死戦女神は退屈しない   作:勇忌煉

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第33話「写真」

「おいサツキ!」

「あ?」

 

 会場から出た途端、アタシの後を追ってきたらしいハリーが息を切らしながら左肩を掴んできた。ただ追いつくだけじゃ逃げられると判断したのだろうか。

 一旦立ち止まってタバコを一口吸い、息を整えているハリーの方へ振り返る。取り巻き三人組はいないのか。名前忘れたけど。

 大方ジークやヴィクター同様、アタシが今年のインターミドルに出場していないことを問い詰めに来たのだろう。

 正直早く帰りたいが、このまま放っておくと付きまとわれる可能性があるからここでケリをつける。いつものようにはぐらかせばコイツは呆れて何も言ってこないはずだし。

 息を整えたハリーはどこか憤然とした表情でアタシを睨みつけ、今にも全力で殴りかかってきそうな勢いで口を開いた。

 

「お前、なんで今年のインターミドルに出場してねーんだよ!」

「ん、ちょっと」

「っ……いい加減にしろよお前!?」

 

 吹き出すように怒ったハリーはアタシの胸ぐらを乱暴に掴むと、周りの視線などお構いなしにアタシの身体を壁に叩きつける。

 痛えなコノヤロー。なんで怒っているのかはわからんが、何もそんな乱暴にしなくてもいいだろ。あと服が伸びてしまう。

 

「口を開けばちょっとちょっとって……こっちは大真面目に聞いてんだ! ふざけてんのか!?」

「…………許してやるから離せ」

 

 ウザくなってきたので湧き上がってくる怒りを堪えながら静かに、それでいて力の籠った低い声でハリーに警告を促す。

 何をそんなに怒っているのかと思えば……どうでもいい内容じゃねえか。こっちはさっさと帰りたいんだよ。帰ってゆっくりしたいんだよ。

 アタシの警告を聞いたハリーは肩をわなわなと震わせ、胸ぐらを掴んでいる手に力を入れる。だからそれ以上やったら服が伸びるっての。

 

「んだとてめ――っ!?」

 

 警告したにも関わらずなお突っかかってくるハリーの鳩尾へ膝蹴りを入れ、胸ぐらを掴んでいた手が離れたところで顔面に右拳をブチ込んだ。

 完全な不意討ちを食らったせいか息を詰まらせ、その場で蹲るハリー。加えて脳震盪を起こしたのか、意識が朦朧としているようにも見える。

 そんなハリーを一瞥し、左手に持っていたタバコを吸いながら歩き始める。とりあえずこの場からは退散しよう。もし警邏隊にでも通報されたら堪ったもんじゃねえ。

 五歩ほど歩いたところでタバコを投げ捨て、あくびをしたところで後ろからハリーの霞むような声が聞こえてきた。

 

「くそ……ちくしょう……!」

 

 立ち止まらずに聞いていたが、弱虫ゆえに泣いているのかと思ったら声質的にまだ怒っている感じの悔しそうな声だった。

 悪いなハリー。もう下手な馴れ合いはしたくねえんだわ。ただでさえクロという魔女の末裔がいるのに、これ以上は手に負えねえよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……サツキ」

「どした急に」

 

 翌日。特にやることもないからゲーセンをブラブラしていると、考えが読めない無表情のクロが唐突に話しかけてきた。

 ハリーと揉めたあと資金を調達するべく路地裏で一暴れし、返り血で顔を汚したまま帰宅するとクロがリビングでくつろいでいた。せっかくなので選考会の結果を聞いたところ、精神攻撃を使って勝ったがルールに引っかかっていないかどうかを確認されたらしい。

 そりゃされるだろうなぁ……魔女の魔法は時代遅れと言っていいほど古い。知っている人がスタッフ側にいなかったのだろう。

 にしても最近、どういうわけかろくなバイトが見つからねえんだよな。こうなったらコンビニかスーパーで妥協するべきだろうか。

 

「写真撮らない?」

「写真?」

 

 思わず目を点にしてしまった。ゲーセンで写真つったら……まあ撮れないことはないけどよ、ここじゃそういう機械はプリクラしかねえぞ。

 というか、こっちにもプリクラはあるのね。地球で見慣れたゲーセンがあるからまさかとは思っていたが、やっぱりあるのか。

 だが、それ以上に今日のクロは変だ。マジでどしたお前。どっかで頭打ったか? いや打ったよな? 間違いなく打ったよな?

 

「頭、大丈夫か?」

「……失礼な。昨日サツキのパソコンを弄ってたとき、こういう場所にはぷりくらがあるって知っただけだよ」

「テメエ人のパソコン勝手に弄ってんじゃねえぞコノヤロー」

 

 どうりで夜中にカタカタカタカタとキーボードを打つ音が聞こえてきたわけだ。しかも地味にうるせえからこっちは眠れなかったんだぞ。

 まあそれはさておき、どうしたものか。クロがそういうのに興味を持つなんて予想だにしてなかったし、プリクラで撮ったことなんざ一度しかねえぞ。

 ――たまにはいいか。写真シール機は近くにあるし、ジークと違ってセクハラ行為をされることもなさそうだしな。

 承諾の意を込めてクロの小さな頭を軽く叩き、最新型とは言えないもそれなりに新しい個室へ入る。クロが入ってきた途端、元々狭い個室がさらに狭くなった。ここは二、三人用なのか。

 

「おい狭いぞ」

「サツキが、サツキがでかすぎるだけ……!」

 

 失礼な。確かにアタシの身長は180後半とそこらの女子がちっぽけに見えるほど高いが、今いる個室が狭くなるほど太っているわけじゃない。

 クロにタッチパネルが操作できるとは思えないのでアタシが代わりに操作し、カメラの準備を整える。これで合っているといいが……。

 彼女の周りでプチデビルズが騒いでいるのを見てちょっとばかり不安になるが、パシャッというシャッター音の合成音が個室に響いたことで不安が払拭された。

 前方の画面に撮った写真が表示されたのでクロが何とか見えるように確認するも、写真を見て思わずげんなりしてしまう。

 

「お前笑えよ!」

「サツキこそ……!」

 

 無。まさにそう言えるほど酷いものだった。常にケタケタと笑っているプチデビルズはともかく、クロは平常通りジト目の無表情。アタシも笑っていないが、無でないだけクロよかマシだ。

 とりあえずもう一回撮るべくタッチパネルを適当に操作し、撮影モードに設定する。そしてすぐにシャッター音が響いた。

 今度はマシであることを祈りつつ画面に表示された撮影画像を確認するも、やはりクロが無表情のままだ。プチデビルズは少し配置が変わったが相変わらずケタケタと笑っている。

 

「証明写真じゃねえんだぞ!?」

「……笑顔って難しい」

 

 コイツいっぺんシメたろか。

 

「ほら、次が最後のチャンスだ」

「頑張る」

 

 両手の人差し指で口元を吊り上げるクロを尻目にタッチパネルを操作し終え、彼女を抱っこするように抱えて前に立たせる。

 目立つのが嫌なのか頬を赤く染め、恨めしそうにこちらを睨みつけるクロ。あのな、お前が笑顔になればこんなに手間掛けなくて済むんだよ。

 前に立たせたクロの肩に両手を置き、カメラの方へ向くとパシャリとシャッター音が響いた。今度こそ撮れてるよな? 最後なんだぞ?

 相当恥ずかしかったのか頬を膨らませ、個室から出ていこうとするクロを捕まえて画面に映し出された写真を確認する。

 

「は、離して……!」

「黙れバカ――へぇ」

 

 ジタバタするクロから画面へ視線を向けると、笑ってはいないものの恥ずかしそうに頬を赤くしてカメラから目を逸らすクロが映っていた。

 心なしか嬉しさが顔に表れているようにも見える。どうせなら普通に笑えば良かったとも思うが、これはこれでアリなので問題はない。

 出来上がった写真を手に取り、互いに一枚ずつ持つことにした。クロはその写真を無ではない穏やかな表情で眺めている。

 とはいえ、この写真はどこに仕舞っておこうか。ポケットはダメだし、財布に入れるなんて意外とよくある……そうだ。

 

「なぁクロ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉ……!」

 

 写真を撮ってから二時間後。目を輝かせるクロの首にはさっき撮った写真が入っているロケットペンダントがぶら下げられている。

 アタシとクロは写真を入れるためのロケットペンダントを入手するべくゲーセンを後にし、ついさっきまで雑貨店を三件ほど回っていたのだ。

 ようやく手に入れたロケットペンダントに写真を入れ、堂々と見せびらかしているクロを見てため息をつき、呆れるように右手で頭を掻く。

 

「サツキ?」

「……何でもねえ」

 

 イチイチ指摘するつもりはないのではぐらかし、ポケットから取り出したタバコを口に咥え、マッチ棒で火をつける。

 今日は違う意味で疲れたな。慣れないことに励んだせいだろうか。タバコの味もいつもと違う感じがするし、夕焼けは綺麗だし。

 口から紫煙を吐きつつ、結局上着のポケットへ仕舞っていたロケットペンダントを取り出す。ちなみに見た目も中身もお揃いだ。

 まあとにかく、プリクラではあるがクロの要望通り写真は撮れた。当の本人も喜んでいるし、アタシも別に悪い気分じゃないし良しとしよう。

 そしてこの時はアタシもさほど気にしていなかったのだが、この写真が――

 

 

 

 

 

 ――アタシとクロが二人で撮った、最初で最後の写真となった。

 

 

 

 

 

 


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