「それで、ビスタについてわかったことは?」
ビスタに宣戦布告された日の夜。あれからクロに奴が何者なのか調査させていたのだが、待っているうちに寝落ちしたせいで結果を聞き損ねてしまった。
クーガ・ビスタ……年下のショタ野郎で格闘技経験者。流派は地球で言う拳法の類い。見た限りストライクアーツじゃないのは確実だ。
いるんだよなーそういう奴。ストライクアーツは確かにこのミッドチルダで最も普及している格闘技だが、格闘家の誰もがそれをやっているわけじゃない。ボクシングをやっている奴もいればグラップリング寄りの総合型もいる。ハイディのやつも覇王独自のものだったしな。
「…………また言わなきゃならないの?」
「ケーキ作ってやるから」
アタシの一言で折れたのか、ため息をついて「今度は寝ないでよ?」と釘を刺しながらもちゃんと話してくれた。
名前はクーガ・ビスタ。どうやら本名らしい。四年前のインターミドル・チャンピオンシップ男子の部において、最年少ながら初参加で都市本戦に出場。さらに都市選抜へ進出するもそこで敗退。それ以降インターミドルはおろか、他の競技大会にも出場していないとのこと。その強さから“魔闘士”と呼ばれた時期もあったとか。
幸いにも当時の試合映像が残っていたので見てみたが、この時から拳法を使っていたようだ。術式がミッドチルダということもあって魔法をバンバン使用していやがる。
これだけの成績を残しているにも関わらず、なんで一回しか出ていないんだ? 家庭で何かあったにしても情報がないようだし……。
「……言ったからケーキを」
「さっき作ったやつが冷蔵庫にある」
そう言うとクロは目を輝かせて冷蔵庫に直行していった。お前、もしかしたらケーキ愛だけで生きていけるんじゃないか?
それにしても裏との繋がりがあるかどうかは掴めなかったな。アタシが“死戦女神”であることを知っている以上、連中との繋がりはあるかと思っていたが……アテが外れたかな?
冷蔵庫の前に座り込んでケーキを頬張るクロを尻目に、タバコを吸うべく自室へ向かう。ちょっと眠くなってきたわ。
「げっ、一本だけかよ……」
自室に入るなりベッドへダイブしそうになるもグッと堪え、机の上に置いてある箱の中を確認するも白い棒が一本しか入っていなかった。
仕方がない、今日は暴れるついでにタバコも調達するか。お金も調達できるし一石二鳥だよ。
パーカーを羽織るように着用し、クロがケーキを食べ終わっているか確認しに行く。
「おい、行くぞクロ」
「待って。もう少しで食べ終わるから――!?」
時間がもったいないのでクロを持ち上げ、嫌々ながらも肩車して玄関へ向かった。
……とりあえずクロ、怒っているのはわかったからアタシの頭にフォークを突き立てるのやめろ。怪我しなくても痛いもんは痛いから。
「これだけか……」
翌日。ゴロツキを片っ端からボコボコにし、タバコと資金を調達することには成功したのだが、数えてみるといつもより少なかった。
金が少ないのはいつものことだ。けど、タバコまで少ないのは今回で三回目だ。販売機で買うのめんどくさいんだぞ。
今は早起きで登校しているのだが、さっきから隣で喋っているクソガキがうるさすぎる。
「――サツキさんっ! 聞いてるんですか!?」
「うるさい黙れ」
この右目が翡翠、左目が紅玉のオッドアイと長めの金髪が特徴的な幼女の名は高町ヴィヴィオ。かのエース・オブ・エース、高町なのはの娘だ。だが娘と言っても血の繋がった親子ではなく、四年前になのはが引き取った孤児(?)である。
四年前つったらJS事件があった年だ。事件の内容はある当事者から聞いているので大体把握している。変態のマッドサイエンティストが率いるサイボーグ集団+αと、管理局の精鋭である機動六課が街中で大規模バトルを繰り広げたらしい。
おいおい、これ地球だと事件なんてもんじゃ済まされねえぞ――いや、そうでもないな。あっちでも同時多発テロなんてもんがあるくらいだし。
「? 私の顔に何かついてますか?」
「髪に虫が付いてるぞ」
下手に言及されても困るので適当にはぐらかす。そんな目でアタシを見るな。
ヴィヴィオはアタシの嘘を真に受けたらしく、慌てて頭をぐしゃぐしゃし始めた。あーあ、整ってた髪が残念な状態になってるぞ。
別に我慢する必要はないのでタバコを取り出し、ゴロツキからパクった使いかけのライターで火をつける。
「さ、サツキさん。その白い棒ってタバコじゃあ……?」
髪に付いていた虫(最初からいないけど)を払い除けたヴィヴィオがぼさぼさ頭のまま、ジト目で問いかけてきた。
本人の名誉のためにも言わないでおくが、今のヴィヴィオからは清楚というものがまるで感じられない。寝起きもこんな感じなのだろうか。
バレたからといって隠れる必要はないので堂々と一服し、口から煙を吐いて一言。
「そうだが?」
「まだ未成年ですよね!?」
「細けえこたぁいいんだよ」
「よくありませんっ!」
なんて聞き分けの悪いクソガキなんだ。
「吸ってんのはアタシだ。お前じゃねえ」
「そういう問題でもありませんっ!」
言葉での説得は無駄だと判断したのか、ハリーと同じようにタバコを取り上げようと小さな手を伸ばしてきやがった。
軽くいなしてやりたいところだが、体格差のせいで上手くいかない。まさかコイツ、それも織り込み済みで仕掛けてきたのか?
通行人に気を付けながらヴィヴィオの手をかわしていき、分かれ道まで来たところで口に咥えていたタバコを隠し、同時にそれとは別のタバコを投げ捨てた。
飛んでいく白い棒を見て悔しそうに唸るヴィヴィオ。あら可愛い。しかも今回はぼさぼさ頭になっているから少し新鮮である。
「じゃあなクソガキ」
「サツキさんのバカぁっ!」
後ろから恨めしそうな幼女の声が聞こえてきたが気にする必要はない。
いつ早退しようかと考えつつ、隠し持っていたタバコで一服する。
そろそろビスタと接触してみるか? 放っておいても向こうから仕掛けてきそうだし。
「どこにもいねえ……」
アタシは夜の街で頭を抱えていた。一昨日ビスタと接触するため学校中を探し回ったのだが、どういうわけかどこにもいなかったのだ。
奴のクラスメイトが言うにはちゃんと学校に来ていたらしく、授業も寝ることなく真面目に受けていたとのこと。
今アタシが夜の街に繰り出しているのは、学校がダメならそれ以外の場所を当たってみようという魂胆だ。これならアタシも自由に動ける。
とはいえ、二日も経っているのに手がかりすら見つかっていないがな。もういっそこのまま一晩明かしてしまおうか?
「……ん?」
徹夜を覚悟したその時、ビスタらしき男子とすれ違った。急いで振り返るもソイツは人混みに紛れながら路地裏へ入っていく。
人違いとも考えたが、スルーするよりはマシだと思いすぐさま後をつけることにした。当たりなら結構な収穫だし、ハズレでもゴロツキから資金を調達できる。完璧じゃねえか。
しばらく歩いたところで音を立てないように壁をよじ登り、ビルの屋上へ到達する。これですぐに気づかれることはない。
ビルからビルへとジャンプしながらソイツを見失わないように追いかけ、ある光景が目に入ったところで思わず足を止めてしまう。
「へぇ」
そこには族相手に一人で立ち回っているビスタらしき奴の姿があった。というかもうめんどいからビスタでいいや。
族の方も銃をぶっ放したり鉄パイプを振り回したりと頑張ってはいるが、ビスタが強すぎるのか一方的にやられている。
しばらく連中と彼の小競り合いを見ていたが、数分で族が全滅した。……早いな。
「よっと――」
ちょうどいいタイミングなので屋上から飛び下り、しっかりと両足で着地する。その際、軽い轟音とも言えるほどの落下音が響き渡り、少し力んだせいで地面が陥没した。
さすがに気づいたのかこちらを振り向くビスタ。まさか落下してくるとは思っていなかったようで、その童顔は驚きに満ちている。
「…………やっぱり先輩でしたか」
「まあな」
いつから気づいていた、なんて野暮な質問はしない。別に隠れてたわけじゃねえしな。
「とりあえず質問だ。――どうやってアタシが有名な“死戦女神”だと気づいた?」
「簡単に言うと、先輩が暴れているところを直に見ただけです。まあそれだけじゃ名前がわからないので親切な人に協力してもらいました」
つまり今回みたいにゴロツキをボコってアタシが何者か聞き出した、というわけか。
それとここからはアタシの推測だが、多分コイツはインターミドルで活躍するアタシを最初に見たはずだ。でなきゃ本名までわかるなんておかしいだろ。まあよく同一人物だとわかったな。
まずはどうしてやろうかと唸りながら考えていると、ビスタが冷静に口を開いた。
「では明日の放課後、屋上へ来てください。いろいろ聞かせたうえで、倒してあげます」
「…………上等だ」
待ちに待ったタイマンの申し入れ。断るわけがなく、二つ返事で承諾する。
てかアタシを倒して何がしたいんだろうな、コイツは。そこが謎だわ。
その後、アタシはビスタを置き去りにして警邏隊から逃げるように再びビルの屋上へとよじ登り、ビルからビルへと跳び移りながら帰宅した。
《今回のNG》TAKE 25
「そうだが?」
「まだ未成年ですよね!?」
「細けえこたぁいいんだよ」
「では歯を食いしばってください! ストレートにいきます!」
会話になってないぞ。