死戦女神は退屈しない   作:勇忌煉

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第5話「進撃のアホミア」

「さて、なに食べようかな?」

 

 ついに訪れた運命の日。アタシはいつも通り朝飯の準備をしていた。昨日はとにかくそこら辺のスーパーで買い物しまくったよ。

 そのせいでケンカができなかった。なので少しだけイライラしていたりもする。

 

「今回はどれだけの食料が犠牲になるのやら……」

〈どうせ量に関係なく食べ尽くされますよ〉

 

 クソッ。反論したくてもできない。アイツが食べ物を残したことって一度もないからな。

 ちなみに今日の朝ご飯は和食だ。自分で言うのもなんだが、結構な出来上がりだと思う。

 

 

 ――ピンポーン

 

 

 ちょうど朝飯の準備が終わったと同時に呼び鈴の音が響く。

 ついに来たのか? いや、もしかしたらファビアかもしれない。

 

「さて、吉と出るか凶と出るか……」

〈マスター。嫌な予感がするので大凶です〉

 

 言うなラト。例えわかっていようとも言うな。

 アタシは殺気を隠しながら警戒体勢に入り、扉の前に立つ。

 

「へーい、どちらさんでー?」

 

 そして普通に返事をしながら扉を開ける。するとそこには――

 

「サッちゃん! 久しぶり」

 

 

 ――バタン。ガチャンッ!

 

 

「……じ、ジーク……?」

 

 残念ながらファビアではなく、件の乞食女ことジークリンデ・エレミアがいた。

 やっぱり来やがったのか。その事実を知った瞬間、わずかな希望は打ち砕かれた。

 

『さ、サッちゃん!? なんで閉めるん!?』

 

 なんか聞こえるけど今は『開けてサッちゃん!』それどころじゃない。どうしよう、予想外だから打つ手がない。

 確かに来るとは聞いていたが、まさか早朝に来るなんて思いも『サッちゃーん!』しなかった。

 もしかして奴はこのタイミングを狙っていたのか? 気配なんて全く感じなかったぞ。

 

『お願いやから開けて! お腹すいて倒れそうなんよ! この通りや!』

 

 アタシが頭を回転させているとジークが必死に懇願してきた。何がこの通りだゴラァ。

  そんなもの聞けるわけねえだろ。キサマのせいでどれだけの食料が犠牲になったと思ってんだ。

 そして予想通りというか、やはり目的は食べ物か。なら倒れてしまえ。嬉し泣きしてやるから。

 ……いや、冷静になれアタシ。あれは生き霊ってこともあり得るだろ。うん、きっとそうに違いない。

 

(ウチ)、サッちゃんに酷いことしたくないんよ!』

「待て! お前はアタシに何をするつもりだ!?」

 

 ジークが扉の向こうでさらっととんでもないことを言いやがった。

 初めて会ったときのジークは人見知りでかなり大人しかったはずだ。多分。

 まあ、それでもアタシと一度だけ殴り合いのケンカをしたことがあるのは事実だが。試合ではなくプライベートで、だけど。

 

『――殲撃(ガイスト・ナーゲル)は使いたくないんよ!』

「やめろっ! そんなことをしたらアタシまで犠牲になっちまう!」

 

 よりによってガイストとかイカれてやがる。お前、あれだけ危険だとかほざいてたくせにアタシには躊躇いもなく使用するのかよ。

 いつからコイツはここまで変わってしまったのだろうか。いや、おかしくなったといった方が正しいかな?

 

「ヴィクターんとこ行けよ! つーかなんでアタシなんだよ!?」

『だってサッちゃんの料理おいしいんよ!』

「エドガーにでも食わせてもらえ!」

 

 こっちは数に限りがあるんだよ。加えてそれ以前にお前を家に入れたくない。

 入れてしまえば家計が確実に圧迫されてしまうだろう。おお、怖い。

 

「ていうかいつまでドアノブガチャガチャしてや――」

『サッちゃんが開けてくれるまで帰らへんよ!』

 

 コイツ、ちょっとヤバイわ。病んでないだけマシなのかもしれないが、アタシとしては病んでる方がブチのめしやすいからこれは厄介だな。

 ……あのとき見逃さずにトドメをさしておけばよかったんだ。

 

『あーもー! 使うで! ほんまにガイスト使うで!?』

「待て早まるな!」

 

 マズイ。あのアホ、自棄になってやがる。こうなったらやるしかない……!

 

 

 ガチャッ(ドアを開ける音)

 

 ドゴッ(アタシがジークに回し蹴りをかます音)

 

 バタンッ ガチャンッ(アタシがドアを閉めて鍵を掛ける音)

 

 

「危なかった……!」

『こ、こっちのセリフなんやけど!?』

 

 見えたのはほんの一瞬だったが、マジでガイストを使おうとしてやがった。

 おっと。奴を一回退けたからといって安心はしてられない。

 

「ジーク! 実はアタシ」

『ご託はええから開けてやぁ!』

「……風邪を引いてて……」

 

 ダメだコイツ。聞く耳をまるで持ってねえ。

 

『仕方あらへん。もういっちょいくで!』

「さらっと連続で使おうとしてんじゃねえ!」

『サッちゃんがドアを開けてくれるまで! (ウチ)はガイストを使い続けるっ!』

 

 なんだその某ジ○ジョみたいなセリフは。内容は全然違うけど。

 お次はどうするかな……ハイキックか? ローリングソバットか? それともアッパーか?

 

『ガイスト――』

 

 ――やっぱりあれしかねえよなぁ。

 

 

 ガチャッ(ドアを開ける音)

 

 タッ ゴスッ(アタシが少しジャンプしてジークに頭突きをかます音)

 

 バタンッ ガチャンッ(アタシがドアを閉めて鍵を掛ける音)

 

 

「もう勘弁してくれ!」

『あたた……そやからこっちのセリフなんやけど!?』

 

 仕方がない。窓から逃げよう。

 そう決意したアタシがベランダに向かうと同時に――

 

 

「そや、前に来たとき合鍵を借りさせてもらったんよ。すっかり忘れとったわ」

 

 

 ――玄関の方から声が聞こえた。振り向くと、そこには外にいるはずのジークが家の中にいた。

 普通ならどうやって入ったんだ? と思うところだが……

 

「テメエ今なんつった? 合鍵だと?」

「うん」

 

 合鍵はファビアに渡したやつを含めても五つしかない。しかもうち一つはここにはない。さらにうち二つはアタシが持っている。

 つまり残り一つをパクられたのか。貸した覚えはないし、貸すつもりもないからな。

 

「貸した覚えはねえぞ」

「当たり前やろ。だって(ウチ)――無断で借りたんよ?」

 

 アウトだバカ野郎。

 

「……………………もういっぺん言ってみろ」

「そやから(ウチ)、無断でサッちゃんから合鍵借りたんよ」

「………………」

「あっ! 痛っ! サッちゃっ……! 暴力はあか……っ!」

 

 現在進行形でジークのマウントを奪い、ひたすら殴り続けているアタシは絶対に悪くない。

 

 

 

 

 

 

 

「シャワーおおきに~」

〈マスター。抑えてください〉

 

 数時間後。今は夕方――というか午後7時を過ぎたところだ。

 あれからジークは朝飯を食べるだけに飽き足らず、昼飯やアタシが買ってきたお気に入りのお菓子まで食べやがった。

 挙げ句の果てにはシャワーまで勝手に使ってやがるし……いつかぶっ殺す。まあ、過ぎたことは置いとくとしよう。とりあえず今あるのは……、

 

 

・ドデ○ミン

・麦茶

・パエリア

・酢豚

 

 

 こんなもんだな。もちろん料理はアタシの手作りだ。パエリアとか久々だわ。

 

「サッちゃんはどれにするん?」

 

 目を輝かせ、よだれを垂らしながらアタシに問いかけてくるジーク。汚えなおい、さっさと拭けよ。

 どれにする、か。そうだな――

 

「――ドデ○ミンと麦茶とパエリアと酢豚だ」

(ウチ)の分は!?」

 

 実はないわけじゃないが今後のために出したくないというのが本音だ。

 つまりはないってことになるな。ていうか絶対に出さねえぞコラ。

 

「まさかサッちゃん、(ウチ)には――」

 

 それに食費もヤバイことだし、これ以上の犠牲は出したくない。

 今後の食生活どうしようか。このままではジークのせいで清貧生活になってしまう。

 

 

「――(ウチ)にはカップ麺のプラモデルを食べろっちゅうんか!?」

「待て! 何をどうやったらそんな解釈になるんだ!? しかも無機物でも食おうとするお前の思考に一瞬どころかマジで引いたぞ!?」

 

 

 アホなことを言い出したジークにマジでドン引きする。頭おかしいとかそんなレベルじゃねえ。

 これが乞食の王者とでもいうのか……!?

 

「というか、うちにそんなプラモデルはない」

「じゃあ、あそこにある怪○王のフィギュアを食べあだぁあああああっ!!」

 

 怒りのあまりジークにアイアンクローをかます。それを食ったら殺すだけじゃ済まさん。

 つーかいい加減にプラモやフィギュアから離れろ。だがそれを食えばマジで殺す。

 

「ご、ごめんやっ! (ウチ)が悪かったからぁっ! あ、そや、実はサッちゃんがシャワー浴びてる間にもお菓子をいくつか食べあだぁああああっ!!」

「遺言書は書いたな? お祈りは済ませたな? 懺悔も済ませたな? 未練はないな? 思い残すことはないな? ――ブチ殺す」

 

 アタシは墓穴を掘ったジークを粉砕するべく、空いている左手に魔力を込める。

 やっぱりコイツを生かしておいたのが間違いだったようだ。ここでケリをつけてやる。

 

「ま、待ってサッちゃん! それは洒落にならへんからっ!」

♪◇▽□◆◎×☆★(この一撃にアタシの全てをかける!)

「ほんまになに言うてるかわからへんよ!?」

〈つまりマスターは今から使おうとしている攻撃に全てをかけているようです〉

「ラトも淡々と翻訳してないでサッちゃんを止めてやぁ!」

〈アホミアさん。男は……諦めが肝心です……っ!〉

(ウチ)は女子や! ていうかその家族を戦場に送り出すような雰囲気で言うのやめてくれへん!? あとエレミアなんやけど!? ――ってストップ! サッちゃんストップ! ほんまに(ウチ)死んでまう! 死んでまうからぁあああっ!!」

 

 

 閑話休題。

 

 

「…………マジで反省してるんだろうな?」

「はい……」

 

 あれから数十分ほど愛機による必死の制止が続いたので、悔し泣きしながらジークを解放した。

 魔力込めるとか贅沢せず普通に決めとけばよかったぜ。今は土下座させてお説教なう。

 

「サッちゃん。お願いやからちゃんとしたご飯を食わせてつかぁさい……!」

「はぁ……まあいいか」

 

 どうせ外に追い出しても合鍵あるいはガイストを使って入ってくるだろうし。

 それに何より、コイツの相手をするのは一番疲れる。昔はあれだけ仲が悪かったというのに……

 

「ほ、ほんま!?」

「ああ。下手な真似したら殺すけど」

「えへへ……!」

 

 どうしてこうなった。ジークはまるでアタシに気があるかのような素振りだし。

 いや、ないと思いたい。さすがにコイツもその辺りの認識はできるはずだ。

 このあとはジークと一緒にご飯を食べ、成り行きで一緒に寝るはめになった。すぐに奴をベッドから蹴り出してボコボコにしたのは内緒である。

 

 

 

 

 

 

 

「あ~……最悪だ」

 

 翌朝。ジークは満足できていたらしく、幽霊のように姿を消していた。

 とりあえずそれは置いといてだ。恐れていた事態が発生してしまったのだ。

 

「――今月の()()が底を尽きた……」

 

 この先どうやって生きていこうか。いや、別に清貧生活自体はいけるんだぞ? ガキの頃に山籠りを経験したことがあるからな。

 問題は食費の確保だ。この先アイツが居候する可能性を考えると()()調()()だけじゃとても足りない。

 最近の奴は所持金少ないからな。おそらく一週間と持たないだろう。

 

「実はジークって貧乏神の化身じゃないか?」

〈……残念なことに否定要素がありません〉

 

 あのラトですら疲れたような声になっている。

 仕方ねえ。職場体験を利用するしかないな。でないと電気代までなくなる可能性がある。

 そんなことを考えながら、アタシは制服に着替えて家から出た。

 

 

 

 これだからアイツは――ジークリンデ・エレミアは大嫌いなんだよ。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 87

「へーい、どちらさんでー?」

 そして普通に返事をしながら扉を開ける。するとそこには――

「サッちゃん久しぐふぉ!?」

 ――アタシに抱きつこうとしていたジークがいたので前蹴りをお見舞いしてやった。

「いたた……久しぶりに会って最初にすることが前蹴りってどーゆーことや!?」
「手を抜いてやっただけありがたく思え」

 ホントならこれにパワーボムも追加するつもりだったんだからな。



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