死戦女神は退屈しない   作:勇忌煉

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第11話「食費と通り魔」

「…………」

 

 通学路で待ち構えていたサツキにボコボコにされ、顔が傷だらけになったオレは壁に背中をくっつけ座り込んでいる。

 今日は始業式があるからと完全に油断していた。まさか早起きしてまで仕掛けてくるなんて思いもしなかった。オレの失態だなこりゃ。

 当のサツキはオレに背を向けながら隣でちょっと下品に座り込み、財布の中身を確認している。確かヤンキー座りって言うんだっけ。

 それにしてもコイツ、いつの間に髪を短くしたんだ? 違和感なさすぎて気づかなかったぞ。

 立ち上がろうにも身体が動かない。くそっ、容赦がないにもほどがあるぞ。始業式に間に合わなかったらどう責任取ってくれるんだ。ネコミミ写真も削除されたし。

 

「…………」

「どこ行くんだよ……?」

 

 財布をポケットに仕舞うと背筋を伸ばすように立ち上がり、用は済んだと言わんばかりに立ち去ろうとするサツキ。

 やることやって学校には行かず退散か。何のために制服着てきたんだよ……それなら別に私服でも良かっただろうに。

 

「帰ってどうすんだよ? また部屋でゴロゴロすんのか?」

「…………」

「今日ぐらいちゃんと顔出せよ。始業式だぞ?」

 

 あのサツキが復讐のためとはいえ、こんなに朝早くから出てきたんだ。引き留めないわけにはいかねーだろ。

 オレの声に耳を貸す気もないのか、サツキは若干ふらつきながらも足を進めていく。あと一瞬、アイツのお腹から聞き慣れたグ~という音が聞こえたのは気のせいだろうか。

 わかってはいたけどやっぱダメか……さすがに罪悪感は感じるからこれだけは言っておこう。

 

「あー、その、あれだ…………悪かったな。オレもちょっと調子に乗りすぎたよ」

 

 今言ったことに関しては紛れもない事実だ。サツキの弱みを握ったことでやっと優位に立てた。写真を複製する気も少しはあったし……。

 けど正直、お前と出会ってからオレばかり振り回されて損してるのは割に合わない。たまにはサツキが痛い目に遭ってもいいだろとは思っている。ほどほどに、だけど。

 ダメージを受けて重くなった身体を動かそうと一人で奮闘していると、置いていった鞄でも取りに来たのかサツキがこちらに引き返してきた。

 ……な、なんかこっちに来てないか? まだオレを殴り足りないとかじゃねーよな!?

 

「ちょ、ちょっと待て! これ以上は――」

 

 せめて最後の抵抗にとオレとサツキの鞄で顔を隠すも、サツキは自分の鞄を取っただけで何もしてこない。

 疑問に思ったオレがすぐそばに立っているサツキの顔を見ようとした瞬間、彼女のお腹から再びグ~という聞き慣れた音が聞こえてきた。

 ――ひょっとしてコイツ、朝飯食ってなかったりする?

 それをどう聞こうか迷っていると、今日は一言も話していないサツキがようやく口を開いた。

 

「………………食費ねえんだわ」

 

 なぜだろう。他人事なのに涙が出そうだ。バイト代はどうしたんだよバイト代は。

 お前が朝飯どころかここ最近、まともなご飯すら食ってなさそうで心配になってきたんだけど。

 

「あー……放課後ラーメンでも食いに行くか?」

 

 行くにしても今からじゃ間に合わない。それに今日は午前だけだからな。

 サツキはちゃんとオレの提案を聞いてくれたのか、口から白い煙を吐きながら学校がある方向へ歩き始めた。何があってもタバコは吸うのかよ。

 オレはこの沈黙を肯定と受け取ることにした。少なくとも拒んでいるような感じはないし、余計なことを言って怒らせるよりかはマシだ。

 時間はまだあるがこんなところを見られるのはマズイので慌てて立ち上がり、サツキの後を追うように学校へ向かった。

 

 

 

 

 

 このあと二人揃って生活指導の先生に叱られたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たでーまー」

「……遅かったね」

 

 放課後。今朝フルボッコにしたハリーとラーメンを食べに行き、彼女に全額奢らせたアタシは少しだけスッキリとした気分で帰宅した。

 当然、目的のネコミミ写真は真っ先に削除した。これでアタシに平穏が訪れたわけだ。

 そんなアタシを出迎えてくれたのは魔女っ子のクロだった。ご丁寧に差し入れらしき袋を持っている。またケーキか?

 

「今日はチーズケーキにしてみた」

「どうせならマグロにしてくれよ」

 

 コイツの差し入れはケーキオンリーだ。それ以外は全然持ってこない。こないだの差し入れなんてどこで買ってきたのかモンブランだった。

 ミッドチルダに来てからというものの、魚介類を食べる機会が激減している。

 スーパーに売ってはいるのだが、食費がないことに加えて売り切れるのが早いからなぁ。

 

「……ま、マグロ?」

「おう、マグロ」

 

 マグロという言葉を聞いたことがないのか、なんだそれはと言わんばかりに可愛らしく首を傾げるクロ。

 あー……コイツにも知らないことはあるんだねぇ。クロには悪いが、マグロについては自力で調べてもらおう。

 それにしても食いすぎたかな? いつも以上にベッドでゴロゴロしたい気分だわ。

 なんか眠くなってきたのであくびをしていると、クロがジト目で睨んできた。あら可愛い。

 

「…………このケーキ、消費期限が今日までだから早く食べてほしいんだけど」

「それならそうと早く言え。もう少しで眠っちまうところだったぞ」

 

 なぜいつも消費期限がギリギリのやつを買ってくるんだお前は。拳骨かましたろか。

 しかし、ケーキに罪はないので捨てたりはしない。食べ物を粗末にするとバチが当たるからな。

 襲い来る眠気を堪えながらケーキを完食し、夜までぐっすり眠った。

 

 

 

 

 ……晩飯どうしよう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よしよし、これで明日と明後日の晩飯は確保できたぞ」

 

 その日の夜。アタシは食費を調達するため繁華街へ繰り出していた。正確にはその街の路地裏だけどな。

 ちなみについさっき、十人のゴロツキからお金を調達することに成功している。

 せっかく手に入れた資金だ。少しぐらい好きに使っても問題はなかろう。

 いつものようにポケットからタバコを取り出し、マッチ棒で火をつける。

 

「……今日のところは引き上げるか」

 

 アタシは腹が減った。早く帰ってお腹いっぱい飯を食べるんだ。

 近道をしようと繁華街を出て、よく利用する人気のない公園に入る。

 ……さっきから後をつけられているな。最初は気のせいだと思っていたよ。

 周りに人がいないことを確認し、近くにあった街灯から少し距離を取る。

 

「――とりあえず、誰だお前」

 

 そう言って街灯の上に視線を向けると、仮面のようなもので顔を隠した女が器用に立っていた。

 長い緑の――いや、碧銀の髪にあのバリアジャケット……ベルカ式だな。肝心の目はその仮面のようなもので見えない。ふむ、体格的には十代後半といったところか。

 ていうかあのちょっとカッコいい仮面みたいなやつ、なんだっけか……あ、バイザーだ。

 

「緒方サツキさんとお見受けします」

「……で、誰だお前」

 

 人の話を聞かない奴だな。この手のバカはどこにでもいるのか。

 

「失礼しました。――カイザーアーツ正統、ハイディ・E・S・イングヴァルト。“覇王”を名乗らせて頂いています」

 

 覇王? それって最近噂になっている例の通り魔じゃねえか。

 わざわざ格闘戦技の実力者に街頭試合を申し込み、フルボッコにするだけの簡単な作業を繰り返している大バカヤロー。

 ボコボコにするならイチイチ申し込まなくてもいいだろ。どうせやることは同じなんだから。

 

「貴方にいくつか伺いたい事と、確かめさせて頂きたい事があります」

 

 伺いたい事? 後者は腕比べとかそんなんだろうけど……伺いたい事?

 伺いたい事ってなんだ。アタシがコイツに教えられることなんて一つもないぞ。

 ハイディは街灯から綺麗に飛び降りると、アタシの返事も待たずに問いかけてきた。

 

「あなたの知己である“王”達、聖王オリヴィエの複製体(クローン)と冥府の炎王イクスヴェリア。その両方の所在について――」

「知るかそんなもん」

 

 質問の内容を理解したアタシは、吸っていたタバコを投げ捨て彼女の話を遮るように返答する。

 いきなり知らないことを聞かれても困る。アタシが知ってるのは雷帝と黒のエレミア、そして魔女クロゼルグの末裔。その三人ぐらいだ。いつアタシが聖王や冥王と知り合いになったよ。

 そもそもクローンってなんだよ。類似的なやつにサイボーグの戦闘機人がいるけど。

 まあ一つだけ理解できたことがある。この世界にはサイボーグの他、クローンを造る技術が存在するってことだ。まるで漫画のような世界だな。

 

「……わかりました。その件については他を当たります」

 

 納得してくれたのか、ハイディはそれ以上言及してこなかった。

 全く、アタシを何者だと思ってんだ。ベルカ王族の末裔とかじゃねえんだぞ。

 さてと、お次はコイツの言う確かめたいことってやつだ。これに関しては一つしかねえだろ。

 

 

 

 

「ではもう一つ、確かめたい事は――あなたの拳と私の拳。一体どちらが強いのかです」

 

 

 

 

 


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