーがいるな。
「ところでピ○ミン」
「誰がピ○ミンですか」
お前以外に誰がいる。
「……で、さっきは何を買ったんだよ?」
「ブッ!!」
いきなり飲んでいたコーヒーを噴き出すタスミン。汚えなおい。
もしもアタシの方に噴いていたら問答無用でぶっ殺していたぞ。
「何を買ったんだ?(ニヤニヤ)」
「あなたはわかってて言ってますよね?」
うん。
「さ、参考書ですよ参考書!」
「エロアニ――」
「違いますっ!!」
知ってるよ。『アニメエース』って名前の月刊雑誌だろ?
……てことは半分合ってんじゃねえか。何が違うだコノヤロー。
「ちょっと見せろよ」
「え、ちょ、待って――」
「いいじゃん。減るもんでもないし」
「ですから待って――」
「どれどれ」
「ああっ、もうダメ……!」
セリフだけ聞けば本番の真っ最中と言われても違和感がないぞこれ。
もちろんそんなことはしておらず、ハリーがタスミンが買った雑誌を読もうとしているだけだ。
……しかし、そうだと気づいていない奴もいるわけで――
「さ……さすがに無理矢理はよくないと思いますッ!!(ガサァッ)」
「天誅!(ブンッ)」
「コロナ危ぐぇっ!?(ゴスッ)」
今起きたことを冷静に述べていこう。
何を勘違いしたのか、顔を赤くしたティミルが後ろから飛び出してきた。
↓
それを沈めようと拳を放つアタシ。
↓
すかさずティミルを庇って(幸せそうな顔で)アタシの拳を顔面に食らうウェズリー。
とまあ、こんな感じだ。
「……今何が起きたんですか?」
「そんなのオレが聞きたいよ……」
――しばらくお待ちください――
「す、すみません。酷い勘違いを……」
「大丈夫ですよ……」
案の定と言うべきか、ティミルは薄い本絡みの勘違いをしていた。それとウェズリーが殴られた部分を押さえながら嬉しそうな顔をしているのは気のせいだと心の底から信じたい。
その間にも、アタシとハリーはタスミンが買った雑誌を読んでいく。
内容はなんてことのない、普通のアニメ雑誌だった。……期待して損したぞ。
「なんだよ、アニメの雑誌じゃんか!」
「へ?」
ハリーも似たようなことを考えていたのか、期待して損したって感じに近い表情でそう言った。
タスミンはそんなハリーを見てポカーンとしている。
「そ、それだけ……?」
「ん? 何が?」
「だってこ、こういうの変じゃないですか?」
驚きながら「いい年してアニメなんて……」と、ハリーに問い掛けるタスミン。
するとハリーは無駄にカッコいい表情でこう答えた。
「趣味は人それぞれだろ。好きなら読めばいいし、そんな隠すようなことじゃねーって」
おい待て、せっかく見つけたネタがパーになるようなこと言ってんじゃねえよ。
「あ、その雑誌なら私も読んでますよ」
「ほ、本当ですか?」
「はいっ」
アニメ雑誌を見たティミルがそう言うと、タスミンは同志を見つけたような顔になった。
あー……良かったなタスミン。――ティミルが普通の感性で見てたらの話だけど。
「女の子同士とかいいですよね!」
「…………それはちょっと見方が違うかと」
「え?」
やっぱりか……。
(…………カツ丼食べたい)
もう今起きてることがどうでもよくなったので、一足先にその場を離れることにした。
そしてハリーたちが見えなくなったところでタバコを取り出し、一服したのだった。
休憩時間なのに余計疲れるってわりとあるけど……今回はダントツかもな。
《今回のNG》TAKE 18
(…………カツ丼食べたい)
もう今起きてることがどうでもよくなったので、一足先にその場を離れることにした。
そしてハリーたちが見えなくなったところでタバコを取り出し、一服したのだった。
休憩時間なのに余計疲れるってわりとあるけど……今回はダントツかもな。
『――サツキ×エルスもありですよねっ』
「……………………」
ちょっと用事ができたので戻ることにしよう。