「すぅ~……はぁ~……」
久々に五感をフル稼働させるため息を整え、脱力した自然体の構えを取る。
つっても左目が開けないので不完全な形となるのが少々痛い。マシにはなった方だが、未だに血は流れ出ている。早く止まんねえかな。
ビスタはアタシが向かってくるのを待っているのか、それとも警戒しているのか構えたまま動こうとしない。
これはこれで都合が良いので、奴が動く前に五感へ全神経を集中させていく。ガキの頃みたいに野生の獣になりきる――いや、自分が理性のない獣に戻るような感じだ。
「どうした先輩。来ないのか?」
「…………すぐ行くよ」
よし、五感は研ぎ澄まされた。ちょっと鈍っている感が拒めないけど問題はないだろう。
ただなぁ……こうなるといつもより歯止めが利かなくなるんだよね。感覚的には人間というより動物だし。
一昨年の都市本戦でも誤ってアイツを殺しかけたしな。別にそれ自体は気にしていないが、やっぱり制御ってもんは必要かもしれない。
まあ考えるのはこの辺にして、なんか待たせてしまったらしい後輩をブチのめしますか。
「――行くぞ」
「おっ!?」
両脚に力を入れ、最初のように一瞬で間合いを詰める。四足獣並みに反応速度が増したおかげで身体が軽く感じるぜ。
驚くビスタのボディへ握り込んだ右の拳を打ち出すがギリギリのところでガードされ、続いて左腕を薙ぐもしゃがんでかわされてしまう。
薙いだ左腕を引っ込めようとするも鎖状のバインド――チェーンバインドが左腕に絡み付けられ、同時にゼロ距離から撃ち出された砲撃が恐るべき正確さで顔面を捉えた。
魔力ダメージによる痛みで本格的に意識が翔びそうになるも、歯を食いしばって持ちこたえ、左腕に掛けられたバインドを力ずくで振りほどく。
「チッ、まだだ……!」
研ぎ澄まされたとはいえまだ完全に獣の五感じゃねえ。半分ほど人間の部分が残っている。
右、左の順に拳の連打を繰り出すもそれぞれ丁寧に捌かれていく。だが、ビスタも全く意に介していないわけではないらしく、動きに少しだけ焦りが見える。
次に慣れない連続蹴りや二段蹴りではなく、使い慣れたハイキックでビスタをガードの上から押し切り、彼の体勢が崩れたところで跳び後ろ回し蹴りを叩き込んだ。
「いって……」
さすがにガードしきれなかったのかビスタはこの蹴りをモロに食らい、ラリアットをかまされたような感じで倒れ込む。
やっと、やっと一発入った……。まさかたった一発ブチ込むのにここまで時間が掛かるとは思いもしなかった。無駄に長かったわ。
痛そうに顔を押さえながら立ち上がり、気合いを入れるように頬を叩いて構え直すビスタ。その間にもアタシは今の状態を維持するべく脱力した自然体の構えを取る。
ビスタは分析でもしたいのかアタシの構えを隅々まで観察するように見つめていたが、諦めたのか気を紛らわす感じで話しかけてきた。
「何すかそのダサい構え」
安い挑発なのか単純に質問なのか、それとも他に意図があるのか。アタシはそれに反応もせず、残っていた人間の部分を獣へと切り替えていく。
切り替えるといっても外見が大猿になったりとか、身体の一部が動物になったりするわけじゃない。感覚と意識を獣のそれにするだけだ。
意識が戦闘一色になり、無駄な情報は省かれシンプルかつ有効な選択肢を選ぶ。言うなればかのエレミアが『神髄』と呼ばれる状態に入るのと同じである。違いがあるとすれば、物事に対する基準も変わるという点だな。
深呼吸をし、身体を微かに揺らす。アタシは人間じゃない、人の姿をした獣だ。目の前にいるのは敵。敵は問答無用で排除する――!
「ガァァァッ!」
床を蹴って跳び上がり、四足獣のように両手を構えながらビスタへ襲い掛かる。
迎え撃とうとしていたビスタもアタシの咆哮じみた叫び声を聞いて危機感を感じたらしく、振り下ろされた右腕を横へ転がって回避する。右腕は彼の代わりに金網フェンスを引き裂く形で破壊し、勢い余って床も削り取ってしまう。
着地してすぐに流れるような動きでビスタへ迫り、打ち出された拳をかわして顔面に右のアッパーカットを突き刺す。その拳がめり込んだところで顔を鷲掴みにし、掬い上げるように持ち上げて後頭部から床に叩きつけた。
その衝撃でビスタを叩きつけた場所が少し陥没してしまい、床には相応のヒビが入っていく。
「っ……この――!?」
起き上がろうとした彼のマウントを奪い、ビキビキという音が聞こえるほど握り込んだ拳で顔面をひたすら殴り続ける。
最初は両腕でしっかりと防御していたビスタだが、五発目を叩き込んだ際に両腕を無理やり弾いたことで丸腰となってしまい、されるがままに殴られ続けた。
それでも諦めてはいなかったようで、十五発目を入れようと左腕を振り上げたところへ射撃魔法を顔面へ正確に撃ち出し、アタシがそれを避けた一瞬の隙に抜け出して立ち上がった。
だからと言って逃がすつもりは毛頭なく、彼が構える前に跳び掛かって蹴撃を繰り出すも屈んで避けられてしまう。
「逃げんな……ゴラァァァァァァ!!」
「チィッ!?」
右拳を若干大振りで振るうも頭部を掠っただけで当たらなかったが、斜めに放った左の蹴りが顔面にクリーンヒットした。続いて顔を歪めるビスタに右拳を叩き込み、さっきのお返しとしてミドルキックからの前蹴りで壁まで吹っ飛ばす。
もちろん間髪入れずに再度床を蹴り、彼の頭を粉砕しようと飛び蹴りを放つが、これを待っていたのかビスタは跳び上がっているアタシをハイキックで撃墜しやがった。
蹴りが直撃した腹部を押さえながら床に叩きつけられ、血反吐を吐いてすぐに立ち上がる。あれに反応できないとかやっぱり鈍ってるな……。
ビスタが射撃魔法の構えを取ったところで間合いを詰めて右フックを打ち出すもガードされ、彼の右拳から放たれた魔力弾をバックステップでかわしながら跳び回し蹴りをブチ込んだ。
「ッ……!」
少しだけ姿勢を低くしながら右ストレートを打ち出し、これが防御されると同時に繰り出されたミドルキックを突き出した右腕を曲げることでなんとか防ぎ、左の蹴りを放つ。続いて彼がそれを受け止めた瞬間に身体を横回転させ、左側から右の回転蹴りをブチかます。
この蹴りをモロに食らい、倒れそうになったビスタの頭を半回転してから両脚で挟み込む。そして変則的な四つん這いの状態に入り、その状態からバック宙の要領で彼を脳天から叩きつけた。
脳天を押さえて悶絶するビスタをよそに立ち上がり、獣のように構える。今のが成功したってことは大分野生に近づいてきたか。
ってか落ちる寸前で防御魔法を展開していたとはいえ、よく生きてるなアイツ。普通なら魔法で身体強化していようと頭蓋骨割れてるぞ。
「ふぅ~……」
そんなに乱れていない息を整え、脳天を押さえながらも立ち上がるビスタを見つめる。ビスタもダラダラしていると一気に食われる、ということを学習したのかすぐに構え、アタシを警戒するように一定の距離を保つ。
考える時間も与える気のないアタシは地面を蹴って跳躍し、ビスタの顔面へ両膝を突き刺そうとするも上体を後方に反らすことで回避され、そのまま壁に四つん這いで張り付く。
張り付くといっても手足に吸盤があるわけじゃないし、蜘蛛の糸を使ってるわけでもない。両手の指を壁に食い込ませてるだけだ。
壁を蹴って跳ね上がろうとしたが、それよりも先にビスタがハイキックを繰り出してきたので咄嗟に伸びきった四肢を曲げ、蛙のような体勢になることでギリギリ回避した。
「よっと!」
壁に張り付いたまま右脚でビスタの後頭部を蹴りつけ、彼がその場から離れた隙に両手の指を引っこ抜いて着地する。
続いて放たれた連続蹴りを最小限の動きでかわし、すかさず慣れない二段蹴りで牽制からの左拳でビスタを殴り飛ばす。
さらに壁に激突した彼の懐へ膝蹴りを三発ほど入れ、強引に投げ出し勢いをつけた蹴りで思いっきり吹っ飛ばした。
だが、ビスタは上手く着地すると蹴りのモーションから衝撃波のようなものを飛ばしてきた。
「邪魔ァ!」
「がぁっ……!?」
こちらへ向かってくるビスタを視界に入れつつ衝撃波のようなもの――魔力の塊を片手ではたき落とし、迫り来る右の拳をエルボーで受け止め、攻撃の勢いを利用して弾き返す。いわゆる攻性防御ってやつだ。
これにより右手を痛め、顔をしかめるビスタ。すると今度は足下にミッドチルダ式の魔法陣を展開し、連続蹴りのモーションからさっきの衝撃波みたいな魔力を連射してきた。
倍にして返そうとするも場所が悪いので断念。魔力の塊を一つ一つ丁寧に弾いていき、最後の一つをボールのように蹴り返す。
ビスタはそれを左拳で相殺し、体勢を整えようと身体のふらつきを押さえた。
「くそっ、やるにしても限度ってもんがあるだろ……!」
吐き捨てるようにそう呟き、口元の血を拭き取るビスタ。チッ、構えたままかよ。隙あらば食い殺すようにブチのめしてやるっつうのに。
敵は生かして帰すな。殺られる前に殺れ。勝負ってのは殺ったもん勝ちだ。
ビスタが放ったミドルキックに同じミドルキックをぶつけて相殺。次に跳び後ろ蹴りを入れて彼の繰り出した後ろ回し蹴りを右腕でガードし、左拳をフック気味に顔面へ叩き込む。
「おっ?」
左目が見える……どうやら左目付近の出血が止まったらしいな。いつ止まったかはともかく、これで五感を完全な形でフル稼働できるぞ。
改めて確認するべくしっかりと両目を開き、少し息を切らしているビスタを視認する。
「くふふ……」
思わず笑い声を出してしまうも、顔を俯けることで声を押し殺す。
そんなアタシを見て首を傾げるビスタ。怪しまれてるが……別に何か隠してるわけじゃないし問題は何一つない。
――お前を叩きのめす準備が整った、という点を除けばな。
いつの間にかサツキに半居候扱いされている魔女っ子ファビア。
Vivid Strike!2話を見て思った……あれだけ万能なのにパワー型とかリンネ強えなおい。