死戦女神は退屈しない   作:勇忌煉

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IF第二章「二人の挑戦者」
第10話「始業式の朝」


「あ゛~疲れたぁ~」

 

 三月下旬。ハリーに紹介された短期バイトをようやく終えたアタシは、無事に入手した給料を水道・ガス・電気代・家賃の支払いに使い果たし、我が家のベッドでゴロゴロしていた。

 全くあの野郎……何が接客業じゃねえから安心してくれだ。今回のバイトにはそれ以前の問題があったぞ。とりあえずハリーを三発ほどぶん殴ってやりたいところだが、ここは我慢だ。次のバイトを探すとしよう。

 そうと決まれば求人雑誌の出番だな。えーっと求人雑誌求人雑誌……

 

「……あ」

 

 しまった。支払いのことばっか考えてたせいで新しい求人雑誌を買うの忘れてた。つっても今さら買いに行くのもなぁ……ネットもあるし。

 そういやもうすぐで三月も終わりか。最近ゴタゴタしていたせいでほとんど忘れていたが、来月からまた学校が始まる。あそこには屋上以外何にもないけどな。

 まあバイトはネットで探すとして、久々に焼き飯でも作るか。材料揃ってたはずだよな?

 

〈マスター、ハリーさんから通信が来ています〉

「おう。久しぶりだな」

〈全くです。マスターが電気代を払ったおかげでようやく再起動できました〉

 

 いきなり懐かしい機械質の声が聞こえたかと思ったら愛機のチョーカー型デバイス、アーシラトだった。マジで懐かしいなおい。

 魔法をろくに使ってなかったからコイツの出番も減っていったんだよな。つい昨日までただのチョーカーとしか思ってなかったし。

 で、因縁あるハリーから通信が来たわけだが……言いたいこともあるし一応出るか。

 

「はいよ~」

『ようサツキ! バイトはもう終わったか?』

 

 開いた画面に見慣れた顔が映し出された瞬間、タイミング良く挨拶するハリー。相変わらずうっとうしいなその笑顔。

 

「ああ、無事終わったよ」

『そっか。アレ、結構似合ってたぞ……っ!』

 

 笑いを堪えるハリーを見て思わず画面に拳を振るいそうになるも、何とか握り込んでいた拳を解いてギリギリ平静を保つ。

 ちなみにアレというのは、バイト先でたまたま身に付けたネコミミのことだ。猫耳喫茶ではないので常に付けていたわけではなかったが、なぜかアタシが使っていたロッカーに入っていたのでテイクアウト。それを好奇心で付けたところをハリーにバッチリと見られてしまったのだ。

 その場に関しては付けていたネコミミを破壊し、ニヤニヤしていたハリーを殴り飛ばして事なきを得た。今になってその話題を出してきたということは――

 

「――何が言いたいんだ?」

『お前のネコミミ姿、しっかりと写真に収めといたぞ』

 

 今なんつったコイツ。

 

「……も、もういっぺん言ってみろ」

『お前のネコミミ姿、しっかりと写真に収めといたぞ』

「ふざけんなよテメエ!?」

 

 可能性として考えていたことが現実になってしまった。マズイ、早く止めないとアタシのネコミミ写真が世界に拡散されてしまう。

 どうやってハリーを止めてボコボコにしようか考えていると、当の本人があの時のようにニヤニヤしながら口を開いた。

 

『じゃあなサツキ。学校で会おうぜ!』

 

 そう言うとハリーは最後に良い笑顔でサムズアップし、通信を切ったのだった。

 いやいやじゃあなじゃねえよ。せめて写真をアタシの目の前で削除してから通信を切れよ。

 このままだと冗談抜きでヤバイぞ。握られた弱みをどんな手段を使ってでも潰さねば。

 

 

 

 

「――やるしかねえな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい天気だなぁ~」

 

 始業式当日の朝。早起きに成功したオレは一足早く登校していた。

 それにしても、まさかあんな形でサツキのネコミミ写真が手に入るとはな。これでサツキの弱みを握れたわけだが、油断はできない。アイツのことだから絶対に何か仕掛けてくるに違いない。

 まあ、さすがに今日は何もしてこないはずだ。なんせ始業式があるからな。

 

「となれば、問題は明日以降か」

 

 明日になればサツキは本格的に動くだろう。その前に奴のネコミミ写真を複製しておかないと。

 これでもたった一つの弱みだ。そう簡単に失ってたまるか。オレはいつもお前にやられてるんだ。今回ぐらいは勝たせろってんだ。

 ちょっとした優越感に浸りながら学校に向かっていると、十メートルほど先に誰か立っているのが見えた。あの制服はうちのやつだな――

 

「……え?」

 

 それが誰なのかわかった瞬間、オレは間の抜けた声を出していた。そりゃそうだろう。そこに立っていたのはまず、この時間にはいるはずのない人物――サツキだったのだから。

 珍しくちゃんと制服を着ており、らしくないほど穏やかな表情でこちらをじっと見つめている。ついでにタバコも吸っていない。

 なんて話しかけたらいいんだろう。スルーしちゃうわけにもいかないし……

 

「ひ、久しぶりだなサツキ。こんな朝早くどうしたんだ……?」

「…………」

 

 とりあえず挨拶してみたが、オレの声が聞こえていないのかまったく反応がない。穏やかな表情のまま微動だにしないんだけど。

 次はなんて言おうか必死に考えていると、サツキが穏やかな表情のままゆっくりと動き始めた。良かった、オレの声は聞こえていたのか。

 ゆっくりと動き始めたサツキはらしくないほど穏やかな表情を少しずつ怒りのそれへと変えながら、こちらに向かって走ってきた。

 ……え? 怒りの表情? 走ってきた?

 

「ちょ、おま!?」

 

 逃げないとマズイ。本能的にそう感じ取ったオレはサツキに背を向け全力で走り出す。

 魔力で身体強化させているのに全然振り切れず、後ろから地獄への足音が近づいてくる。

 こうなったら全魔力を身体強化に使おうとした瞬間、

 

「――だあぁっ!?」

 

 背中を蹴られたような感覚と共に身体が吹っ飛び、顔面から盛大に転んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 始業式を迎えた今日。アタシはハリーを叩きのめすべく、わざわざ早朝に起きて登校。

 そして彼女が通りそうな道で待ち伏せ。予想通り現れたと思ったらいきなりハリーが逃げ出したので追いかけ、ある程度距離を詰めたところで飛び蹴りをかまして今に至る。

 余裕のない反応を見る限り、どうやら写真はまだ拡散されていないようで安心したよ。

 起き上がったハリーの顔面へ右の拳を繰り出すも、顔は殴られたくないのかあっさりと避けた。

 

「ちょ、ちょっと待てごふっ!」

 

 必死に弁解しようとするハリーをぶん殴り、懐に膝蹴りを入れてもう一発拳を打ち込む。続いてハイキックを放つもしゃがんでかわされ、すかさず蹴り上げたがこれも避けられる。

 コノヤロー……今回はやけにかわすなおい。いつもなら簡単に食らってくれるのに。

 今度は前蹴りを食らってハリーが後退した隙に彼女の背後へ回り込み、こっちへ振り向いたところを拳骨気味に右拳をブチ込む。

 

「っ……いきなり殴ることはねーだろ!?」

 

 何とか持ちこたえたハリーはそう叫ぶと、お返しだと言わんばかりに右の拳をアタシの顔面に叩き込んできた。

 もちろんアタシはこれを意に介さず、ハリーの左肩を掴んで頭突きをお見舞いし、握り込んだ左の拳で思いっきりぶん殴る。

 ハリーが再び拳を握り込んだところを狙ってボディブローを打ち込み、ミドルキックを脇腹へぶつけて薙ぎ払うように蹴り飛ばす。

 

「…………あ、あのな」

 

 吹っ飛んだハリーが壁にぶつかったところで一旦攻撃を止め、一息つく。

 こういうときに我慢強さを発揮してどうすんだよ。苦しむ時間が長くなるだけだぞ。

 体勢を整えたハリーはアタシを睨みつつ、何か言おうとしている。まあ、どっちにしてもブチのめすから弁解は無駄だけどな。

 

 

「――時と場所くらい選べよ!? 今日は始業式なんだぞぶぁっ!」

 

 

 どうでもいい内容だったので話を遮るように殴り飛ばし、腹部を蹴りつける。

 話し合いが無駄だと判断したのか、ハリーは炎熱を拳に纏ってそれを連続で突き出してきた。朝だから人が少ないとはいえ、ここは街中だ。砲撃をぶっ放すわけにはいかないのだろう。

 最初の一発は顔面に入るも二発目を受け止め、右拳で殴り返し、軽くジャンプして上から左拳を振り下ろした。

 

「おごっ……い、一度ぐらいオレに勝たせてくれてもいいだぁっ!」

 

 前屈みになったところで膝蹴りを鼻っ面に叩き込み、彼女の顔面を真横から蹴りつける。

 さすがのハリーもブチギレたのか、額に青筋を浮かべて鎖のようなものを振り回してきた。

 炎熱の鎖で何度も脚や腕を殴打されるも、顔に迫ったところを右手でキャッチ。それを右腕に巻きつける形でハリーをこっちへ引き寄せる。

 

「そ、そんなのアリかよ……!?」

 

 にしても右腕がめちゃくちゃ熱い。まあ、炎熱の鎖を腕に巻きつけているんだから当然だけどやっぱり熱い。火傷してないか心配だ。

 目と鼻の先まで引き寄せたところで彼女の首をしっかりと掴み――

 

「――くたばれぇっ!」

 

 力を一点に集中させた左の拳をブチ込んだ。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 8

「いい天気――じゃねえ!? なんでこんなに雨が降ってきているんだ!? 今日は晴れじゃねーのかよ!?」

 このあとオレはなんとか雨宿りに成功するも、雨はしばらく降り続けたのだった。大雨に雷とかふざけんなよ……。



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