死戦女神は退屈しない   作:勇忌煉

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第26話「じゃあね」

「んのやろ……っ!」

 

 雨が止んで太陽の光が差し込む中、アタシは前方宙返りからの浴びせ蹴りを入れ、顔面を押さえて後退するメルファの懐へ膝蹴りをブチ込んだ。

 が、二、三歩下がったところで踏ん張ったメルファに前蹴りを二発連続で腹部へ叩き込まれてしまい、フィニッシュと言わんばかりに裏拳を右の頬に打ち込まれた。

 ガクッと倒れそうになるも両手を膝の上に置いて堪え、乱れた息を整えてから握り込んだ左の拳で彼女を殴りつけ、右手で髪を掴むと同時にもう一度左拳で殴り飛ばす。

 またも踏ん張るメルファだが、その際に足を滑らせ転倒した。まあ無理もない。雨が止んでも地面はぐちゃぐちゃのままだからな。

 

「オラ立てチンピラ番――!?」

 

 仰向けに倒れたメルファに喝を入れる感じで叫び声を上げるも狙っていたのか足払いを掛けられ、後頭部から派手に転倒してしまう。

 さすがにいってぇなコノヤロー……せっかく視界がクリアになってきたっつうのにまたぼやけたらどうしてくれるんだよ……!

 ダメージでおもりを付けているかのように重く感じる身体をゆっくりと起こし、振りかぶった右拳で立ち上がったメルファの顔面を殴りつける。

 いつ倒れてもおかしくないほど身体を震わせ、痛々しい姿で血反吐を吐くメルファ。ああ、痛々しいのは一応アタシもか。

 

「ナメんじゃ、ないわよっ!」

 

 メルファはふらつきを押さえると全身をオーラのような魔力光で包み込み、左のアッパーをアタシの下顎へ打ち込んでアタシが仰け反った瞬間に豪快な空中蹴りを繰り出し、腰の骨を折る勢いで地面に叩きつけてきた。

 腰辺りから骨の軋む音がはっきりと聞こえて意識が翔びそうになるも気合いで持ちこたえ、突進の要領で頭突きをかましながら立ち上がって左のハイキックを放つ。

 もうガードする力も残っていないのか、これらの攻撃をモロに食らって顔をしかめるメルファ。その隙に前蹴りを入れ、屈んだところで膝蹴りを叩き込む。

 顔を押さえながらも踏ん張り、さっきよりも大雑把に右拳を振るってきたがアタシはそれを左手で受け流し、ほとんど時を置かずに空いていた右の拳を腹部へブチ込んだ。確かベルカ古流術で『一拍子』って言うんだっけか、これ。

 

「ぐぅ……っ!?」

 

 息が詰まって苦しそうに唸るメルファにミドルキックをぶつけ、脳天から倒れたところを右手で強引に起こし、溜めに溜めておいた左の拳をひたすら叩き込んでいく。

 鼻血を出そうと、大量の血を口から吐こうと、全身を包んでいた魔力光が消えようと殴り続け、苦し紛れに腹部を蹴り上げてきたところで連打を中止、ラリアット気味に放った左の拳打で思いっきり殴り飛ばす。

 この拳打を食らったメルファは踏ん張ろうとしたが三メートルほど後ろへ引きずられ、途中で尻餅をつくように後頭部から転倒した。

 首を横に何度か振り、痰を吐き捨てぎこちない動きで彼女の元へ歩み寄っていく。今度こそ終わらせてやるよ、狂犬番長。

 

「ウラァ……!」

「この……!」

 

 互いに胸ぐらを乱暴に掴み合い、己の額を何度もぶつけ合う。ぶつける度に鈍い音が頭に響き、その衝撃で視界が揺れる。

 六回ほどぶつけ合ったところでどうにか押し勝ったアタシは、密着状態になっていたメルファを無理やり突き飛ばし、右拳を打ち込む。

 すると体勢を崩すも片足だけで持ちこたえ、アタシの顔面を右拳でシンプルに殴りつけてきた。アタシもそれに耐えてから再度右拳でぶん殴り、堪えたメルファも右拳で殴ってくる。こんな調子で今度は右だけを使う殴り合いとなった。

 ただの殴り合いなので顔の痛みに耐えながら拮抗していたが、メルファの拳が当たる前に彼女の身体をクロスカウンターで押し退け、

 

「――■■■■■■■■ッ!!」

 

 獣の如き咆哮を上げながら地面を蹴って跳び上がり、渾身の頭突きを食らわせた。しかしその反動で頭部を負傷してしまい、血がドクドクと流れ出していく。

 この一撃を受けたメルファの身体は銃で撃たれたかのように崩れ落ち、力なく倒れ込んだ。

 チッ、予想以上に手こずらせやがって……頼むからもうどこぞのサイバネティック生命体の如く起き上がるのは勘弁しろよ全く。

 やっと終わったということを実感しながら棒立ちのまま天を仰いでいると、メルファの実の妹であるシルビアが彼女の元へ駆けつけた。

 

「し、シルビア……」

「メルちゃん……」

 

 メルファが無事だったことに安堵の息をつき、彼女の上半身を必死に起こすシルビア。

 その光景を見て少しだけ羨望感を抱き、目を細める。アタシも、この二人のように生きていたら今とは違う明日を迎えていたのかもしれない。

 

「ねえ……名前……」

 

 荒れた息を整えながら校門前で佇んでいるクロに視線を向けていると、ふと何かを思い出したらしいメルファが話しかけてきた。

 名前……ああ、そういやコイツにも教えてなかったっけ。今まではイチイチ名乗るのがめんどいから言わなかったりスルーしたりしてたけど、今回はそうもいかねえよな。

 喋る気力がほとんど残っていないアタシはフルネームで名乗ることを諦め、下の名前だけ言っておこうと振り向いて口を開いた。

 

「……サツキ」

「サツキ……じゃあね」

「…………おう」

 

 血だらけの顔で微笑むメルファと軽く頭を下げるシルビアから再び校門前のクロへ視線を向け、おぼつかない足取りで歩き出す。

 途中で身体が大きくよろめくも歯を食いしばって踏ん張り、再び足を進めてアタシを出迎えるように立っているクロの真横へたどり着いた。

 そこで全く表情を変えないクロと少しの間だけアイコンタクトをかわし、崩れるような危なげな足取りで学校から立ち去っていく。

 今回ブチのめしたヤンキー、メルファ。アイツはアタシと同じであって違う存在。だからこそ、アタシはもう一度考えてしまう。

 

 

 

 

 ――アイツみたいに生きれたら、アタシの明日はどうなっていたのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何にもねえな」

 

 翌日の早朝。アタシは一人で田舎町を去るべく、世話になったシルビアには何も言わずに家を出て初日に見つけたバス停に向かっている。

 居心地が悪くないとはいえ最初から居座るつもりなんてないし、ここのトップである狂犬番長はブチのめした。もうこの町には何もない。

 ちなみにクロは寝てたから置いてきた。アイツならこの町でもやっていけるだろう。多分。

 朝日が出てきている点を除けば初日に見たときと何ら変わりない景色を眺めながら歩いていき、目的のバス停に到着した。

 

「えーっと次のバスが来るまで……あと二十分か」

 

 ボロボロの時刻表を見てホッとする。間に合わなかった場合は傷の癒えない身体を引き摺るように徒歩で帰る必要があったんだよ。

 二十分とはいえ立って待つのもあれなのでがら空きのベンチに座り込み、ポケットから取り出したタバコで久々に一服する。実を言うと昨日は今まで以上に神経を張り詰めていたため、タバコは一本も吸っていないのだ。

 それを堪能しつつ昇ってくる朝日をのんびり眺めていると、すぐ近くから足音が聞こえてきた。こんな朝早くからウォーキングか?

 とりあえず誰なのかを確認しようと、足音がする方へ振り向く。せっかくなのでからかってやろうと思っていた――その姿を見るまでは。

 

「……勝手に置いていかないでよ」

 

 小柄な体格に金髪と金色の瞳、そして嫌というほど見慣れた無表情な顔つき。足音の主は魔女っ子ことファビア・クロゼルグだった。

 しかし置いていかれたことに怒っているらしく、少しだけ憤然とした面持ちになっている。別にそこまで怒らなくてもいいだろうに。

 クロはアタシの隣にどっかりと腰を下ろし、自分を置いてきた罰だと言わんばかりに左肩へ軽くグーパンチをしてきた。ちょっと痛い。

 お返しに脳天へ軽くチョップをすると、今度は左肩へ軽くツッコミを入れる感じで裏拳をかましてきた。やっぱりちょっと痛いわ。

 

「何すんだゴラ」

「それはこっちのセリフだよ」

 

 イラッときたのでクロの胸ぐらを左手で乱暴に掴み、無理やり引き寄せて軽く睨み合う。さすがにやられっぱなしは癪なのか、いつも以上に睨みを利かせるクロ。

 なんか拉致が明かなくなってきたと思いきや、タイミングよくかなり遠くから車のエンジン音が聞こえてきたので、そちらへと視線を向ける。

 クロもその音が聞こえたようで、アタシと同じ方向をじーっと見つめる。田舎には都会と比べて雑音や障害となるものがない。だから人並みのクロにも遠くの音が聞こえたのか。

 しばらく音がする方向を見つめていると、何もない道路から少しずつ現れるようにこちらへ走ってくるバスが目に映った。

 

「やっと来たか」

「……さらば田舎町」

 

 走行するバスを見ながら、この町で体験したことを振り返っていく。

 ……何だかんだで濃い一週間だったな。宿主の畑耕しを手伝い、その姉に因縁を吹っ掛けられ、終いには雨の中でソイツと殴り合った。

 うん、どう考えても濃い内容だ。たった一週間、されど一週間。タイマンもやったことだし、一応忘れないでおこう。

 このあと世話になったシルビアに感謝の置き手紙を書いてきたとクロから聞き、未練なく到着したバスに乗ってこの町を後にしたのだった。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 15

「何すんだゴラ」
「それはこっちのセリゅッ!」
「…………」
「…………」
「…………やっぱり帰るのやめる」

 そうか。



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