「んふふ~♪」
「……とりあえずアタシの膝上に座るな」
「ほなジークって呼んで!」
「断る。さっさと降りろ」
「ジークって呼んでくれたら降りたるわ」
6月半ば。ついに高等科1年となったアタシは、七ヶ月ぶりにヴィクターの屋敷を訪れた。
あれからエレミアは週に三回の割合でアタシん家を訪れるようになり、しかも一触即発だった当初が嘘のように今ではこの通りベッタリである。
これを見たヴィクターも呆れを通り越して苦笑いしていた。いや笑ってないで助けろよ。
「呼ばねえつってんだろ。いいから早く降りろ。頼むから降りろください」
「なんて~? 聞こえへんよぉ~?」
そろそろブレーンバスターを掛けてもいいかなと思ってる。
「ねえサツキ。せっかくだし呼んであげたらどうかしら?」
「だからなんで――」
「ナイスやヴィクごぺっ!?」
エレミアがヴィクターにサムズアップをした瞬間にブレーンバスター……ではなく、ジャーマン・スープレックスをブチかます。
これを食らったエレミアは仰向けになって完全にのびた。ったく、さっさと降りないからそうなるんだ。頭冷やして反省してろ。
「…………少しやり過ぎですわ」
「こんぐらいがちょうどいいんだよ」
少なくとも脳天から落とすパイルドライバーよりはマシだと思う。
「あたた……」
「ジーク、大丈夫?」
「う、うん。なんとか~」
五分も経たないうちにエレミアが復活した。にしても早すぎだろ。
とりあえず、何しようか? トランプは去年やったし……そうだ。
「エレミア。今からアタシが出す問題に答えろ。正解できたらジークって呼んでやる」
「ほ、ほんま!?」
「ああ、約束する。ただし、正解できなかったり逃げたりしたら――捻り潰す」
「え」
「何かしら、この天と地の差は」
安心しろヴィクター。ぶっちゃけ言うほどの差はないから。
「んじゃ……トランプの数字以外の特徴はなんでしょう?」
「…………
「一つも答えられんのか!?」
改めてエレミアがアホだと思い知らされた瞬間だった。
いやいや、さすがにこれは酷いぞ。ジョーカーがあるって答えればすぐに終わるものを……。
ていうかお前、去年トランプで遊んだじゃねえか。ババ抜きや神経衰弱で。
「ヴィクター、代わりに答えてくれ」
「仕方ないわね。えーっと……ジョーカーがある、かしら?」
「正解だ」
ヴィクターの答えは予想通り、ジョーカーの有無だった。
他にもスペード、ハート、クローバー、ダイヤといった四種類の柄が存在する点が挙げられる。
「あれ数字ちゃうんか!?」
あんな数字は存在しない。
「つーわけでエレミア。こっちに頭をよこせ」
「サッちゃん、それ言い方おかしいよ?」
とりあえず答えられなかったエレミアに罰ゲームを執行しよう。
さっきはジャーマン・スープレックスだったが、今度はパイルドライバーを掛けてやる。
「ほら、こっち来いエレミア」
「イヤやっ! そっちに行けば
チッ、やはり一筋縄ではいかないか。
こうなったらコイツの望み通り、愛称で呼んでやる。そうすれば寄ってくるだろう。
……ところで愛称なんだったっけ? えーっと確かジ……ジ…………ジークか!
「ジ……ジジ……ジジジジ……!」
「……セミの鳴き声でも真似したいんか?」
違う! 違うんだ! 決していざ言おうとすると拒否反応が出るとかじゃないからねっ!
「サツキ。深呼吸してみては?」
「そ、そうだな。すぅ~……はぁ~……」
ヴィクターの言う通りに深呼吸し、後頭部を押さえているエレミアの方を見る。
エレミアとヴィクターは暖かい目でアタシを見つめていた。その目はやめてくれ。
と、とにかく……乗り越えろアタシ。苦手なもんは克服してナンボだろ!
「…………ジ、ジーク」
よし、これでなんとか――
「なんて~? 聞こえへんよぉ~?」
ならなかった。
「だ、だから……! ………………ジーク」
おそらく今のアタシはハリーもびっくりなレベルで赤面しているに違いない。
だというのに……
「ん~?」
「今なんて言ったのかしらねぇ?」
エレミアはおろか、ヴィクターまでムカつくほどニヤニヤした面になっていた。
事が終わったら記憶がなくなるまでぶん殴ってやる。特にエレミアは生きて帰さない。
「……………………ジ、ジーク……!」
「うんっ!」
覚悟を決めてそう呼ぶと、エレ――ジークは可愛らしい笑顔で頷いた。
ヴィクターもホッとしたような表情でアタシとジークを交互に見ている。
さて、とりあえず……
「おいで、ジーク」
「? ご褒美でもあるんか?」
できるだけ優しい声でジークを呼び寄せる。
まあ、ご褒美ではないが……アタシにとっては嬉しいことだ。
ジークはきょとんとしながらもアタシの前に来てくれた。うん、いい子だね。
「さてと――」
「さ、サッちゃん? なんで
「罰ゲーム執行じゃぁーっ!」
「へぶぅぅっ!?」
パイルドライバー成功。これでジークは二度も脳天痛打を味わったことになるな。
気絶したジークは後回しにして、次はヴィクターだ。タコ殴りの刑にしてやる。
「次はキサマだ」
「待ちなさい。何そのどこかで見たような立ち方は」
そう、今アタシは某悪のカリスマと同じ『きさま! 見ているなッ!』のポーズを取っている。
とはいえ、あくまでもポーズだけで言ってることは全く違うけどね。
ちなみにこのポーズ、取りやすいけど結構恥ずかしかったりする。
「ほら、おいで」
「それはできない話ね。私はジークほど丈夫な身体ではありませんし、それに――」
「ごちゃごちゃ言ってねえでさっさとこっち来いやぁ!」
「来いと言っておきながらどうして私の頭を両足で挟んでるのかしら!? というかなぜ両足!? そこは普通両手で掴むもので――ちょ、ちょっと待って! これ以上は洒落になりあべしっ!」
続いてフランケンシュタイナー成功。ホントはタコ殴りにしたかったぜ……!
「記憶の抹消、完了」
〈そう簡単にいくとは思えませんが……〉
「黙れラト」
二人が気絶してる間にポケットからタバコとオイルライターを取り出し、一服する。
脳天から落としたんだ。記憶の一部が翔んでもおかしくないだろう。つーか翔んでくれ。
とうとう奴をジークと呼んでしまった。しかも女の子っぽい声で。……一応女だけど。
「………………夜の街にでも行ってみるか」
たまには街中をうろつくのもいいな。
アタシは倒れてるジークをチラチラと見つつ、片手で頭を抱えながらそう思ったのだった。
《今回のNG》TAKE 13
「ほら、おいで」
「それはできない話ね。私はジークほど丈夫な身体ではありませんし、それに――」
「胸の大きさも違うってか?」
「ええ、それもありま――せんわよ!? どうして胸の話になるのかしら!?」
「それっぽい気がしたからつい……」
「ついで済む話ではなくてよ!?」
いや、わりとついで済む話だと思う。