死戦女神は退屈しない   作:勇忌煉

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第58話「最強vs最凶」

「――全殺しにしてやんよ」

 

 その一言を以って、死闘が幕を開けた。

 

 間合いを詰めるサツキの顔にヴェルサが一発叩き込むも、すぐさま渾身の一撃を打ち込まれ、よろめいたところで二発目を食らってしまう。

 体勢を整える暇を与えまいと鋭い蹴りを腹部に突き刺し、身体をくの字にして踏ん張ったヴェルサの髪を掴み、鳩尾へ膝蹴りを入れる。

 次に右の拳で彼を殴りつけるも左腕でガードされてしまい、右のハイキックをモロに食らって壁に叩きつけられるサツキ。

 その衝撃は腹部の傷口にも伝わり、鋭い痛みとなって全身を駆け巡っていく。

 

「ぐは……」

 

 口から血を吐き、全身に走る痛みで思わず顔をしかめるサツキ。が、やはり今の彼女を止められるほどのダメージにはならなかった。

 一息ついたサツキは握り込んだ右拳を後ろに引いて構え、同じく右拳で殴りかかってきたヴェルサの顔面にそれを突き刺すように打ち込む。

 上半身を少しだけ後ろへ反らしながら後退し、傷付いた顔を押さえるヴェルサ。そんな隙だらけの彼を、サツキが見逃すわけがない。

 地面を蹴って跳び上がり、体勢を整えたヴェルサに華麗な旋風脚を浴びせる。もちろんそれだけではさしたるダメージにならないので、着地すると同時に彼の下顎へ左の後ろ蹴りを叩き込んだ。

 

「あがっ!?」

「オォラァ!」

 

 間髪入れずにヴェルサの顔を鷲掴みにし、後頭部から壁に何度も叩きつけていく。サツキにとっては十八番とも言える攻撃の一つだ。

 途中で懐へ膝を突き刺したり、前蹴りを入れたりもした。そして口元が汚れた彼の顔から手を離し、弧を描いたハイキックをブチ当てる。

 これによりヴェルサの身体が地面に倒れ込み、サツキはマウントを奪い取った。口元を歪めるサツキに対し、目を細めて睨みを利かせるヴェルサ。

 

「そういや聞き忘れてたけどぉ……アタシん家を売り飛ばしたの、テメエだよなァ?」

「くはっ――だったら?」

 

 サツキにはどうしても確認したかったことが一つだけあった。それは今から約一週間ほど前、サツキの住んでいたマンションの個室が、何の前触れもなく何者かによって売り払われた件だ。

 管理人も口封じされていたせいで口を割らなかったが、彼女は真っ先に裏社会と繋がりを持ってそうなヴェルサを疑っていた。

 犯人が自分の知っている人物だとすれば、犯人候補は限られてくるので簡単に特定できる。仮にそうじゃなかった場合でも、それだけの力を持つ人間は限られてくる。

 こうして、サツキは犯人がヴェルサだと断定したのだ。証拠こそなかったが、たった今本人があっさりと認めたので大丈夫だろう。

 

「一生死んでろ」

 

 家を売り飛ばした犯人がヴェルサだと確定するや否や、ビキビキという音がするほど握り込んだ拳で顔面をひたすら殴りつけるサツキ。

 一発入れた衝撃で地面に亀裂が生じ、それが何度も続いていく。だが、サツキはそんなことにお構いなくヴェルサを殴り続けた。

 もう何発目だろうか。サツキが右の拳を振り上げた瞬間、ヴェルサはあらかじめ魔力で生成しておいた爆撃弾を彼女の顔目掛けて撃ち出す。

 

「があぁ――!?」

 

 撃ち出された魔力弾は着弾と共に爆発し、マウントを奪っていたサツキをその場から離脱させるほどのダメージを与えた。

 ヴェルサはその一瞬をついて起き上がり、右手に再び生成した爆撃弾を投擲。それはサツキの顔にピンポイントで直撃し、爆発を起こす。

 腹部から伝わってくる鋭い痛みとはまた別の、焼けるような痛みで顔を歪め、後退するサツキ。そこへヴェルサが追撃を掛ける。

 まず軽くジャンプして上から右拳を振り下ろし、次にハイキックを顔面に叩き込み、最後にその勢いを利用して後ろ回し蹴りを放った。

 

「あが……!」

 

 追撃にはギリギリ耐えたものの、体勢を崩して転倒してしまう。倒れた際の衝撃は先ほどのように傷口にも伝わり、ダメージを大きくする。

 さらに立ち上がろうとするサツキの、腹部の刺された箇所を正確に三度も蹴りつけ、続いて顔面を思いっきり踏みつけるヴェルサ。

 サツキの身体が俯せになったのを確認し、片隅にあった長い鉄板のようなものを持ち上げ、それをサツキ目掛けて振り下ろす。

 二度振り下ろされた鉄板は彼女の腰にある傷口にこれまたピンポイントで直撃し、腹部への蹴りに続いて血を吐かせた。

 

「立てクソガキ」

「っ……!」

 

 ヴェルサはサツキを無理やり起こすと頭突きをお見舞いし、懐に膝蹴りを入れてから彼女の身体を壁に向かって投げ飛ばす。

 休む暇もなく猛攻を食らい、崩れ落ちそうになるサツキ。ヴェルサに髪を掴まれるも力が入り切らないせいで抵抗できず、そのままお返しと言わんばかりに顔面から壁に叩きつけられてしまう。

 それでも反撃しようと拳を握り込むも、彼の方へ振り向かされたかと思えば渾身の一撃を打ち込まれ、吹き出すように吐いた血がビシャァと音を立てて壁に飛び散る。

 

「チッ……んなクソッ!」

 

 口の中に残った血と痰を唾ごと吐き捨て、前蹴りを入れてから右腕にミドルキックを叩き込み、右拳でヴェルサを殴り飛ばす。

 三メートルほど身体を後ろへ引きずられるも何とか踏ん張り、切れた口元を拭き取るヴェルサ。どうやらそんなに効いていないようだ。

 サツキが繰り出した左の跳び後ろ蹴りを交差した両腕でガードし、強引に右のラリアットで彼女の身体を地面へはたき落とす。

 

「かは……ラァァァ!」

 

 息が詰まり、同時に吐血もしてしまう。が、すぐに立ち上がってヴェルサの胸元を掴み、引き寄せて頭突きを食らわせる。

 執拗に顔面を攻撃されるのが気に入らないのか不快そうに顔を歪め、構えていた左の拳を目にも止まらぬ速さで放つヴェルサ。

 鬼神の如き速度で目前まで迫る拳を、サツキは残像が生じるほどのスピードでかわし、彼の腹部へ左拳を抉るように捩じ込む。

 そして捩じ込んだ左を引くと同時に下顎へ右のアッパーを叩き込み、身体が少し浮き上がったところをハイキックで撃墜した。

 

「ごはっ! やってくれんじゃねえか……!」

 

 打ち落とされたヴェルサは四つん這いで獣のような体勢になり、転倒だけは免れる。ただダメージは受けたようで、少量の血を吐く。

 もちろんここで手を止めたりはしない。ヴェルサを右手で持ち上げ、壁にぶん投げて叩きつけられたところをエルボーで追撃する。

 続いてピンと伸びた彼の右腕を掴み、背負い投げで落としてから鳩尾を何度も踏みつけていく。肋骨が悲鳴を上げてもお構いなしだ。

 それでもさすがにこのままではヤバイと直感したのか、眼前まで迫っていた足を交差した両腕でガードし、すぐさま起き上がって傷口のある腹部へ右脚を突き刺した。

 

「う、く……!」

 

 かなり効いたようで身体をくの字に曲げ、腹を抱えるサツキ。その隙を見逃さず、膝蹴りと前蹴りで壁際に追い詰めて連打を叩き込んだ。

 拳を入れられるたびに血反吐と血飛沫が飛び散り、反撃すら許されない。

 

「が――!?」

 

 容赦ない連打にはどうにか耐え抜いたが、今にも意識を失いそうなほど目が黒くなっていたサツキ。だが、皮肉にもヴェルサに首を絞められたことでその意識を一時的に覚醒させる。

 親指で気管を、人差し指で頸動脈を、中指で頸静脈を圧迫。薬指と小指で固定し、真正面から喉を潰す。それを両手で二重に行い、彼女を本格的に殺そうとするヴェルサ。

 右手で自分の首を絞める二つの手を引き剥がそうと試みるも、やはり力が入らず失敗に終わる。肺からは酸素が徐々に絞り出されていき、とうとう視界がぼやけ始めた。

 しかし、サツキは最後の最後まで諦めることを知らない。残された力で左拳を握り締め、もう一度右手でヴェルサの両手をガシッと掴む。

 

 ――ふざけんな。アタシにはまだ、やるべきことがあるんだ。なのにこんな、こんなクソみたいなところでくたばっている場合かよ!?

 

「ぐ、ぐぁ……!」

「!?」

 

 今や風前の灯火となっていたサツキの手に力が込められ、彼女の首を絞めている自分の両手からメキメキと骨が悲鳴を上げる。

 人間とは思えない握力に思わず顔をしかめ、扼殺を中断して距離を取ろうとしたヴェルサだったが、それよりも先に鳩尾へ拳を打ち込まれた。

 

「ごっ……!」

 

 まさに起死回生と言うべきか。たった一撃入れられただけで息を詰まらせながら血を吐き、驚きのあまり目を白黒させるヴェルサ。

 そんな彼の手を掴んだサツキはぼやけた視界の中、口から流れ出る血にもお構いなく左のボディブローを一発一発丁寧にブチ込んでいく。

 途中で掴む対象を手から肩に変更し、指を食い込ませるほどの勢いで掴む。なので肩骨からもメキメキと悲鳴が上がった。

 十八発目の拳を入れたところでヴェルサの手から解放され、むせ返りながら呼吸の自由を取り戻す。後は呼吸を整えるだけだ。

 

「ふぅ…………うぐっ」

 

 腹部から忘れかけていた鋭い痛みを感じ、呼吸を整えると同時に表情を崩してしまう。

 服は傷口を中心に所々血で赤く染まっており、整えたはずの息が再び乱れていく。顔に至っては口元を中心に傷だらけだ。

 

「生き返ってんじゃねえぞ、クソガキ……!」

「ほざけボンクラ……!」

 

 互いにボロボロであるにも関わらず、闘志は衰えるどころか、ここからが勝負どころと言わんばかりに今まで以上のものとなっていく。

 こうしてるうちにも、日没というアタシにとってのタイムリミットは迫っている。一度動き出した時計の針は止まってくれないのだ。

 サツキが気合いを入れるために両手で頬を叩き、それを見て嫌悪感丸出しの顔になるヴェルサ。くだらないと思ったのかもしれない。

 

 

 

 

 最強のヤンキーと最凶のワル。二人の死闘はまだまだ続く――。

 

 

 

 

 

 


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