死戦女神は退屈しない   作:勇忌煉

152 / 179
第40話「八神家」

 

 

「――ん……」

 

 

 

 目が覚めた。一体どれだけ寝ていたのだろうか。一体どれだけくたばっていたのだろうか。

 

「…………」

 

 目を開ける前に、何か危険なものがないか鼻と肌と耳で念入りに確認していく。

 まずは臭い。ちょっと嗅ぎ覚えのある生活臭がするのはいいが……薬品の臭いはしない。どうやらここは病院じゃないらしい。

 次に音。足音のようなものと息遣いらしき音が聞こえることから、人がいるのは確実だ。聞き覚えのある声もする。それも複数。

 最後に感触。やはり風は吹いておらず、近くに人の気配を感じる。音で把握したやつとは全く別の気配だ。この気配は――

 

「ん?」

 

 その気配に違和感を感じ、ようやく目を開ける。視界に入ってきたのは知らない天井――ではなく、一度だけ見たことのある天井だ。

 気配を感じた方向へ視線だけを動かし、こちらを心配そうに見つめる金髪幼女の姿を目にする。いや待て待て、何でお前がここにいるんだよ。

 小柄な体格に長めの金髪とジト目気味の金眼、無表情な顔つき、そして正装であろう真っ黒な服……魔女っ子のファビア・クロゼルグである。

 彼女に視線を向けながら身体を起こし、同時に骨の髄から全身に掛けてズキズキとした痛みを覚え、思わず顔をしかめてしまう。

 最後の記憶は無限書庫にて、エレミアとぶっ倒れた際に亀裂の入った天井を目にしたところ。皮肉にもクロの目論み通りの結果となったわけだ。

 

「さ、サツキ――」

「あれから何日だ?」

 

 何かを切り出そうとしたクロの言葉を遮り、最初に思ったことをそのまま問い掛ける。コイツの言い分は大体わかるから急いで聞く必要もない。

 アタシの疲労レベルから考えると最低でも三日は経っている。肉体的な疲労だけならともかく、今回は精神的にも限界だったしな。

 

「…………一週間だよ」

 

 クロは遮られたのが気に入らなかったのか、頬を膨らませて睨んでくる。その視線をあくびしながら受け流し、今度は周りを見渡す。

 机に小さな窓に本棚のようなもの、そしてアタシの真下にはベッド。どうやら誰かの私室みたいだ。つっても誰の部屋なのかは空気中に残っている臭いで目星がつく。

 これからどうしようか。目は覚めたし、ここにいる必要はない。ていうか今すぐ出ていきたい。クロを置いてでも出ていきたい。

 よし、そうと決まればさっそく行動に移そう。幸い部屋にはクロしかいないし、扉が無理でも窓がある。そこから脱出すれば――

 

「――逃げようとしてるとこ悪いけど、そっちも行き止まりや」

 

 窓に向かった途端、散々聞き慣れた関西弁が扉の方から聞こえてきたので振り向かずに視野を広げ、茶髪の女性を視界に捉える。

 成人女性の割には小柄、なのに胸は大きめ。いわゆるトランジスタグラマーってやつだ。さらに胡散臭さまで感じる狸のような雰囲気。

 そんな狸野郎の名前は……八神はやて。アタシと同じ地球出身で時空管理局に所属している海上司令。以前は機動六課という部隊の隊長をやっていたらしい。高町なのはの同期だな。

 ていうかそっちも行き止まりってどういう意味だ? 確かに窓の向こうからも複数の気配を感じるが……あれ? もう退路断たれちゃってる?

 

「チッ、そういうことか」

 

 窓を開けた瞬間、ライムグリーンのワイヤーみたいなものが目に入った。バインドタイプの拘束魔法か。しかもご丁寧に囲ってやがる。

 さらにその先へ視線を移すと、その身にバリアジャケット――ベルカ式で言うところの騎士甲冑を纏う三人の女性が宙に浮いていた。

 

「まさか本当にこちらへ来るとは……」

「こいつ自分がどういう状態なのか絶対にわかってねーよ」

「出てこられるとは思えないんだけど……」

 

 真っ先に口を開いた桃色の髪をポニーテールにしている女性がシグナム、呆れ気味に呟いたクソガキがヴィータ、バインドを張り巡らせた張本人である金髪美女がシャマル。

 コイツらはヴォルケンリッターと呼ばれる、何とかの書の主を守る守護騎士だ。正確には騎士ではなく守護的なプログラムらしい。

 さすがにコイツら全員を相手にするのは無理ゲー過ぎる。支援型のシャマルと近接戦でやり合うならともかく、シグナムとヴィータに関しては一人でも手を焼くレベルだぞ。

 一旦扉の方へ視線を向けてみると、八神の後ろから青い狼――ザフィーラが現れた。奴もヴォルケンリッターの一人で守護獣という存在だが、人間としての姿は筋肉モリモリのマッチョマンだ。

 

「一人のヤンキーを相手にここまで揃える必要あんのかよ」

「念には念を入れよってやつだ」

 

 にしても入れすぎだろ。

 

「まあとりあえず……ドラァ!」

 

 逃げ道を確保するべく握り込んだ左拳のみを窓の外へ突き出し、そこから飛ばした拳圧で張り巡らされたワイヤーを一掃する。

 本気だったせいかワイヤーを一掃した拳圧はそのままシグナム達を襲ったが、シャマルは射程圏内に入っていなかったので直撃を免れ、ヴィータは魔法陣を展開して受け止め、

 

「――はぁっ!」

 

 シグナムに至っては剣型のアームドデバイス、レヴァンティンで拳圧を切り裂いていた。避けることを知らないのだろうか、コイツら。

 

「っ、手負いの状態でこの拳圧か」

 

 相応の手応えを感じたらしく、面白そうなものを見つけたと言わんばかりの表情になるシグナム。いやいや、三年ほど前からアタシと何度もやり合っているだろお前は。

 シャマルはワイヤーが一掃されたのを見てポカンとしているが、ヴィータだけは特に驚いていない。これは意外だ。一番騒ぐと思っていたのに。

 

「……どうりでシグナムとやり合えるわけだ」

 

 若干震えている手をまじまじと見つめ、納得したかのように呟くヴィータ。あのガキ、驚かないと思ったら警戒心を強めやがった。

 

「そんじゃ失礼して――」

「勝手に逃げないの」

 

 窓から飛び下りるもシャマルにワイヤーで拘束され、地面に叩きつけられた。怪我が治っていないということもあり、全身に鋭い痛みが走る。

 同時に地面から複数の拘束条が突き出し、捕獲檻のようにアタシを閉じ込めていく。拘束条の色は白だ。てことはザフィーラの仕業か。

 とりあえずこの捕獲檻から脱出するべく、アタシの身体を拘束しているワイヤーを力ずくで引きちぎるも、再度そのワイヤーで今度は立ったまま拘束されてしまう。

 

「そろそろ降参したらどうだ?」

「ふざけろ」

 

 どこからかザフィーラの渋い声が聞こえてくるも、彼が使用している捕獲檻のせいで姿は見えない。声の大きさからして近くにいるのは確かだ。

 自力で拘束を解いたとしてもまた拘束される。しかもこのワイヤー、魔法の使用を妨害しているようだ。魔力の衝撃波が出せない。

 こうなったら向こうが音を上げるまで根比べでもしてやろうかと思った瞬間、突然身体の所々が禍々しい赤紫色に点滅し始めた。

 姿は見えないけどシグナム達の視線がこっちに向けられる中、

 

「――っ!」

 

 全身から魔力が衝撃波のように放出され、アタシを拘束していたワイヤーと捕獲檻が跡形もなく粉々になった。どうやらこいつは例外のようだ。

 

「ほぅ……」

「嘘……」

 

 シグナムは興味深そうに口元を軽く歪め、シャマルはさっきよりも驚いた表情になる。ヴィータは何か心当たりがあるのか目を細め、途中参戦のザフィーラはアタシの目の前で沈黙していた。

 自由になったのはいいが、どうしようか。今度はこっちの番だとか言って攻撃するところだが、バカ正直に実行しても瞬殺されるのがオチだ。

 考えろ。とにかく考えるんだ。普段は使ってない頭をフルに回転させるんだ。この状況を打破できる、逆転の一手を思いつくまで。

 

「本気になった方がいいと思うか?」

「やるにしても場所を選べ」

「確かに元気すぎるけど、仮にも相手は怪我人よ?」

 

 ダメだ、何にも思いつかない。やっぱり扉の方から逃げようか。確かにこの状況は無理ゲーだし敵に背を向けるのは癪だが、怪我の悪化を覚悟すれば一瞬で逃げられる。

 うーん……素直に逃げるべきか、目の前の敵をブチのめすべきか。目を瞑って考えていると、シグナムの凛々しい声が聞こえてきた。

 

「まさかとは思うが……無様に背を向けて逃げるわけじゃあるまいな?」

「おいシグナム。いくらサツキでもそんな安い挑発に引っ掛かるわけが――」

 

 

「やってやんよコノヤロォォォォ!!」

 

 

「コイツ馬鹿だぁぁぁぁ!!」

 

 

 無理ゲーだろうと何だろうと、コイツらだけはブチのめしてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっとやり過ぎたか?」

「大丈夫だヴィータ。むしろちょうどいい感じだったぞ」

「お前らマジで殺す……!」

 

 結果だけ言うと瞬殺された。

 

 一瞬だけ隙を見せたヴィータを、彼女が展開した魔法陣ごと不意討ちで殴り飛ばし、背後から斬り掛かってきたシグナムのレヴァンティンを片手で受け止めた直後、ヴィータのグラーフアイゼンによる一撃を後頭部に食らってダウン。

 このときアタシも彼女の顔面に左の裏拳を叩き込んだが、効果があったのかは不明だ。もしかしたら当たっていない可能性もある。

 要はシグナムの挑発にまんまと乗せられ、バカ正直に特攻した結果が瞬殺ってわけだ。まさに懸念通りの無様な結果になってしまった。

 今はベッドに連れ戻され、後ろからクロに抱き着かれている。拘束はされていない。おそらくしても無駄だと判断したのだろう。

 

「とりあえず、何で逃げようとしたんや?」

 

 呆れたようにこめかみを押さえ、ごもっともな質問をする八神。へぇ、狸女でもそんな顔になるんだな。常に余裕かと思ってたよ。

 

「面倒なことになると思ったから」

「あんたが無限書庫で暴れた時点でもうなっとるわ!」

 

 それを言われるとぐうの音も出ない。無限書庫の件がどうなったのかは知らんが、結構アウトなところまで行ってしまったのは確実だ。

 

「まあ無限書庫の件は後で説明するとして、次の質問や」

「まだあんのかよ」

「これでも少ない方やけど……増やそか?」

「勘弁しろ」

 

 二つでも充分に多いってのに、これ以上増やされたら堪ったもんじゃねえ。情報全部吐いて丸裸にされんのだけはごめんだぜ。

 八神は呆れたような表情から一変、真剣な顔つきになって口を開く。どんな質問だろうと適当に答えてやる、的な感じで身構えていたが――

 

 

 

「――シャマルのバインドとザフィーラの捕獲檻を粉々にしたアレは何や?」

 

 

 

 その質問は、思わず苦々しい表情になるくらい予想通りの内容だった。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 12

「一人のヤンキーを相手にここまで揃える必要あんのかよ」
「念にはなんとかってやつだ」
「それを言うなら念には念を入れよだ」

 バカだこのクソガキ。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。