死戦女神は退屈しない   作:勇忌煉

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第46話「ポイ捨て」

「あ、あ、あの、しゅ、就職したって話、本当ですか……!?」

「…………まずは落ち着け」

 

 仕事まで時間があったから暇潰しに公園のベンチでくつろいでいたのだが、そんなアタシの目の前を聖王教会のシスター、シャンテ・アピニオンが通りかかった。

 何故かアタシの方を見てビクビク震えていたから声を掛けたところ、ビックリした猫の如く逃げようとしたので先回りし、一発入れて今に至る。

 

 アピニオンと直接会うのは二年ぶり――初対面以来だ。そのときアタシはケーキを買い損ねてイライラしていたのだが、何を思ったのかコイツは鉄パイプで不意討ちをかましてきやがった。

 当時は今ほど強くなかったとはいえ、もちろんその程度でアタシがくたばるわけがない。すかさずアピニオンの顔面を鷲掴みにして後頭部から地面に叩きつけ、文字通り半殺しの状態になるまで拳のラッシュを叩き込んだよ。

 ちなみにこのとき、アタシは笑顔でアピニオンを殴っていた。なんせアタシへの不意討ちを初めて成功させた相手だからな。心のどこかで嬉しさを感じていたのかもしれない。

 

 こんなんでもれっきとした初対面である。これ以降、教会のシスターになったと聞いたが会うことはなかった。そうする理由もなかったし、教会は居心地が悪いからな。

 というか、なんでシスターになれたんだコイツ。性格的に向いてない気がするんだが。まだクロがシスターになった方がよっぽど可愛い気があるわ。

 

「お、落ち着いてられるわけないじゃん……」

「いや落ち着けよ。死ぬわけじゃあるまいし」

「いつ殺されるかわからないのに落ち着けと!?」

「誰にだよ」

「サツキさんに決まってるじゃないで――あっ」

 

 なんかムカついたので本能的にアピニオンの顔面目掛けて左拳をわりと本気で突き出し、寸止めしたアタシは絶対に悪くない。

 コイツといいエレミアといい、口は災いのもと、雉も鳴かずば撃たれまいという諺を知らないのだろうか。それとも確信犯なのか。

 あと何でアタシが職に就いたことを知っているんだよ。まーあれだ、コイツが知っているということはガキにも知られているなこりゃ。

 

「心身共に召したろか?」

「ごめんなさいごめんなさいっ! 命だけは……命だけは取らないでください……!」

 

 かなり恐怖しているのか、アピニオンは涙目になると携帯のバイブみたいに震え出した。普段は砕けた態度でいるらしいが、今の彼女にその面影は全く感じられない。

 渋々突き出した拳を引っ込め、今度は右手を突き出して寸止めする。完全に不意を突かれたせいか跳び上がり、ドスンと尻餅をついて小さく悲鳴を上げるアピニオン。

 ……はぁ、そこまでビビられるとシラケてまうわ。アタシの何がそんなに怖いのだろうか。

 だが、アピニオン的には早く立った方が良いと思う。周りの視線がこっちに向けられてるし、今シャッター音が聞こえたし。

 

「ほら立て。見られてるから。ついでに写メも撮られてるから」

「誰だ写メ撮った奴!?」

 

 さすがのアピニオンも勝手に撮られるのは嫌のようで、失禁待ったなしの泣き顔から頬を赤くしたテンパり顔になって叫び出す。

 しかしその反応が面白かったのか、こちらへ向けられている視線が増えた気がする。そんでもってクスクスという声も聞こえてきた。

 ウガーと威嚇するように声を上げる彼女を視界に入れつつ、取り出したタバコに火をつけて一服する。とりあえず笑えばいいのか、これ。

 

「あ、あの……」

 

 周囲に合わせようとわざとらしく「はっはっは」と笑いながらタバコを投げ捨てた瞬間、後ろから肩をツンツンと叩かれた。誰だ一体。

 うっとうしく思いながらも後ろを振り向くと、緋色の髪が特徴的な一人の少女がオドオドしながら立っていた。マジで誰だコイツ。

 アピニオンはギャラリーを追い払うのに必死なので、今のうちにこの女と会話させてもらおう。

 

「何だよ」

「タバコのポイ捨てはいけないと思います……!」

 

 少女はそう言うとアタシが投げ捨てたタバコをご丁寧に差し出してきた。まさかコイツ、こっちが投げ捨てた直後に拾い上げたのか?

 仕方ないので差し出されたタバコを受け取り、火を完全に消してからもう一度投げ捨てた。よし、これなら大丈夫だろう。

 未だに立ち往生しているアピニオンを置いていくつもりで立ち上がった途端、少女が投げ捨てられたタバコを拾って再び差し出してきた。

 

「ポイ捨て自体がいけないんです……っ!」

「…………黙れクソアマ」

「えっ」

 

 罵倒されたからか、何が起きたと言わんばかりにポカンとした顔になる少女。同時にオドオドした感じもなくなっている。

 再び差し出されたタバコを今度は握り潰し、粉々になったのを確認して埃のように払い捨てる。これなら拾われる心配はない。

 口の中に溜まった唾を吐き捨て、ようやくギャラリーを追い払って息が上がっているアピニオンの襟元を掴んですたこらと退散したのだった。

 

 

 

 

「……く、クソアマ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そ、そろそろ離してくれませんか……?」

 

 公園を後にしてから一時間後。アタシはアピニオンの襟元を掴んだままビルからビルへと飛び移り、程よい高層ビルの屋上で休憩していた。

 肌に当たる風が気持ちよく、天気が良いこともあって景色も綺麗なものとなっている。

 仕事まであと一時間もないが、急げば間に合うから問題はない。そもそも公園でゆっくりできてたらこんなところに来る必要はなかったのだ。

 相変わらず逃げたそうにしながらも、ここから見える景色に見惚れているアピニオン。意外とロマンチストだったりするのか?

 

「どうだ? 悪くねえだろ?」

「は、はい……ところでサツキさん」

「あ?」

「大したことじゃないんですが、あたしはどうやって帰ったらいいんですかね?」

 

 普通に魔法で身体強化してアタシが魔法なしでやったようにビルからビルへと飛び移ればいいと思う。それかここから飛び下りるとか。

 それでも嫌なら飛行魔法でも使えよ。お前ら魔導師はそういうの使える奴が多いから、こんな状況もどうってことねえだろ。

 

「飛び下りろ」

「それ自殺志願者のやることですよね!? 殺す気ですか!?」

 

 誰もそんなことは言ってない。

 

「あー……お前自殺志願者なのか?」

「待ってください。引くだけならまだしも、あたしをここに置いていかないでください」

 

 アピニオンが自殺志願者だと思って隣のビルへ飛び移ったのだが、彼女は子犬のように助けを求めてきた。どうもコイツの頭には屋上の出入口から下りるという選択肢がないっぽい。

 時間が経ったこともあってか、アピニオンもある程度の落ち着きを取り戻したみたいだ。ていうか最初の乱れようは何だったんだ一体。

 今いるビルの屋上からアピニオンがいる方の屋上へ飛び移り、タバコを吸いながら座り込む。位置的に一歩間違えたら真っ逆さまに落ちるな。

 やっと逃げるのを諦めたのか、ため息をついてアタシの隣に座り込むアピニオン。

 

「いつもこんなことしてるんですか?」

「今日だけだ。公園のときはお前のせいでギャラリーが増えたからな」

 

 コイツがあんなに声を出してビビりさえしなければ、今もアタシは公園のベンチでゆっくりしていたはずなんだ。つまりお前が悪い。

 

「人のせいにしないでくださ――あ、いえ、何でもないです。だからその拳を引っ込めてください。違います、引っ込めるんです。振り上げて引くんじゃなくて下げるように引っ込めるんだよ! 何度も言わせんな!」

「……テメエ誰にモノ言ってんだゴラァ」

「あ、しまぶべらっ!?」

 

 振り上げて引いた拳でアピニオンを殴り飛ばし、彼女がきりもみ回転しながら叩きつけられる姿を尻目にタバコを一口吸う。

 ギリギリのところで止めるつもりだったのに、最後の最後で余計なこと言いやがったから思わず振り下ろしてしまったよ。

 鼻血を流すほどだらしない顔を痛そうに押さえ、再びアタシの隣に座り込むアピニオン。とりあえず鼻血を拭き取れ。

 

「ふぅ……お前も吸うか?」

「ぜ、全力でお断りします……」

 

 紫煙を吐きながらアピニオンにタバコを勧めてみたが、やはり断られてしまった。いや、この誘いに乗られても困るだけだが。

 両脚をブラブラさせながらタバコを口に咥え、ただ黙って景色を眺める。こういうのは大自然や自分がシメている学校の屋上でしか見れないと思っていたが、都会でも見れるもんなんだな。

 一方でアピニオンも黙って景色を眺めつつ、時おり下の方もチラチラと見ている。目を泳がせるようにしているということは飽きたのか?

 

「飽きたか?」

「いや、飽きてはいないんですが、その……そろそろ教会に戻らないとシスターシャッハに怒られるんですよね……」

 

 どうでもいい内容だったので綺麗に聞き流し、味わう感じでタバコを吸う。まあ、アタシもそろそろ仕事に行かなきゃならねえけど。

 

「さーて、仕事に行くかァ」

「…………」

「アタシは本物だぞ」

「ちくしょう! 目の前の現実が信じられないっ! 実は夢でした、みたいなオチじゃないよね!? ていうかそうだよねっ!?」

 

 どうしてもアタシが職に就いたという事実を認められないのか、ついに頭を抱えて現実逃避を始めてしまったアピニオン。

 そんな彼女を今度こそ置き去りにし、ビルからビルへと飛び移っていく。まあこの世界の住民で魔法が使えるなら大丈夫だろう。

 飛び移りながら視野を広げ、自分の頬を思いっきり引っ張るアピニオンの姿を捉える。やってることがありきたりだな。

 

『頬を引っ張っても痛いってことは現実か……ってああっ!? 待ってサツキさん! ここどこなの!? 置いていかないで! お願いだから置いてかないでぇ――っ!!』

 

 かなり離れたところでアピニオンの叫び声が聞こえてきたが、仕事に間に合うかどうかの瀬戸際にあるアタシはもう止まらない。

 アピニオンの叫び声を背に、どんどん飛び回るスピードを上げていく。仕事まであと三十分、距離的にもギリギリ間に合うといったところだ。

 

 

 

『助けてシスターシャッハ――ッ!!』

 

 

 

 最後に聞こえたアピニオンの渾身の叫びは、まるで助けを求めるヒロインのようだった。

 

 

 

 

 




《緒方サツキという人物を一言で表しなさい》

雷帝
「危ない橋を渡ってそうな子」

砲撃番長
「腐れ縁」

不良シスター
「トラウマ、悪魔、化け物」

アホ○ア
「暴力の化身」

天瞳流師範代
「一匹狼」

魔女っ子
「大切な友達」



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