死戦女神は退屈しない   作:勇忌煉

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第23話「二人のヤンキー」

「ん……」

 

 小鳥のさえずりが聞こえ、日差しを顔に浴びて目を覚ます。まず目に入ってきたのは木材でできた天井。次に田舎特有の懐かしみある匂いがアタシの鼻をくすぐっていく。

 ……ああそうだ、そうだったわ。昨日からクロと一緒にシルビアっつうクソガキの家に厄介になってるんだった。布団の寝心地が良すぎて半分ほど忘れてたわ。

 眠気が取れないまま上半身を起こし、背筋を伸ばす。旅のお供であるクロは隣でスヤスヤと赤ん坊のように寝ている。もう少し縮めば赤ん坊と変わりねえがな。

 布団から出てさっきから聞こえてくる鍬で畑を耕すような音がする方へ振り向くと、この家の主であるシルビアが何かの畑をたった一人で耕していた。音のまんまかよ。

 

「あ、おはようございますっ」

 

 こっちの視線に気づき、一旦作業を中断して元気よく挨拶するシルビア。庭がどでかい畑ってなんか凄いよな。しかも一人で全部の作業をやってるのだからなおさらだ。

 ここに来てわかったことの一つとして、畑や田んぼを耕すときに目立った魔法を使わないという点がある。そもそも地球人のアタシから言わせてもらうとそれが当たり前だけどな。

 しかし、一人で畑一つを耕すのだから身体強化の魔法は少なからず使っているはずだ。そこが地球とは唯一違う点だろう。

 言ってしまえば某魔法界のように何をするにも魔法を使う、なんてことはない。ミッドのやつはあくまで戦いがメインだと思っている。

 

「…………サツキ。ケーキはまだ?」

「とりあえず起きろ。話はそれからだ」

 

 起きたかと思えばさっそく寝惚け出すクロ。どうやらここがアタシの家だと勘違いしているみたいだ。そりゃ最近はほとんどアタシの家にいたから無理もないけどさ。

 パジャマとして着ていた服を脱ぎ、上着に着替えてからクロに持たせていた鞄からお手製の防暑用ウインドブレーカーを羽織るように着用する。

 このブレーカーは夏を始め暑い日に着るものであり、袖があるにも関わらず半袖を着ている状態と全く変わらないという代物である。お手製なので当然非売品だ。

 シルビアも畑の耕しが終わったようで、顔に泥を付けながら戻ってきた。首にタオルを巻いているから農林娘って言葉がよく似合いそうだな。

 

「ファビアちゃんも起きたことですし、朝ご飯にしましょう!」

 

 そう言いつつ、眩しいほどの笑顔で額の汗を拭うシルビア。昨日わかったことなのだが、コイツはクロより一つ年上である。なので会ったばかりのクロを妹のように可愛がっている。

 当の本人も満更ではなさそうだし、見ているこっちも心がほんの少しだけ温かくなる。そして同時に虚しくも感じた。なんでだろうな。

 ま、勉学ができてもこういうことに頭を使うの苦手だから深く考えるのはやめよう。今は朝飯を食って腹を満たす。それだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここがこの町にある唯一の学校です! 小中高併設になっています!」

 

 アタシは今、シルビアに田舎町を案内してもらっている。……とはいっても、彼女によればここぐらいしか案内できる場所はないとのこと。

 現在では不良の巣窟になっているらしく、一番上――てっぺんには“狂犬”と呼ばれる番長が存在する始末だとか。ちなみにシルビアが在学していた頃は平和だったらしい。

 クロは彼女の家でお留守番させることにした。一応インターミドルに向けて修行したいとか言ってたし、何より荷物番が必要だしな。

 まあ一つ気になったことがあるので、考えることなくさっきから笑顔を絶やさないシルビアに聞いてみることにした。

 

「今は学校に行ってないってお前……中退でもしたのか?」

「まあ、そんなところですね。今はご存知の通り、農業でご飯を食っています」

「そうか――ん?」

 

 微かに足音が聞こえたので再び学校の方へ振り向いてみると、一人の女子が大勢の生徒を連れてこっちへ近づいてくるのが見えた。

 亜麻色の髪に黄色の瞳。体格はアタシより一回りほど小柄だが、纏っている雰囲気は紛れもなく強者のそれだ。一人だけ格が違う。

 ソイツは迷うことなくアタシの元へやってくると、まるで退けと言わんばかりにメンチを切ってきた。もちろんアタシも退かずに対峙する。

 彼女の後ろで下っ端と思われる生徒たちが騒ぎ出し、アタシの後ろではシルビアがちょっと困惑しているがどうでもいい。

 

「退きなさい」

「テメエが退けよ」

 

 アタシの一言でさらに騒がしくなる生徒たち。だけど手を出してこない辺り、我慢する程度の自制心はあるっぽいな。

 だが正直に言うと、アタシの方は少しイラついている。そろそろ騒いでる奴ら全員ぶん殴ってもおかしくない状態である。

 彼女――番長と思わしき人物はアタシを舐め回すように観察し、騒ぐ下っ端を静かにさせると目を細めて警戒心を強めた。なんかデジャヴだと思ったら初対面のシルビアと同じ反応だこれ。

 

「……見ない顔ね。あなた都会の人間?」

「だったらなんだ」

「…………そう」

 

 一瞬何かを考えるような表情を見せたが、すぐに凛々しい顔になって今度は苦笑いしているシルビアに視線を向けて口を開いた。

 

「大丈夫? 何もされてない?」

「だ、大丈夫だよメルちゃん……」

 

 シルビアの言葉を聞いて安心したのか、ホッとした表情で下っ端と共に学校を去っていった。てかメルちゃんって……あだ名可愛いなおい。

 にしても今の接し方を見る限り、シルビアとあの番長は赤の他人じゃなさそうだ。そうと言うにはあまりにも親しすぎる。

 苦笑いのまま、頬を掻くシルビア。その間にタバコを取り出し、オイルライターで火をつける。ちょっと一服して苛立ちを抑えよう。

 

「す、すみません。メルちゃんがご迷惑を……」

「いいよ別に。ところでアイツ誰?」

「……あの子はメルファ。この辺りでは一番強い不良です」

 

 メルファ、か。一番強いってことはやっぱりアイツが“狂犬”で間違いねえな。下っ端の中に不満を持つ者がいないってことはリーダーシップもかなりのものだろう。

 さて、シルビアによる町の案内も終わったしこれからどうしよう。ここまでド田舎だとやることが限られてくる。お約束と言っていいほど電波も届かないし。

 ――うん、とりあえずシルビアの家に戻ろう。無期限で泊めてもらっているのに何もしないのはちと気が引ける。働かざる者食うべからずだな。

 

「戻るか」

「あ、はいっ」

 

 そう言ってシルビアと一緒に来た道を戻る中、ここでアタシに問題が浮上した。魚の獲り方や火のつけ方、さらに狩りの仕方も知っているアタシだが、こればかりは全然知らない。

 

 

 

 

 ――畑ってどうやって耕すの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では今から私がお手本を見せますので、しっかり見ててくださいね!」

 

 まるで幼い子供に教えるかのような感じで自前の備中鍬を自分の頭ぐらいまで振り上げ、ロープで区切ったスペースに振り下ろしてざっくりと耕すシルビア。

 彼女の家に戻ってきたのはいいが、クロは家のすぐ傍で基礎的なメンタルトレーニングと箒型のデバイス『ヘルゲイザー』を自由自在に乗りこなす練習をしていた。

 今はシルビアに注意されたこともあり休憩しているが、どこから取り出したのか魔導書のような本を読んでいる。そういや八神があんな感じの本を持ってた気がする。別物だろうけど。

 シルビアが耕し終えたのでアタシも右手に持っていた備中鍬を振り上げ、目の前の畑目掛けて軽めに振り下ろした。

 

「……え?」

 

 すると大きな金属音が響き渡り、思わず間の抜けた声を上げるシルビア。アタシも疑問に思って振り下ろした備中鍬を見てみると、その先端がぐちゃぐちゃに折れ曲がっていた。

 本を読んでいたクロも呆然としており、シルビアも目の前で起きていることが現実かどうかを確かめるために自分の頬を引っ張っている。

 あーあ、久々にやっちまったよ。使い慣れている鉄パイプならまだしも、普段使うことのないもんだとよくこうなるんだったわ。

 

「――シルビア?」

 

 いきなり第三者の声が聞こえたので視線をそちらに向けると、二時間ほど前に対峙した亜麻色の髪が特徴的な番長――メルファが立っていた。

 

「あっ、メルちゃん」

「……なんで都会っ子が二人もいるのよ」

「いちゃ悪いかコノヤロー」

 

 使い物にならなくなった備中鍬を投げ捨て、メルファの元へ歩み寄る。彼女も目付きを鋭くし、一歩も退かずに再びアタシと対峙する。

 なんかよくわからないが、コイツは嫌いだ。殺したいほどの恨みがあるとかじゃなくて、どうしても好きになれない。

 クロもシルビアも黙り込んだせいか、一触即発の空気が漂い始めた。が、メルファの方は乗り気じゃないのか警戒心を解き、ため息をついた。

 

「シルビア。このバカ借りるわよ」

「えっ? メルちゃん?」

「………」

 

 右手を掴まれ、無抵抗のままメルファに引っ張られていく。どうもタイマンするわけではなさそうだが……何がしたいんだ?

 シルビアの家からある程度離れたところで立ち止まると辺りを見回し、「ここなら大丈夫ね」と小声で呟きアタシと向き合うメルファ。

 

「やっぱりやんのか?」

「やらないわよ。あんたたち、シルビアに手を出してないわよね?」

「はァ?」

「あの子は私の妹よ。危害を加えたらブチのめす」

 

 妹……いや待て、にしちゃ外見似てなさすぎだろ。まさに正反対だぞお前ら。だけどまあ、どうりで無駄に親しく接していたわけだ。

 でも姉妹なら同じ屋根の下に住んでいて当然のはずだろ。なのにどうしてついさっきまでアタシとクロの存在に気づいてなかったんだコイツ。

 まっ、そんなことはこの際どうでもいい。アタシもコイツに聞きたいことがある。ヤンキーのくせにケンカを買わないコイツに。

 

「何がしたいんだテメエ。まさかそんなことを言うためだけにアタシを連れ出したわけじゃないよな?」

「当たり前よ」

 

 よかった。まだ本題には入ってなかったようだ。もし今の話が本題だったら問答無用でぶん殴っているところだったぞ。

 あまりにも退屈なのでタバコでも吸おうかと考えていると、メルファが恐ろしく真剣な表情になって口を開いた。

 

「――あんたには護るものとかないわけ?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、思わずさっきのシルビアみたく間の抜けた声を出しそうになった。

 護るものってなんだ。真っ先に思い浮かんだのはかつて成り行きで助けたことのあるクロだけど……ずっと一人で拳を振るってきたアタシに護るものなんてあるのか? そもそもなんで会って間もない奴にそんなことを聞く必要があるのか?

 未だかつてない質問に少し混乱しているアタシをよそに、メルファは続ける。

 

「あるでしょ自分より大事なものが。例えばあんたのお友達の魔女っ子とか」

「……くだらねえな」

「くだらなくて結構よ。――さっさとこの町から出て都会に帰りなさい」

 

 念入りにと言わんばかりに釘を刺し、立ち去っていくメルファ。

 ムカついたのでぶん殴るべく追いかけようと思ったが、それ以上に彼女の質問が頭の中で何度もリピートされるせいで動けなかった。

 

 

 

 


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