「はぁ~……」
学期内試験も無事に終わり、季節はもう秋。制服を秋服に衣替えして少し経ったある日、アタシは最近の出来事を振り返っていた。
夏はインターミドルなんとかに出場したが、都市本戦で雷帝のヴィクト……なんだっけ? まあいい。その雷帝とやらに惜しくも敗れた。
クソッ、出し惜しみしたのが運のツキだったか。次当たったときはすぐにブチのめしてやる。
……それにしても眠い。眠くて仕方がない。よし、久々にぐっすりと寝てやりますか!
「おいサツキ、授業中にボーッとすんな」
さっそく居眠りしようとしたら隣の席に座っている赤髪のポニーテールに注意された。
「気安く名前で呼ぶな。えーっと……」
「ハリー・トライベッカだ」
そうそう、そんな感じの名前だったな。いかにも番長な雰囲気をまとっているから初対面で少し期待したことがある。
しかし現実は非情だった。体育の模擬戦で対戦してわかったことだが、コイツはケンカを知らない。加えてそのときは魔法なしというルールもあってアタシが圧勝することとなった。
それ以来、コイツはアタシに絡んでくるようになった。正直言ってウザい。
「そうか。そんじゃ寝るから後はよろしく~」
「いやいやよろしくじゃねーよ! 授業中に寝るなバカ!」
「テメエ誰がバカだ」
ブチのめすぞ。
「いいかトライベッカ。授業中に居眠りは常識なんだよ」
「そんな常識あってたまるか!」
「常識じゃないのか!?」
「当たり前だろ!?」
そ、そんなバカな……アタシはただ寝たかっただけなのに……。
夜は暴れるから寝る時間が減ってしまう。だから今寝ようと言うのに……!
「ラト。どうすれば今すぐ眠れると思う?」
〈その意欲を夜に発揮すればいいと思います〉
「…………」
まるでアタシの考えがわかっていたかのような発言だった。
「次、緒方、トライベッカ。それぞれ位置につけ」
二時間後。体育館にて、アタシはトライベッカと模擬戦をすることになった。これで何回目だよ。
まあ体育館でわかると思うが、今やってる授業は体育だ。運動着洗っとけばよかったよ……。
ちなみに審判を務める先公は女だ。いわゆるクールビューティーってやつらしい。
そんなことを考えつつ、言われた通り指定の位置につく。……距離は五メートルほどか。
「ルールは魔法なしの格闘オンリーだ。気絶とリングアウトは負けと見なす。……いいな?」
「押忍ッ!」
「へーい」
格闘オンリーか。こないだは魔法もありだったから苦労したよ。
とはいえこのままじゃいつも通りすぎておもしろくないな……そうだ。
(なあトライベッカ。一つ賭けをしようぜ)
(賭け?)
とりあえず念話で話しかける。声に出せば間違いなく何かしらの注意を受けてしまうからな。
(ああ。内容は至ってシンプル、負けた方が勝った方に飯を奢る。どうだ?)
(うーん……悪くはねーけどさ、どうしたんだよ急に)
(別に。ちょっとしたスパイスだよ)
よし、交渉成立だな。俄然やる気が出てきたぜ。奢ってもらう飯は何にしようかな?
「それでは模擬戦を開始する。――始め!」
その一言を聞いた瞬間、アタシは一気に駆け出した。
トライベッカはアタシのスタートダッシュに少し驚くも、その場で構えたまま動かない。どうやら迎え撃つつもりらしい。
相手との距離が二メートルほどに迫ったところでジャンプし、トライベッカの脳天目掛けて踵落としを繰り出すも両腕でガードされた。
「防御してんじゃねえよ!」
「しないと負けちまうだろーが!?」
「んなもんとっくに決まったことだろ!」
「決まってねーよ!」
そう叫びながらトライベッカは右手で胸ぐらを掴んで左拳を放ってきた。
アタシはそれが当たる前に奴の顔面へクロスカウンターを打ち込み、少し距離をとる。
それが効いたのか、トライベッカはその場にバタリと倒れ込んだ。――え?
「は? いや、ちょっと待とうか? うん、待とう。ここは待とう。とにかく待とう」
〈とりあえず落ち着いてください〉
確かに負けろとは言った。でも、でもさ――
「――あっけな過ぎだろ!?」
コイツ我慢強いんじゃなかったのか!? パンチ一発でダウンしやがったぞ!?
初めて戦ったときの秒殺KOはともかく、さすがにパンチ一発でKOはねえだろ!?
アタシはすぐさまトライベッカの元へ駆け寄り、なんとか起こそうとする。
「お、おい! もう終わりか!? おい!!」
「…………終わらせたのお前だろ……」
「まだ意識があったのか!?」
「その言い方だと、まるでなかった方が良いみたいな感じだな……」
「いや意識があるなら起きろよ!?」
「意識があるだけで、身体が動くわけじゃねーんだ……よ……」
「トライベッカ? おい、トライベッカ!?」
『………………誰かあの茶番を止めろ』
『は、はいっ!』
トライベッカを起こそうと頑張っている際、先公がなんか言っていたが気のせいだろう。
「…………おい」
「んだよ」
「なんでオレが奢られる側なんだ?」
「気にすんな」
翌日。あれから何度も顔を叩いたり揺らしたりしてみたが、結局トライベッカが目を覚ましたのは授業が終わる一分前だった。
それだけならまだ良かったのだが、なぜか罪悪感が湧いてきたのでアタシがトライベッカに昼飯を奢ることにした。
当然だが、今は外食中である。ちなみに場所は地球でいう居酒屋のような小さな店だ。トライベッカはミッドチルダ出身ということもあってか、まだその事に気づいていない。
「ま、そういうわけだから遠慮せずに食え」
「…………なんでオレが――」
「気にすんな。次言わせたら全額払わすぞコラ」
「いや、さすがにこの額は厳しいぞ……」
「だったら何も言うな。頼むから」
「一体何があったんだ……?」
謎の罪悪感に押し潰されそうなんです。
「それにしてもこんな店があったなんて知らなかったぞ」
「………………お前ホントにミッド出身か?」
「当たり前だろ」
「なら店の数ぐらい把握しとけよ」
とはいえ、コイツがミッドチルダのどこ出身かは知らんからな。
もしかしたら別の地方出身なのかもしれない。……地方っていくつあったっけ?
他人と必要以上に会話するなんてミッドじゃ初めてな気がする。あ、あの変態はノーカンな。
「お前とは長い付き合いになりそうだ」
「奇遇だな。オレも似たようなことを考えていたところだ」
「同じじゃねえのかよ」
「お前と同じ考えになるなんてあり得ねーよ」
ごもっとも。
「…………つーわけでよろしくな――ハリー」
「何がつーわけだ…………え?」
「そんじゃあな。金は置いてくから後はご自由に」
「お、おいサツキ!? 今オレのこと――」
店から出る際、ハリーが何か言おうとしていたがアタシはそれをあえてスルーした。
長い付き合いになりそうなのは確かだが……友達とは言い難い。どちらかと言えば腐れ縁ってやつだろう。なんかピッタリだし。
明日の空は何色だろうか。そう思いながら、アタシは一服したのだった。
《今回のNG》TAKE 10
「…………つーわけでよろしくな――奴隷」
「誰が奴隷だてめー!?」
「いやお前だよ。むしろお前しかいねえよ」
「ひでえ……」