早起きは三文の徳、という諺があるのをご存じだろうか。なんでも早起きをするとその日は何かと良いことがあるって意味らしい。
なら常に早起きしてる人は幸せに包まれている可能性がある。なんて羨ましいんだ。
――そう思ってる時期が、アタシにもあったんです……。
「最悪だ……」
「自分の日頃の行いがか?」
雲一つない晴天。下手すれば眠気が吹っ飛ぶほどの暖かな日差し。賑やかな教室。
訳あっていつもより一時間も早く登校したアタシは、その疲れと空腹で机に突っ伏しながら同級生のハリー・トライベッカと会話している。
まさか朝食どころか材料すらないとは思いもしなかった。今日の放課後に最低でも一週間分の食料は調達しなければ……!
「ちげえよバカ。珍しく自分に落ち度があったことが最悪なんだよ」
「お前の場合、全体の99%が落ち度で構成されてるじゃんか」
なんてことを言うんだ。
「いいかハリー。アタシの半分は女子力でできてんだよ、女子力で」
「半分じゃダメだろ」
そこは気にするな。
「冗談は置いといて、何が最悪なんだよ?」
「おう、実は――」
ガラッ
「みんな席につけー」
「……実は」
「いやいや、先生が来たってのに無理して話そうとすんな」
話そうとした瞬間に出席簿を持った担任が入ってきた。もうそんな時間か。
仕方がないので話すのは諦めよう。それに起きてるときに出席を受けるのは久しぶりだしな。
アタシの席は後ろの方にあるが、出席番号順ということもあって扉側にあったりする。要は寝てしまってもバレる確率が意外と低いのだ。
担任が開いた出席簿を見ながら番号順に名前を呼んでいく。……そろそろアタシの番だな。
「緒方さん」
「……………………ハリーがラブレターをもらったってよ」
『何ぃぃっ!?』
さっきまで教室に漂っていたのどかな雰囲気が、アタシのさりげない一言で壊された。予想以上の反応をありがとう。
「お前はいきなり何を言ってるんだ!?」
身に覚えがないらしいハリーは顔を赤くしながら叫んでいた。
実は結構小声で言ったのだが、まさかクラスの全員が聞き取っているとは思わなかったんだよ。
『嘘だろ!? トライベッカさんがラブレターをもらうなんて!』
『クソッ、俺狙っていたのに!』
『私だって……狙ってたのに……!』
『り、リーダーの人気がそこまであるなんて知らなかった……!』
『はっ! もしかしたら俺ん所にもあったりして!?』
『ダメだ! マウスと壊れたキーボードしか出てこない!』
『そっちは!?』
『――あったぞ! こないだ買った萌えキャラのマウスパッドだ!』
『なんでそんなものが出てくるんだ!?』
教室の中を怒号が飛び交う。アタシですら予想できなかった光景が、そこにはあった。
担任も予想外の出来事を前にどうすればいいのかわからず、ただひたすらオロオロしている。
……よし、今がチャンスだ。
「ラブレターをもらったって本当なのトライベッカさん!?」
「本当なら見せてくださいっ!」
「持ち主を屠殺する必要があるので!」
「あ、あれはサツキのデマでそんな――って、ちょっとは落ち着けよお前ら!」
クラスの女子全員がハリーに問い詰めてるのを好機と見たアタシは、早く登校する原因となった
しかしそれを良しとしなかったのか、騒ぎの中心人物であるハリーが訴えてきた。
「待てサツキ! サボるならせめてこの騒ぎを沈めてからにしろ!」
保身のためなのか、もうなりふり構っていられないって感じだな。
とはいえ、無言で立ち去るのはさすがに罪悪感がある。ちょっと言ってやるか。
扉を開けてから一歩踏み出し、首だけハリーの方へ向ける。
「勘違いするなハリー」
「は? 勘違い?」
まだわかってないのかコイツは。
「お前はバカだ」
「ちょっとでも期待したオレがバカだったよ!」
「ま、ちゃんと話し合うんだな」
「後で覚えとけよてめぇぇ――っ!」
そんなハリーの叫びを背に、アタシは今度こそ教室を後にした。
少しやり過ぎた感があるけど……後悔はしてない。だっておもしれーじゃん。
「ふぅ……こんなもんかな」
あれから誰にも見つからずに屋上へたどり着いたアタシは、さっそく作業に取り掛かっていた。
えーっと、アンテナが端っこの方にあるからコンセントの長さはこのくらいかな?
アンテナの付け根辺りにコンセントの先端が常時触れた状態になるように巻きつける。
後はコンセントが張らないように本体を定置にセットして……完成だ。
「よしっ! これでオアシスの出来上がりだ!」
〈この時期に炬燵がオアシスだなんて、マスターも変わった趣向の持ち主だったんですね〉
「黙れラト」
さすがにこのクソ暑い中、炬燵のスイッチを入れたりはしないから。
とまあ、今回アタシが屋上に設置したのは炬燵とミカンである。だって暖かいじゃん。
「後はこれをここに立てて……はい終了!」
炬燵と共に持参したお手製の大きな旗を、あえて少し目立つような位置に立てた。
これで屋上はアタシのテリトリーだ。入り浸る奴がいようものなら裁きを下す。
「くたばれサツキィィッ!」
「うおっ!? なんだよいきなり!?」
テリトリーの形成を終え、屋上へと続く階段を降りたところで待ち構えていたらしいハリーが、不意討ちのごとく殴りかかってきた。
全く、最近の女子は血の気が多いな。少しは……ダメだ、お淑やかな女子の見本がいない。
「…………!!(ギリッ)」
「落ち着けハリー。親の仇を睨むような目でアタシを見るな」
「お前のせいで……お前のせいでオレは男も女もイケる『バイ』って扱いになったんだよ!! どうしてくれるんだてめー……!」
何を今さら。
「違うのか?」
「オレは普通に男子が好きなんだよ!」
「だってよ皆」
「え?」
アタシはハリーの言質を取ったところで、近くの教室からこっそり様子を見ていたクラスメイトではない同級生たちの方へ振り向く。
ハリーは全く気づいていなかったらしく、殺気はどこへやら顔を真っ赤にしていた。
『そ、そうか。トライベッカさんはノンケだったのか!』
『良かった。レズビアンじゃなかったんだ……』
『そんな……! トライベッカさんはずっと百合だと思ってたのに!』
『だからこそ彼女はバイなんでしょ!?』
『なるほど! だからさっきまで隣の教室が賑やかだったんだね!』
「なるほどじゃねーよ! オレにそんな特殊性癖は存在しねえっ!」
ハリーが同級生に抗議しているうちにその場から離脱する。
アタシも奴が殴りかかってきたときに偶然気づいたのだが、まさかこうも上手くいくとはな。
さて、もう屋上はアタシの場所だ。文句がある奴は掛かってこいって全校生徒に言わなきゃな。
『チクショー! 今に見てろよサツキィィッ!』
人混みの中からふと、そんなハリーの断末魔が聞こえてくる。
いいだろう。忘れてなきゃ見てやるよ。今はインターミドルの真っ最中だし、季節はまだ蒸し暑い夏だから忘れる可能性の方が高いがな。
「早起きは三文の徳なんて誰が言ったのかね」
そう呟きながらインターミドルへのちょっとした不安を胸に、アタシは学校を後にした。
《今回のNG》TAKE 5
「違うのか?」
「オレは普通に男子が…………男子が、好きなんだよ……」
「はっきり言えよバカ」
どっちかわかんねえだろうが。