死戦女神は退屈しない   作:勇忌煉

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第31話「どっちもバカ」

「なっ……」

 

 最強のヤンキー緒方サツキとの戦いの最中、使い魔のプチデビルズと悪魔合身(デビルユナイト)し、姿態編成(シェイプシフト)して成長した姿になっているファビア・クロゼルグは驚き、戦慄していた。

 箒型のデバイス『ヘルゲイザー』に跨って飛んでいる彼女の視線の先には、サツキが息を切らしながら立っている。頭と左手から血を流すその姿は見ていて非常に痛々しい。

 サツキはファビアが掛けた重力発生魔法、それも最高レベルのものを自力で消し飛ばしたのだ。しかもさっきまで怒りにしか満ちていなかった顔に、いつものサツキがよく浮かべる好戦的な笑みが戻っている。

 もしもサツキの暴走が止まっているとすれば、ファビアは目的を達成したことになる。戦いが終われば全て解決するかもしれない。

 

「黒炎――!」

 

 だが、それはもしもの話。そう簡単に暴走が止まるとは思っていないし、仮に暴走が止まっていたとしてもファビア自身がこの戦いから生還しなければならない。

 周囲に無数の黒い火球の弾幕を展開し、それを一斉に撃ち出す。ただの弾幕ではない。黒い火炎を弾丸にした燃焼系の弾幕である。

 疲労で回避がままならないこともあり、迫り来る火炎弾を一つずつ四方八方へと弾いていくサツキ。弾く度に顔をしかめる辺り、熱によるダメージは受けているようだ。

 当然というべきかファビアはその隙を見逃さず、間髪入れずに巨大化させた蝙蝠型の使い魔に指示を出してサツキを圧し潰そうと試みる。

 

「ナメ、んなァ……!」

 

 一度は使い魔の巨体を受け止めるもそのまま圧し潰されそうになったサツキだが、しっかりと両脚で踏ん張ってから使い魔を真上に軽く放り投げ、握り込んだ右の拳ですぐに落ちてきた使い魔を遥か上空へと殴り飛ばす。

 

「対象、サツキ・オガタ!」

『真名認識・水晶体認証終了――吸収(イタダキマス)

 

 が、そうなることを予想していたファビアがその場で殴り飛ばされた使い魔に命令を出すと、一分も経たないうちに使い魔が大きな口を開けて落下してきた。

 さすがに二度も殴り飛ばすのは効率が悪いと判断したのかサツキは抵抗もせず、なす術もなく使い魔に飲み込まれてしまう。

 

 ファビアの使う魔法の一つであり、古き魔女の捕獲魔法。

 対象の名前を呼び視線を合わせ、巨大化した蝙蝠型の使い魔に対象を飲み込ませて無力化させる。今となっては時代に取り残されたと言われるほど古典的な技であるため、飲み込まれる前に素早く動けば回避は可能だが、今のサツキにはそれをこなすほどの体力が残っていなかったのだ。

 

「ギタ――!?」

 

 サツキを飲み込んだ使い魔は少しの間、口をモグモグと動かしていたが突然身体の中から後ろ、右、左へと凄まじい衝撃を食らい、人間でいう泡を吹くような感じで苦しみ出す。

 ファビアも何事だと焦る中、再び後ろへ引っ張られる使い魔を見てその体内で何かが暴れているのだと確信した。

 ――直後。

 

「アハハハハハハハ!!」

 

 使い魔の巨体がガラスのように四散し、飲み込まれたはずのサツキが狂気じみた笑い声を上げながら姿を現した。体内で暴れてダメージを与え、内側から身体を破壊したのは確実である。

 しかし、ファビアはある一点に疑問を抱いていた。本来ならサツキは飲み込まれてすぐに小瓶へ閉じ込められているはず。どうやって私の捕獲魔法から脱出したの?

 巨体を四散された使い魔は元のサイズに戻るも生きており、内からダメージを受けたせいで苦しそうにファビアの元へ舞い戻っていく。

 まるで精神的に壊れたかの如く大きな声で笑うサツキを目の当たりにして恐怖を覚えるファビアだが、同時にある確証を得ていた。

 

 サツキの暴走が止まっている。

 

 その笑い声からは怒りだけでなく、子供のような無邪気さも感じられる。ついさっきまで清々しいほどに怒り一辺倒だったサツキが、怒りながらも自分の道を貫くために拳を振るう――ファビアがよく知るサツキに戻っていたのだ。

 思わず変な声を出しそうになったファビアだが、すぐに咳払いをしてごまかす。当初の目的こそ達成したものの、戦いがまだ終わっていない。

 

「■■■■■■――()()()()()()()()

 

 サツキ相手に長期戦は不利だと知っているファビアは、一気に決着をつけようと今じゃすっかり忘れられつつあるベルカの言語を早口で唱え、重力発生魔法を最大出力で発動させた。

 今にも倒れそうな感じでふらつき、息が荒れているサツキの周囲にとてつもない重圧が掛けられ、彼女の足下が陥没していく。

 にも関わらず、サツキは四つん這いになることなく両脚だけで踏ん張っていた。彼女に同じ技は二度も効かないということだろう。

 その間に地面へ降り立ち、箒型デバイスの鋭い穂先をサツキの額に向けるファビア。己の額には尋常でない量の汗が滲み出ており、右頬の痣は成長した姿になった今でも目立っている。

 

「――箒星!」

 

 ファビアがそう叫ぶと、エンジンでも掛けられたかのように箒が加速し始め、必死に踏ん張って重圧に耐えているサツキの額へ突き刺さらんと向かっていく。

 しかしこのままでは撃ち出された箒が重力発生魔法による重圧で減速・無力化されるため、範囲内に到達したところで魔法を解除する。

 

 皮肉なことに、それが仇となった。

 

 

 

「■■■■■■■――ッ!!」

 

 

 

 魔法が解除された一瞬をつき、額に迫る箒を弾くと天に向かって獣の如き咆哮を上げるサツキ。

 耳を塞いでいるファビアの鼓膜を破らんとするほどの大音量が響き渡り、決戦の地である平原地帯を振動させていく。

 

「っ……!」

 

 ファビアは本能的に命の危機を感じて使い魔に回収してもらった箒に跨り、サツキから逃れるように飛び上がって火炎の弾幕を展開する。

 それを視認したサツキは音の嵐を終わらせた途端に地面を蹴って四足獣のように跳び上がり、上空のファビアにあっさりと肉薄してしまう。

 殴られると悟ったのか、痛みと衝撃に備えて目を瞑るファビア。だが、拳を構えるサツキの口からあり得ない一言が告げられた。

 

 

「――ありがとな」

 

 

 信じられない言葉を耳にしたファビアは思わず目を見開くも、視界に飛び込んできたのは血で汚れたサツキの左拳だった。

 正確無比に放たれた拳はファビアの右頬に容赦なく突き刺さり、そのまま腕を振り切って彼女の身体を地面に叩きつける。

 そして拳をブチ込んだサツキも後を追う形で吸い込まれるように落下していき、先に叩きつけられたファビアのすぐそばへドスンと落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いってぇ……」

 

 やっとクロを倒すも力尽きてしまい、死んでもおかしくない高さから落下したアタシの視界には、多少の雲と青空が映っていた。

 もう怒りはほとんど湧いてこない。どうやらクロとやり合っているうちに落ち着いたようだ。何というか、すっきりしたよ。

 とりあえず仰向けに倒れたまま右手を動かし、アタシより先に落下して仰向けになっているクロの頬を手の甲でペチペチと叩く。

 反応がなかったらどうしようかと思っていたが、お返しと言わんばかりにアタシの額を叩く小さな手を目にしてホッとする。

 

「おいクロぉ」

「……目が覚めた気分はどう?」

「わかんね」

 

 目が覚めたつっても精神的に落ち着いただけだし、気を失っていたわけでもない。まあ強いて言うなら、爽快感があるな。

 クロは魔力が切れたのか二十代の姿から幼女に戻っており、彼女と融合していたプチデビルズは目を回してダウンしている。

 今思い返すとコイツの成長した姿、結構迫力あったぞ。控えめに言っても、あれが本来の姿だと言われても違和感がないほどには。

 アタシの返答が気に入らなかったのか、軽く髪を引っ張り始めるクロ。彼女なりの些細な抵抗ってやつかもしれない。

 

「髪引っ張んなバカ」

「……ちゃんと質問に答えてよバカ」

「黙れバカ」

「……バカバカうるさいよバカ」

「うっせバーカ」

「……バーカ」

「バーカ」

「……バーカ」

 

 しばらくバカの応酬が続いたものの、最終的にクロが吹き出すように笑い出したことで幕を閉じた。なんか嬉しそうだな、お前。

 かく言うアタシもそれに釣られて笑ってしまい、ちょっと新鮮な気分になる。今までこんな風に笑ったことは一度もねえからな。

 バカの応酬同様、しばらく笑い合っていたがキリのいいところで笑うのをやめ、アタシの髪をグイグイと未だに引っ張っているクロの手を退かす。マジで小さいなコイツの手。

 

「あー、クロ」

「……何?」

「なんつーか……ほら、あれだよ」

「あれ……?」

 

 途中で言葉が詰まってしまい、なかなか言い出せない。たった一言なのに言い出せない。そもそもこういうの得意じゃねえんだよなぁ……。

 それでもコイツには言わなきゃならないので、途中で詰まった言葉をさらっと口に出す。

 

「――悪かったな」

「えっ」

 

 アタシが腹をくくってそう告げると、クロはまるで信じられないことを聞いたと言わんばかりに立ち上がる。そんなに驚くことかよ。

 てか無茶しやがってこのガキ、まるで生まれたての小鹿みてえに震えてんぞ。

 とまあ立っているのはキツかったらしく、一分も経たないうちに膝をついたクロ。後ろから支えてくれるプチデビルズもいないし当然か。

 

「さ、サツキ」

「あァ……?」

「今なんて――」

「何でもねえよバカ」

「――バカッ」

 

 無表情な顔つきとは裏腹に慌てた感じで顔を覗き込んでくるクロを適当にあしはらい、右手で彼女の額にデコピンを入れる。

 このあと再びバカの応酬が繰り広げられ、日が暮れる頃にそれは終わりを迎え、アタシとクロは立ち上がってもう一度笑い合った。

 誰かと共に笑い合う。何てことのない当たり前のことだが、アタシにとっては非常に尊いものだと改めて実感せざるを得ない。

 こんな日常がこれからも続き、アタシもその輪に入っていく。心のどこかで、少しはそう期待しているに違いない。

 

 

 

 

 

 ――それでもアタシは自分の道を進んでいく。アタシがヤンキーであり続けるために。

 

 

 

 

 


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