死戦女神は退屈しない   作:勇忌煉

148 / 179
第36話「成長」

 

 

 ほぼ同時だった――アタシとエレミアが地面を蹴ったのは。

 

 

 

 二、三歩進んだだけで間合いが詰められ、お互いの左頬に右の拳が突き刺さる。

 拳をブチ込まれた衝撃で少し後退するも、前蹴りをエレミアの懐へ入れる。が、彼女は交差した両腕で蹴りをガードし、五メートルほど後ろへ引きずられるも余裕を持って踏ん張った。

 すかさずその五メートルを一瞬でゼロへと縮め、握り込んだ左拳でエレミアの整った顔面を殴りつける。これを右腕で防いだエレミアだがアタシはそれを意に介さず、拳を防いだ右腕ごと彼女の身体を豪快に吹っ飛ばす。

 エレミアは激突する寸前で体勢を変え、本棚を両脚で蹴ることで勢いを相殺、地面に着地する。無重力空間だからできたのだろうか。

 口元の血を拭き取ると周囲に高密度の弾幕陣を生成し、それを一斉に撃ち出すエレミア。アタシは突撃しながら迫り来る高密度の弾幕を丁寧に弾いていき、槍撃の如く鋭い蹴りを放つ。

 だが、エレミアはこの蹴りを左手で綺麗に受け流し、アタシのがら空きになった胴を両腕で抱え込んでそのまま叩きつけるように投げた。

 

「んのやろっ!」

 

 追撃が来る前に立ち上がって右のハイキックを繰り出し、エレミアが左腕でガードした隙に両手で胸ぐらを掴み、背後の本棚へ投げ飛ばす。

 間髪入れずに投げ飛ばしたエレミアへ突っ込み、さっきと同じように勢いを殺して着地した彼女の鳩尾へ右肘をブチ込んで、今度は一本背負いで背後の地面へと投げ落とした。

 エレミアが立ち上がる前に懐を右脚で何度も踏みつけ、血反吐を吐いたところで中断。次に首を掴んで彼女の身体を軽々と持ち上げ、右の肘が伸びきったところで固定する。

 その直後に首を掴んでいた右手の力を緩め、構えていた左拳を右頬へ打ち込み、腕を振り切ることでエレミアの身体を草のように薙ぐ。

 続いて受け身を取りながら壁に激突したエレミアの元へ翔けていき、そのまま跳び上がって後ろ蹴りを放つも首を横へ傾けられたことで右脚が空を切り、壁に突き刺さる。

 するとエレミアは突き刺さった脚を両腕でしっかりと掴んで引っこ抜き、アタシの身体を横に振って顔面から壁へ叩きつけてきた。

 

「いって――おぉ!?」

 

 声を出した途端に後頭部から地面に落とされ、掴んでいた脚を今度は抱えられてアキレス腱固めを極められてしまう。

 痛い。地味に痛い。しかもまだ仰向けで極める通常のアキレス腱固めだ。裏を極められたら今よりも脱出しにくくなる。

 とりあえず裏の方を掛けられる前に脱出しようと、空いていた左脚でエレミアの鼻っ面を何度も蹴りつけ、腕の力が緩んだ一瞬の隙に右脚をスルリと引っこ抜く。

 そしてアキレス腱の痛みを意に介さず起き上がり、左手で顔を押さえているエレミアから二、三歩ほど離れて鼻血を拭き取る。

 エレミアも立ち上がると顔をしかめ、鼻血と口元から垂れている血を拭き取って構えた。チッ、どこぞの後輩とは違って学習能力は高めか。

 

「ほんま容赦ないなぁ……」

 

 エレミアが呟いた一瞬をついて間合いを詰め、風切り音が聞こえそうな速さで左のハイキックを繰り出すが右腕でガードされてしまう。

 次に右脚でエレミアの下顎を蹴り上げ、上げた右脚をビデオテープを巻き戻すかのように振り下ろすが、交差した両腕で防御された。

 その腕を蹴って背後に回り込み、彼女が振り向くと同時に軽くジャンプして右拳を拳骨気味に振り下ろすも再び交差した両腕に阻まれる。

 右の脇腹へ膝蹴りを放つも右肘で弾かれてしまい、左のジャブを顔面に打ち込まれ、

 

「シュペーア・ファウスト!」

 

 フィニッシュと言わんばかりに、ギチギチと握り込んだ右の拳を鳩尾へブチ込まれた。

 踏ん張っていなかったので身体が宙を舞い、後頭部から壁に激突して血反吐を吐く。しかもさっきと同じ場所に激突したせいか、壁に穴が開いて向こう側へと投げ出されてしまう。

 ってえ……あの野郎、前よりも腕を上げたか? 鍛錬を毎日欠かさずにやっているから当然だろうが、にしては違和感があるな。

 口内に溜まった痰を唾ごと吐き捨て、何事もなかったかのように立つ。この程度、まだまだ序の口だ。やりたいこともあるし。

 

「ぜあぁっ!」

 

 懐に突っ込んできたエレミアを受け止め、鳩尾がある位置へ右の膝と左の肘を同時に何度も打ち込み、彼女が離れた瞬間に左の拳を放つ。

 エレミアはこれをあっさりとかわし、アタシの伸びきった左腕を掴んでお返しと言わんばかりに背負い投げで落としてきた。

 なす術もなく背中から地面に叩きつけられ、息が詰まってしまう。だが、彼女が関節技を極めようと左腕を捻った隙に後頭部と右手を使って逆立ちの要領で起き上がり、エレミアに馬乗りすると同時に右の肘を鼻っ面へ叩き込んだ。

 そして痛みで歪んだ顔を目にしながら、すかさず右手でエレミアの顔面を上から押さえる。このまま地面に叩きつけてやろうか。

 

「またこのパターン……!?」

「懐かしいだろ?」

 

 実はこのパターン、一昨年の都市本戦決勝でコイツと対戦した際に披露している。その時は左じゃなくて右の腕をやられたけどな。

 危うく変な方向へ曲げられそうになった左腕を軽く動かし、何の支障もないことを確認して脳天に左の拳を振り下ろす。

 しかし、拳が当たる寸前で視界が相応の痛みと共に遮断され、拳が地面に突き刺さって地面を叩き割る音が響いてきた。

 目をやられたせいで視界がぼやけてしまうも、それ以外の感覚を駆使して自分の背後にエレミアがいることを突き止める。

 

「チッ……」

「視界を奪われた気分はどうや?」

「ほざけアホ」

 

 後ろへ振り向きながら右のハイキックを繰り出すも左腕で難なくガードされ、間髪入れずに横回転して右側から左の回転蹴りを放つが、エレミアはこれを屈んで回避した。

 そのせいで勢い余って地面へ落ちそうになるも、無重力空間であることを活かして宙に浮きながら体勢を整え、着地に成功する。

 さすがに殴打での追撃は無理そうなので後退し、つま先で地面をちょこんと蹴ってハンドボール並みの破片を生成。それをエレミアの額へ正確に蹴り飛ばす。

 彼女は「は、破片を!?」と軽く驚いていたが、ギリギリのところで上体を後ろに反らして回避していた。何で驚いたんだアイツ。

 

「避けてんじゃねえよ」

「避けな当たってまうやろ!?」

 

 エレミアが上体を起こすと同時に地面を蹴って跳び上がり、渾身の蹴撃を顔面にぶつける。実は結構気に入ってるんだよね、これ。

 この蹴撃を右腕でガードしたエレミアだが、それを見越していたアタシは左脚を振り抜いてガードごと彼女を吹っ飛ばす。

 そうなることがわかっていたらしいエレミアは体勢を変えると壁に向かって射撃魔法を放ち、その衝撃で飛び散った大きな破片の一つを蹴って勢いを殺していた。

 一旦攻撃をやめ、我慢していたあくびをする。本棚や壁が何らかの終わりを迎えたかのように崩れていき、大きな崩壊音が耳に響いてくる。

 

「ガラガラうるせえなぁ……」

「自分でやらかしといてよー言うわ」

「半分はテメエのせいだろうが」

 

 一息ついて構えたエレミアの懐へ突撃しながら後ろ蹴りを繰り出すも受け流され、ギチギチと握り込まれた右の拳を顔面にブチ込まれてしまう。

 鈍い痛みが広がり、顔をしかめた隙をつかれて右脚を掴まれたかと思いきや、身体を引き寄せられて今度は左の拳を懐へ打ち込まれた。

 後ろへ引きずられる身体がくの字に曲がるもどうにか踏ん張り、膝をつかずには済んだ。すぐさま両脚に力を込め、開いた間合いを詰めていく。

 エレミアは構えたまま微動だにしない。拳を突き出すとかやってくれたらこっちもやりやすかったんだけどなぁ……まあいっか。

 

「ウラァッ!」

 

 エレミアの眼前で立ち止まり、溜めていた右の拳を腹部へ打ち出すも左手で受け止められ、発生した拳圧が背後の地面を削り取っていく。

 やはりもう慣れたのか、後ろには目もくれずに銃の形へ変えた右手を突き出し、アタシの眉間目掛けて射撃魔法を撃ち出すエレミア。

 メキメキと拳を掴まれているせいで避けようにも避けられず、正確無比に眉間へ直撃するも歯を食いしばって堪えきる。

 が、開いた視界に入ってきたのは鉄腕を装着したエレミアの拳だった。それを腹部に叩き込まれ、拳を掴んでいた手が離されたことで後ろへ大きく引きずられてしまう。

 

「が、あァ……!?」

「もういっちょ!」

 

 両腕を広げて力を溜めるような姿勢で踏ん張るも左の拳打による追撃を食らい、壁に激突したことで後頭部に鈍い痛みが走る。

 

「…………思った通りや」

 

 両手をまじまじと見つめながら握る、開くを繰り返し、何かを確信したかのように呟いて口元を軽く歪めるエレミア。

 その間に壁から離れ、唾を吐いて口元の血を拭き取る。クソッ、後頭部がズキンズキンと音を立てているように痛えな。

 

「おおきにな、サツキ」

「は?」

「あんたのおかげで確信できたわ」

 

 こっちを向いたかと思えば、いきなりお礼の言葉を述べられた。

 アタシのおかげ? 言っていることの意味がまるでわからない。アタシが何をしたってんだ。少なくとも、お前に何かをした覚えはないぞ。

 マジで意味がわからないので頭に疑問符を浮かべて首を傾げていると、やれやれと呆れてため息をついたエレミアが口を開いた。

 

「はぁ……ヴィクターの言う通りやな。ほんまに自分のことわかってへんのか」

「勿体ぶらねえでさっさと話せ」

「……まあええわ。身を以って思い知らされたけど、サツキは成長してるんよ。戦いの中で」

 

 ジト目でアタシを睨みつけるエレミアの口から出た言葉に、思わず変な声が出そうになる。バカかコイツ。アタシが成長してるって? トレーニングをしていないアタシが?

 というかヴィクターの奴、エレミアに何を吹き込みやがった。内容によってはアイツをブチ殺す必要があるんだけど。

 

「これは(ウチ)の推測やけど、自分と同等以上の強い人と戦っている最中に強くなってる。どうせあんたは気づいてないやろ?」

 

 ムカついたんで言い返そうにも、否定の言葉が出てこない。何故なら自分が成長しているとは微塵も考えていなかったからだ。

 戦いの中で成長する。ないとは言い切れないが、そういうのは鍛錬を積み重ねた奴の特権だろ。何でアタシがそのカテゴリーに入るんだよ。

 まあ確かにケンカばっかりしていたから少しは強くなっているはずだが、彼女の言う推測がわからない。どうして強い奴に限定したのか。

 強い奴と弱い奴。どっちとケンカしたってそれを繰り返せば腕っ節は上がっていく。鍛錬ほどの効果が期待できるかはともかく。

 

「その手の成長はサツキだけの特権やあらへん。条件さえ満たせば誰にでも起こり得ることや」

「……で?」

 

 エレミアはうっすらと笑みを浮かべると、それを一字一句はっきりと告げてきた。

 

 

「――(ウチ)も今、成長しとるんよ。サツキと戦ってるから」

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。