死戦女神は退屈しない   作:勇忌煉

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第19話「もういいや」

「は? 出場辞退?」

「あ、ああ」

「冗談みたいな話だなおい。いや、ホントに冗談だったりして……?」

「冗談じゃない。知り合いから聞いたんだよ」

「情報操作とかは――」

「ないって。つーかどうしたんだよ急に。お前らしくねーぞ」

「…………わかんねえよ。アタシにも」

「そうか……」

「とりあえず、欠場ってこと……だよな?」

「まあ、そういうことだ」

「マジかよ……」

 

 

 

 

 

 

 

「はは、笑えねえよ」

 

 一週間前、都市本戦への出場が決まった矢先に険しい表情のハリーから語られた出来事。

 ――ジークの欠場。

 この一言が未だに頭から離れない。これを聞いたアタシは今までにないほど取り乱しかけた。

 

「サツキちゃん。今は目の前の相手に集中しなよ」

「お、おう……」

 

 セコンドの姉貴に声をかけられてハッとする。

 そうだ、今から準決勝だってのに何ボーッとしてるんだアタシは。

 今年もここまでやって来たが、都市本戦の先へ行くつもりは毛頭ない。

 個人的な目的に加え、本来の立場もあるからこれ以上目立つわけにはいかないんだよ。

 

「………………今日の相手、誰だっけ?」

「いや相手ベンチを見ればわかるじゃん。ヴィクターだよ、ヴィクトーリア・ダールグリュン」

 

 姉貴に言われて相手ベンチを見てみると、鎧のようなものを装着したヴィクターがいた。

 確かあれ、ダールグリュンの鎧って言うんだっけ? 鎧にしては装甲が薄く見えるんだけど。

 ……そういえば、一昨年アタシを負かしたのはヴィクターだったな。忘れてたよ。

 

「…………行ってくる」

「あいよ」

 

 このままじゃ意気消沈してしまう。そう思ったアタシは両手で自分の頬を叩き、リングに入ってヴィクターが立っている中央へと歩いていく。

 ヴィクターはそんなアタシを見て訝しむような表情になっていた。

 

「随分と余裕ですのね」

「は?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、思わず間の抜けた声を出してしまった。

 余裕? 何を言ってるんだコイツは。一度負けた相手に余裕なんて見せるわけねえだろうが。

 

「どういう意味だよ」

「対戦相手が目の前にいるというのに、この試合とは無関係のことを考えているのが何よりの証拠ですわ」

「……………………そいつは悪かったな」

 

 正論過ぎて反論すらできない。

 確かにこいつは無礼にも程があるな。自分を負かした奴が眼中に入らないなんて。

 いつからジークだけになっていたんだよ。期待できる奴は目の前にもいるじゃねえか。

 

「まあ、ホントにそう思うなら潰してみろ」

「言われなくてもそうするつもりよ」

 

 口だけならなんとでも言える。ならば実力、プレイで示してもらうしかない。

 ヴィクターもその事は理解してるはずだ。ていうかしてもらわないと困る。

 

 

《――試合開始ですっ!》

 

 

 聞き慣れたアナウンスと同時に、開始の合図であるゴングが鳴り響く。

 とりあえず脱力した自然体の構えを取る。ヴィクターもブロイエ・トンベという戦斧のデバイスを剣道のように両手で構えた。

 去年のジーク戦同様、少しだけ様子見に徹していたが、今回もアタシが先に動いた。

 間合いを一気に詰め、彼女が構えている戦斧を左手で押さえてから右拳を打ち込む。

 

「っ……!」

 

 一瞬たじろぐも、ヴィクターは二、三歩後退したところで踏ん張り、戦斧を振り下ろしてきた。

 モロに食らえばダメージは大きいが……遅い。

 焦らずに右へ逸れる形でかわし、そのままボディブローをブチ込んだ。

 

「相変わらず遅えなぁっ!」

 

 口元を歪ませながら挑発する。

 重装甲の宿命とはいえ、威力がある分スピードはからっきしだ。

 今度は薙ぎ払うように戦斧を振るってきたが、柄の部分を左手で掴んで受け止め、牽制する感じで速度重視の右拳を顔面に叩き込む。

 続いて左の拳に力を込めて殴りかかるも戦斧でガードされたが、アタシはこれにお構い無く拳を振り切ることでヴィクターを吹っ飛ばした。

 

「……………………」

 

 ヴィクターがリング外まで吹っ飛んだのを確認し、左手をまじまじと見つめる。

 

 ……なんだ? この違和感は。

 

 手応えはあった。なのに痛くない。素手で鎧を殴ったというのに痛みが感じられない。

 いくら魔力ダメージだから負傷しないとはいえ、クラッシュエミュレートにすら引っ掛からないのはさすがにおかしい。

 去年、ジークの鉄腕を殴ったときは普通にクラッシュエミュレートで打撲扱いされた。今回も条件は全く同じなのに……。

 

「また考え事ですの?」

 

 感じた違和感に対してあれこれ考えていると、いつの間にかヴィクターがリングインしていた。

 

「さあな」

 

 その問いに答える必要はないと思ったアタシは適当に流し、その場で構える。

 これをどう受け取ったのかは知らないが、ヴィクターはそれ以上言及してこなかった。

 

(…………あれ?)

 

 構え直したヴィクターを見てさらなる疑問がアタシの頭をよぎった。

 怒濤のラッシュをしたわけでもないのに、彼女の鎧の一部が破損していたのだ。

 そこまで拳に力を込めた覚えはない。仮に力を込めていたとしても、重装甲に加えて豊富な魔力をまとった鎧がそう簡単に壊れるとは思えない。

 

(力を入れすぎたか?)

 

 そうとしか思えなかった。きっと力加減を間違えたんだと。

 ヴィクターが踏み込んだところを狙って懐へ潜り込み、さっきよりも力を抑えた右の拳を――

 

 

 バゴォッ

 

 

 ――彼女の左肩に打ち込んだ瞬間、豪快な音を立てて肩の装甲が跡形もなく砕け散った。

 

「は……?」

 

 絞り出すように出たのは驚きの声だけ。その声の主は――ヴィクターではなく、アタシだった。

 アタシは確かに力を抑えたはずだ。なのにどうして、どうしてこんな簡単に……?

 闇拳で外れた何かといい大抵の攻撃を受けてもへっちゃらな身体といい今回といい――!

 

(……まさか)

 

 ここで一つの結論が思い浮かんだ。

 まだそうと決まったわけじゃないが、可能性があるとしたらそれしかない。

 その結論が真実かどうか確かめるべく、アタシは再び脱力した自然体の構えを取る。

 ヴィクターは痛みで顔を歪ませながらも体勢を整え、戦斧に電撃を纏わせていた。

 

「四式『瞬光』!」

 

 技名らしきものを口にし、戦斧の槍のような部分を使って突きを放つヴィクター。

 アタシはこれを正面から迎え撃ち、左拳をぶつけることで弾き返した。

 

「なっ……!?」

 

 今度はヴィクターが驚きの声を上げる。素手で刃をぶん殴ったんだ。驚くのも無理はない。

 そして、アタシは思い浮かんだ結論が真実であることを確信した。

 

 ――アタシが強くなっていたんだ。

 

 これ以上にないほどシンプルな答え。

 いや、むしろ一番最初に気づきそうな答えなのになんで気づけなかった?

 もっと早く気づくべきだった。バカみたいにケンカしていたのだから、強くなって当然だと。

 

「あ、はは……」

 

 やっとその事実に気づき、力なく笑ってしまう。どうりで周りと差が開きすぎていたのか。

 そりゃつまらないわけだ。アタシがやっていたのは、勝負ではなくただのワンサイドゲーム。

 クロスゲームのような緊迫感どころか気持ちの高揚すら感じられない。

 

 そんなもんの何が楽しいの?

 

「サツキ…………」

 

 いつの間にか体勢を立て直したヴィクターがアタシを見て絶句していた。

 一度負けた相手でさえ、もうアタシの敵じゃない。そう思うと胸が痛んで仕方がなかった。

 唯一可能性のあったジークに至っては欠場している。……あぁ、もういいや。

 

「ぐ……っ!?」

 

 左手でヴィクターの首を掴んでから右拳を何度も顔面に叩き込み、

 

「――歯ぁ食いしばれ」

 

 彼女が怯んだところを左拳で殴り飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 結局、試合はアタシの圧勝で幕を閉じた。当然と言えば当然か。

 唯一の救いはヴィクターがボロボロになりながらも最後まで諦めなかったことだろう。

 そして決勝前日――アタシはジーク同様、出場辞退をするしかなかった。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 17

「冗談みたいな話だなおい。いや、ホントに冗談だったりして……?」
「だったらどうする?」
「ブチ殺すぞ」
「………………」



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