死戦女神は退屈しない   作:勇忌煉

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第15話「放課後」

「サツキ。さっきから様子が変だけど……何かあった?」

「別に。ちょっと考え事してただけだ」

 

 いつも通りギリギリの時間に起きたアタシは、焼き飯を食べながら放課後ビスタとサシでやり合うことだけを考えていた。

 相手は最年少で都市選抜へ進出、判定でやっと負けるほどの実力者だ。一回限りとはいえKOどころかダウンすら取られたことがない。ダウンに関してはアタシと同じだな。

 格闘戦技の選手としては格上とも言える。初対面でアタシに放った拳の練度は本物だったし、族を一人で蹂躙していた姿もハッタリじゃない。おそらく陰で鍛錬を積んでいたのだろう。

 ついでに言えばワクワクもする。なんせ“ヒュドラ”以来の強敵、しかも格闘技経験者だ。遠慮なくブチのめせる。

 

「…………」

「どうした? ケーキはないぞ」

「何でもない。少し考え事をしてただけ」

「真似すんじゃねえよ」

 

 なんかデジャヴだと思ったらアタシの真似だった。にしては深く考え込んでいたようだが……またケーキのことだったりしてな。

 食器を下げて自室へ向かい、制服をしっかりと着用して部屋から出る。まさか制服で気合いを入れることになろうとは。

 

「んじゃ、今日の飯は自分で何とかしろよ」

「わかった」

 

 クロが半居候となっていることに全然違和感を感じないアタシであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうそう、その炬燵を端っこに寄せてくれ」

 

 昼休み。放課後に向け、通学途中で買った携帯食を口にしながらハリーと共に屋上でお片付けをしている最中だ。

 つっても片付けるものなんて炬燵とお手製の旗ぐらいだからハリーに丸投げしちゃってるけど。

 ちなみに頑張っているハリーは何故かバテバテになっている。コラコラ、若いのにその程度でくたばってどうすんだよ。

 

「だらしねえぞハリー」

「おめーが手伝わねえからだろ! こっちはテスト勉強で眠れてないんだよ! なのに屋上の炬燵をどかすってどういう風の吹き回しだ!? そもそもこういうのはお前がやるべきだろ!」

「ごちゃごちゃうるせえんだよテメエ。黙って片付けろ」

 

 ハリーの言っていることは確かに正論だが、タイマンを控えている以上こんなところで無駄な体力を使うわけにはいかない。

 タバコを吸いながら空を見上げ、風の音を聞きながら景色を眺める。地球で番を張っている奴らの気持ちが何となくわかった気がするよ。

 彼らはこのてっぺんから見る壮大な景色を守りたかったのかもしれない。一人で突っ張って、屋上を部屋のように扱っていたのが恥ずかしいぜ。

 

「ぜぇ、ぜぇ……景色を眺めているところ悪いが、タバコは没収だ」

 

 やっと片付けを終えたらしいハリーが息を切らしながら近づいてきた。汗で服が透けていることには気づいていないようだ。

 とりあえず彼女の頭を左手で鷲掴みにし、動きを止める。ぐるぐるパンチをしても無駄だ。どうせ届かないんだから。

 ジタバタするハリーを投げ捨て、屋上が綺麗になったことを確認してその場を後にする。タバコはどこで処理しようかな? 投げ捨てたハリーはもう追いついてきたし。

 

「おいサツキ。なんで屋上を片す気になったんだよ?」

「でっかい予約が入ったんだよ」

 

 タイマンという名の予約が。

 

「よ、予約?」

 

 一服しつつ「予約ってなんだよ」と何度も聞きながらタバコを取り上げようとしてくるハリーに軽く裏拳を入れ、彼女が顔を押さえている隙に女子トイレへ逃げ込んだ。

 放課後まであと二時間か。それまでにできることは睡眠補給――しかないな。タバコを流して教室に戻るとしますか。

 

「サツキ! 出てこい!」

 

 急ごう。炎の拳もしくは砲撃や射撃が飛んでくる前に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅かったですね、先輩」

 

 ついに訪れた放課後。アタシはハリーと愉快な仲間達と適当な理由で別れ、一服しながら屋上へ到着した。このタバコで何本目だろうか。

 先に待っていたビスタはどこか我が物顔で振る舞い、制服のネクタイを丁寧に外して格好良く投げ捨てた。

 はっ、やる気満々じゃねえかコイツ。目付きまで変えやがって。

 

「で……何がしたいんだ?」

「と言いますと?」

「目的だよ、目的」

 

 やる前に話すって言っただろうが。ここに来て忘れたとは言わさねえぞ。

 ビスタは初対面のときに見せた明るい表情になり、待ってましたと言わんばかりに語り始めた。お願い、そんな顔でアタシを見ないで。

 

 

「――刺激が欲しかったんですよ」

 

 

 たった一言。たった一言だが、アタシはそれだけでコイツがどういう人種なのか理解できた。

 バトルジャンキーの快楽主義者。そう言ってもいいだろう。でなきゃわざわざヤンキーのアタシに挑戦状を叩きつけたりしないはずだ。

 初のインターミドル以降、競技大会に出場しなかったのも楽しめる相手がいなかったからだ。当時はジークも出てなかったしな。

 

「俺より強い奴なんていない。鍛錬しながらずっとそう思っていた――あなたが現れるまでは」

 

 なるほど。なーんかコイツ、誰かに似ているかと思ったらアタシじゃねえか。旅人のように放浪し、好敵手を探していた頃のアタシに。

 ――てことは亡霊退治かこれ。別の意味で面白くなってきたじゃねえか。

 

「なんでアタシなんだ? そういうことなら他にもいるだろ」

「確かに。でもね、それでも俺は――あんたを倒したいんだよ」

 

 ビスタがそう言った瞬間、アタシの身体が宙を舞って壁に激突した。

 いってえなおい……不意討ちとはいい度胸じゃねえか。思ったよりも効いたぞ。

 狙い通りという表情で笑うビスタ。あーそうかいそうかい、そんなにアタシを倒したいか。

 

「スイッチ入ったか“死戦女神”ぃ!?」

 

 ああ、おかげでスイッチが入るどころかワクワクが増してしまったよ。どうやら今の一撃は奴なりの挑発だったようだ。現に好戦的な笑みを浮かべ、さっきまであった礼儀正しさが消えている。

 すかさず開いた間合いを詰め、前蹴りを入れるもガードされ、素早く振るった右拳の連打も片手であっさりと捌かれてしまう。

 次にハイキックからの連続蹴りを繰り出すも来るのがわかっていたかのように回避され、間髪入れずに放った二段蹴りも丁寧にガードされる。

 するとビスタはがら空きになったアタシの懐へ拳の連打を突き出してきた。これを両手で必死に捌くも顔面に一撃打ち込まれ、鳩尾に正拳突きを叩き込まれた。

 拳の威力が想像以上だったために思わず後退してしまい、その隙に繰り出された後ろ回し蹴りが左瞼付近に直撃。左目に鈍い痛みを感じながら倒れ込んだ。

 

「いつつ……」

 

 痛みで左目を閉じつつ瞼付近から流れ出る液体のようなものに触れ、それが赤い液体――血であることを右目で確認する。

 ヤベェ……これじゃ血が止まるまで左目は使えない。見事なまでに視界が狭くなってしまった。いつもみたいに視野を広げられないぞ。

 とはいっても下半身をやられたわけじゃないのですぐに立ち上がり、残った右目でビスタの姿を捉える。

 

「あはは、いきなり目が潰れるとか……!」

 

 てな感じで笑いを堪えるビスタだが、全く隙のない綺麗な構えを取っている。チッ、笑ってるのに慢心してないとかムカつくなおい。

 助走から鋭い蹴りを放つも交差した両腕に阻まれ、見えない左頬に脚のようなものが直撃した。多分ハイキックだな。

 さすがにこの程度で倒れはしないので持ちこたえ、脇腹に迫るミドルキックを受け止めてお返しのハイキックを繰り出すも当たる寸前でガードされてしまう。今度は右の後ろ回し蹴りを顔面に入れる――ように見せかけて膝を曲げ、脇腹目掛けて曲げた膝を伸ばす。いわゆる可変蹴りである。

 しかし、ビスタはこれすら簡単に防いだ。そして彼の握り込んだ拳を腹部へ打ち込まれ、鼻っ面に膝蹴りを叩き込まれた。

 

「クソが……!」

 

 格闘技経験者と戦ったことは何度かある。ボクシングはもちろん、空手やプロレス、ムエタイに柔道の経験者など。でもここまでの熟練者とやったことはほとんどない。あるとすればそれこそ某エレミアのようなグラップラーぐらいだ。

 ビスタの額へエルボーを突き出すも最小限の動きでかわされ、蹴り上げからの踵落としも上体を反らすことで回避されてしまう。

 続いて左拳をジャブ気味に打ち出すも受け止められ、死角の左側から連続蹴りと思われるものをもらったせいで繰り出した手刀の軌道がズレてしまい、前蹴りで壁まで吹っ飛ばされた。

 

「っ……!」

 

 ちょっとこれヤバくねえか? いくら相手が熟練者だからって一発も当たらないとかあり得ないんだけど。

 とりあえず口内に溜まった痰を吐き捨て、背筋を伸ばすように体勢を整える。

 ビスタは真剣な表情で攻撃――というか迎撃の構えを取っている。こっちから突っ込んでくるのを待っているのか。

 だが突っ込まないと攻撃は当てられない。でも突っ込めば迎撃されてしまう。……あー、やっぱり深く考えるのは止そう。左目付近が痛いこともあって頭が回らねえや。

 

「いつも通りでいっか」

 

 下手に対策を考えるよりも、自分に合ったやり方が一番だ。それにこんだけボコられると嫌でも向こうの動きがわかる。

 ――そろそろ五感をフル稼働させてみるか。最近は平常運転だったし。

 

 

 

 


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