「――あなたの拳と私の拳。一体どちらが強いのかです」
ハイディに挑戦状を叩きつけられたアタシは、表情を変えることなく彼女を睨みつける。
それにしてもコイツ、どうやってアタシのことを調べたんだ? 選手としての情報だけならまだしも、アタシがどの道を通るかもしっかり把握していた。まあ、心当たりはあるけど。
奴の目的は格闘戦技の実力者を倒すこと。アタシもその一人だったわけだ。
原点回帰する前だったら嬉しそうに笑っていたかもしれない。ちょうどいいカモだとか言って。
「防護服と武装をお願いします」
「お前の実力次第だ」
ハイディの要求をあっさりと一蹴する。どうやら同じ条件下での勝負をご所望らしい。
いやいや、なんで自分より弱い奴に条件を合わせなきゃならないのか。そんなことは昔のアタシみたいに戦いを楽しむ奴しかしねえよ。
これはスポーツの試合じゃねえ。ケンカだ。この場合、野良試合や街頭試合とも言うらしいが。
「……どういう意味ですか」
アタシの言葉を侮辱と受け取ったのか、少し怒気を含んだ声になるハイディ。
なんだコイツ。もしかしてハンデなしの正々堂々としたやつが好きなのか?
まあアタシもそういうのは嫌いじゃねえから気持ちはわからなくもないが、ルール無用のケンカにそんな綺麗なもん求められてもなぁ……。
「そういう意味だ」
ぶっちゃけ深くは考えてないし、イチイチ説明するのもめんどいので適当に返答しておく。
――お話はここまでだ。時間がもったいねえし、さっさとやっちまおう。
ハイディはどこか納得していないようだが、諦めたのかその場で攻撃の構えを見せた。距離的には
アタシはここでハイディの足下に目をやる。覇王イングヴァルトは古代ベルカの王。仮にコイツがマジで覇王の末裔なら、術式も当然古代ベルカ式。その性質上、射砲撃はほぼあり得ない。
これらの推測が全て合っているとすれば、今から何を仕掛けてくるかは――
「――おっ」
ハイディが一瞬で間合いを詰め、流れるように右の拳を打ち込んできた。五、六メートルはあった距離をたった一歩の踏み込みでゼロにするか。
予想通りの動きだったということもあり、目と鼻の先まで迫った拳を最小限の動きでかわす。
拳が空を切ったことでそのまま一直線に通過するも、ハイディはその途中で踏ん張るようにブレーキを掛け、完全に止まったところで再び間合いを詰めてきた。
確かに
ずっと避けるわけにもいかないので彼女が構えていた右拳を突き出すよりも先に、
「っ……!?」
右の前蹴りを懐へ叩き込んだ。踏み込みの勢いもあったせいかハイディは防御すらできずにこれを食らい、後退して膝をついた。
あらら、そんなに効いたのか……そりゃ手加減はしてないけどさ。
痩せ我慢でもして痛みが引いたのか、ゆっくりと体勢を整えるハイディ。
「なんで通り魔やってんだよ?」
「……強さを、知りたいんです」
「あぁそう――探求ごっこなら他ァ当たれ」
おいおい、バカかコイツ。強さを知る方法ならいくらでもあるだろ。
迷惑にもほどがある。そんな理由でアタシは目をつけられたのか。
彼女は頑固なのか「それはできません」と否定し、こう告げてきた。
「私の確かめたい強さは、生きる意味は――表舞台にはないんです」
表舞台にはない。それを聞いたアタシは純粋にムカついた。このクソヤローをブチのめす理由としては充分すぎるからだ。
「私には――」
「もういい、こいよオラ」
まだ何か言おうとしていた彼女の言葉を遮り、手のひらを上に向けて指を手前に曲げる。次はこっちの番だ。様子見とはいえ、一応先手は取られたからな。
ハイディは我でも忘れていたのかハッとした顔になり、少し慌てて構えるとすぐさま突っ込みながら掌底を繰り出してきた。
アタシはそれを受け止め、頭突きをお見舞いしてから左の拳を顔面に打ち込んだ。頭突きを食らわせた際、付けていたバイザーが粉々になって紫と青の虹彩異色――オッドアイが晒された。
これでハイディが覇王イングヴァルトの末裔であるという事実が確定したってわけだ。
「ぐ……っ!?」
間髪入れずに右拳で殴りつけ、両手で頭を掴んで膝蹴りを二発ほど叩き込み、怯んだところを右拳で思いっきり殴り飛ばす。
数メートルほど吹っ飛んだハイディは受け身を取りつつ地面に叩きつけられたが、そんなことに構う気は毛頭ない。徹底的に叩きのめすべく開いた距離を一気に詰め、ハイディが立ち上がった瞬間に吹っ飛ばす勢いでタックルを浴びせる。
続いて左のハイキックを放つも右腕でガードされ、隙だらけになった懐へ拳を打ち込まれた。
さすがに効いたので二、三歩下がるも余裕で持ちこたえ、そのまま彼女の懐を蹴り上げて顔面にミドルキックを叩き込んだ。
「っ……はぁ!」
少し転がるもその勢いを利用して立ち上がり、拳を突き出してきた。
とりあえず威勢だけは褒めてやる、といったところか。体感的にはノーヴェクラスだな。
迫り来る拳を受け流し、右肩を掴んでボディブローの連打をブチ込む。
五発目を入れたところでハイディが吐血。連打を中断してラリアットのような拳打を叩き込み、数メートル先の木までぶっ飛ばす。
「がは……っ!?」
今度は受け身も取れずに叩きつけられ、木にもたれ掛かるハイディ。
それを好機と見たアタシは助走をつけ、左の拳を彼女の脳天目掛けて振り下ろす。が、当たる寸前で避けられてしまい、脳天の代わりにハイディがもたれ掛かっていた木が犠牲になった。
バキバキと音を立てながら倒れる木をよそに拳で追撃を掛ける。その際カウンターを顔面にもらうも殴り返し、前蹴りを叩き込んだ。
「やっぱ痛えな……」
左手がちょっとヒリヒリする。素手で木はアウトだったか? けど前にコンクリ的な壁を粉砕したときは痛くなかったぞ。
アタシが左手の痛みを気にしてる間にも、ハイディはふらつきながら体勢を整える。
その整った顔は傷だらけで、特に口元は遠くから見てわかるほど赤くなっていた。
とりあえず立てなくしてやろうと後ろ回し蹴りを繰り出すも、脚を振り切ったところで緑色のバインドが掛けられた。カウンターバインドか。
「はぁ、はぁ……。覇王――」
ここで決めるつもりなのか、ハイディは足下にベルカ式の魔法陣を展開して構える。
足先から気を練り上げているな……まあいい、まずは掛けられたバインドをどうにかしよう。
左腕のバインドを破壊し、右腕のバインドも引きちぎろうとするも、
「――断空拳!」
必殺とも言うべき断空の一撃をブチ込まれた。体勢が崩れた状態で食らわされたため地に伏してしまい、軽く血を吐く。
舞った煙でアタシの姿が見えないのか、小さな声で呟き背を向けて歩き出すハイディ。
なんて呟いたのかはさておき――勝手に終わらせてんじゃねえよ。
ゆっくりと立ち上がって体勢を整えたアタシは助走をつけてジャンプし、
「なっ――!?」
跳び膝蹴りの要領で渾身の蹴りを、ハイディの頭目掛けて繰り出した。
やっと気づいた彼女はこちらを振り向いて驚愕するも、放たれた蹴りをモロに食らってゴロゴロと地面を転がっていく。
それを追うように着地し、震えながらも必死に立ち上がろうとするハイディに目をやる。
「お呼びじゃねえんだよ、お前みたいな奴」
コイツはさっき、自分の求めるものは表舞台にはないと言った。
最初の方はどうでもいい。アタシがムカついたのはこんなクソ真面目ちゃんが裏舞台にいようとしていることだ。正直言って邪魔でしかない。
仮に求めるものがあったとしても、裏舞台にお前の居場所はないんだわ。
とどめを刺すため、ハイディが立ち上がった瞬間を狙い――
「――オラァッ!」
あらかじめ握り込んでいた左拳で、ハイディを殴り飛ばした。
何度もバウンドしながら吹っ飛び、さっきへし折ったやつとは別の木に激突するハイディ。
彼女が動かなくなったのを確認し、口内に溜まっていた唾を吐き捨てる。
「……一生寝てろ、クソガキ」
最後にそう呟き、警察か管理局が来る前にその場から立ち去る。
少し歩いたところでもう一度振り返ると、十代後半の大人びた外見から中坊ぐらいの外見になったハイディが倒れていた。
あれ変身魔法だったのか……一目見ただけじゃ区別って付かないもんだなぁ。
「――てなわけで晩飯はお預けな」
数十分後。無事に帰宅したアタシは、我が家で待っていた魔女っ子のクロにさっきまで何をしていたかわかりやすく報告していた。
アタシの話を聞いたクロは珍しく怒っている。あー……ご先祖が覇王と因縁あるんだっけか。
放っといて寝ようと自室のベッドに向かおうとした瞬間、後ろから服の裾を掴まれた。
「どうして私のいないときにクラウスが……!」
普段のクロからは想像できないほどの表情で、恨めしそうに口を開く。
てかクラウスって誰だよ。アタシが対峙したソイツの名前はハイディだったぞ。
「おい離せ。クラウスって誰だよ」
「覇王イングヴァルトの名前。フルネームはクラウス・G・S・イングヴァルト」
そこまで聞いてねえし。
「とにかく、アタシは疲れたから寝る。泊まるとしても騒いだら叩きのめすぞ」
「…………わかった」
朝のハリーといい夜のハイディといい、今日は疲れちまった。絶対に寝よう。
だけど最低でもシャワーは浴びる。身体が臭いのはイヤだしな。
このあと数分でシャワーを浴び、まだ話があるといって泊まることになったクロが布団で寝たのを確認し、アタシも眠りについた。