死戦女神は退屈しない   作:勇忌煉

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第30話「最強vs魔女」

「……っ!」

 

 両脚に力を入れてスタートダッシュをかまし、箒型のデバイス『ヘルゲイザー』に跨って飛び上がろうとしているクロの顔面目掛けてローリングソバットを繰り出す。

 クロは驚きながらも咄嗟に右足で地面を蹴ってアタシの予想よりも早く飛び上がり、直撃寸前で回避することに成功した。

 だがいきなり飛び上がったせいで感覚が狂ったのか、真上に飛んだかと思えば空中で慣れない箒を扱っているように姿勢が安定しないクロ。

 そんな格好の的と化した魔女を見逃すわけがない。すかさず体勢を整えるクロに向かって右手を突き出し、そこから赤と紫が混ざった非常に禍々しい色の衝撃波を放つ。

 

「なっ……!?」

 

 的にされたクロは再び驚愕の顔になり、横へスライドして衝撃波をかわす。安定したのか縦横無尽に動き回るその姿を目で追いつつ、右手から衝撃波を連続で撃ち出していく。

 続いてクロが正面に来たところで四足獣のように跳ね上がり、空中にいるクロに肉薄すると同時に組んだ両手を脳天へ振り下ろす。

 さすがに避けられないと判断したのか、使い魔の一体を盾にするも殴打の威力を殺しきれず、使い魔共々地面へ叩きつけられた。

 その衝撃で砂埃が舞い、クロの姿が見えなくなる。そこで右腕に力を込めて横へ振るい、彼女が動く前に邪魔な砂煙を風圧で一掃する。

 

「え……」

「もう終わりかよ?」

 

 身体が震えているクロを見て、腹の底から怒りが湧いてくる。つまらなすぎて腹が立つ。この程度の奴ならさっさとブチのめすに限るな。

 握り込んだ拳を振り上げた瞬間、背後から複数の不気味な笑い声とジジジという音が聞こえてきた。この気配はクロの使い魔か――!

 

『ゲゲゲゲーッ!』

 

 クロを視野に入れつつ振り返ると、無数の使い魔――槍を持ったプチデビ三号が全員片手に爆弾を持ちながら浮遊していた。

 えーっと一、二、三、四……何体いるんだこれ。数が多すぎて壁みたいになってんぞ。あと笑い声がめちゃくちゃうるさい。

 急いでクロから距離を取り、大量の爆弾が同時に投げられたことで起きた大爆発に巻き込まれるのをギリギリ免れ、至近距離で響き渡る轟音に思わず耳を塞ぐ。

 音が止んだところですぐさま視線を爆煙に向けると、そこから生還するようにクロと使い魔が現れた。あの野郎、防御魔法を使ったか。

 

「魔女には、魔女のやり方がある……」

「誰も卑怯とは言ってねえぞ」

 

 確かに数は多いが対人戦という意味では一対一だし、使い魔に関しては主であるクロを叩きのめせば問題ない。それにこういうのは慣れっこだ。

 試しにつま先で地面をちょこんと蹴ってテニスボール並みの破片を生成し、クロの額目掛けて蹴り飛ばす。破片は高速でクロに迫るが、これも使い魔の一体が身体を張って止めやがった。

 しかし今の牽制を見て焦ったのか、使い魔を防壁の如く配置して守りを固めるクロ。奴らをまとめて吹き飛ばそうと右手を――

 

失せよ光明(ブラックカーテン)……!」

 

 ――突き出した瞬間、辺り一面が真っ暗になった。目くらましってやつか。にしてはクロの姿がどこにもないし、背景が丸々変わっているが。

 

「ギタギタギタ~!」

「あァ?」

 

 妙に大きな鳴き声が聞こえたので前を向くと、蝙蝠みたいな外見のプチデビ一号の巨大化した姿が目に入った。でかすぎて顔しか見えねえぞ。

 巨大化した一号が大きく口を開けてアタシを飲み込むと、再び辺り一面の背景が変わる。今度は一号の体内みたいだな。

 足下がいつの間にか水――というか唾液っぽいものに浸かっている。感触はあるがちょっとおかしい。やっぱこれ幻覚だわ。さっきの目くらましと上手く併用しているのか。

 足下から大量の手が出てくるというホラーな光景をよそに目でクロの位置を把握しようとするも、幻覚が邪魔で何にも見えない。

 

「さすがにまだ無理か……」

 

 苦笑いしながらそう呟き、今度は目に頼らず視覚以外の感覚でクロの位置を探っていく。その間にも足下の手は、アタシを引きずり込むような感じで掴んでくるけど単純にウゼえ。

 徐々に苛立ちが増していき、いっそのこと獣みたいに雄叫びでも上げて何もかも蹴散らしてやろうと思ったときだった。

 

「――見っけ」

 

 改めて正面に感覚を向けた瞬間、十メートルほど先に嗅ぎ覚えのある臭いと猫のような気配を感じた。表現はともかく、クロで間違いないな。

 とりあえず何もないのに人の気配がするところをぶん殴るべく駆け出し、地面が陥没する音を耳にしながら握り込んだ左の拳を振るう。

 その途中、何か柔らかいものが全身に当たり、変な鳴き声も聞こえたが意に介さない。鳴き声と感触を考えるとさっき防壁と化したプチデビルズだろう。視界を眩ませ、幻覚を見せるだけか。

 

「が……!?」

「おっ」

 

 振るった拳が何か――人の顔らしきものを捉え、それを振りきると捉えた何かがバウンドしながら吹っ飛ぶ音が耳に入る。

 同時に真っ暗闇だった背景が元に戻り、アタシの周りには拳圧で蹴散らされたであろうプチデビルズと、数メートル先には踞っているクロの姿があった。やはり殴ったのはクロの顔だったか。

 蹴散らされたプチデビルズは浮いたまま動かなくなり、クロも小刻みに震えてはいるがそれ以上は動かない。もう、終わりかよ……?

 増していた苛立ちが烈火のごとく全身を駆け巡り、それが雄叫びや拳に乗せて出そうになるのを必死に堪える。何が止めるだクソヤロー。

 

「ぐぅ……」

 

 苛立ちをごまかそうと右手で頭を掻いていると、クロが最後の力を振り絞るように立ち上がっていた。まだ立てるのかよ、アイツ。

 骨にヒビでも入ったのか右頬には痣ができており、倒れないよう三体のプチデビルズに後ろから支えてもらっている。そういや数が減ったな。

 再び箒型の――もう箒でいいや。箒に乗って飛び上がり、自分の周囲に生成した弾幕陣を一斉に撃ち出してきた。ジークの弾幕を思い出すぜ。

 撃ち出された弾幕を一つずつ弾いていくも、背後から轟音と共に発生した爆風に巻き込まれて身体が宙を舞い、体勢を整えるよりも早く地面に叩きつけられてしまった。

 

「っ……痛えなテメエコノヤロー」

 

 頭に亀裂でも入ったかのような激痛が走り、糸を引いたように流れ出る血が視界に入り込んでくる。頭部から叩きつけられたせいか、塞ぎかかっていた頭の傷が開いたようだ。

 頭の痛みに耐えつつ、追撃を警戒しながらのっそりと立ち上がる。止まってくれねえかな、この出血。視野が狭くなったんだけど。

 今の爆発はおそらく三号が持っていた爆弾によるものだろう。どうやってアタシの後ろを取ったのかは知らんが、大したもんだわ。

 

「怪我は治ったはずじゃ――撃って!」

 

 アタシが頭から血を流しているのを見て動揺するも割り切るように首を横へ振り、一号みたいに巨大化した三号に大声で命令を出すクロ。

 命令を出された三号はどでかい槍の穂先をアタシに向けるや否や、間髪入れずにそれを投擲してきた。音速には及ばんが、速い。

 かわしてもさっきみたく吹き飛ばされる気がしたので左の拳を溜めるように構え、ゴオッと音を立てながら迫る穂先目掛けて一気に突き出す。

 身体を捻るように打った拳が綺麗に槍の穂先へ命中した瞬間、穂先から柄に掛けてヒビが入っていき、破裂するように槍は粉々になった。

 

「ゲェ――ッ!?」

 

 さらに拳を打ち出した際に発生した凄まじい拳圧が三号のクソでかい図体を吹き飛ばし、放物線を描いて地面に叩きつける。

 突き出した左拳からは血がポタポタと地面に落ちていき、帯のように腕を伝っていく。でかい刃物を殴ったらこうなるのか。

 頭と左手の出血を意に介さず、傷口から脳に伝わってくる痛みを表情に出すことなく堪える。殴り合ったときとはまた別物だな。

 吹っ飛んだ三号は元のサイズに戻ると縞模様の二号と共にクロの懐へ飛び込み、一号は再度でかくなると大きな口を開けて彼女をばっくんと丸呑みにしてしまう。

 一箇所に集まった標的をまとめて吹き飛ばすために衝撃波を放とうと右手を突き出すが、ほぼ同時に一号の身体がガラスのように弾けて消滅し、一人の女性が姿を現した。

 

「魔女の誇りを傷つけた者は――未来永劫呪われよ」

 

 両端がドリルのようになっている金髪、露出が増した魔女の黒い服、膨らんだ胸と長身。アタシは以前、彼女と同じ姿の女性に肩を貸してもらったことがある。

 というか、その女性と同一人物だ。つまり変身魔法で二十代の女性になったクロである。どうやらプチデビルズと融合したらしく、背中には一号か三号のものと思われる小さな翼が生えている。何に使うんだあれ。

 

()()()()()()()()

「っ……!?」

 

 クロが詠唱らしき言葉を呟いた瞬間、いきなり重圧であろう物凄い力に上から圧し潰されそうになるも、重力に逆らって必死に踏ん張る。

 重力発生魔法。ミッドやベルカの魔法にはない、ていうかそれらとは随分違う珍しい魔法。こんな形でお目に掛かれるとはね。

 っと、感心してる場合じゃねえ。こうしてるうちにもアタシの身体は圧し潰されていくんだ。どうにかして脱出しなければ……!

 歯を食いしばって一歩一歩前に進んでいき、魔法が掛けられている範囲からの脱出を試みる。両脚で常に踏ん張っている以上、ここから跳び上がるのはちと厳しいからな。

 

「――■■■■■■!」

「が、あぁっ……!?」

 

 こちらの意図に気づいたのかクロが慌ててベルカの言語を唱えると、アタシに掛けられていた重圧が倍増し、その場から動くことすらできなくなってしまう。

 ヤベェ、ヤベェぞこりゃ。ただ圧し潰されているだけじゃない。頭の怪我にも響いてやがる。意識が翔ぶどころじゃねえぞ。

 膝はつくまいと四つん這いになってとにかく踏ん張るが、数分も経たないうちに四肢がガクガクと震え始めた。だらしねえなおい……!

 何かしようにも全く動けない。少しずつ呼吸もままならない状態となり、いよいよ視界が薄れてきたときだった。

 

「……?」

 

 突然赤紫の禍々しい光――魔力が全身を駆け巡っていき、両手からは同じ色の稲妻が発生し始めたのだ。ちなみに変換資質は持っていない。

 魔力の暴発とも言える光景を見たクロがなんだと言わんばかりに首を傾げた瞬間、全身から魔力が衝撃波のように放出され、アタシに掛かっていた重圧が消し飛ばされた。

 

 

 ――(ぜん)(てい)(ほう)(しゃ)

 

 

 古代ベルカ式魔法の稀少技能にして、アタシの固有スキル。練度に関係なく任意での使用は不可能なため、使い勝手こそ非常に悪いがこいつには二度も助けられている。

 一度目は一昨年の都市本戦決勝でジークと戦ったとき、二度目はノーヴェとのタイマンだ。発動はいずれもピンチに陥ったときだった。

 そして今回も、アタシはピンチに陥っていた。おそらくこれはそういうシチュエーションでしか効果を発揮しない技能に違いない。

 しかも都合よく必ず発動してくれるわけじゃねえ。これに関しては今までの戦いを振り返れば火を見るよりも明らかだ。

 

「な……」

 

 重力発生魔法が消し飛ばされたことに唖然としているクロだが、重圧で体力を持っていかれたアタシには余裕がない。

 だというのに、怒り以上に面白いという感情がアタシの中で湧き上がっていた。本能的に好戦的な笑みを浮かべてしまうほどのレベルで。

 

「――やるじゃねえか魔女」

 

 もう二度目はねえぞ。

 

 

 

 


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