死戦女神は退屈しない   作:勇忌煉

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第25話「最強vs狂犬」

「…………」

 

 賽が投げられた日の翌日。降りしきる雨の中、アタシは傘を差しながらこの町唯一の学校の校門前に立っていた。

 天候が悪いのになぜわざわざこんなところに来たのか。理由は至ってシンプル。雨でぐちゃぐちゃになったグラウンドのど真ん中に立っている番長――メルファをブチのめすためだ。

 アタシがウインドブレーカーなのに対し、向こうは相当気合いが入っているらしく昔のヤンキーが着るような学ランをその身に纏っていた。雰囲気も相まってなかなか似合ってるな。

 首を動かして周りに不審物がないことを確認し、グラウンドのど真ん中まで歩いたところで立ち止まってメルファと対峙する。

 

「お前一人か」

「タイマンは一対一でやるもんでしょ?」

 

 それを聞いて素直に安心する。もしもここで群れるようなことをしようものなら、この学校ごと潰す必要があったからな。

 もう話すことは何もないし、思いつきもしない。ならやることは一つだけ。メルファも同じ考えなのかうっすらと笑みを浮かべている。

 

「さあ――やるかァ!」

 

 アタシがそう叫んだ瞬間、お互いに持っていた傘を真上に投げてほぼ同時に間合いを詰め、顔面を殴りつける――が、メルファは頬に突き刺さる拳を意に介さず放った拳を振り切った。

 殴られたアタシは数メートルほど後退してしまい、立ち止まったところへ顔面に前蹴りを食らって体勢を崩し、後頭部からぐちゃぐちゃのグラウンドに倒れ込んだ。

 頭と背中が泥水で汚れるも、イチイチ気にしてたらキリがないので何事もなかったかのように立ち上がり、右拳からのハイキックでメルファを左腕のガードごと吹っ飛ばす。

 ふらつきながらも堪えたメルファだが、そこへアタシが繰り出した延髄切りを食らい、足が滑ったように転倒した。

 

「立てゴラァ!」

 

 口内に溜まった痰を吐き捨てて喝を入れるように叫び、跳び上がって仰向けになったメルファの顔面を踏みつけようと右脚を伸ばす。

 メルファは一瞬驚くも横へ転がるように迫り来る右脚を回避し、その勢いで起き上がる。アタシは間髪入れずにミドルキックを放つも受け止められ、左の連打を右腕でガードしている隙に右膝を懐へ三発ほど叩き込まれるも右拳で彼女の顔面をぶん殴り、密着状態を解く。

 続いてメルファが繰り出した前蹴りを受け止め、頭突きを浴びせて怯ませたところで握り込んだ右拳を顔面にブチ込み、そのまま鷲掴みにして後頭部から地面に叩きつける。

 さらに顔を蹴りつけ、胸ぐらを掴み無理やり立たせて後ろ蹴りを放つが、これを耐えたメルファはアタシの胴を両腕で抱え込み、上下逆さまにして持ち上げると肩にうつ伏せでアタシを乗せ、首の付け根と腰を抱えた瞬間、後頭部から地面に落としてきた。

 

「が……!?」

 

 なす術もなく叩きつけられ、痛みで顔を歪めてしまう。まさかエメラルド・フロウジョンをモロに食らわされるとは思わなかった。

 軽い脳震盪でも起きているのか意識が混濁し、付着した泥のせいで鼻が使えない中、アタシは気配でメルファの位置を把握しつつ立ち上がる。

 体勢を整えていると、ぼやけた視界に目と鼻の先まで迫る拳が入り込んできた。ガードじゃ間に合わないため頭突きで弾き返し、メルファの動きが止まった一瞬の隙に右、左の順に殴りつけ、顔面に跳び後ろ蹴りを叩き込む。

 蹴りを受けて上体を後ろに反らすも、ギリギリ踏ん張るメルファ。彼女が反撃してくる前に沈めるべく、上体を戻したところへ左拳を二発連続で打ち込んでから地面を蹴って跳び上がり、渾身の蹴撃を浴びせた。

 

「うぐっ……!」

 

 顔をしかめて後退し、膝をつくメルファ。もちろんこの好機を逃がすわけがなく、着地すると同時にサッカーボールキックを放つ。

 メルファもこれに気づき両腕を交差して防ごうとするが間に合わず、アタシの右脚が彼女の鼻っ面をへし折る勢いで蹴り飛ばし、後頭部からグラウンドに倒れた。

 アタシはメルファが上半身を起こす前にマウントを奪うと左手で胸ぐらを掴み、握り込んだ右拳をひたすら叩き込んでいく。

 そして十発目を入れようとした瞬間に顔面を殴られ、無理やり突き飛ばされる形でマウントから抜け出されてしまった。

 

「やってくれるじゃない都会っ子……!」

 

 ふらついたところへハイキックが迫るもしゃがんでかわし、放たれた左のミドルキックを受け止めて左の連打を顔面にブチ込み、胸ぐらを掴んで強引に地面へ投げるように叩きつける。

 再びマウントを奪おうとしたが両脚で顔を挟まれ、膝を曲げて持ち上げるように身体を起こしたメルファは太ももで両側からアタシの首を固定し、拳のラッシュを脳天に打ち込んできた。

 すかさず引き剥がそうとそのままパワーボムを繰り出すも、こういうのを待っていたのかフランケンシュタイナーで返され、投げ出されるように後頭部から落とされてしまう。

 さすがのアタシもこれには無様な声を漏らしそうになり、叩きつけられた頭を押さえて転がるも流れるような動きで立ち上がる。雨でぐちゃぐちゃになったグラウンドで転がったため全身が泥だらけになってしまったが、降り続ける雨はその汚れを少しずつ落としていく。

 

「チッ……上等だコノヤロー」

 

 多少おぼつかない足取りで口元を拭うメルファへ近づき、突き出された右拳を受け止め前蹴りを入れて彼女が懐を押さえながら一、二歩下がったところで乱暴に左肩を掴み、頭突きからの左の連打を顔面に叩き込んだ。

 口から血を吐くメルファだが、それによって落ち着いたのか右のローキックをアタシの脹脛へぶつけると、お返しだと言わんばかりに右肩を掴んで溜めていたらしい右拳を打ち込んできた。

 拳が鼻っ面に突き刺さるもなんとか踏ん張り、左の拳で殴り返した直後に右拳をテンポよくブチ込まれてしまう。

 その後も右、左、右、左と譲れないほど殴り合ったが、アタシが掴んでいた左肩を離したことでこの殴り合いは終わりを告げた。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 口内に溜まった血を唾ごと吐き捨て、互いに乱れた息を整える。どれだけ殴ったか、どれだけ殴られたのか、どれだけ時間が経ったのか。

 そんなことはもうわからない。今アタシが気にしているのはたった一つ――いつになったらメルファがくたばるかだ。

 

「しぶといわねあんた……!」

「はっ……まだまだこれからだろうが」

 

 口元を三日月のように歪めて力なく棒立ちしているメルファの顔面を右の拳で殴りつけ、彼女が放った前蹴りを軽くいなして左のボディブローを叩き込む。

 息が詰まったのか腹部を押さえ、身体をくの字に曲げる。メルファが体勢を整える前に仕留めるべく両手で頭を掴み、膝蹴りを五発ほど入れてからもう一度右拳で殴り飛ばした。

 メルファの身体が宙に舞い、数メートルくらい吹っ飛んで地面に叩きつけられる。アタシは助走をつけて跳び上がり、肋骨を砕こうと曲げた両膝を鳩尾へ突き刺す。

 直撃寸前で彼女の交差した両腕に阻まれたが、威力を完全に殺しきれなかったのか顔を歪め、口元から血を流すメルファ。

 

「あ、ぐ……!」

 

 胸ぐらを掴んで仰向けに倒れていた彼女の身体を起こし、右フックを二発打ち込んで頭突きをお見舞いして投げ飛ばす。

 放物線を描くように宙を泳いだあと再び地面に叩きつけられ、メルファの身体はボールのようにゴロゴロと転がっていく。

 そして五メートルほど先で止まったかと思えば動かなくなり、同時に雨の勢いが弱まり始めた。雨もアイツも終わったってことかァ……?

 背筋を伸ばして唾を吐き、くたばったメルファに背を向けて歩き出す。校門前を見てみると、いつの間にやってきたのかシルビアとクロが傘を差しながら立っていた。

 

「…………ん?」

 

 雨の降る音に混じってピチャピチャと微かに足音のようなものが聞こえ、二人ともアタシの後ろを見て驚愕の表情を浮かべている。

 何かと思って眉をひそめ、だんだん近づいてくる足音がする方へ振り向いて――

 

「っ!?」

 

 ――飛び蹴りを繰り出すメルファを目の当たりにし、シルビアとクロみたく驚愕した隙にそれを食らって数メートル以上も引きずられてしまう。

 まだそんな力が残っていたのかアイツ……しっかりくたばったはずだろうがよ。今回はガチで油断しちまってたじゃねえかクソッタレ。

 転倒した身体を震わせながらも気合いで起き上がらせ、足を滑らせて情けなく転ばないようにふらつきを押さえる。

 メルファも体勢を整えてはいるがよろめいている。仕方がねえ、今度は徹底的にやってやんよ。弾みで逝っても知らねえぞ。

 

「このくたばりぞこないが……!」

「黙れ死にぞこない……!」

 

 アタシとメルファは間合いを詰めながら互いに毒づきあい、血が出るほど握り込んだ左の拳をほぼ同時に突き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メルちゃん……」

 

 二人のヤンキーが死闘を繰り広げる中、昔から親しかったメルファを心配そうに見つめるシルビア。彼女が実の姉だということは知らないが、それでも心配せずにはいられない。

 その隣で表情を変えることなく死闘を見ている金髪金眼の小柄な少女、ファビア・クロゼルグも内心ではサツキを心配していた。

 彼女たちの心配している人が少し先で拳をぶつけ合い、その衝撃と音がファビアとシルビアのところまで波のように響き渡る。

 人形みたいに全く表情を変えないファビアを見て少し戸惑うシルビアだが、思いきって彼女に話しかけることにした。

 

「ふぁ、ファビアちゃん」

「……はい」

 

 直立不動のまま首だけを動かし、シルビアの顔に視線を向けるファビア。眉一つ動かさないのを見て少し怖くなるも表情には出さない。

 

「この戦い、どうなると思う?」

「私は相手が誰であろうと、サツキが勝つと信じています」

「そ、そっか……」

「シルビアさんはどう思っているんですか?」

 

 迷うことなく答えたファビアに驚くと同時に微笑えむシルビア。ファビアはそれが気に入らなかったのかほんの少しだけ眉をひそめるも、すぐに悪気がないことに気づいて無表情に戻る。

 シルビアは彼女の答えを聞いて、自分はどうなんだろうと考え込む。メルファに勝ってほしいのか、負けてほしいのか。

 数分ほど考えたところでファビアからサツキとメルファがいるグラウンドへ視線を戻し、いつもの明るい表情で口を開いた。

 

「私は――勝ってほしいとは思う。でもそれ以上に、メルちゃんが無事なら勝ち負けはどうだっていいかな」

「……そうですか」

 

 シルビアの返答を聞いて一瞬呆気に取られるも、うっすらと微笑むファビア。

 さっきまで降っていた雨はすっかりと止み、雲の隙間からは太陽の光が差し込んでいた。

 

 

 

 


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