「もうこんな時期か……」
DSAA主催の公式魔法戦競技会、インターミドル・チャンピオンシップの選考会当日。喧嘩三昧な日々もひとまず終わりを迎え、暇だったアタシはタバコを買うついでにそれを観に来ていた。
アタシが移住しているミッドチルダは魔法が文化となっている次元世界だ。当然、魔法を活かしたスポーツ大会、その運営団体も存在する。
次元世界のスポーツ競技運営団体の一つで、U15の格闘競技において世界大会を開催している三大団体の中でも最大規模を誇る。
この団体が主催の大会は体重による階級の区別がない無差別級で、競技の内容にもよるが魔法や武器の制限も全くない。
そして現在進行形で選考会が行われているインターミドル。去年までアタシが出場していた10歳から19歳までが参加できる競技大会であり、個人計測ライフポイントを使用して限りなく実戦に近いスタイルで行われる魔法戦競技だ。
もちろん制限がないといってもスポーツなのでルールがないなんてことはなく、DSAA主催の大会にはクラッシュエミュレートという概念を始めとするDSAAルールが存在している。
「……サッちゃん」
「んだよ」
買ったばかりのタバコで観客席に座りながら一服していると、隣で大量のジャンクフードを食っているジャージ女ことジークリンデ・エレミアに話しかけられた。
普段はフードで顔を隠して目立つのを嫌がるほど人見知りな彼女だが、これでも一昨年のインターミドル世界代表戦で優勝を経験しており、未だに試合では一度も負けたことがない次元世界最強の十代女子である。
魔女クロゼルグの末裔であるクロによれば古代ベルカ時代にはすでに存在してそれよりも古い格闘戦技の概念がなかった時代から戦乱などを通じ、己の五体で人体を破壊する技術を求め、極めていった『エレミア』という一族の末裔らしい。
現代のエレミアであるジークもまた、クロと同じ記憶継承者だが個人の記憶ではなく先祖から続く『エレミア』の戦闘経験を受け継いでいる。最低でも500年分の戦闘に関する記憶と経験を。
数字だけ見ればそれより古い時代を生きていた偉人もいるんだからそこまで驚くことでもない、とか思いそうだがそれはバカだ。コイツの場合は
「――聞いてるんかサッちゃん? 聞いてないならちゅーするよ?」
しかし悲しきかな、哀れむべきかな。現代のエレミアが同性に発情する変態だと知ったらエレミアの先祖たちは間違いなく嘆くだろう。
とりあえず唇を奪われたくはないので「聞いてるからやめろ」と脳天にチョップを入れ、人目を気にすることなく紫煙を吐き出す。
「で、用件は」
「いたた……単刀直入に言うわ。なんで今年は出場してへんの?」
拗ねるようにムッとした顔のジークに言われた通り、アタシは今年のインターミドルには出場していない。――いや、正確にはそうする必要がなくなったというべきか。
昔は全力の自分と対等に渡り合える奴を探していた。インターミドルに出場したのはその一環でしかなく、ついでに言えば娯楽のためだ。
タバコを右手に持ち、空いている左手でジークのジャンクフードを勝手に食べる。元々アタシのお金で買ったもんだから大丈夫だろ。
「ん、ちょっと」
「……番長から聞いた通りやな」
ジークは呆れたようにため息をつくと、手元のジャンクフードを貪るように食べていく。誰も取らねえからそんなに急ぐなよ。
まあアタシの口からバカ正直に言わなくても、コイツらはとっくに気づいているはずだ。アタシが出場しなかった理由に。
会場内でワイワイとはしゃいでいるオッドアイのクソガキ――高町ヴィヴィオとハイディ、ついでにその他五人へ目をやり、もう見るものはないと判断して帰ろうとしたときだった。
「――見ーつけた」
「んあっ」
いきなり第三者が現れ、ジークが顔を隠すために被っていたフードを捲ったのだ。それによりどうやって収納されていたのかわからない黒のロングツインテールが曝け出され、美少女といえる整った顔も露わになってしまう。
帰るために立ち上がっていたアタシは腰を下ろし、じゃれ合う感じでジャンクフードを奪い合うジークと第三者――ヴィクトーリア・ダールグリュンを一瞥して会場を見つめる。
ここは第一会場。今ごろ第二会場ではクロが選考会に参加していることはずだ。アイツは魔女だから精神攻撃のイメージが強いけど物理的な技も使えるから大丈夫だろ。
昔馴染みのジークとじゃれ終わったのか、ヴィクターはアタシの左側に座っているジークの隣ではなく、空いているアタシの右側へ腰を下ろした。わりと真剣な顔で。
「久しぶりね、サツキ」
「…………ああ」
右手のタバコを一口吸い、これまた何か言いたそうな顔をしているヴィクターに視線だけを向ける。顔は会場の方を向いたままだ。
「一応聞くけど、なぜ今年は出場していないのかしら?」
「ん、ちょっと」
「…………そう」
ジークのときと同じ返答をしたというのに、少し考え込むと納得したように微笑むヴィクター。まるで予想通りと言わんばかりの反応だな。
今度こそ帰ろうと立ち上がった――のに、遠くからこちらへ歩いてくる赤髪の少女とその取り巻き三人組を見て硬直してしまう。
彼女はヴィクターに視線を向けると立ち止まり、どこか意外そうな顔になった。何なの一体。なんでどいつもコイツもこっちに来るんだよ。
「ポンコツ不良娘……なぜあなたがここに?」
「誰かと思えばヘンテコお嬢様じゃ――」
「誰がポンコツ不良娘だと!?」
「どうしてサツキが反応するのよっ!?」
「おめーに言ったわけじゃねーから落ち着け!」
吸っていたタバコを乱暴に投げ捨て、人のことをポンコツ不良娘と罵倒したヘンテコヴィクターにガチの殺意を向ける。
さすがにムカついたぜ。不良娘であることは否定しねえがな、誰がポンコツだ誰が。アタシはお前らほどポンコツじゃねえんだよ。
赤髪の少女――ハリー・トライベッカとヴィクターは気を取り直すと、まるで息をするかのように火花を散らし始めた。
「こちとらサツキが暴力沙汰を起こして停学になってたから、お前の事なんざ見落としてたわ」
「あらあら、それは大変でしたわね」
「なんでツッコまねーんだよ……!」
むしろツッコんでくれると思っていたお前に驚きだわ。自分で言うのも何だが、日常茶飯事となっていることにツッコむのは野暮でしかない。
「今年はさっさと負けてくださる? あなたと戦うのはこの上なく面倒なので」
「言ってくれるじゃねーか。ならお前が先に敗退するんだなぁ?」
「その台詞、伸しつけて返しますわ!」
「上等だてめー!」
どうやら罵り合いでも冷静でいられるヴィクターの方が優勢……というわけでもなく、落ち着いているように見えるヴィクターの額にはうっすらと青筋が浮かんでいた。
やっぱりこういう光景を見てると虚しく感じてしまう。コイツらなりに一生懸命生きて、コイツらなりに青春しているんだな。
ハリーの取り巻き三人組は苦笑いしながら二人のやり取りを見つめ、フードを被り直したジークはそっと二人の間に割り込んでいく。
ジークが二人を止めようと名前を呟いた際、どういうわけかアタシの名前まで呟いていた。アタシは何もしてねえだろうが――
「――はァ?」
ガキンという音が聞こえたかと思えば、ヴィクターとハリー、そしてなぜかアタシまで捕獲魔法のチェーンバインドに身柄を拘束されていた。
周りの『何してるんだコイツら』的な視線を意に介さず、ヴィクターの背後に立っている幼児体型のえいえいメガネ――チビデコのエルス・タスミンを睨みつける。
ちなみに元凶であるハリーとヴィクターはようやく今の状況が把握できたらしく、まるで時が止まったかのように罵り合いが止んだ。
「まったく……都市本戦常連の上位選手がリング外で喧嘩など言語道断ですよ!」
何の罪もないアタシにバインドを掛けたテメエの方がよっぽど言語道断だコノヤロー。どっかのボールキャラみたく一頭身にしたろか。
「インターミドルがサツキ選手のような子たちばかりの大会だなんて思われたらどうします!」
「テメエブチ殺すぞ」
このクソデコ的には『ガラの悪い子たち』と言いたいのだろうが、アタシからすればケンカを売られているようなもんだ。
アタシがイライラしているうちにフードを取ったジークがタスミンにリング外での魔法使用にツッコんだ瞬間、彼女の一言で状況が動いた。
「ああっ、チャンピオン!」
『え? チャンピオン?』
『どこどこ?』
チャンピオン――まあジークのことだ。そのジークが会場内にいると聞いて、選考会に励んでいたルーキー共の視線がこちらに向けられる。
当然と言えば当然か。インターミドルのてっぺんに立ったことがあり、試合じゃ負けたことのない生粋のエリートファイター。そんなスゲえ奴を生で見られるんだ。騒ぐのも無理はない。
会場へ視線を向けると、例のオッドアイコンビもこっちを凝視していた。特に碧銀のオッドアイことハイディは予選で対戦することが決まっているのか、ジークに釘付けだ。
……今度こそ退散した方が良さそうだ。ジークに向けられていた視線が、バインドされているアタシやハリーたちにも向けられ始めた。
今この場にはチャンピオンのジークだけではなく、去年のミッドチルダ都市本戦2・3・5・8位の上位選手も居合わせている。順番的には上からアタシ、ヴィクター、ハリー、タスミンだ。
「なんかこのままだと騒ぎになりそうだし、この辺で大人しく退散すっか」
「嘘っ!?」
「まったく、あなたと会うといつもグダグダになるわね」
「そ、そんな簡単に!?」
さすがに目立ちすぎたと判断したらしく、タスミンに掛けられたバインドをあっさりと引きちぎるハリーとヴィクター。
だがな……アタシにはやることができた。こちとらありもしない濡れ衣着せられているのにタダで帰るわけねえだろうが。
「今度こそ帰らせてもらうぞ」
「この人に至っては埃をはたくように魔法なしで!?」
とりあえず両腕に掛けられたチェーンバインドを埃のように払い除け、たじろぐタスミンの小さな頭を右手で鷲掴みにする。
今からアタシが何をしようとしているのかを悟ったのか、ハリーは合掌し、ヴィクターは目を逸らし、ジークに至っては知らんぷりし始めた。
「あ、あの――」
「ふんがっ」
「ごあっ!?」
彼女が何か言う前に頭突きをお見舞いし、気絶したタスミンを置いて真っ先に会場を後にする。そろそろクロも選考会を終えているはずだし、飯でも食いに行くか。
《今回のNG》TAKE 30
「――聞いてるんかサッちゃん? 聞いてないなら(自主規制)するあだぁあああああっ!!」
「ふざけろタコぉ!!」
しかし悲しきかな、哀れむべきかな。現代のエレミアが同性に発情する変態だと知ったらエレミアの先祖たちは間違いなく――
「さ、サッちゃん待って! とと、とりあえずアイアンクローをやめいだだだだだっ!!」
――嘆くだろう。