「もうすぐ決勝だな」
「そうだね~」
「……ところでさ」
「ん? 何かな?」
「なんで姉貴がアタシん家にいるわけ?」
「最近出所したからだよ」
「あ、そう――じゃねえ。あんた自分の家は?」
「出所して間もないんだよこっちは。だから仕事に就くまではここに住ませてもらうよ」
「居候かよ……」
「ま、そういうこと」
「…………管理局には入らなかったのか?」
「入れたとしても入る気はないね」
「なぜ?」
「めんどいから。若い間は自由気ままでいたいのさ」
「サツキちゃん。今回の相手は今までの奴とは格が違うよ?」
「今さらなんだよ」
都市本戦決勝当日。会場が揺れるほどの歓声の中、アタシはベンチで姉貴と話し合っていた。
去年のセコンドは大会のスタッフだったが、今回は姉貴がセコンドになっている。
今日の対戦相手はジークリンデ・エレミア。試合では無敗を誇るらしい。……アイツには日頃の恨みがあるから勢い余って殺しちゃいそうだな。
「あの子の戦闘スタイルは文字通り総合格闘技。それに魔法戦を加えたものだよ。つまり何をしてくるかわからない」
「グラップリングもあり得るってか?」
「当然だよ」
近接戦と遠距離戦の両方をこなせる総合型ね……闇拳のアスカを思い出すな。
だけどアイツはボクシングでエレミアは総合格闘技。この違いは大きいぞ。
「私としてはサツキちゃんが油断しないか心配だよ」
「ああ、それについては大丈夫だ」
「へぇ……なぜ?」
なぜって言われてもそりゃお前――
「今回はアタシも本気を出す必要があるからだ」
「……気でも感知できるの?」
「雰囲気でわかる」
あんた自分で言ってたじゃねえか。エレミアは今までの奴とは格が違うって。
肩まで伸びた髪を束ねていると、姉貴が微妙な視線を向けながら口を開いた。
「……ところでさ、それバリアジャケットだよね? なんで学ラン風?」
「気にすんな。アタシの好みだ」
スケバンが着ているあれは動きにくいんだよ。
「中に着ているパーカーも?」
「もちろん」
《両選手、リング中央まで移動してください》
「ん、もう始まるのか」
アナウンスの指示通りにするため、アタシはリングに入った。
その中央には先に移動していたのか、対戦相手のエレミアがいる。
「そんじゃ暴れてくるわ」
「サツキちゃん、勝てると思う?」
「知るか」
「よう」
「選手として会うのは初めてやね」
リング中央に移動したアタシは必然的にエレミアと向き合う形となった。
それにしてもコイツのバリアジャケット……なんかすげえ薄着だな。
胸元のやつが取れたら公衆の面前でおっぱいが晒け出されるぞ。
「初めて見たときから思ってたけど、なんで男子の制服なん?」
「これは学ランって言うんだよ。その空っぽな頭に刻んどけ」
「ここでも
そんなことはない。
「まあええわ。エレミアの技で沈めたるから」
「やれるもんならやってみろ」
《それでは――試合開始ですっ!》
そのアナウンスと共に開始の合図であろうゴングが鳴り響き、ほぼ同時にエレミアも構える。
アタシも一応ボクサーみたいに構えたが、違和感がヤバかったのですぐに構えを解いた。
「……構えへんの?」
「アタシは格闘家じゃねえんだよ」
と言いつつも、脱力した自然体の構えをとる。例えるなら獣みたいな感じだ。
エレミアはこっちの出方を窺っているのか全く動かない。最初はアタシもそうしていたが……
「さーて、いきますかぁ」
めんどくさくなったのですぐに突撃した。スタートダッシュをかましたせいか、立っていたところがその衝撃で少し陥没した。
エレミアは動じることなく右拳を突き出してきたが、拳が当たる寸前で急停止してから左に逸れて左拳を構える。
すると今度は銃の形にした左の人差し指から射撃魔法を撃ってきたが、アタシはそれを強引に方向転換して右側に回り込むことで回避し、そのまま左の拳ではなく右の拳を顔面に打ち込んだ。
「っ……」
あそこから方向転換されるとは思っていなかったのか、エレミアの顔に動揺の色が見える。
一息ついてから左拳を振るうも上手く捌かれ、投げ技をかまされた。
いつつ……投げ技の威力じゃねえぞこれ。それともクラッシュエミュレートのせいだろうか?
エレミアはそのまま左腕に関節技を掛けようと両手で掴んできたが、これを力ずくで振りほどき、奴の顔面に裏拳をブチ込んだ。
「いってぇ……」
すぐに立ち上がったのはいいが、背中がめちゃくちゃ痛い。エレミアの方も裏拳が効いたのか、右手で顔を擦っていた。
アタシが構え直した瞬間、エレミアは姿勢を低くしながら突撃してきた。低空タックルだな。
同じ低空タックルで相殺してやろうかと思ったが、それじゃおもしろくないので……
「――死んでろオラァッ!」
「んっ!?」
その場で垂直にジャンプし、奴が真下に来たところを左脚で踏み潰しに掛かった。
エレミアは驚きながらもとっさに身体を左に逸らしたことで直撃を免れたが、轟音と共に踏みつけた位置を中心に大きなクレーターが発生した。
「今のは危なかったぁ~」
「チッ……」
ぶっちゃけ回避されることは予想していたが、これでも平常通りか。
「隙あ――」
「させっかボケぇ!」
エレミアが下から柔道の腰技に類似した投げ技を仕掛けてきたので、これを上から圧する感じで受け止めてその場に踏み止まる。
全く……姉貴に油断しないか心配されてたけどこれじゃ油断もクソもありゃしねえ。
体勢的にはタックルを受け止めたときとほぼ同じ状態だったので、すかさず膝蹴りを二発ほど入れ、最後に肘打ちと膝蹴りを同時に放った。
「あらよっと!」
次にダメージで怯んでいたエレミアの胸ぐらを両手で掴み、そのまま背負い投げをかます。
そしてすぐさま踏みつけようとするも、ギリギリのところでかわされた。
「まさか
「ならもう一度食らってみるか!?」
「お断りやっ!」
そう言いながら左のローキックを放つも姿勢を低くしたエレミアに受け止められ、再び投げ技をかまされたうえに関節技を掛けられた。
空いている右脚を使って脱出しようと考えたが、それでもアタシは関節技を掛けられていた左脚を強引に動かして脱出した。
ヤバイな……左脚の踏ん張りがちょっと利かなくなっている。
「じょ、序盤から飛ばし過ぎやろ……」
「テメエがスロースターターなだけだろ」
互いに距離を取り、体勢を整える。強いとは聞いていたが、正直予想以上だった。しかも向こうはまだエレミアの技とやらを出していない。
癪だがエレミアの言う通り、実は結構飛ばし気味だったりする。まだ本気じゃないけど。
「ほな少し早いけど、殴り合おか。サツキの実力も大体わかったし」
「……知ったような口を利くな」
やっとエレミアの技とやらを見せてくれるらしい。……そうだよね?
「鉄腕、解放」
そう言いながら拳にキス? をした瞬間、奴の両手に籠手のようなものが装着された。
あれが鉄腕ってやつか……肘の上まで覆われてるな。
「こっからは全力のエレミアが相手や。無事に帰れると思ってもらったら困るよ」
そう宣言したエレミアの周囲に高密度弾の弾幕陣が生成され、そして――
「ゲヴァイア・クーゲル!」
技名を叫んで弾幕陣を一気に撃ってきた。さすがに高密度弾は危ないかな。
アタシはこれをぎこちない動きでかわしていき、最後の一発を……
「絶花――!」
あらかじめ猫の手のような形にしておいた右手で螺旋回転を加えてから弾き返した。
エレミアはこれを受け止めるも、貫通力が増したこともあって押されていき、
「あっ……!?」
威力を殺しきれずに後頭部から派手に転んだ。ま、
これにカチンときたのか、起き上がったエレミアはどこかムッとした表情になっていた。
「――今のはムカついたわ」
「おぉ……っ!?」
さっきよりも数段速いスピードで接近してきたエレミアに少し驚いたことで反応が遅れてしまい、右拳を突き出すもそれを利用した一本背負いのような投げ技を食らわされた。
右腕から骨が折れるような音が聞こえ、それに伴った激痛が走る。……これもクラッシュエミュレートだよね? そうなんだよね?
このまま仰向けなのもあれだと思ったアタシは、後頭部と空いている左手を使って逆立ちの要領で立ち上がり、エレミアに馬乗りすると同時に左のエルボーを顔面に打ち込んだ。
「ふぅ……」
一息ついてからクラッシュエミュレートで骨折扱いされている右腕を無理矢理動かし、左手で押さえていたエレミアの顔面に肘打ちをかます。
右腕にさらなる激痛が走るも、これを顔には出さず堪えた。こっちは本物の骨折を経験してるんだ。擬似的な痛みなんざどうってことねえ。
次に右拳を振り下ろすも、エレミアが後ろに後退する形で回避したので地面に直撃。新たなクレーターが轟音と共に発生した。
「~~~~ッ!」
「自業自得やろ……」
とはいえ右腕が痛いことに変わりはないので、無茶した分の痛みが今になって響いてきた。
エレミアも顔を歪めてはいるものの、体勢はほとんど崩れていない。
「全力と言ったわりには大したことねえな」
「人をバカにすんのもええ加減に――!?」
エレミアがプンスカな状態になったところを狙い、シンプルに左拳で殴り飛ばした。
これをモロに食らったエレミアはリング外まで吹っ飛び、壁に激突してダウンを取られた。
「――
そんなアタシの宣言と同時に、第1ラウンド終了のブザーが鳴り響いた。
《今回のNG》TAKE 2
「……ところでさ、それバリアジャケットだよね? なんで学ラン風?」
「気にすんな。アタシの好みだ」
「ふーん。じゃあ部屋にあった水玉模様のエプロンは?」
「それもアタシの――待て。キサマいつ見たんだ!?」
「身内にも秘密の一つや二つはあるんだよ?」
「そういう問題じゃねえ! いつ見たかって聞いてんだよ!」
「だから秘密だって」
このあと数十分にも渡って問い詰めたが、結局姉貴が教えてくれることはなかった。