死戦女神は退屈しない   作:勇忌煉

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第44話「相談」

「はぁ……」

「……どうだった?」

「とりあえず働くってことで落ち着いた」

 

 あのままじゃ拉致が明かないので金髪の男と事務所で話し合った結果、日給で働くことになった。仕事の内容は言うまでもなく警備員。たまにボディーガードらしい。

 ちなみに何の事務所だったかというと、お金のない人にお金を貸し、それを期間以内に全額返させる――いわゆる金融会社だった。

 なんかハメられた気がしないでもないが、やるといったからにはやるしかない。金がもらえるなら尚更である。そうでなかったらやめるだけだ。

 不安そうな顔をしているクロの頭を撫で、左手に持っていたタバコを一口吸う。仕事は明後日からだし、明日は身体を休めよう。

 

「サツキが社会人……あのサツキが社会人……」

 

 アタシの働いている姿でも想像したのか、いきなり上の空になったかと思えば顔を引きつらせ始めた。明らかに引いてるなコイツ。

 ていうか心外にもほどがある。これでも今まではバイトで稼いでたんだぞ。主に家賃とかガス代とか水道代とか電気代とか。

 食費に関してはゴロツキの集団から調達することもあるが、それだけで生活しているとでも思っているのか。あの程度で足りるわけねえだろ。

 

「多分バイトだ。社会人じゃねえ」

「そうじゃない。サツキが働くこと自体がおかしいんだよ」

「殺すぞクソガキ」

 

 どうしてもアタシが働くという事実を認めたくないようだな。だがどうあがいても現実だ。アタシも認めたくないが事実だ。

 

「……でも、少し羨ましい」

 

 今度は嫉妬しているかのような表情になり、可愛らしく頬を膨らませるクロ。一体何が羨ましいのかこれっぽっちも理解できない。

 こちとらお金がないから働くってのに、何で妬まれなきゃならねえんだよ。つーかどこに妬む要素があったのか教えてくれ。

 最低でも三発はコイツを殴りたいという衝動を抑えながらも、口に咥えていたタバコを左手に持ち、紫煙を吐いて口を開く。

 

「何でだよ」

「だって、唯一の取り柄を存分に活かせるとか天職だもん」

 

 唯一の取り柄って何だゴラ。アタシはこう見えてもお前よりかは取り柄があるんだよ。専業主婦とか土木とか建築とかアスリートとか。

 吸う前の半分の長さになったタバコを投げ捨て、クロの小さな頭へ軽いチョップを入れる。本当なら拳を叩き込んでいるところだ。

 一応手加減したつもりなのだが、チョップを食らった彼女は涙目でこちらを睨んできた。やっぱり他よりも耐久力が低いらしい。

 

「頭が痛い……」

 

 クロの非難を聞き流し、我が家へ帰ろうと適当な道を歩いていく。明日は久しぶりの学校だ。せっかくだからハリーにも相談してみるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――というわけでお前の意見を聞きたい」

『…………お前に何があった』

 

 翌日。約一週間ぶりに学校へ顔を出したアタシは、先公が来る前に用事を済ませようと便所に入っているハリーに事情を説明していた。

 しばらく顔を出していなかったせいか、教室に入った途端すぐさまクラスメイト全員の視線を向けられた。驚きと恐怖に満ちた視線を。

 元々悪かった居心地もさらに悪化し、外の空気でも吸おうと教室を出たところでトイレに入っていくハリーを目撃して後を追い、今に至る。

 ぶっちゃけこんなところで話すのはごめんだが、教室で彼女と話すよりかはマシだろう。アタシ自身が用を足したかったってのもあるが。

 

「いろいろあった」

『いろいろって何だよまったく。こういう時ぐらいちゃんと説明しろ…………あれ?』

「何だよ」

『いや、その……か、紙が切れた……』

 

 は? 紙?

 

「まさかお前……大きい方か?」

『そのわざとらしい言い方やめろ!』

 

 なんて冗談を言いつつも、掃除道具が入っているロッカーの近くに置いてあるトイレットペーパーを手に取り、ハリーが入っている個室のドアを軽めにノックする。

 どうりで何か、微かに臭ってたわけだ。この野郎、嫌なもん嗅がせやがって。今度からお前をクソヤローって呼んでやろうか。

 アタシが内心でイラついている間にドアが少し開き、顔を赤くしながらも右手を伸ばし、便器に座っているハリーと目が合う。

 

「わ、悪いな…………」

「謝る暇があるならさっさと拭け。臭うから」

「まだ臭ってねーよ……!」

「いいから紙を受け取れ。話はまだ終わってねえんだよ」

 

 ハリーの様子から察するに、並みの嗅覚だと臭わない程度のものらしい。こういう時に限って優れた五感は不便だと思い知らされるな。

 こちらが全く意に介していないように見えたのか、ムッとした顔になったハリーは小声ながらも怒鳴るように声を出した。

 

「少しはオレの話を聞けっ!」

「うるせえクソヤロー。臭うから近寄んなクソヤロー」

「っ……上等だてめー。オレが出てくるまでそこで待っとけ!」

 

 どうやら堪忍袋の緒が切れたらしく、額に青筋を浮かべたハリーはトイレットペーパーを受け取ると乱暴にドアを閉めた。

 待てと言われても困る。最初からそのつもりだったし、何より話を吹っ掛けたのはアタシの方だ。手間が省けるからいいけど。

 そういえば廊下にいる生徒達の動きがさっきから慌ただしいな。

 何かあったのか確かめようと廊下に出た瞬間、予鈴が校内中に響き渡った。予鈴が鳴ったってことは……うん、ここは一旦退こう。

 職員に見つからないよう廊下を翔けていき、教室に戻って堂々と席につく。周りからの視線がウザいけど、今回は特別に見逃してやる。

 

「よし。後は――」

 

 

「サツキィィィ!!」

 

 

「――ん?」

 

 さっそく寝ようと一晩掛けて作った携帯枕を鞄の中から取り出すと同時に、これでもかと言うほど憤然としたハリーが歩み寄ってきた。

 

「何だよ。話なら後で」

「逃げてんじゃねーよ腰抜け! オレは待っとけって言ったはずだろ!」

 

 腰抜けという言葉を聞いた瞬間、アタシの中で何かが切れた。

 頭突きをかます勢いで立ち上がり、ビックリして少し後退したハリーの胸ぐらを乱暴に掴む。彼女もそれに対抗するかのようにこっちの胸ぐらを掴み、一歩踏み出してアタシと対峙する。

 

「誰が腰抜けだクソヤロー! テメエが臭えのが悪いんじゃゴラァ!」

「臭うだの臭いだのうっせーんだよ! 無駄に鼻が利くとか犬かてめーは!?」

「汚え手で人様の胸ぐら触ってんじゃねえぞボケ! とっととその手を離せや!」

「洗ってきたに決まってんだろ! 石鹸で! 綺麗に! てめーの手の方がよっぽど汚えだろうが!」

「ケンカ売ってんのかお前はァ!? テメエの手に比べたら輝いてる方だよ!」

「んなわけあるか! タバコ吸ってる奴が何ほざいてんだ!」

「「ッ…………!!」」

 

 互いに一歩も退くことなく言いたいことをブチ撒けていき、最後にガンを飛ばし合う。どうやらコイツとは今すぐケリをつける必要があるな。

 

 

「「――表出ろやァ!!」」

 

 

「その前にまず席へ座りなさい!」

 

 アタシとハリーはしばらくの間ガンのくれ合いを展開していたが、いつの間にかやってきた担任とその場にいた生徒達に食い止められた。

 ……もちろん、そのうちの半数が一時的に浄土へ旅立っていったのは言うまでもない。無傷で済むと思ったら大間違いなんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで……用件は?」

「今朝言ったろうが」

「お前のせいでこれっぽっちも覚えてねーよ」

 

 放課後。朝の騒動が原因で相談できなかったアタシは、学校の近くにある公園でハリーに改めて話を聞いてもらうことにした。

 当のハリーもトイレでアタシが話したことを忘れており、訝しむような視線をこちらへ向けている。まるで豚と同列に扱われている感じだな。

 ちなみに今回の件、コイツ以外には話さずにいようと思う。めんどくさいし絶対に正気を疑われるからな。失礼なこった。

 ハリーに今朝話したことを再び一字一句丁寧に説明していき、取り出したタバコにライターで火をつけ、話が終わったところで一口吸う。

 

「な、なるほど……一つ確認していいか?」

「あ?」

「誰だお前」

「殺すぞテメエ」

 

 正気どころかアタシが本物かどうかを疑われてしまった。やっぱり相談なんてらしくねえことはするべきじゃなかったか。

 現実を受け入れられないのか、自分の頬をつねった直後にビンタをかますハリー。残念ながら夢じゃねえぞ。認めたくないが現実だ。

 ようやく現実を受け入れたハリーは困ったように右手で後頭部を掻き、いつもなら注意してくるタバコのことも忘れて口を開いた。

 

「ボディーガードとかお前からすれば天職じゃねーか。腕っ節で稼げるんだから」

 

 クロと言ってることが同じじゃねえかコイツ。いくらバイト戦士でも本格的な就職に関してはお手上げだったのだろうか?

 

「お前の唯一の取り柄が存分に活かせるんだ。迷う必要はないと思うぜ」

「やかましいわボケ。これでもお前よりかはできることが多いんだよ」

 

 思わずキレそうになるがグッと堪える。クロといいコイツといい、普段アタシをどういう風に見ているのかよーくわかったよ。

 口の中に溜まった煙と痰を吐き捨て、リラックスしようと一服する。

 

「ふぅ……で、後は?」

「タバコを吸うのやめろ」

「ふざけろ」

 

 お決まり過ぎるのでさらっと流す。イチイチツッコんでたらやってらんねえからな。

 どうやらこれ以上はアドバイスが得られそうにない。そう判断したアタシはタバコを投げ捨て、火が完全に消えるまで踏みつける。

 職に就いた以上、いよいよ学校にも通う理由がなくなってきたな。てっぺんから見る景色は綺麗だが、退屈という事実は決して揺るがないし。

 これからもヤンキーであり続けたい。その思いは今でも変わらねえ。しかし、拳を振るうだけじゃ腹が満たされないのも確かだ。

 

「まあ話はそんだけだ。じゃあな」

「あっ、おい!」

 

 ハリーの制止を聞かずに公園を立ち去り、あくびをしながら足を進めていく。明日から人生初の仕事か……柄にもなく緊張するな。

 だけど……これでいいのだろうか。社会人になる。それは一般的にはいいことなのかもしれない。でも、アタシにとっては――

 

 

 ――自分が自分じゃなくなっていく。そんな気がしてならねえんだ。

 

 

 

 




 明けましておめでとうございます。
 楽しみにしていたVivid Strike!もあっという間に終わってしまいましたが、この作品はもう少し続きます。
 まあ今年もできればよろしくお願いします。ではでは。

《サツキが働くと聞いた人達の反応》

雷帝
「あの子が働く……ここはまだ夢の中なのね」

不良シスター
「はっはっは。あの人が働くなんて世界の終わりでも来ないとあり得ないよ」

アホ○ア
「先越されてもうた!?」

天瞳流師範代
「…………そ、そうか」



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