死戦女神は退屈しない   作:勇忌煉

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第37話「再臨」

 

「――(ウチ)も今、成長しとるんよ。サツキと戦ってるから」

 

 

 

 エレミアも成長している。それを聞いても別に驚くことはなかったが、やり合う前に抱いていた違和感の正体がようやくわかった。

 その際に見せた力を溜めるような姿勢……アタシが感じたのはコイツの成長だったのだろう。掛け声のせいでわからなかったのかもな。

 しかし、ここで新たな疑問が発生した。コイツは『エレミア』という一族の末裔で、先祖から続く戦闘経験と記憶を最低でも500年分は受け継いでいる。つまり戦いの中で強くなるとやらについても記憶の中に含まれているはずだ。

 そんな馬鹿げた奴がどうして『成長』しただけでアタシに感謝したんだ? ただの皮肉か? それともコイツの先祖である『エレミア』絡みか?

 

「で、お前の成長とアタシに何の関係があるんだ?」

「サツキの成長が教えてくれたんよ。戦いの中で成長する。それは(ウチ)にもできることやって」

 

 どうやらアタシの成長とやらがコイツの成長に影響を与え、それを促してしまったということか。正直信じられないが、コイツがそう言うのなら間違いはないんだろう。

 戦いの中で成長することは自分にもできる。おそらく、エレミアは今まで追い詰められるほどの戦いを経験したことがない。もちろんそこに継承された記憶は含まねえ。

 エレミアはさっきこう言った。『自分と同等以上の強い奴と戦うことで成長できる』と。これは条件さえ満たせば誰にでも起こり得るらしい。もしそれが本当だとすれば、コイツも同じ条件を満たしているはずだ。

 つまり試合じゃ負けなしのエレミアを、そうする必要があるほど追い詰めたのはアタシが初めて。要はそういうことだろう。多分。

 

「それにこの成長性を応用すれば、次代に伝える『エレミア』の完成へ大きく近づけるかもしれへん。個人的には不本意やけどな」

 

 次代に伝える『エレミア』の完成。それが何なのかはよくわからないが、エレミアが今回の戦いで学んだことをそいつに組み込もうとしているのは確かだった。

 ていうか、成長性って組み込めるもんなのかね。高等技術や未知の流派といった珍しいやつならまだしも、誰もが持っているものを応用したって大した変化はないと思うぞ。

 ……おい待て。もし成長性の応用とやらができた場合、戦えば戦うほど強くなれるってことになりかねないぞ。マジで戦闘民族じゃねえか。

 

「せやから――ありがとうな、サツキ」

 

 お礼の言葉を述べられた瞬間、アタシの腹部へ目にも止まらぬ速さで左の拳がめり込むように打ち込まれ、吐血してしまう。

 マズった。まさかエレミアに不意討ちされるなんて思いもしなかった。しかも動くスピードがさっきよりも速くなってんじゃねえか。

 すかさず引き剥がそうと膝蹴りを入れるも右腕でガードされ、一旦引いた左拳を今度は鳩尾へ打ち込まれて再び壁まで吹っ飛ばされる。

 痛みで顔を歪める暇もなく迫り来る右の拳を左手の甲で綺麗に受け流し、ほとんど時を置かずに右の拳を繰り出すも左手で受け止められた。

 

「それ……『一拍子』やろ」

「らしいな」

 

 一拍子。古流武術の攻防を一動作で行う高等技術で、現代で言うカウンターのようなものだ。田舎の番長と殴り合ったときにも使用している。

 もちろん最初から使えたわけじゃない。何せクロからこういう技術があるということを聞くまでは存在すら知らなかったのだから。

 

「ほんまに、サツキは生まれてくる時代を間違えとるよ」

「テメエにだけは言われたくねえなっ!」

 

 受け流したエレミアの右腕を掴んで頭突きをお見舞いし、左の前蹴りを放つがそれよりも早く左拳を顔面に打ち込まれてしまう。

 が、どうにかこれに耐えたアタシは右脚で鳩尾を蹴り上げ、エレミアが息を詰まらせた隙に再度頭突きをかましてから左の拳を顔面にブチ込み、思いっきり地面に叩きつける。

 激しく叩きつけたせいでバウンドしたエレミアへサッカーボールキックを放ち、シュートを撃つかのように蹴り飛ばす。

 宙に舞ったエレミアは途中で体勢を変え、何事もなかったのように着地すると鉄腕に魔力を纏い始めた。ああ、これを見るのは二度目か。

 

 

 ――エレミアの神髄。

 

 

 命の危機を感じると自動的に発動する、一種の防衛機能みたいなものだ。持ち主の意思に関係なく圧倒的な力を振りかざし、敵を殲滅していく。

 余計な思考感情はなくなり、数ある選択肢の中から最善のものを選んで行動を起こす。スポーツで言うゾーン、もしくは機械に近い。

 

「ガイスト・クヴァール――」

 

 ボソリと呟いたエレミアは不意討ちを仕掛けてきた時よりもさらに速い動きでアタシの背後を取り、イレイザーという消し飛ばす魔法を纏った右手を振るう。

 迫り来る鉄の爪を後方へ宙返りすることで回避し、それが地面を削り取っていくのを目にしながら着地して後ろ蹴りを繰り出す。

 だが即座に反応したエレミアは最小限の動きで蹴りをかわすと、空を切って伸びきった左脚へ左の鉄腕を振り下ろしてきた。

 当たると洒落にならないのですぐさま空いていた右脚をエレミアの左脇へブチ当て、鉄腕の軌道を逸らすことに成功する。

 

「チッ、やりにくいなっ!」

 

 思わず舌打ちした途端に振るわれた鉄腕を回避するも、体勢が崩れていたためにギリギリで右の袖を持っていかれた。野郎……この服手作りなんだぞ。どうしてくれんだコラ。

 圧倒的な力が纏われた鉄腕から次々と繰り出される攻撃を掠りすらしないようにかわしていき、壁際まで追い詰められたところでもう一度後方へ宙返りして背後を取る。

 このまま避け続けてスタミナ切れを待つか? いや、アタシが先にバテるから意味がないな。それに何より――

 

 

 ――敵に背を向けて逃げるのは癪だ。

 

 

「ガイスト――」

「吹っ飛べオラァ!」

 

 機械のように無表情なエレミアが左の鉄腕を振り下ろし、それが目の前まで迫った瞬間に掌底で彼女の身体を豪快に吹っ飛ばす。

 次に地面を陥没させるほどの力で蹴って跳び上がり、数メートル先の本棚に激突したエレミアへ溜め込んだ左の拳を叩き込んだ。

 その衝撃で壁に大きな穴が開き、エレミアの身体が向こう側へと投げ出される。アタシもその後を追っていくと、

 

「サツキ……!」

「ちゃ、チャンピオン!?」

「あれま、あの子が言ってた味方ってサツキさんのことだったんだ……」

 

 長めの紫髪と年齢の割には結構発達した胸、そして独特のリボンが特徴的なルーテシア・アルピーノと成長した姿の――大人モードのハイディとヴィヴィオに出くわした。

 投げ出されたエレミアはそのまま本棚に激突し、ハイディとヴィヴィオはそれを見て驚愕している。ルーテシアも多少驚いてはいたが、実戦経験が豊富なせいか落ち着いている。

 エレミアが動かなくなったのを確認してから口内の唾を吐き捨て、その場で固まっているハイディらをよそにクロの声がした方へ振り向く。

 

「ご、ごめん……」

 

 そこにはチェーンバインドで卑猥な感じに縛られたクロの姿があった。しかも二十代の姿になっているせいかもっと卑猥に感じる。

 しかし重要なのはそこじゃない。クロが縛られている。重要なのはそこだ。脱出できる可能性もあるだろうが、クロが敵に捕縛された。

 クロを縛ったのは誰だ。いや、そんなことはバインドの色を見ればわかるからどうでもいい。

 

 

 

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「が――――」

 

 腹の底から湧き上がってくる怒りのせいか、意識が勝手に切り替わっていくのを感じる。余計な思考が省かれた戦闘一色へ、人から獣へと。

 こいつはできれば使いたくない。一歩間違えれば人じゃなくなるし、味方側の人物であるクロまで手に掛けてしまう恐れがあるからな。

 だが、エレミア一人を相手にしただけでこのザマだ。さすがに彼女ほどの強さではないだろうが、今や他に三人もいる。

 もう抑えられない。抑える必要もない。自由に解放しろ。五感を研ぎ澄ませろ。アタシは獣だ。

 

 

 

 ヤンキーだが、人間じゃない――!

 

 

 

「■■■■■■■――ッ!!」

 

 

 

 力を溜める姿勢を取り、秘められたものを解放するように天に向かって獣の如き咆哮を上げる。

 この場にいる耳を塞いでいる奴ら全員の鼓膜が破れてもおかしくないほどの大音量が響き渡り、書庫内を振動させていく。

 ガキ共の苦しそうな表情を目にし、感覚と意識が切り替わったところで音の嵐を終わらせ、視野を最大限に広げて標的を捉えた。

 

 

 さあ、刮目せよ――

 

 

 

 

「グルルルル……」

 

 

 

 

 ――野獣の再臨だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ……」

 

 古代ベルカ時代に存在していた魔女、クロゼルグの末裔であるファビア・クロゼルグはさっきまで有利だった形勢を逆転されていた。

 敵勢の大半を魔女の捕獲魔法で無力化。コロナ・ティミルとヴィクトーリア・ダールグリュンを無数の使い魔で足止めし、最も厄介なジークリンデ・エレミアには同行していた緒方サツキをぶつけて同士討ちさせようと図ったのだ。

 それもこれも全てはクロゼルグの血脈に課せられた使命――聖王オリヴィエと覇王イングヴァルトへの復讐のため。彼女たちが探し求めている『エレミアの手記』を奪うことも、ファビアにとってはその一環でしかない。

 しかし時空管理局の嘱託魔導師、ルーテシア・アルピーノが現れたことで状況は一変。小瓶に閉じ込めていた高町ヴィヴィオと覇王の子孫であるハイディ、そしてヴィヴィオの友人のミウラ・リナルディを奪い返されてしまう。

 自身もルーテシアに翻弄されたが、使い魔と悪魔合身(デビルユナイト)して姿態編成(シェイプシフト)を果たしたことで一度は形勢を逆転。重力発生魔法で追い詰めるも小瓶から脱出したハイディとヴィヴィオが加勢したことにより、今度こそ形勢を逆転されてしまった。

 

「グルルルル……」

 

 そんな彼女は今、高町ヴィヴィオにチェーンバインドで拘束されたまま地上で唸っているサツキを見て心の底から驚いていた。

 正方形だった瞳孔が猫のような垂直のスリット型になっており、威嚇する犬や猿みたいに犬歯を剥き出しにしていたのだ。

 ファビアが驚いている間にも獣の雰囲気を纏ったサツキは四足獣の如き姿勢となり、彼女を迎え撃とうとヴィヴィオ達も構える。

 

 荒野の風の音が聞こえてきそうなほどの沈黙がその場を支配していたが、ある少女の一瞬の硬直がそれを打ち破った。

 

「がは――!?」

 

 サツキが立っていた場所を陥没させて姿を消し、硬直を見せた少女――ハイディの懐へボディブローを打ち込んでいたのだ。

 打ち込んだ左の拳を引き抜くと、ハイディは苦しそうに腹部を押さえて蹲る。その姿をどうでもよさそうに一瞥し、次はお前だと言わんばかりにルーテシアを睨むサツキ。

 睨まれたルーテシアは動じることなくサツキへ肉薄し、ゼロ距離から砲撃を撃つ。が、サツキはこれを見切ったうえで回避し、ルーテシアの背後に回って裏拳を繰り出す。

 咄嗟に展開した障壁で直撃は避けたルーテシアだったが、威力を殺しきれずそのまま数メートル先の壁まで吹き飛ばされてしまう。

 

「ま、待ってください!」

 

 制止の声を掛けられたサツキはキッと睨み返すように振り向き、話を聞いてほしそうに慌てるヴィヴィオを視界に捉える。

 そして聞く耳も持たず、彼女に肉薄して死の鉄拳を突き出した瞬間だった。

 

 

「サツキーッ!!」

 

 

 復活したであろう、ジークリンデ・エレミアの声が聞こえたのは。

 

 

 

 


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