「また折れたのか」
「まただよ」
目が覚めるとそこは緊急医務室のベッドの上だった。
姉貴が言うには左腕は完全に骨折、両脚には打撲の痕、加えて重度の脳震盪による昏睡状態に陥っていたとのこと。
そのため左腕はギプスで固定され、頭と左腕以外の四肢には包帯が巻かれていた。ほぼミイラ男じゃねえかこれ。
……ちなみに診てくれたのは姉貴じゃなくてシャマルらしい。
「それよりも姉貴、なんで二回目だって知ってるんだ?」
「シャマルから聞いたんだよ。ケンカの最中に階段から転げ落ちたって」
「まあな」
嘘だけど。
「で、試合はどうなった?」
「あのザマで勝ったと思うか?」
「ですよねー」
わかってはいたが、やっぱりアタシは負けたみたいだ。
なら次は勝つ。いつものアタシならその一言で済ませていただろうが……
「エレミアは?」
「こことは別の医務室にいるよ。なんでも左手のダメージが大きいとかで」
左手といったら第2ラウンドで拳をぶつけ合った際のあれで間違いないだろう。
さすがのエレミアも無傷では済まなかったということだ。
「……ちょっと席を外すよ」
「おう」
アタシの心情でも悟ったのか、姉貴はそう言い残すと部屋から出ていった。
「…………」
あのとき、アタシが気を失う前に見せた寂しそうな表情、そして……あの言葉。
『――ごめんな』
なんで謝る必要があるんだよ。だったらアタシが出した本気はなんだったんだよ。
しかもあんな面までされるとは思わなかった。なんだあの後悔の念に襲われたような表情は。なんだあの申し訳なさそうな表情は。
「ふざけんなよ……!!」
感じたことのない怒りが沸き上がり、思わず我を失いそうになる。くらくらするほど腹が立ち、やり場がいくつあっても足りないほどの怒り。
そんな抑えようのない怒りが全身を駆け巡り、いつの間にか握っていた拳からは血が出ている。
我慢できずに憤激の雄叫びを上げようとした瞬間、不意に扉の開く音がした。
「失礼します」
すぐに平静を装って声がした方へ振り向くと、部屋を間違えたのかヴィクターが入ってきた。
どうやら一人のようだな。あのエドガーって執事がいないし。ていうか……
「…………ノックぐらいしろよ」
「あなたが気づかなかっただけでちゃんとしていますわ」
全然気づかなかった。
「で、何しに来た?」
「友人のお見舞いよ」
「なら部屋を間違ってるぞ」
「…………あなたも私の友人よ?」
さらっと衝撃の真実が明かされた瞬間だった。
まあ、おかげで沸き上がっていた怒りは収まりつつある。今回は感謝するよ。
血だらけの拳を必死で隠していると、再びドアの開く音がした。……ノックぐらいしろっての。
「――え? サツキ?」
「……ッ!!」
聞き覚えのある声に思わずカッとなって振り向くと、左手と頭に包帯を巻いたエレミアがいた。
今の反応を見る限り、おそらくこの部屋にアタシがいるとは思わなかったのだろう。
しかしアタシにとってはどうでもいいことだった。どの面下げて来てんだよ……!
「………………なんの用だ」
「ヴィ、ヴィクターを探してただけや。そしたらサツキがおったんよ」
「だったら早く失せろ。テメエの顔なんざ見たくねえんだよ」
「…………やっぱり、怒ってるんか?」
「当たり前だろうが……!」
収まりつつあった怒りが再び沸き上がり、声もだんだん怒気を含んだものになっていく。
落ち込んだ表情のエレミアを静かに睨みつける。ヴィクターもそれに気づき、訝しむような視線をアタシたちに向けていた。
それだけならまだ良い。まだ抑えられる。だからさっさとアタシの前から消えてくれ。
「その……ごめんな」
あのときと同じ言葉。それをしっかりと聞いたアタシはいつの間にか立ち上がり、エレミアの胸ぐらを掴んで壁に押しつけていた。
かなり強引に動いたのか四肢に激痛が走るも、歯を食いしばって耐え抜く。
血だらけの右手を使っているため、掴んだ胸ぐらも血で染まっていた。
「サツキ!? 何を――」
「テメエは黙ってろ」
止めに入ろうとしたヴィクターをドスの利いた低い声で黙らせ、視線をエレミアに戻す。
エレミアは顔を歪ませながらも、申し訳なさそうな表情を崩していなかった。
それを見て体が熱くなるほど腹が立ち、静かながらも怒りのこもった声で怒鳴りつけた。
「一丁前に気ぃ遣ってんじゃねえよ……!!」
言いたいことはたくさんある。けどな、一番気に食わねえのはお前の面だ。
そんな面が見たくて怪我したわけじゃねえし、謝罪の言葉を聞きたかったわけでもねえ。
「――アタシはお前らみたいに仲良しごっこがしたかったんじゃねえ!! ただ本気を出させてくれる相手が欲しかっただけだ!!」
怒りに任せて本音をぶち撒ける。アタシがインターミドルに出場したもう一つの理由を。
不良を続けるだけならこんな大会に出たりはしない。不良をやるうえで、そういう相手が欲しかった。だけど現実はどうだ。闇拳以来、そんな相手はどこを探しても見つからなかった。
だからこそアタシは出場した。もちろん娯楽のためというのも嘘ではない。むしろ最初はそれだけのために出ていた。
でもヴィクターに負けて以降、少しばかり期待するようになった。そして今日、お前と対峙した。コイツとの試合は過去最高のものだった。なのに……それなのにお前は……!
「………………そっち……こそ…………」
「あァ?」
エレミアが俯いたまま何かを呟く。今度は何を言う気だ?
「そっちこそ、知ったような口利かんといてーや!」
ゴスッ! と大きな音が響いた。
その怒鳴り声を聞いた瞬間、血だらけの拳でエレミアをぶん殴っていた。
殴った衝撃で右腕にさらなる激痛が走り、殴られたわけでもないのに視界が揺れていた。
「テメエもういっぺん言ってみろオラァ!!」
もういい。身体がどうなろうと関係ない。コイツをブチ殺すことに集中してやる……!
もう一度拳を振り上げるも、ヴィクターに後ろから羽交い締めにされた。
「落ち着きなさい! 暴力じゃ何も解決しませんわ!」
「離せヴィクター! 今すぐコイツをぶっ殺してやるんだ!」
「ジークにはジークの事情があるのよ!」
そんなもん知ったことか。仮に知ってたとしてもやることは同じだ。
「…………っ!」
エレミアは顔を押さえながら立ち上がると、脇目も振らずに部屋から逃げ出しやがった。
すぐに追いかけようとするが、ヴィクターに羽交い締めにされているせいで動けない。
おそらくヴィクターは離してくれないだろう。怪我によるダメージで振りほどこうにも振りほどけない。クソッ、怪我さえしてなければ……!
「エレミアァァァァァァァァァァァァァァ!!」
こみ上げてくる悔しさを抑えられず、アタシはただ叫ぶしかなかった。
《今回のNG》
「無理。そんな気分じゃねえから」