死戦女神は退屈しない   作:勇忌煉

73 / 179
第13話「亀裂」

「また折れたのか」

「まただよ」

 

 目が覚めるとそこは緊急医務室のベッドの上だった。

 姉貴が言うには左腕は完全に骨折、両脚には打撲の痕、加えて重度の脳震盪による昏睡状態に陥っていたとのこと。

 そのため左腕はギプスで固定され、頭と左腕以外の四肢には包帯が巻かれていた。ほぼミイラ男じゃねえかこれ。

 ……ちなみに診てくれたのは姉貴じゃなくてシャマルらしい。

 

「それよりも姉貴、なんで二回目だって知ってるんだ?」

「シャマルから聞いたんだよ。ケンカの最中に階段から転げ落ちたって」

「まあな」

 

 嘘だけど。

 

「で、試合はどうなった?」

「あのザマで勝ったと思うか?」

「ですよねー」

 

 わかってはいたが、やっぱりアタシは負けたみたいだ。

 なら次は勝つ。いつものアタシならその一言で済ませていただろうが……

 

「エレミアは?」

「こことは別の医務室にいるよ。なんでも左手のダメージが大きいとかで」

 

 左手といったら第2ラウンドで拳をぶつけ合った際のあれで間違いないだろう。

 さすがのエレミアも無傷では済まなかったということだ。

 

「……ちょっと席を外すよ」

「おう」

 

 アタシの心情でも悟ったのか、姉貴はそう言い残すと部屋から出ていった。

 

「…………」

 

 あのとき、アタシが気を失う前に見せた寂しそうな表情、そして……あの言葉。

 

 

『――ごめんな』

 

 

 なんで謝る必要があるんだよ。だったらアタシが出した本気はなんだったんだよ。

 しかもあんな面までされるとは思わなかった。なんだあの後悔の念に襲われたような表情は。なんだあの申し訳なさそうな表情は。

 

「ふざけんなよ……!!」

 

 感じたことのない怒りが沸き上がり、思わず我を失いそうになる。くらくらするほど腹が立ち、やり場がいくつあっても足りないほどの怒り。

 そんな抑えようのない怒りが全身を駆け巡り、いつの間にか握っていた拳からは血が出ている。

 我慢できずに憤激の雄叫びを上げようとした瞬間、不意に扉の開く音がした。

 

「失礼します」

 

 すぐに平静を装って声がした方へ振り向くと、部屋を間違えたのかヴィクターが入ってきた。

 どうやら一人のようだな。あのエドガーって執事がいないし。ていうか……

 

「…………ノックぐらいしろよ」

「あなたが気づかなかっただけでちゃんとしていますわ」

 

 全然気づかなかった。

 

「で、何しに来た?」

「友人のお見舞いよ」

「なら部屋を間違ってるぞ」

「…………あなたも私の友人よ?」

 

 さらっと衝撃の真実が明かされた瞬間だった。

 まあ、おかげで沸き上がっていた怒りは収まりつつある。今回は感謝するよ。

 血だらけの拳を必死で隠していると、再びドアの開く音がした。……ノックぐらいしろっての。

 

「――え? サツキ?」

「……ッ!!」

 

 聞き覚えのある声に思わずカッとなって振り向くと、左手と頭に包帯を巻いたエレミアがいた。

 今の反応を見る限り、おそらくこの部屋にアタシがいるとは思わなかったのだろう。

 しかしアタシにとってはどうでもいいことだった。どの面下げて来てんだよ……!

 

「………………なんの用だ」

「ヴィ、ヴィクターを探してただけや。そしたらサツキがおったんよ」

「だったら早く失せろ。テメエの顔なんざ見たくねえんだよ」

「…………やっぱり、怒ってるんか?」

「当たり前だろうが……!」

 

 収まりつつあった怒りが再び沸き上がり、声もだんだん怒気を含んだものになっていく。

 落ち込んだ表情のエレミアを静かに睨みつける。ヴィクターもそれに気づき、訝しむような視線をアタシたちに向けていた。

 それだけならまだ良い。まだ抑えられる。だからさっさとアタシの前から消えてくれ。

 

「その……ごめんな」

 

 あのときと同じ言葉。それをしっかりと聞いたアタシはいつの間にか立ち上がり、エレミアの胸ぐらを掴んで壁に押しつけていた。

 かなり強引に動いたのか四肢に激痛が走るも、歯を食いしばって耐え抜く。

 血だらけの右手を使っているため、掴んだ胸ぐらも血で染まっていた。

 

「サツキ!? 何を――」

「テメエは黙ってろ」

 

 止めに入ろうとしたヴィクターをドスの利いた低い声で黙らせ、視線をエレミアに戻す。

 エレミアは顔を歪ませながらも、申し訳なさそうな表情を崩していなかった。

 それを見て体が熱くなるほど腹が立ち、静かながらも怒りのこもった声で怒鳴りつけた。

 

「一丁前に気ぃ遣ってんじゃねえよ……!!」

 

 言いたいことはたくさんある。けどな、一番気に食わねえのはお前の面だ。

 そんな面が見たくて怪我したわけじゃねえし、謝罪の言葉を聞きたかったわけでもねえ。

 

 

 

「――アタシはお前らみたいに仲良しごっこがしたかったんじゃねえ!! ただ本気を出させてくれる相手が欲しかっただけだ!!」

 

 

 

 怒りに任せて本音をぶち撒ける。アタシがインターミドルに出場したもう一つの理由を。

 不良を続けるだけならこんな大会に出たりはしない。不良をやるうえで、そういう相手が欲しかった。だけど現実はどうだ。闇拳以来、そんな相手はどこを探しても見つからなかった。

 だからこそアタシは出場した。もちろん娯楽のためというのも嘘ではない。むしろ最初はそれだけのために出ていた。

 でもヴィクターに負けて以降、少しばかり期待するようになった。そして今日、お前と対峙した。コイツとの試合は過去最高のものだった。なのに……それなのにお前は……!

 

「………………そっち……こそ…………」

「あァ?」

 

 エレミアが俯いたまま何かを呟く。今度は何を言う気だ?

 

「そっちこそ、知ったような口利かんといてーや!」

 

 

 ゴスッ! と大きな音が響いた。

 

 

 その怒鳴り声を聞いた瞬間、血だらけの拳でエレミアをぶん殴っていた。

 殴った衝撃で右腕にさらなる激痛が走り、殴られたわけでもないのに視界が揺れていた。

 

「テメエもういっぺん言ってみろオラァ!!」

 

 もういい。身体がどうなろうと関係ない。コイツをブチ殺すことに集中してやる……!

 もう一度拳を振り上げるも、ヴィクターに後ろから羽交い締めにされた。

 

「落ち着きなさい! 暴力じゃ何も解決しませんわ!」

「離せヴィクター! 今すぐコイツをぶっ殺してやるんだ!」

「ジークにはジークの事情があるのよ!」

 

 そんなもん知ったことか。仮に知ってたとしてもやることは同じだ。

 

「…………っ!」

 

 エレミアは顔を押さえながら立ち上がると、脇目も振らずに部屋から逃げ出しやがった。

 すぐに追いかけようとするが、ヴィクターに羽交い締めにされているせいで動けない。

 おそらくヴィクターは離してくれないだろう。怪我によるダメージで振りほどこうにも振りほどけない。クソッ、怪我さえしてなければ……!

 

 

「エレミアァァァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 

 こみ上げてくる悔しさを抑えられず、アタシはただ叫ぶしかなかった。

 

 

 

 




《今回のNG》


「無理。そんな気分じゃねえから」



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。