「やっと、やっと見つけたぞ……!」
調査を始めてから三日。クラナガンを始め様々な街(の路地裏)を歩き回った結果、ようやく真相を突き止めた。
闇拳クラブは実在する。それも大都市のクラナガンではなく、そこから南西に数キロほど離れた位置にある都市の路地裏に。
まさかそんな微妙な場所にあるなんて予想だにしなかったけどな。
とにかく、第一の噂は真実だった。次は闇拳の凄腕ファイターだ。というかそれが本命だし。
「あ、サツキ~!」
いきなり呼ばれたので後ろを振り向くと、青髪のショートカットと緑色の瞳が印象的な女性が元気よく駆けてきた。えーっと――
「――スバル・ナカジマ、だっけ?」
「そうそう!」
「何してんのお前? 仕事は?」
「今日は休みだよ……」
確か特別救助隊に所属してる……元機動六課の関係者? だったはず。
機動六課という部隊そのものはこのミッドチルダじゃかなり有名らしいが、地球出身のアタシにはよくわからない。
なんでアタシがそんな有名人と知り合いかと言うと、スミ姉――姉貴経由で紹介されたからだ。
ていうかどうしたんだ? なんか慌ててるようにも見えるが……
「ティアを見なかった!?」
「ティア? 誰それ?」
「あー……ほら、ティアナ・ランスターだよ!」
「ああ、ランスターか! ……そのランスターがどうしたって?」
「一緒に休日を満喫してたんだけど、その……はぐれちゃって……」
アホだ。
「アタシは知らんぞ」
「そっか……ところでサツキは何してたの?」
「ぶらり旅」
「……ぶらり旅?」
「要は観光だ」
「ふーん……」
嘘は言ってない。闇拳クラブという場所を観光するという意味では合ってるはずだ……!
「って、もうこんな時間!? じゃあねサツキ!」
「おう」
何やら時間がなかったのか、スバルは慌ただしく走り去っていった。
ていうかランスターを探さなくていいのだろうか? いや、もしかしたらどっかで合流するのかもしれないな。
〈あのですねマスター。観光とは他国・他郷を訪れ、景色や風物などを見て歩くという意味であって危険な施設を訪れるという意味では――〉
アタシもさっさと行きますか。バレたらバレたで厄介だし。
「ここか」
数時間後。綺麗な夕日が見える中、アタシはついに闇拳クラブがある路地裏へとたどり着いた。
聞いた話によると、この地下へ続く隠し階段を降りていけばいいみたいだ。
それにしても長かった。三日とはいえ、長かったな。まるで一ヶ月ほど経ったような感覚だぞ。
まあ、地下にあるのは当然かな。普通のお店と同じように営業してるならすぐに管理局の連中が飛んでくるはずだし。
階段をひたすら降りていくものの、まだ下が見えない。冗談抜きで長い。
「どこまで続いてるんだよこれ……」
思わずイラつきながらそう呟いてしまう。周りはトンネルみたいに壁ばっかで、天井には申し訳程度の明かりがあるだけ。
なんつーか……殺風景だ。よくこんなところに来られるな常連は。
そろそろ走ってやろうかと思ったが、ちょうど階段が終わった。着いたのは倉庫のような場所だった。……いや、本物の倉庫だなこれ。
耳を澄ますと、何やら歓声のようなものが聞こえてきた。というか歓声だな。
「防音性か」
とはいっても、完全に音を遮断できてるわけではない。今やったように耳を澄ませば音は微かに聞こえてくる。
それに加え、倉庫の扉自体が壁の色と完全に同化している。つまりカモフラージュだ。
はは、こりゃバレないわけだよ。一体ここで何年やってきたんだろうな。
呆れを通り越して苦笑いしつつ、アタシは扉を開けた。
「うわ、倉庫のまんまかよ」
第一声がそれしか出なかった。賭けファイトをやる場所にされているのもあってか、中はかなり広い。入ってすぐ右側にはいくつかダンボールが積み上げられている。
その奥には観客と思わしき十数人ほどの人が円を作るように集っているのが見える。そして……
『決まったぁーー!! チャンピオンの右ストレートが挑戦者の顔面に直撃ーっ!』
と、実況の声が室内に倉庫内に響いた。
チャンピオンってことは……間違いないな。あの噂も本当だったわけか。
円の中央近くへ行ってみると、チャンピオンらしき人物が堂々と立っており、その足下には挑戦者であろう男性が血まみれで倒れていた。
『アスカ! アスカ! アスカ!』
ついでに喝采がうるさい。まあ、おかげでチャンピオンの名前がわかったし見逃してやるか。
アスカね……どっちかと言うと女っぽい名前だが男の名前としても使えるんだよな~。
(――いつか来ると思っていたよ)
(っ!?)
突然念話で話しかけられ思わず驚く。辺りを見回すも、それらしき人影はいない。
(どこを見てるんだい? 君の目の前にいるじゃないか)
そう言われたので視線を再び円の中央に向けてみると、栗色の髪と紫色の瞳が目に映った。
両手には包帯のようなものが巻かれており、雰囲気はまさに強者のそれだった。
予想してたとはいえ驚きだ。まさかチャンピオンの正体が、三日前にすれ違ったゴミ野郎とは。
「あっははは! あっはは――」
なんか観客の一人が汚い声で笑いながらアタシの隣に来たので殴ってやった。
それと同時に、チャン――アスカへの喝采も一気に止んだ。
(やっぱりお前だったか)
(いつから気づいていたのかな?)
(確証はなかったが、最初からだ)
(なるほどね。ま、僕も君がただ者じゃないってことはすぐにわかったよ)
するとアスカは念話を切り、アタシを試すかのように口を開いた。
「闇拳へようこそ。――やる?」
「は?」
観客および実況者の視線が全てアタシに向けられる。頼むからそんなに見ないで。
『おおーっとここで緊急参戦か!?』
どうやら実況者はこれを緊急参戦と受け取ったらしい。間違ってはないんだろうなぁ。
闇拳自体に参加する気は毛頭なかったんだけど……どうしようか。
参加するかどうか迷っていると、アスカが再び念話で話しかけてきた。
(いいんだよ? 無理にやらなくても)
(お、なら辞退させて――)
(君が僕に勝てる要素はないしね)
(…………なんだと?)
(そのままの意味だよ。君なんかじゃ僕には勝てないってことさ)
辞退させてもらえるかと思ったらただの挑発だった。さすがにこれはムカついた。
ここまでコケにされたのはミッドに来てからだと今回が初めてだ。
『さぁさぁ、お嬢さんはこの挑戦を受けるでしょうか――がっ!?』
実況者がうるさく語りながら近寄ってきたのでこれも殴ってやった。
「――上等だよ」
アタシは着ていたパーカーを脱ぎ捨て、円の中央に立つ。
アスカもアタシと向かい合う形で堂々と立っていた。まるでスポーツの試合だな。
「いてて……。えー目潰し、噛みつき、急所、魔法の使用。全てが正当攻撃です。心に善意の欠片も残すことなくやり合ってください」
なるほど。要は死なない程度に殺し合えってことか。そして実況者は審判でもあった。
説明中なのにアスカは構えていたが、その構えに少し見覚えがあった。
顔面をガードするかのような拳、そしてパンチを早く打つための姿勢。コイツは……
「では始めますよ? レディ――」
「ッ!」
「ん……!?」
「――ゴー!」
開始の合図を遮りアスカに殴りかかるも、ちょっと驚かれただけで難なくかわされる。
次に蹴りを入れてみるがこれも軽くいなされ、さらに右拳を連続で放つも左手だけで捌かれた。
それでも右拳を繰り出すがすれ違う形で避けられ、右、左の順にジャブを打ち込まれた。
「チッ……!」
なんとか踏ん張るも、顔面には鈍い痛みが広がり、思わず顔をしかめてしまう。
今度は左で殴りかかるが、大振りだったせいか再びすれ違う形でかわされた。
「くふふ、そんなんじゃ一生当たらないよ?」
「ちょっと黙ってろこのクソヤロー!」
アスカの挑発に触発され、怒りに任せて前蹴りを繰り出すが避けられてしまい、次に左拳を放つも右手で受け止められる。
間髪入れずに密着してから膝蹴りを連続でかますも空いていた左手でガードされ、すぐに密着状態を解かれてしまった。
めげずに右で殴りかかるも、かわされると同時にボディブローを打ち込まれた。
「……んなろっ!」
再び右拳を放つがこれまたガードされ、膝蹴りからのハイキックというコンボを食らわされた。
こうなったらマウントを奪おうと、低空タックルをかますも上手く受け止められてしまい、逆にマウントを奪われた挙げ句、ひたすら殴られた。
アスカがアタシから離れた瞬間、起き上がろうと上半身を起こしたが……
「冗談だろ……?」
視界に入ったのは周囲に弾幕陣を生成したアスカだった。そして――
「――シュート」
その無慈悲な一言と共に、弾幕をアタシに撃ち込んできた。
では、良いお年を!
《今回のNG》TAKE 31
「そっか……ところでサツキは何してたの?」
「えーっと……聖地巡り?」
「せ、聖地? なんの?」
「さあ?」
「……………………」