死戦女神は退屈しない   作:勇忌煉

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第50話「公園」

「アインハルトさんも吹っ切れたみたいでやっと笑うようになったんですよ!」

「はぁ……」

 

 今日は珍しく休日だったが早起きしてしまい、せっかくなので気持ちのいい風を浴びようと公園に来たら高町ヴィヴィオと遭遇した。

 最初はスルーしようと背を向けたのだが、そんなあからさまな動きを目の良いヴィヴィオが見逃すわけがなくあっさりと見つかったよ。

 いやー何日ぶりだろうか、このクソガキと会話すんのは。前に無限書庫で会ったときは状況が状況だったからまともに話す暇もなかったし。

 話の内容は最近の出来事についてだ。ヴィヴィオはあの無限書庫の一件から二日後に学校の先輩であるアインハルト・ストラトス――ハイディをタイマンで下し、今は学院祭の準備で忙しいとのこと。よく試合なんぞできたな。

 

「ていうかあの野郎、笑ったことがなかったのか」

 

 ハイディとまともに会話したのは通り魔事件の一件だけだ。無限書庫ではニアミスこそしたが、その時のアタシは野獣モードだったからちゃんとした再会にはならなかった。

 それに会話の内容もくだらないものだったしな。強さを知りたいとか、表舞台にはその確かめたい強さや生きる意味がないとか。

 おそらくハイディもまた記憶継承者でクロと似たような境遇だったに違いない。先祖の記憶に振り回され、光のない暗闇の中を彷徨う。

 でなきゃわざわざ通り魔やってまで実力のある奴をボコりはしない。それこそ、クロのように先祖の感情にでも囚われていなければ。

 まあヴィヴィオの証言が正しいのならこれ以上考える必要はないな。とりあえず一服して切り替えようとタバコを取り出した瞬間、あまり聞きたくない言葉が耳に入った。

 

「――そういうサツキさんは最近何をしているんですか?」

 

 純粋な瞳でアタシを見つめ、可愛らしく首をコテンと傾げるヴィヴィオ。ライターを取り出そうとしていた手を止め、冷静に考える。

 ストレートに働いていますと答えようか? いや、ハリーやアピニオンの時みたいに疑惑の眼差しを向けられるのがオチだからやめとこ。

 ならどう返答しようか。話題を逸らしてスルーもありだが、通じなかった時の対処がめんどくさい。言い訳が追いつかなくなる。

 ただ、少なくとも今の発言から察するにヴィヴィオはアタシが就職したことを知らないはずだ。ていうか知らないでくれ。

 

「別にどうもしてねえよ」

「無限書庫でファビアさんと一緒に大暴れした時点でどうもしてないのはおかしいと思うんですけど」

「ほっとけアホ」

「私がアホならサツキさんはバカですねっ!」

「殺すぞクソガキ」

 

 ごまかしてみたがダメだった。しかも引きつった笑顔でバカと言われた。いつもならまずは一発ぶん殴るところだが、今はそんな気分じゃない。

 納得がいかないようで少しむ~っとした顔になっていたヴィヴィオだが、何か思い出したのかハッとした顔で口を開いた。

 

「じゃあどうして今年のインターミドルには出場していないんですか?」

「ん、ちょっと」

 

 とうとうヴィヴィオにまで聞かれてしまったが、いつかのハリーたちの時みたく適当にはぐらかす。めんどくさいったらありゃしねえ。

 しかしこれも納得できなかったようで、ヴィヴィオのむ~っとした顔にジト目が加わった。何かデジャヴだと思ったらクロのそれだ。

 これがヴィクターやエレミアなら何となく察してもらえたに違いないが、ヴィヴィオはそう簡単に問屋を下ろしてくれなかった。

 

「目を逸らさずにちゃんと答えてください!」

「出場する理由がなくなったから。どうだ、正直に答えてやったぞ」

「そ、それだけですか……?」

「それだけだ」

 

 止めていた手を動かしてライターを取り出し、左手に持っていたタバコに火をつけて一口吸う。こちらに向けられる視線がさらに鋭くなったがいつも通りだ。気にすることはない。

 アタシに聞こえないよう配慮しているのか小声で「一度でいいからサツキさんとも戦いたかったのになぁ……」と呟き、落胆するヴィヴィオ。

 ……にしてもあれだ。そろそろコイツとの会話も飽きてきたな。まだ眠いし、風は充分に浴びた。ついでにヴィヴィオが鬱陶しくなってきた。

 

「んじゃ帰るわ」

「あ、はいっ。お仕事頑張ってください!」

「待て小僧。テメエ誰からそれを聞いた。事と次第によっては――」

「わ、私は小僧じゃなくて小娘です! ていうかほんとに待ってください! 何でそんなに怒っているんですか!?」

 

 予想だにしなかった言葉が聞こえてきたので思わず動きを止め、振り向いて声に怒気を含みながらヴィヴィオに問いかける。

 いや待て。本当に待ってくれ。何でだ、何でコイツまで知ってるんだよ。誰かに聞いたとしても広がるの早すぎだろふざけんな。

 まず容疑者になるのはハリーだ。奴なら平然と言いかねない。その次に浮かんでくる容疑者はクロだが、彼女の性格上それはないと思っている。あんなんでも口は固い方だからな、アイツ。

 まあ容疑者は大体絞れたし、手始めにヴィヴィオの口から犯人が誰なのか聞いてみよう。コイツなら正直に答ええてくれる。

 

「もう一度聞くぞ。誰から聞いた」

「しゃ、シャンテから聞きましたけど……ダメでした?」

 

 今度会ったら全殺しにしてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どこに行くの?」

 

 雲の間から日が差す中、アタシはクロを連れて例の公園に訪れていた。もちろん朝にヴィヴィオと遭遇した公園とは別である。

 言うまでもなく、目的はサフランの姿を見せることだ。アイツの物腰の良さはコイツにも見習ってほしいからな。アタシは絶対に見習わねえが。

 今回もサフランはアタシの立っている位置から数百メートルほど先でゴミ拾いをしており、こっちの存在には気づいていない。

 クロはそれに気づいていないのか、呆れるようにアタシを見つめている。どうもアタシが何か企んでいると思っているらしい。

 

「えーっと……」

「それってお札?」

「ああ」

 

 前に渡したお札とは単価の異なるやつを五枚ほど取り出し、気配を殺しつつクロの存在を盾にしてサフランに近づいていく。

 すると磁石にでも引き寄せられたのか、サフランの方からこっちに近づいてきた。とはいってもアタシらの存在に気づいたわけじゃねえが。

 最初は数百メートルもあった距離はどんどん縮まっていき、それがゼロになったところですれ違いを装って彼女の上着ポケットにお札を入れ、そのまま反対側の出入り口へ歩いていく。

 

「えっ? この感覚、前にもあったような――またお札が!?」

「…………さ、サツキ?」

 

 デジャヴを感じて上着ポケットを確認し札束を見て驚くサフランと、心底驚いたと言わんばかりの声でアタシの名前を呟くクロ。

 とりあえずタバコを一口吸い、天に向かって紫煙を吐く。まあ、うん。アタシでさえ驚くようなことだからその反応は間違ってねえぞ。

 

「な、何で……」

「さあな」

 

 強いて言うならこれもアタシが働く理由の一つだが、いつものようにクロにだけ明かすのはやめとこう。口の軽い女だと思われても嫌だし、今朝のようなことになったらもっと困る。

 それにこういうこともあと少しの辛抱だ。必要な分の生活費を稼いだら闇金とはおさらば、いつもの日常に戻れる……はずだ。

 驚くあまり挙動不審になっているクロを一旦置き去りにし、一足先に公園から出たところで思わぬ人物と出くわしてしまった。

 

「クソガキぃ……」

「チッ、何でいるんだよ」

 

 モデルを彷彿とさせる外見に茶髪の髪とサングラス。その男――ヴェルサはアタシと目が合うなり、ムカつく笑みを浮かべる。

 まさか夜の街で複数の女を誑かしてそうな奴がこんな場所にまで出てくるとはな。尤も、コイツの場合は女よりも金だろうが。

 隠すことなく苦虫を噛み潰したような顔になりつつも足を進めていき、いよいよすれ違うというところで互いに立ち止まった。

 

「あのきょどってるチビはお友達か?」

「…………だったら何だゴラ」

 

 どうして挙動不審なだけでアタシの友達と認識したのか気になるが、聞いても口より手が先に出てしまいそうだから聞きはしない。

 しかもサングラスのせいで目元が隠れているから何を考えているのかわからない時がある。今までの奴と違って不気味さを感じるぜ。

 

「別に。ただお前みたいなクソにも友達なんてくだらねえもんがいることに驚きだわ。いや、クソだからいて当然かもな」

「テメエ……」

 

 何が目的だ。嫌味を流してそう言おうとしたところで、ヴェルサはタイミングを図ったかのように止めていた足を動かして公園に入っていく。

 その際、正気に戻ったクロともすれ違ったが特に反応はしなかった。どうやら興味のないことには無関心を貫くスタイルのようだ。

 だけどあの野郎、こんな平和的な場所に何の用があって来たんだ? 雰囲気的には誰かと待ち合わせしている感じだったが……。

 

「遅れてごめ……どうかした?」

「…………別に」

 

 クロと合流してもなおヴェルサの背中を睨みつけていたが、追う気にもなれないのでため息をつきながら止めていた足を動かす。

 そんなアタシを見て気まずさでも感じたのか目を泳がせるクロだったが、気遣いよりも好奇心が勝ったらしく意を決した顔で口を開いた。

 

「……さっき公園で私がすれ違った人、もしかして知り合い?」

「察しろ」

 

 予想通りの質問をクロならわかる程度に答え、右手に持っていたタバコを吸う。ああ、一服すると多少は心が落ち着くなぁ。

 一瞬怪しんだクロだが何となく察してくれたようで、小さいため息をついて頬を人差し指で掻く。まるでイケないことを聞いた子供みたいだ。

 さてと、用も済んだことだし腹ごしらえでもしてからクロと適当に街中をぶらつきますか。タバコとかライターとかマッチ棒とか買いてえし。

 クロの小さな頭を軽くポンポンと叩いてから撫でまくり、手に少しだけ力を入れて車のシフトレバーを動かす感覚で弄り回す。

 

「うぅ、私の頭はレバーじゃない……あっ、写真の入ったペンダントは……?」

「家に置いてある」

 

 頭と同じく小さな両手でアタシの手を掴み、離してほしいと言わんばかりに懇願した直後、クロは例のペンダントについて尋ねてきた。

 クロが今も首に掛けているものと同じやつをアタシは持っているが、見せびらかすほどの物でもないのでリビングのテーブルに放置している。

 

「はは……」

 

 それにしても何やってんだアタシは。ヤンキーであり続けたいだけなのに、何もかも気にせずただ突っ張っていたいだけなのに。

 人として変わらなければいけないのか、アタシが変わることを望んでいるのか。

 まあどちらにせよ――

 

 

「――これじゃ不良気取りの善人じゃねえか」

 

 

 小さな声で呟いたその言葉は、風によってもたらされた木のざわめきに掻き消された。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 21

「目を逸らさずにちゃんと答えてください!」
「出場する理由がなくなったから。どうだ、正直に答えてやったぞ」
「ち、近いですっ! 怖いですっ! そんな人を殺すような目付きで睨まないでぇ~!!」

 そんなに怖いか、アタシの目付き。



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