『――ま、またお札が入ってる! これで何度目なの!?』
聞き慣れたサフランの叫びを背に、例の公園から離れていく。このやり取りも何回目だろうか。三回目以降はもう数えてねえや。
トントンと吸い殻を落としたタバコを一口吸い、紫煙を吐いてから投げ捨てる。そろそろ新しいやつを買った方がいいかもしれない。
昼飯の時間まで一時間か……そうだ、レヴェントンに会ってみるか。まだ約束も果たしていないことだし、何か面白い情報を持ってそうだし。
そうと決まれば出発だ。例の公園とはまた別の公園に向かおう。ここからだと結構な距離があるけどさほど問題ではない。ビルや街灯の上を跳んでいけば短時間で着けるからだ。
アタシの知る公園は三つある。一つはヴィヴィオと遭遇した公園、もう一つはこのミッドチルダ西部にある公園、最後につい最近一晩過ごした公園である。意外と多いな。
「よし、いくか」
近くにあった街灯に跳び乗り、ビルや別の街灯へ軽快に跳び移っていく。一歩踏み外せば地面に真っ逆さまだが、落ちなければ爽快だ。
そうしてるうちに景色が変わっていき、嫌というほど見慣れた首都クラナガンにあるアタシが寝床として利用している公園へ到着した。
アイツが本当にアタシに会いたいと思っているのなら、間違いなくここへ来るはずだ。というかここしか知らないだろうし。
街灯から木に跳び移り、猿のように樹上へよじ登って公園全体を見渡す。これでレヴェントンが見つかればどんなに楽か。
「――おっ?」
入り口付近に視線を向けた瞬間、見覚えのあるポニーテールがキョロキョロしながら公園へ入ってくるのが見えた。ビンゴやな。
「まさか本当に会えるとは思わんかったです」
「ああそう」
あのあとすぐに樹上から跳び下りてレヴェントンと周りにいた人達を驚かせてしまい、非常に目立ったこともあり路地裏の近くまで逃げてきた。
時間的にも昼飯の時間だったのか、レヴェントンの手には弁当が入っているであろう袋が握られている。というか匂い的には前と同じやつだ。
だけど手ぶらだったアタシに気を遣ってくれたのか、彼女はついさっき三箱もあった弁当箱のうち一箱を分けてくれた。
もちろん分けてくれたからには食べないといけない。今現在、レヴェントンと他愛のない会話をしながら美味しく頂いているところだ。
「お前、駅弁好きなのか?」
「はいっ! 一度食べたときから癖になっとるんです!」
いきなり凄え笑顔になるレヴェントン。駅弁が好きというより、食べることが好きって感じだな。アタシの予想だけど。
一箱だったこともありすぐに食べ終わり、アタシの倍は食っていたはずのレヴェントンもほぼ同時に完食していた。早すぎだろ。
ここに来る途中で買ったお茶を飲み、火をつけたばかりのタバコを吸う。とりあえずコイツには聞きたいことがあるんだわ。
「そういやお前、バイトで食い繋いでるくせに何でリスクしかないケンカしてんだよ」
「そんなん、仕事中に絡まれたからやり返したに決まっとるでしょう。そしたら向こうが仲間を引き連れて仕返しに来よるんです。そのせいで何度もバイトをクビになりました」
「お前イタチごっこって知ってる?」
それお前のせいじゃね? とか一瞬でも思ったアタシは絶対に悪くない。
アタシもその手のイタチごっこは経験済みだからな。それもつい最近。あれはクロがいなかったらマジで危なかった。
プライベートで絡まれたのでやり返した、というのならまだわかる。だけどコイツの場合は仕事中にやり返した。そりゃクビにもなるわな。
「アタシが聞きたいのは、お前が意味のないケンカをするようになった理由だ」
「そ、それは……」
「言っとくが強制じゃねえぞ。アタシにだって言いたくねえことの一つや二つはあるしな」
例えば今アタシが働いている職場とか、殺し合いクラスの賭けファイトに参加した事とか、地球でやらかした事とか。まあそれは置いておこう。
どうして無謀なケンカを繰り返すようになったのか。レヴェントンはそれを、思い出したくないことを思い出したかのような顔で教えてくれた。
孤児院出身のレヴェントンには、同じ孤児のリンネという気弱だけど大切な幼馴染みがいた。ある日、そのリンネが金持ちであるベルリネッタ夫妻に引き取られ、養子になった。後にリンネが格闘技選手として活躍し始め、レヴェントンも彼女の試合を見に行くなど気に掛けていた。
だが当のリンネは弱者を見下す者へと変貌しており、意見が合わず口論、さらにはケンカへ発展するも敗北。その際、
『私は強くなったし、これからも強くなる。誰にも見下されない、見下ろされない場所に行く。だから……邪魔をしないで』
という言葉を浴びせられ、最終的には彼女の濁ったドブのような目を見て決別。それ以降はケンカ漬けの毎日を送り続け、今に至るとのこと。
「…………そんな奴いたっけ?」
とりあえず事情はわかった。だけどリンネ・ベルリネッタという格闘技選手は見たことも聞いたこともない。総合選手だったアタシとは競技部門が異なるせいだろうか。でもトーナメントで優勝するような奴らしいし……あと無敗だとか。
もしもレヴェントンの話が全て本当なら、彼女の幼馴染みであるベルリネッタというクソガキはアタシの嫌いなタイプに入る。
ひたすら強さだけを求め、視野を狭めて周りを見ようとしない。この二つに関しては通り魔時代のハイディにムカつくほどそっくりだ。
「知らんのですか?」
「知らねえ。知る暇もなかったしな」
こちとら裏社会への入り口みたいな場所である闇金融で働いてたんだ。そんな暇あるわけがない。あるなら全部休みの時間に費やしてるよ。
ていうか、幼馴染みとケンカしただけでこんなに荒れるか普通? まあそれだけレヴェントンにとってはベルリネッタが大きな存在だったと大まかな予想はつくけど。
ライターで火をつけたばかりのタバコを一口吸い、紫煙を吐く。煙をレヴェントンの顔に掛けてやろうかと思ったがやめといた。
「で、お前はどうしたいの?」
「わ、わしがですか?」
「他に誰がいるんだよ」
そう、当面の問題はベルリネッタよりもレヴェントンの方だ。前者は競技選手という地位を確保している。金持ちの養子という点を差し引いても、辞めない限り将来は安泰だろう。
だがレヴェントンはどうだ。住み込みのバイトで食い繋いでるとはいえ、何度も仕事中に揉めてクビになるほど荒れている。それが続くようじゃ孤児院に逆戻りだ。
……あれ? 何かレヴェントンの状況がアタシのそれに似てなくもないぞ? い、いや、アタシは一応働いてるし大丈夫…………じゃねえわ。現在進行形で住む場所とお金に困ってるわ。
とにかく、今この場における問題はレヴェントンの現状だ。ベルリネッタに関してはぶっちゃけどうでもいい。アタシには関係ねえし。
「わしは……その、どうしてええかわからんのですが……強くは、なりたいです」
「格闘技やれ」
はい解決。はっはっは、何とも呆気ない終わりだったね。さーて、飯でも――
「格闘技はやれません」
あれ? 耳がおかしくなった?
「……おい、強くなりたいんだよな?」
「はい。じゃけど格闘技は嫌いなので」
「やりたくないと」
嫌そうな、というより迷いが見える顔でコクリと頷くレヴェントン。
うーん、単に嫌いなのとはまた別だなこりゃ。もしかしてベルリネッタが格闘技をやっているから自分はやりたくない的なものか?
そんなアタシの予想は少なくとも当たっていたらしく、レヴェントンはアタシの顔を見ると真面目な顔付きで口を開いた。
「緒方さんは、どうやってあんなに強くなったんですか?」
それを聞いた瞬間、レヴェントンが気づかない程度に口元を引きつかせ、苛立ちに任せて吸っていたタバコを乱暴に投げ捨てていた。
「…………それを聞いてどうするつもりだ」
思わず威圧的な声を出してレヴェントンを睨みつけ、意図せぬうちにビビらせてしまう。
それでも表情を変えることなく、まっすぐアタシを見つめるレヴェントン。意外と度胸があるのか、身体も全く震えていない。
「あ、安直な考えかもしれんのですが……緒方さんと同じことをすれば、何か得られるかもしれんと思いまして――」
緒方さんと――アタシと同じことをすれば。その一言を聞いた瞬間、アタシは話を遮る形でレヴェントンを軽く殴りつけていた。
レヴェントンは何をされたのかわからないという顔で呆然としていたが、痛みで顔を歪めて自分が殴られたことに気づく。
「な……何しよるんですか――ぁ!?」
勢いよく立ち上がって抗議してきたレヴェントンの顔面にもう一発拳を叩き込み、彼女が倒れたのを確認して唾を吐き捨てる。
どうやらコイツは気づいていないようだ。自分がベルリネッタと同類になろうとしていることに、自分が現状から逃げてることに。
後者はコイツ自身の問題だからともかく、前者はひたすら気に入らねえ。わざわざアタシの嫌いなタイプになろうとしていることが、心の底から気に入らねえんだよ。
「ふざけろ、テメエもベルリネッタと同類じゃねえか。力欲しさにしがみつきやがって」
「っ……」
興醒めだバカヤロー。さっさとその場を後にしようと歩き出し、タバコを吸おうと箱を取り出した途端、後ろから何かがしがみついてきた。
もう感触と臭いで誰なのかわかるので驚くことなく振り返り、視線を下に向けて腰に両手を回すレヴェントンの姿を捉える。
これはウザい。今回はあんまり乗り気になれないので見逃してやろうと思っていたが、やっぱりボコろうと拳を握り込んだときだった。
「――わしはあいつとは違うんじゃぁ!!」
レヴェントンは憤然とした表情でそう叫ぶと両腕に力を込め、アタシの身体を路地裏の奥へと強引に押し始めたのだ。何がしたいのお前。