「……まさか本当にあるとは」
狂犬番長ことメルファにわけのわからない質問をされてから三日。アタシとクロはシルビアが教えてくれた自動販売機の前に立っている。
田舎町なのでさすがにスーパーはなくても、タバコやビールが売ってる自販機くらいならあると思ったのだ。今回はそれが良い方に的中した。
クロはジュースやお茶がある全年齢対象のやつで、アタシはお酒とビールオンリーの成人向けでそれぞれ目的の物を買っていく。一つだけじゃ足りねえからな。
ビールを三日分ほど買ったところで自販機を後にし、買ったうちの一つを歩きながら飲む。ビール飲むの何日ぶりだろうか。
「…………護るもの、ねぇ」
トコトコとアタシの後ろを歩くクロを見て、メルファに言われたことを思い出す。
護るもの。そんなものがあったとして何になるってんだ。アタシはただ、自分のやりたいようにやってムカつく奴をぶん殴る。
誰かに対して期待や信用といったものを寄せたりすることもない。アタシは一人でヤンキーを貫いていく。今までずっとそうしてきた。
自分より大事なものなんてない。あるわけがない。アタシが何かを大事にするとすれば、それはきっとアタシ自身だ。
何かを護るために拳を振るう。確かに一つの理由としては成り立つ。けどな、力を持つ者全員がそうだとは限らないんだよ。
飲み終えたビールの缶を握り潰し、自販機のそばに置いてあったゴミ箱へ投げ捨てる。そういや雲行きが怪しくなってきたな。
「……お見事」
投げ捨てた缶は一寸のズレもなくゴミ箱に入り、クロが称賛するように呟く。五メートルほど距離があったけど余裕だったな。今度は十メートルで挑戦してみよう。
本日四本目のタバコを吸いながら歩き続けていると、十人はいるであろう学生服を着た男達が一人の女子を森の中へと連れていくのが目に入った。あーらら、もしかしてそういう展開?
普通なら助けるか通報するんだろうけど、生憎メリットというものがないので放っておくことにする。一人で行動していたのが運のツキってね。
見なかったことにして止めていた足を動かそうとした瞬間、誰かに左手を後ろから引っ張られた。……ああ、またお前かクロ。
「なんだ?」
「今森の中に連れていかれたの、シルビアさんだよ」
「…………」
クロにそう言われ、一、二分前に見た女子を思い出してみる。小柄な体格に黒の短髪、そしてあどけない顔立ち。言われてみればあの女子の外見、シルビアとほぼ一致しているな。
仮に連れていかれた女子がシルビアだったとして、姉のメルファはどうした? 妹が危険な目に遭っているのに助けに来ねえのかよ?
……あーもういい。どうせバレる前に済ましちまおうとかそんな魂胆だろ。アイツが来ねえのならアタシがやるだけだ。世話になった奴を見捨てるのは酷でしかない。
クロに買ったビールを持たせてから吸っていたタバコを投げ捨て、さっき男達が入っていった森の中へ単独で突入する。
「おっ? 意外と近いな」
森に入ってすぐに聞こえてくる争うような声。今は微かに聞こえるだけだが、距離的にはそう遠くない。まっすぐ走れば間に合うぞ。
足下に気を付けて走ること三分。言い争う声がはっきりと聞こえ、視界に女子を殴りつける男の姿が入ってきたところで走るのをやめる。
殴られた女子はクロの言う通り、シルビア本人だった。たまたま狙われたのか、メルファに恨みのある奴らが行っているのか。
――うん、どっちにしても全員ブチのめすからどうでもいいや。事情なんてシルビアに聞けばわかるだろうし。
「オラァ!」
「ごふっ!」
音を出さずに近づき、とりあえず近くにいた男を殴り飛ばす。殴られた男は宙を舞い、シルビアを殴った男を巻き込んで地面に叩きつけられた。
これによってシルビアを含むその場にいる連中全員の視線がアタシに向けられ、男達は驚きの声を次々と上げていく。
シルビアは声も出せないほどダメージを受けているのか、木にもたれて込んでぐったりしている。顔も見事に傷だらけだ。
「こ、コイツ例の都会っ子だ!」
「気を付けろ! どこかにもう一人いるぞ!」
「だから俺はもう少し奥へ行こうって言ったんだよ!」
一人はアタシを知っていたのか思い出した感じで叫び、一人はおそらくクロを警戒して周りを見渡す。最後の一人に至ってはアタシが見ていることに気づいていた。
男達が言い争っているうちに状況を確認する。人数はざっと十人。森の中なのでそこら辺に木が生え、根っこが丸見えになっているものもある。
まあ状況がわかったところでやりますか。個人的には天候が悪くなる前にさっさと終わらせるのがベストだ。
さっそく一人目の懐へ前蹴りを入れ、左側から殴りかかってきた二人目にラリアットをかまして思いっきり踏みつける。
「都会っ子が――ぁ!?」
三人目が魔力を乗っけたハイキックを放ってきたがこれを顔の真横で受け止め、その脚を脇腹に抱えて右の手刀でへし折り、ミドルキックで退かすように吹っ飛ばす。
唾を吐いて四、五人目を拳一発で片付け、背後から接近してくる六人目をひねり蹴りで沈め七人目の顎を左のアッパーで打ち砕く。
残るは三人。二分もあれば問題ないが、動けないシルビアを人質にする可能性も充分にあり得るから一気にカタをつける。
まずは丸見えになっている木の根っこを踏み台にして跳び上がり、シルビアの一番近くにいた男を蹴撃で叩きのめす。
「ちっ! コイツがぶべらっ!」
次に予想通りシルビアを人質にしようとした小柄な男を捕まえ、頭突きを二発お見舞いして三メートル先にある木に向かって投げ捨てる。
そして最後の一人に顔面を殴られ、後ろ回し蹴りをぶつけられたが余裕で堪え、大きく振りかぶった右拳で殴り飛ばした。
なんか、いつもより手応えがなかったな。覚えた怒りも普段のそれとは違う感じだった。こんなことは初めてだ。
「……動けるか?」
木に激突して苦しそうに唸る奴、脚の骨が折れて顔を歪め踞る奴、顎を砕かれて悶絶する奴、その他ダウンしている奴らの姿を一通り確認してシルビアの元へ歩み寄る。
震えながら立ち上がろうとするも途中で体勢を崩してしまい、痛そうに顔を歪めつつ苦笑いするシルビア。思ったよりダメージ受けているのな。
その姿を見て少しだけやるせない気持ちになる。目の前でこの数日世話になった奴が傷ついているのに、アタシは何もしてやれていない。
「す、すみません……少し厳しいですね……」
「チッ……めんどくせえ」
にしてもコイツ、さっきまであんな目に遭っていたのに怯えてないな。もしかして今回が初めてじゃなかったりする?
イラつきながらも動けないシルビアをおんぶし、跳び跳ねるように走り出す。早くしねえといつ天候が悪くなるかわかんねえからな。
「で、なんであんなことになってたんだ?」
森から出たところでクロと合流したアタシは、徒歩で一時間ほど掛けて家の前に着くと同時に背負っていたシルビアを下ろす。
もう夕方になっているけど、青空が一ミリも見えないせいでわかりにくい。距離的にはまだ遠いが、雷まで鳴り始めている。
アタシがボコった連中、外の奴らじゃなくてここの奴らだった。表には出てないだけでメルファへの不満はあったんだな。でなきゃシルビアを狙ったりはしないだろう。
「か、簡単に言うと……私はメルちゃんの代わりに狙われることがあるんです。学校の皆が皆、メルちゃんを支持しているわけじゃないので――」
「本人とやり合っても勝てないから、アイツが大事にしているお前に手を出すと?」
「はい……なんで私なのかわかりませんが、狙われる度にメルちゃんが護ってくれました。今回はサツキさんでしたけど……」
お前がメルファの妹だから。そう言おうとしたところで思い止まる。コイツ、自分がメルファとは姉妹だってことに気づいていないのか?
詳しい事情は知らねえが、多分コイツとメルファは幼馴染のように接してきたんだな。互いに姉妹だと知っているなら、メルファの性格を考えると一緒に暮らしているはずだ。
ズボンのポケットに入っていたタバコを吸いながら、後ろで何を考えているのかわからない顔をしているクロに視線を向ける。
クロの視線がいつもより痛いのは気のせいだろうか。すると彼女は自分を蚊帳の外にするなと言わんばかりに口を開く。
「……どうするの? このままだと死人が出るよ?」
シルビアはクロが何を言っているのかわからないのか目を点にしているが、アタシはその言葉の意味をすぐに理解する。
今まではアイツ本人がシルビアに気を遣いながら降りかかる火の粉を払っていたに違いない。だが今回はアタシが火の粉を払った。となればメルファが今回の件を知った場合、シルビアを拉致った連中をマジで殺しかねない。
つまりこれ、シルビアを『殺人犯の妹』にさせないようピエロを演じる必要があるってことだよな。めんどくせえったらありゃしねえ。
「――手ぇ出したらブチのめす。そう言ったはずだけど?」
突然第三者の声が聞こえたのでシルビアの後ろに目をやると、鬼の形相とも言える物凄い表情のメルファが息を切らしながら立っていた。
おそらく『シルビアがアタシら都会っ子に拉致られた』みたいな感じの偽情報に騙されて探し回っていたんだな。反乱分子の連中、今回はアタシ達を利用したのか。
怒りで我を忘れているのか、拳を握り込んでこっちへ歩いてくるメルファ。それをシルビアが必死に食い止めようとしがみつく。
「ち、違うのメルちゃん! これは」
「お前が無様に騙されるから、アタシでも簡単に手ぇ出せるんだよ」
「離しなさいシルビア! コイツはここで刺し違えてでも殺――」
「メルちゃん!!」
シルビアが涙を流さんばかりの声を上げた瞬間、我に返って拳を解くメルファ。チッ、結局そんなんかよ。がっかりだバカヤロー。
「……お前本当に番長かよ? 大事なもん傷つけられてるのにケンカもできねえとか、何が護るだクソヤロー」
これは紛れもなくアタシの本心だ。ぶっちゃけコイツに限ったことじゃねえ。護るために戦うだとか、護るために強くなるだとか。行動に移すだけならまだしも、そういった信念を掲げている奴らは心底くだらねえんだよ。
アタシの一言が響いたのかメルファは反論したそうな表情になるもすぐさま思案顔になり、歯痛にでも襲われたかのように口元を歪める。
一、二分ほど経ったところで腹をくくったのか、恐ろしく真剣な顔付きでしがみついていたシルビアを引き剥がし、アタシの真横まで近寄ってきた。そして、
「――――」
やっと待ちに待った番長らしい言葉を口にすると、そのまま立ち去って行った。
シルビアが言葉を失って呆然とし、クロが睨みつけるように真剣な視線を送ってくる中、アタシもシルビアの家に戻っていく。
これで賽は投げられた。事の元凶が何であろうと関係ない。
――アタシはヤンキーだ。ここまで来たらバックレるわけにはいかねえ。
《ハロウィンについて》
「なぁ番長。ハロウィンはどないする?」
「なんだ藪から棒に」
いきなり五ヶ月も先のことについて質問されたんだが……マジでどうしたこいつ。
ハロウィンってのは毎年10月31日に地球で行われる民間行事だ。数年前からミッドチルダでもやるようになってきている。
確か仮装ってやつをしたりカボチャでランタンしたりするんだよな……。
「で、ハロウィンがどうしたって?」
「
「そういうことなら別にいいぜ」
なんだそんなことか。てっきりサツキに露出の高い服を着せたりトリック・オア・トリートとか言いつつサツキに迫るのかと思ったぞ。
どういうわけかこいつ、去年からサツキに気持ち悪いほどベッタリだからな。
「おおきに。ほなまずサッちゃんに着せる服についてやけど――」
「露出の高いやつはダメだぞ」
「なんでや!?」
「当たり前だろ! 風邪でも引いたらどうすんだよ!」
「サッちゃんはアホやから問題ないんよ」
さすがのサツキもお前にだけはそんなこと言われたくないと思う。
というか、案の定そういうことかよ。ちょっとでも期待したオレがバカだった。
「ったく、この話は白紙だ。それよりもどうやってサツキを運動会に参加させるか――」
「大技ぶっ放したろか!?」
「待てジーク! やるにしてもサツキの家でやるのはやめろ! 後が怖いからやめろ!」
「せーの」
「やめろつってんだろうがぁーっ!」
このあとジークを止めるのに三時間も掛かり、ハロウィンの件は無事白紙となった。
それとあの大技はアウトだ。やったら後で間違いなく殺される。