死戦女神は退屈しない   作:勇忌煉

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第4話「意気がってる奴ほど弱い」

「というわけで遊びに来たぜ」

「何がというわけなのか詳しく説明してもらえないかしら?」

 

 アタシは今、ヴィクターことヴィクトーリア・ダールグリュンの屋敷に遊びに来ている。

 ヴィクターとはインターミドルの都市本戦でやり合った仲であり、勝敗は一勝一敗。

 アタシはもうリベンジを果たしたからどうでもいいのだが、ヴィクターは納得してないらしい。

 

「相変わらず美味しいよな、この紅茶」

「恐縮です」

 

 ま、遊びに来ているとはいっても紅茶を飲んでいるだけだがな。

 とりあえず真面目に美味しかったので執事のエドガーに称賛を送ってみる。

 

「あなたから称賛が送られるなんて……」

「おいコラなんだそのあり得ない……! みてえなアホ面は」

「誰がアホ面ですって?」

 

 おかしい。アタシはただ素直に称賛を送っただけじゃねえか。

 そしてアホ面はお前だ。一応お嬢様なんだからもう少し上品に振る舞えよ。

 

「ところでお前、いつもより疲れてないか?」

「当然よ。だってあなたやポンコツ不良娘の相手は実際に疲れるもの」

「誰がポンコツ不良娘だと!?」

「どうしてあなたがそこに反応するのかしら!?」

 

 自分の悪口に反応するのは当然だろ。紅茶のせいで頭もアホになっちまったのかコイツは。

 けどポンコツ不良娘ってどっかで聞いたことあるような……ないような……。

 

〈マスター、ポンコツ不良娘というのはハリーさんのことですよ〉

 

 穴があったら入りたい。

 

「少しは落ち着きなさい」

「…………そういやアイツは?」

「今日はまだ会ってないからわかりませんわ」

「すげえ安心したわ」

「どれだけあの子が苦――嫌いなのよ……」

 

 できるならマウントポジションで殴りまくってやりたいほどに苦――嫌いだ。

 それとヴィクター、オブラートに言い直したつもりだろうがむしろ悪化してるぞ。

 

「ところでダールグリュンって言いにくいよな」

「……本当にマイペースね、あなたは」

「いっそのことダース・ベ○ダーにしろよ」

「原型がほとんどないのだけど!?」

 

 知ったことか。言いやすいから大丈夫だろ。それにおもしれーから悪くねえじゃん。

 いや実際にダールグリュンって言いにくいし。あとフルネームが長すぎなんだよ。

 

「要は言いやすくておもしれーかそうでないかの問題なんだよ」

「だからといってなんでもいいわけではないのよ?」

「……え……?」

「待ちなさい。なにその嘘だろ……? みたいな顔は」

 

 あれ? もしかして表情に出てた?

 

「今度ポーカーフェイスの練習をする必要があるな」

「はぁ、付き合ってられませんわ……」

「お前、客人に対してマジ失礼だぞ」

「あなたや不良娘なら問題はないのよ」

 

 人が大人しくしてりゃ調子乗りやがってこのアマ……!

 という感じにアタシがイラついているとヴィクターが頭に手を当て、まるで疲れたかのような声でこんなことを呟いた。

 

「まったく……。あなたといい、あのポンコツ不良娘といい、どうしてこう相手にすると疲れるのよ……」

「誰がポンコツ不良娘だと!?」

「だからどうしてあなたがそこに反応するのかしら!?」

 

 ムカつくからに決まっているだろうが。

 もういいだろうと思い、帰ろうと立ち上がってからヴィクターに一言だけ告げる。

 

「そんじゃ帰るわヴィク――ダース・ベ○ダー」

「待ちなさい。合っていたのにどうして言い直す必要があったのかしら?」

 

 しまった。言いにくいから間違えちゃった。別におもしれーからいいけどさ。

 仕方がない。いっぺんコイツのフルネームを口にしてみるか。めんどいけど。

 

「えーっと……ビクター・ダースグリュン?」

「いろいろ混ざっているのだけど!?」

 

 あれま。

 

「まあいいや。今度こそ帰るよ」

「そう。……そういえばあなたに言わなければならないことがあるのだけど」

 

 ん? 言わなければならないこと?

 帰ろうと歩き出していたアタシは一旦足を止め、ヴィクターのいる方へ振り向く。

 なぜだろう。イヤな予感がする。

 その予感は的中したらしく、ヴィクターは良い笑顔でこう告げてきた。

 

 

「――明後日からあの子のこと、お願いね」

 

「キサマァァァァァァァァァァァ!!」

 

 

 このときほど聞かなきゃよかったと後悔したことはそうそうないだろう。

 アタシの渾身の叫びは屋敷中に響いた。幸いにもガラスが割れたりはしなかったけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

「がァああああああああッ!!」

「あがっ!?」

 

 その日の夜。アタシは文字通りストレス発散のため大暴れしていた。

 今はハイキックで仕留めた奴をとにかく踏みつけている最中だ。途中で変な音がしたけど気のせいだろう。

 次に鉄パイプを持った男が向かってきたが、アタシはこれをローリングソバットで沈め、再び踏みつけを再開する。

 

〈マスター。それ以上はアウトです〉

「るっせえなゴラァ!!」

「ごふっ!!」

 

 ラトに注意されて思わず踏みつけを中止すると同時に、近くにいた大柄な男を殴り飛ばす。アタシよりでけえからって勝てるわけじゃねえんだよ。

 そして殴り飛ばした奴を右手で持ち上げ、そのままアイアンクローをかます。

 

「ぐぎゃぁぁぁ!!」

「うるせえから黙ってろ」

 

 なんか喚き出したので空いていた左を使ってボディブローを打ち込み、意識を翔ばす。

 邪魔でしかなくなったそれを適当に投げ捨て、最後の一人を迎え撃つ。ソイツはアタシを見てビビっていた。さっきまで意気がっていたくせに。

 

「ちょ、調子こいてんじゃぺぎゃっ!?」

 

 アタシはそれを跳び膝蹴りで沈め、着地してから周りに誰かいないか確認する。

 ……よし、誰もいないな。気配も感じないから間違いないだろう。

 とりあえず一服しながら資金を調達し、暴れた場所から立ち去る。

 

〈マスター。やるにしても限度というものがありますよ?〉

「ギリギリセーフだ」

 

 ホントにギリギリだったけどな。ぶっちゃけどうでもいいと思っているのだが、周りの連中がそれを許してくれない。

 まあ、だからこそ自分じゃ歯止めの利かないときがあるんだけどね。

 でもアタシとしてはまだまだ物足りない。もう少しだけ暴れるかぁ。

 

〈マスター、もうすぐ11時ですよ。あと一時間で一日が終わってしまいます〉

「そうか。どうせなら朝まで暴れるか!」

〈もう好きにしてください〉

 

 アタシの夜はこれからだ!

 

 

 

 

 

 

 

「マジ眠い……」

「あはは……」

 

 あれからホントに朝帰りしたアタシは家に帰ってからシャワーを浴び、飯も食わずに着替えてそのまま登校するはめになった。

 せめてフレンチトーストだけでも食っときゃよかったよ。

 ヴィヴィオとは途中で合流した。ま、朝帰り自体は慣れてるんだがな。

 

「サツキさん。昨日は通信にも出ずになにしてたんですか?」

「あー…………」

 

 マズイ。なんて説明すればいいんだろう。正直に言えばめんどくさいことになるぞこれは。

 ていうか通信してたのね。全く気づかなかったよ。

 まあ、コイツはガキんちょだから適当にはぐらかせば大丈夫だろう。多分。

 

「実は寝――」

「嘘はいいです」

「――てた」

 

 ……せめて最後まで言わせてくれよ。さすがに傷つくだろうが。

 ヴィヴィオは呆れたようにため息をつき、ジト目でアタシを睨み始めた。

 うん、もう一度はぐらかしてみよう。今度はきっと上手くやれるさ。

 

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「…………あの、今なにか本音のようなものが聞こえたんですけど……」

 

 しまった。ついアタシの正直な部分が出ちまったみたいだ。

 

「……もういいです。ところでサツキさん」

「ん? どったの?」

「この前、別れたあとはどうしたんですか?」

 

 ヴィヴィオは一瞬だけもう諦めたという表情になってから問いかけてきた。

 一難去ってまた一難とはまさにこのことだろう。さてさて、どうしたものか。

 あー……うん、これも適当にはぐらかそう。

 

「もちろん行ったに決ま――」

「サボったんですね?」

「……お、おう……」

 

 なんでコイツまでアタシの考えがわかるんだよ。アタシが単純なのか? いや、そんなことはないはず。ならどうしてだ?

 アタシが疑問に思っていると、ヴィヴィオが予想通りという感じで再びため息をついた。

 

「やっぱり……」

「待てコラ。まるでアタシがサボりの常習犯みてえじゃねえか!」

 

 ガキんちょにまでサボり魔扱いされるとは心外である。どういう教育してるんだよ、なのはの奴。

 これだからゆとり世代は……いや、ミッドチルダにゆとり世代ってあるのか? あるとしたら年齢的にアタシまで入っちまうな……。

 

「違うんですか?」

「違うに――」

〈違いませんよヴィヴィオさん。一定の間隔がないほどにはサボってます〉

「まあな――決まってんだろ」

 

 ダメだ。ラトのせいで言い逃れができなくなってしまった。

 おのれラト。どこまでアタシを陥れるつもりなんだ。

 

「サツキさん……」

「やめろヴィヴィオ。アタシをそんな目で見るな」

 

 いかにも怒ってます、みたいな表情で睨まれてしまった。コイツの場合はカワイイ方だけどな。

 そんなどうでもいいことを考えていると、まだ怒っているらしいヴィヴィオが口を開いた。

 

「で、今日はちゃんと学校に行くんですよね?」

「…………一応な」

 

 とはいっても午後は思いっきりすっぽかすつもりでいるがな。食料調達のために。

 なんせ明日は奴がやってくる。かつてアタシの食料を食べ尽くした最悪の乞食女が。

 

〈ヴィヴィオさん。マスターがそう簡単に行ってくれると思いますか?〉

「…………」

「だからそんな目で見るな」

 

 再び呆れたようなジト目で睨まれてしまった。ジト目好きだなコイツ。

 それにすっぽかすといっても別に一日中サボるわけじゃない。午前は行くつもりだ。午前はな!

 ……やっぱり学校そのものをすっぽかそうかな? なんか行く気が失せてきた。

 

「そういやメールに書いてあったガキってどんな奴だ?」

「……ごまかさないでください」

 

 そんなことをした覚えはない。

 ちなみにコイツからメールが届いているのに気づいたのは家から出ようとしたときである。

 すぐに消去しようとしたのは内緒だ。

 

「期待したわたしがバカでした……」

「そもそも期待される覚えはねえ」

 

 わりとマジで。誰かに期待されたくて何かをしたことなんて一度もねえし、する気もない。

 欠伸をしながらそう考える。なんで人間ってのは期待されたがるのか。

 

〈マスターに何かを期待すること自体が間違いなんですよ〉

 

 お前、ホントに愛機じゃなかったら今ごろシュレッダーにぶちこんでるぞ。

 

「で、どんな奴なんだ?」

「あ、そうでした!」

 

 

 ――しばらくお待ちください――

 

 

「とまあ、こんな感じです」

「……なるほどな」

 

 ヴィヴィオから聞いた話をまとめよう。

 ソイツはベルカ古流武術の使い手らしく、しかも学校の先輩なんだと。

 それに加えてスパーとはいえヴィヴィオを打ち負かしたほどの実力を持つ。

 しかし、アタシが一番引っ掛かったのは……

 

「虹彩異色ねぇ……」

 

 なんかもう、心当たりしかないんですけど。ベルカ古流に虹彩異色って。間違いなく例の自称覇王だろ。

 つーかアイツ、あれで中坊だったのか。

 

「サツキさんのお知り合いだったりしますか……?」

 

 悪いがその問いには答えられない。なぜなら知り合いというより、加害者と被害者っていった方がめちゃくちゃ正しいからだ。

 現にアタシは絡まれた側なんだし。あのときのダメージはなんとか回復したけど。

 

「そんじゃ、またな」

「はいっ!」

 

 いつもの別れ道にたどり着き、アタシはヴィヴィオが進んだ道とは反対の方へ歩き始める。

 さぁて、試練に向けて準備するかな。お金はそれなりにあることだし。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 5

「だからといってなんでもいいわけではないのよ?」
「……え……?」
「待ちなさい。にゃに――なにその嘘だろ……? みたいな顔は」
「……………………っ!」

 ダメだ。今笑ったら殺される。



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