死戦女神は退屈しない   作:勇忌煉

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第35話「無限書庫」

「無限書庫だァ?」

「うん」

 

 ヴィクターに呼び出されてから二日後。資金の調達を終えて家に帰るなり、真剣な顔付きのクロがデートの申し入れをしてきた。あと二日前のプライムマッチはハリーがギリギリで制した。どんまいタスミン。

 この二日間、目白押しといえる試合がいくつもあって消化するのに時間が掛かった。名勝負製造機とまではいかねえが、悪くないやつばかりだ。

 まずハイディと……えーっと……コロナ・ティミル、だっけか。覇王流とゴーレムマイスター。なんでも同門対決だったらしい。お互いに拮抗していたが、最後はハイディが僅差で勝利。

 次にヴィクトーリア・ダールグリュンと聖王教会のシスター、シャンテ・アピニオンの試合。重装甲と機動型。序盤はそれを活かしてアピニオンが優勢だったが、ヴィクターの装甲を上回るほどのダメージは与えられず、最後は何故かブチギレたヴィクターの猛攻で沈められた。

 その次は高町ヴィヴィオとシェベルを破ったミウラ・リナルディの試合。こちらは反撃型と強打者による格闘戦技対決。お互い殴り合うのが楽しいのか所々で笑顔になっていたが、最後は左腕を痛めたヴィヴィオの隙をついて強烈な蹴りを放ったリナルディが勝負を制した。

 

 そんでその日最後の目玉となったハリー・トライベッカと……えー名前は……八重歯のクソガキことリオ・ウェズリーの試合。

 リングの床を割り砕いて持ち上げるほどの怪力と多彩な技を駆使して戦うウェズリーに対し、ハリーは相変わらずのバカ魔力と我慢強さを活かした近接射砲撃で対抗。互いに炎熱の変換資質を持っていたため(ただしウェズリーは炎と電気のダブル変換資質所有者)にガチの熱戦となったが、素直すぎる故に追い詰められたハリーが最後の最後で遠隔発生砲撃をブチかまし、オーバーキル並みのダメージを与えて辛勝。

 続いて翌日――今日行われたプライムマッチ、ジークリンデ・エレミアとハイディ・アインハルト・ストラトス・イングヴァルトの試合。昨日知ったばかりだけど名前長えよアイツ。

 グラップリングを主体とした総合型のジークと拳打を主体とした覇王流のハイディ。ジークは序盤からハイディをお得意の投げ技や関節技でいなし、スイッチが入ったのか鉄腕を解放。しかしそれを見て酷く動揺したのか、ハイディは猪の如く突っ込んでいくも攻撃のバリエーションを増やしたジークにはまるで歯が立たず、中盤でやっと一矢報いるも最後は大敗。

 ジークはこの試合で一矢報いられた直後にエレミアの神髄を発動。両手に纏ったイレイザーでリングを削り、ハイディの四肢感覚を麻痺させるなど一方的に蹂躙したが、最後は彼女が放った大技をハイディが気合で回避。ジークも元に戻った。

 

「無限書庫ねぇ……」

 

 振り返るのはこのくらいにして、今はクロに誘われた無限書庫への同行についてだ。一週間後からまだしも、明日とか急過ぎる。

 無限書庫。時空管理局の創設よりも前から存在していた巨大な倉庫。その無重力空間には数多の書籍がされており、最も古い書籍でおよそ6500年前。世界の歴史も納めていることから『世界の記憶が眠る場所』なんて言われているらしい。

 ちなみに司書長はユーノ・スクライア。ヴィヴィオの母である高町なのはの友人である。向こうに感付かれるのは確定だなこれ。

 クロはそんな無限書庫へ不法侵入をかますつもりのようだ。さっきまで盗聴と窃視という何気にイケないことをしていた彼女によると、何でもヴィヴィオとハイディとジークを中心に大勢でエレミアの手記とやらを探しに行くとのことだ。

 で、どういうわけかアタシがコイツに誘われた。もちろんデートってのはこれのことだ。面白そうだが、リスクも大きい。どうしようか。

 

「……エレミアと殴り合えるかもしれないよ?」

「乗った」

 

 そういうことなら乗らない手はない。路地裏で雑魚の集団を相手にするよりはマシだろう。資金の調達には必要なことだが。

 ちょうどいい暇潰しにもなるし、そろそろアイツとはケリを着けたいとも思っていたところだ。一昨年と数ヶ月前のケリを。

 マッチ棒で火をつけたタバコを一口吸い、紫煙を吐きつつそれを灰皿に押しつける。明日を迎えるのが楽しみに思えるのは久しぶりだな。

 ただ……何もなかったらクロを囮にして逃げよう。無駄足にもほどがあるし、何よりそう易々と捕まってたまるかってんだ。

 

「ところで何しに行くんだ? 無限書庫へ」

「エレミアの手記を手に入れる」

 

 手に入れてどうする気なのかは知らんが、覇王の末裔であるハイディと聖王の末裔らしいヴィヴィオがいるってことは二人への復讐だろう。

 なんかショボいレベルの復讐だが、コイツにとってはそうでもなさそうだ。目付きが相手に憎しみを向ける際のそれになっているし。

 しかし、これはクロ自身の問題だ。アタシが簡単に首を突っ込んでいいものではない。めんどくさいってのもあるけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うへぇ~、相変わらず本しかねえなここは」

 

 翌日。アタシはクロと共に彼女が考えた独自のルートから侵入して無限書庫のベルカ方面、その未整理区画を訪れていた。

 確かここはB009254G未整理区画。王族が所蔵していた書物庫らしい。前にヴィヴィオから聞いたので大体は知っているのだ。

 アタシの先を飛んでいったクロはさっき例の古き捕獲魔法で八重歯のクソガキとシェベル、ハリーとタスミンとその他三名を無力化しており、現在はハイディとジークに矛先を向けている。

 にしても暇だなここは。そろそろ眠くなってきたよ。未だに取れない眠気と格闘しながら無重力空間に身体を慣らしていた途端、いきなり壁を砕くような音が耳に入ってきた。

 耳を塞いで音の聞こえた方へ視線を向けると、物凄いスピードでクロとプチデビルズがアタシの目の前まで飛んできて急停止した。危ねえな。

 

「サツキ、後は任せた……!」

「は?」

 

 少し慌てた感じでそう言うと、クロは箒に乗りながら脱兎の如く逃げていった。おい待て、アタシには何が何だかさっぱりわからねえぞ。

 どうしてあんなに慌てているんだ、と言いかけたところで声を詰まらせる。背後に人に気配を感じたからだ。それも怒っている。

 感じ慣れた気配だったので後ろを振り向くと、黒のバリアジャケットを纏った少女――ジークリンデ・エレミアが視界に映った。

 怒りというよりも無に近い表情を浮かべ、両腕には鉄腕を装着している。あの野郎、エレミアの神髄を発動していたのか。

 

「……サッちゃん?」

 

 こちらを見るなり少し目を見開き、静かに驚きの声を上げるジーク。まるで本当にアタシがいたと言わんばかりの反応である。

 クロの奴、最初からアタシとジークをぶつけるつもりだったのか……一番厄介なジークと、そんな彼女に対抗できるアタシを。

 つまり囮はアタシの方かよ。もっと早く気付くべきだった。あのクソガキ、事が済んだら両腕へし折ってやる。ついでに指も折ってやるぞ。

 本当に会えた。その事実をようやく理解し、口元を軽く歪める。わざわざ不法侵入をかましてまで来た甲斐があったよ。

 

「よう、会いたかったぜ」

「なん……やて……」

 

 アタシに会いたかったと言われたことに今度は心底驚いたのか、絞り出すかのように震え声を出すジーク。そんなに衝撃的か、おい。

 ジークの無に近かった表情が好きな人に告白された際のようにテンパったものとなり、頬も赤くなっていき、若干据わっていた目が泳ぎ始めた。

 あー、平和ボケでもしていたせいかナチュラルに地雷を踏んでしまったようだ。控えめに言って口に出すべきじゃなかったかも。

 地雷を踏まれたジークはこっちに背を向け、小声でボソボソと呟いている。一応何を言っているのか確認しようと耳を澄ませることにした。

 

「さ、サッちゃんが……あの暴力の化身が……(ウチ)に会いに来た……!?」

「殺すぞテメエ」

 

 誰が暴力の化身だコノヤロー。それだとアタシは暴力という概念が人という形を得たことで誕生した設定の存在になっちまうじゃねえか。

 しばらく混乱していたジークだが、自分の頭をそばにあった本で叩いて冷静さを取り戻した。ショック療法だよな、あれ。

 ジークは未だに頬を赤くしながら嬉しそうな表情を浮かべ、深呼吸してから咳払いをすると自信ありげに口を開いた。

 

「実は(ウチ)も、サッちゃんに会いたかったんよ」

 

 その一言で身構えそうになったが、貞操の危機が迫るときに感じる寒気はなく、むしろ好戦的な言い方だったので少し驚いてしまう。

 競技選手である以上、人見知りなジークでも強い相手と戦うのは楽しみなのかもしれない。けど、ここまで露骨なのは初めてだ。

 野郎、オツム使って何を企んでやがる。ジークをブチのめしたかったアタシとしては歓迎できる状況だが、正直言って気味が悪い。

 ずっと浮いているのもあれなので一旦地面に着地し、アタシを追うように下りてきたジークを睨みつける。やっぱり足は地面についてないと。

 

「やる気満々じゃねえか」

「当たり前や。今なら合法的にサッちゃんを倒せるんやから」

「ああ、なるほど」

 

 ジークは許可をもらったうえで無限書庫を探索しているのに対し、アタシは不法侵入者。当然だが罪に問われるのは後者だ。

 加えて今はインターミドルの真っ只中。問題は起こせないし、アタシがそれに出場していない。だから今がチャンスとでも見たのだろう。

 だけどそんなことはこの際どうでもいい。コイツをブチのめしてさっさとここから離脱する。最悪捕まってもブチのめす。

 首と拳を軽く鳴らしていると、ジークは構えもせずに小さく力を溜めるような姿勢を取ると、

 

「――はぁっ!」

 

 気合いを入れる感じで掛け声を上げた。

 それを見て思わず訝しむも、ジークがいつものシンプルな構えを取ったので再度彼女を睨みつける。まあ、何であろうとやってやるよ。

 管理局が創設される前から存在していた無限書庫、その古代ベルカの未整理区画。無重力に保たれた空間の中で、アタシとジークは対峙する。

 そして――

 

 

 

「ケリつけんぞ、()()()()

「それはこっちのセリフや、()()()

 

 

 

 今この時を以って、第三の撃鉄は落とされた。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 1019

「サツキ、後は任ちぇだッ!?」
「……わお」
「…………こういうの無理……!」

 頑張れ。



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