「――あの日、サツキに何があったのか教えて」
二人(と一機)しかいない病室に響く、ファビアの凛とした声。顔は無表情そのものだが、鋭い目付きでサツキのチョーカーを睨んでいる。
彼女に矢で射貫くような睨みを利かされているチョーカー型デバイス、アーシラトはどこか威圧的な雰囲気で小さく光りながら問いかけた。
〈単刀直入に結論だけ言うか、説明したうえで結論を言うか。どちらがよろしいですか?〉
本当に機械のボイスなのかと疑いたくなるほど低い声を発せられ、思わず息を呑むファビア。
サツキがベルカ式のインテリジェントデバイスを所持していることを知っていたとはいえ、まともに会話したことはほとんどなかったりする。
その理由は言うまでもなく、主である彼女が魔法を全くと言っていいほど使わなくなったことに他ならない。それにより、アーシラトの役目はないに等しくなってしまったのだ。
なのでほぼスリープ状態にあったのだが、実際は表に出ていなかっただけで、誰にも気づかれないレベルでサツキを支えていた。
「……両方で。結論を言って、理由をちゃんと説明して」
ファビアは当たり前のように答えると、無表情からムスッとした顔になる。幼女に間違われる程度には小柄なせいか、とても可愛らしく見える。
彼女の返事を聞き、審査中と言わんばかりに点滅するアーシラト。が、すぐに点滅をやめて落ち着いた女性のボイスで一言。
〈まずは結論ですが――お話しすることはできません〉
「っ!? な、なんで……!?」
清々しいほどバッサリと拒否され、開いた口が塞がらなくなるファビア。まるで期待に背負い投げを食らわされたかのように。
もしかして自分は信用されていなかったのだろうか……いや、そうだとしても無理はない。ちゃんと会話したこと自体がないのだから、怪しまれても別に不思議じゃない。
平原を歩いていたら突然砂嵐に巻き込まれたかの如く混乱するファビアをよそに、アーシラトは間髪入れずに説明へ入ろうとする。
〈次に説明――まあ理由ですが〉
「ま、待って待って……!」
あまりにも躊躇いのない彼女に慌ててストップを掛け、ひとまず落ち着こうと深呼吸する。
子は親に似るというが、このデバイスもそういう意味では主に感化された部分があるのかもしれない。いや、間違いなくあるだろう。
「ふぅ……よし、落ち着いた。どうして話せないの?」
〈それを今から言おうとしていたのですが〉
今度は大きく光るアーシラトの妙に棘のある言葉を聞いて「うっ……」と少し申し訳なさそうな顔になり、人差し指で頬を掻くファビア。
しかしすぐに両手で頬を叩いて気を取り直し、真剣な顔付きになって耳を傾ける。
アーシラトは考え込むように点滅していたが、今度は人間でいうため息をつく感じに大きく光った直後、その光を小さくした。
〈では理由を説明しようと思いますが……その前にファビアさん〉
「何?」
〈あなたはこの件を聞いて、どうするつもりですか?〉
どうするつもりなのか。そんなの、この件を調査し始めた時点でとっくに決まっている。
「サツキの仇を取る。殺す以外の方法で」
あの日、彼女に重傷を負わせた犯人は捕まっておらず、手掛かりも掴めていない。犯人を知っているサツキならまだ一日経っていないとか適当な理由を述べ、一人でやり返しに行くだろう。
が、そのサツキは今、目の前で人工呼吸器を付けて眠っている。やり返す以前に、まずは意識が戻らないと意味がないのだ。
だからこそ、ファビアはサツキに代わって犯人を裁くと決意した。自らの立場を活かした、身柄を確保という合法的な方法で。
……尤も、サツキ自身は怪我を負わされた直後に犯人とのタイマンを制しているため、何気に復讐という目的は果たされていたりする。
〈勝手に人のマスターを殺さないでください〉
やはりそう来るかといった感じのボイスでツッコミを入れ、呆れたかのように点滅する。
ちなみに光の大きさを変えたり、点滅したりするのはアーシラトなりの感情表現だ。
一世一代の決心をしたかのように真剣な表情で胸を張るファビアを前に、彼女は点滅の速度を速めながらポツリと呟く。
〈どうやらマスターの考えも、あながち間違ってはいなかったようですね〉
「サツキの考え……?」
細めていた目を少しだけ見開き、呟くように復唱するファビア。まさかサツキ本人がこういう形で絡んでくるとは思わなかったようだ。
そろそろ始めますよと言わんばかりにピカピカと点滅し、光を程よい大きさにするアーシラト。どうもせっかちなところがあるらしい。
〈私はマスターに頼まれました。――あの日の記録を全て消去し、誰にも言わないでくれと〉
そしてこれがあの日の出来事を話せない理由です、と補足を入れる感じで言い切るアーシラト。
「えっ……?」
彼女の言葉を聞いた瞬間、ファビアは掲げていた目標が遠ざかっていくような衝撃を受けた。
サツキが……サツキが頼んだ? アーシラトに? 記録を――証拠を全て消せと?
一体どういうことだと混乱しつつも、何か言いたそうに口を開きながら必死に頭を回転させるファビア。そこへ追撃を入れるかのように、アーシラトのボイスが響く。
〈マスターは自分の問題に誰かの手を貸してもらう、逆に手を貸されることを嫌います。例えそれが現時点では唯一の友人である、あなたの手であろうとも〉
「でも、前にサツキは現実逃避の件でダールグリュンを頼ったよ? しかも自分から」
〈それはそうせざるを得なかったからです。まあ嫌がってはいても屈辱的だと思わなかった辺り、マスターも一応変わったようですが〉
やむを得ないとき以外に他人を頼ろうとはしないし、頼りたくもない。以前のサツキにとっては一回でもやると汚点になるようだ。
愛機のアーシラトにすら変わったと言われたサツキだが、それでも一人で問題を起こし、それを一人で解決できる。誰の助けも借りずに。
何があろうと最終的には一人で自己完結してしまう、あまりにも強くなりすぎた一匹狼。サツキらしいと言えばその通りかもしれない。
つまり自分が今やっていることは余計なお世話でしかなく、サツキにしてやれることは何もない。そういうことなのだろうか。
〈先に言っておきますが今回の件に例外はなしです。こんなどうしようもないダメ人間でも、私のマスターであることに変わりありませんから〉
今まさに思っていたことを見透かされるように言われ、悔しそうに唇を噛み締めるファビア。
私はサツキの友達なんだ。何かしてやりたい。友達がこんな状態で眠っているのに、黙って見過ごすなんてできるわけがない。
胸を上下させ、静かに眠るサツキの右手を両手で包み込んで握り締める。よく見れば細かい傷痕が残っているその大きな手から、他の人と何ら変わりない温もりが伝わってくる。
もどかしそうにしているファビアの強い意志を察したのか、アーシラトは光を小さくすると穏やかな女性のボイスで彼女に話しかけた。
〈その気持ちだけで充分です。その気持ちだけでも、マスターは嬉しいと思ってくれますよ〉
「…………そっか」
無理やり背負っていた重荷が下ろされたのか、ファビアは一瞬目を丸くするもすぐに穏やかな笑みを浮かべ、くすぐったそうに声を出す。
ファビアがそろそろ病室を後にしようと思い、立ち上がろうとしたときだった。
「――ん?」
一瞬、何かに手をギュッと力強く掴まれるような感覚を覚えたのは。
すぐに下へ視線を向けるも、そこにあるのはサツキの手を握り締めた自分の両手。人間の頭やハンドボールぐらいなら片手で掴める大きな手を、小さな手が包み込んでいる。
まさか……サツキが私の手を掴んだの?
彼女が何らかの夢を見て、そのせいで反射的に掴んだのならまだわかる。だが、サツキの落ち着いた状態からとてもそうとは思えなかった。
「……気のせい、だよね」
苦笑いしながらそう割り切り、いつものように「また来るね」と病室を後にするファビア。その様子を見ていたアーシラトは、サツキ以外誰もいない病室で独り言のように呟いた。
〈気のせい、ですか……その方が良かったかもしれませんよ、ファビアさん〉
「どうしよう……」
サツキが入院している病院を後にし、帰路についたファビアは一人悩んでいた。
気持ちだけでも嬉しいと思ってくれる。アーシラトはそう言ったが、やっぱり自分は友達としてサツキに何かしてあげたい。
アーシラトが言うようにあの日、何が起きたのかを調べてもサツキは喜ばない。それでも調査自体はこのまま続行するが。
ファビアはギタギタやらカッカッカやらと騒ぎまくる使い魔――プチデビルズを我が子のように可愛がりながら、頭をフル回転させる。
「…………うん、こういうときは明日の私に任せよう。問題、ないよね?」
その結果、導き出された答えがこれである。
もういい、諦めたと言わんばかりにどこか遠い目でブツブツと呟く。さすがの彼女も今回ばかりはお手上げのようだ。
そして焼け爛れた真っ赤な空を見上げ、今日は飛んで帰りたいと心底どうでもいいことを考えるファビアであった。
やっと書けた……完結まであと四話(今のところ)、頑張ろう。