死戦女神は退屈しない   作:勇忌煉

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第49話「天職」

「お前さ、二日も仮病で休んでたのに何も言うことないのかよ」

「………………サーセン」

 

 腹を括って出勤したアタシは今回もまたヴェルサの護衛として彼に同行し、ゴロツキの溜まり場になってそうな工場を訪れていた。

 こういうと護衛しかしていないように思えるだろうが、事務所にいる間は一応警備も行っている。社内を巡回するだけで何もないけどな。

 ヴェルサを含む三人の男性社員のうち、一人はたった今軽く突っかかってきたものの、後の二人は静観していた。アタシとしては助かるよ。

 まあ意外と呆気なく済んだことはひとまず置いといて、問題は今の状況だ。

 

「おいどうしたよ? ビビッて動けねーのか!?」

「ははっ、マジかよだせえな!」

「金を巻き上げることしかできねえってか!」

「モデル気取りの若造が!」

 

 五メートルほど先にいる十人のゴロツキを見てため息をつき、右手で頭を抱えてしまう。闇金融における厄介事にはこういうのもあるんか。

 どうもヴェルサの奴、借金返済とはいえ取り立てと売春でやりたい放題していたようだ。ぶっちゃけ因縁をつけられて当然である。

 当の本人はその場に佇んで動く気配がない。雰囲気と腕のわずかな震えから察するに、手を出すのを我慢しているみたいだ。

 

「戻るぞヴェルサ」

「そうだよ、あんなのほっとけ――」

「あれぇ逃げんの?」

「拍子抜けにも程があるぜ!」

 

 呆れ顔の社員二人がヴェルサを連れて引き返そうとするも、ヴェルサが背を向けたところでゴロツキの挑発がエスカレートし始めた。

 ……しょうがない、やるか。これも護衛という名の仕事だ。その対象が手を出して怪我でもしたらアタシが言及されてしまうからな。

 両脚に力を入れ、ゆっくりと両手をズボンのポケットから出す。前にいろんな奴から天職とか言われたが、確かにその通りだ。

 

「お前の醜態、ネットに晒しごぶっ!?」

 

 ついに我慢の限界が来たらしいヴェルサがサングラスを外すと同時に地面を蹴り、途中で跳び上がって先頭にいたチンピラみたいな奴の顔面にミドルキックをぶつけた。

 その白目を剥いて気絶したゴロツキを踏んづけて着地し、彼に代わって集団の先頭に立つ。

 

「さーて仕事仕事……」

「死ねクソアマ!」

 

 左から振り下ろされた鉄パイプを一歩下がってかわし、一歩踏み込んで鉄パイプを持つおっさんみたいなゴロツキを殴りつける。

 続いて右から放たれた蹴りに耐え、蹴りを放った小柄な男の鳩尾に槍撃の如く鋭い蹴りを入れ、目の前に迫っていた太めの鉄パイプを右手で受け止め、頭突きと空いている左拳で引け腰になっている茶髪の男をブチのめす。

 さらに一息つく暇もなく水平に振るわれた鉄パイプを手刀でへし折り、赤髪の男をローキックと前蹴りのコンビネーションで片付けた。

 追撃を入れる前に周囲を見渡し、しぶとく立ち上がろうとする連中を見て少し驚く。ふらつきながらも起き上がる辺り、そこらのゴロツキよりかは骨があるみたいだ。

 

「ざけんなゴラァ!」

「怯むなお前ら、やっちまえ!」

 

 声を荒げて突撃してきたうちの一人を相討ちで仕留め、振り返りながら背後に迫る大柄な男の懐へ左の踵をブチ込み、身体がくの字に曲がったところで顔面に右膝を突き刺す。

 横から大振りで殴りかかってくる男に左のエルボーを叩き込み、後ろに引いていた右の拳でアッパー気味に殴り飛ばした。

 この瞬間、アタシは知らず知らずのうちに口元を歪めていた。それはもう、善悪の分からない無邪気な子供のように嬉しそうな感じで。

 もちろんすぐに気づいたがそのまま戦闘を続行し、ピアスの男に鉄パイプで後頭部を殴打されるも意に介さず、すぐさま裏拳で叩きのめした。

 

「ははっ! こいよクソ共!」

「や、野郎……!」

「くたばれオラァァァ!」

 

 挑発すると同時に嬉しくて笑ってしまうも、激昂して向かってきたスキンヘッドの男を目にも止まらぬ速さのハイキックで沈め、彼の頭を掴んで顔面から地面に叩きつける。

 顔が潰れたかのような鈍い音が聞こえ、じわっと赤い液体が広がるも気にすることなく男をもう一度顔面から叩きつけ、地面に亀裂を入れた。

 意識を切り替えるように口内の唾を吐き捨て、地面を蹴って跳びながら身体を回転させ、その勢いを利用して繰り出した右の蹴りでガタイの良い男の意識を刈り取る。

 

「くふふ、アハハハハハハッ!」

 

 得意で好きなことを仕事で活かせる嬉しさのあまり空を見上げ、大声で笑うアタシにヴェルサはただただ鋭い視線を向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「確かここだよな……」

 

 翌日。あの一件でプロデューサーにべた褒めされ、特別ボーナスとしていつもとは単価の違うお札を追加で五枚ほど受け取った。円単位でいうと一枚で一万ほどだから五万超えは確実だ。

 こうなるとまず考えるのはお金の使い道だ。家賃その他諸々にはもちろん充てるつもりだが、アタシはそれらを後回しにして一昨日訪れたばかりの公園に来ていた。

 アイツは暇があれば近場の公園で清掃活動をしている。本当にそうならここにいてもいいはずだ。アイツの住所とか知らねえし。

 そんな些細な願いが通じたのか、目的の人物がゴミバサミで紙コップを拾い上げ、そばにあるゴミ箱へ捨てている姿が目に入った。

 

「マジでやってんのかアイツ……」

 

 目的の人物――サフランはまるで自分のことのようにゴミ拾いをしており、アタシの向ける視線には全く気づいていない。

 だがアタシ的には好都合なので財布から昨日稼いだお札を半分ほど取り出し、気づかれないよう気配を殺して彼女に近づいていく。

 

「ふぅ、もう一息かな――ん?」

 

 そしてサフランと本人が気づかない程度に接触し、すれ違う形で上着のポケットに取り出したお札を入れてそのまま公園を後にする。

 にしても、どうしてアタシはサフランと知り合いになれたのだろうか。物好きなハリー達は除くとして、アタシに近寄ってくる奴はいない。特に一般的な感性の人間なら尚更である。交友関係を持つなんてもってのほかだ。

 とまあ妙な疑問を抱きつつ、どんどん公園から離れていく。そろそろ昼飯の時間か。せっかくだから少し贅沢でもしていくか。

 

 

『何だったんだろう――えっ? 何でポケットにお札が入ってるの!?』

 

 

 距離的にアタシだけが聞き取れるほどサフランの驚きに満ちた叫び声を背に、ズボンのポケットからタバコを取り出して一服する。まあ、頑張れとは言わんが気楽にやっていけよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

「…………」

 

 正午ジャスト。アタシは景気付けにハリーとシェベルを力ずくで連行し、ミッドチルダ南部の街にある焼肉屋に訪れていた。

 当の二人からは恨めしそうな視線を向けられているが、今さら反応するのはめんどくさいので涼しい顔でスルーしている。

 本当はヴィクターとクロも拉致ってこようかと思ったが断念した。アイツの家遠いし、お嬢様だから焼き肉を食べる姿が想像できないし。

 クロに関してはいつも一緒にいるから面白味がない、ということで断念。あと一人誰か忘れている気がするけど問題はないだろう。

 

「わざわざ私たちを強引に連れてきた理由はこれか……」

「おう」

「はぁ、またオレたちに奢らせる気かよ?」

「いや、今回は割り勘だ」

 

 アタシがそう当たり前のように返答した途端、ハリーは驚かずに自分の頬を引っ張り始め、シェベルは素直に凛々しい顔を驚愕の色に染めた。

 ……その反応から見るに、お前らの中じゃアタシは本当に傍若無人を体現した存在なんだな。今さら否定はしねえけど。

 

「飯食ったら病院に行くぞ。精神科の方だ」

「ここでその魂滅したろかコラ」

「特殊な廃棄物でも食べたのかい?」

「廃棄物前提かよ」

 

 控えめに言ってもこれは酷い。自分のイメージに合っていなくて驚く気持ちはわかるが、それにしたってこの扱いは酷いだろ。

 喫煙席なのでタバコを取り出してライターで火をつけ、気を落ち着かせようと一服する。落ち着けアタシ。コイツらがバカなだけなんだ。

 ようやく現実を受け止めたらしいハリーとシェベルは手を付けていなかったメニューを見ており、アタシは注文した品が来るのを待つ。

 空気を吸い上げる配管みたいなところに紫煙を吐いていると、店員を呼び出して注文しているハリーを差し置いてシェベルが口を開いた。

 

「仕事の方はどう? 順調?」

「ん、一応」

 

 仕事を始めて一週間と少し。初日から色々あったせいで順調とは言い難いが、昨日に限ってはいい仕事をしたと思っている。

 タバコを一口吸い、火が消えない程度に灰皿へ押しつける。そろそろ注文した品が来てもおかしくないんだけど……おっ、来た来た。

 

「お待たせしましたー。カルビ二人前です」

 

 ついに来た。念願の肉、焼いて食べる肉だ。口からよだれが垂れそうになるも必死に抑え、そばに置いてあるお冷を一気に飲み干す。

 肉を、メジャーで贅沢なものを食べるのは何年ぶりだろうか。こっちに来てからは食べた記憶が全くない。刺身は何度か食ったけど。

 カルビを一つずつ丁寧に金網の上へ乗せていき、いい具合に焼き上がるのを待つ。見てないと真っ黒に焦げてしまうからな。

 

「手が震えてるけど大丈夫かお前」

「心配すんな。これは武者震いだ」

「焼き肉食べるだけで武者震い起こすのやめろ」

 

 通信端末を弄っているシェベルを尻目にハリーと軽口を叩き合っていると、肉の焼き上がるいい音が聞こえてきた。早いな焼き上がるの。

 美味しそうに焼き上がった肉の一つを携帯のバイブ並みに震えている右手に持った箸で慎重に、慎重に掴んでそのまま口の中へ放り込む。ちょっと熱いけどこれくらいは我慢しよう。

 

「んぐ……う、まぁい……!」

「良かったな。でも頼むからこれ以上オレの中にあるお前のキャラを潰さないでくれ」

「私も早く食べたいものだ」

 

 心から料理が美味しい。焼き肉そのものが大好きってわけじゃねえし、自分で作ったものではないが、そう思えたのは久しぶりだ。

 微笑ましい視線を向けてくるハリーたちを気にすることなく金網の上で焼けた肉を、あっという間に平らげた。あれ、もう肉がなくなってる。

 しかしあれだ、自分で稼いだ金でこういうものを食べるのはいい気分だな。

 このあとハリーとシェベルが頼んだミノやハラミ、ホルモンなどの肉も存分に味わって食し、今日という日に感謝したのだった。

 

 

 

 


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