死戦女神は退屈しない   作:勇忌煉

120 / 179
第8話「生まれついてのヤンキー」

「デヤァッ!」

 

 地面を蹴って五メートルほどあったクロマとの距離を一気に縮め、後ろ回し蹴りからのハイキックを奴の顔面へ叩き込む。

 よろめきながら壁に激突するクロマへ追い討ちを掛けるも驚異的なスピードで回避され、アタシの右拳は彼女の代わりに壁を粉砕してしまう。

 急いで後ろへ振り向くと拳が目前まで迫っていたので頭突きで弾き返し、結構効いたのか右手を押さえるクロマへハイキック、後ろ回し蹴り、もう一度ハイキックの順に繰り出す。

 そして彼女が膝をつく前に頭髪を掴んで無理やり起こし、右拳を顔に、蹴りを鳩尾に入れ、最後に胴辺りを両腕でクラッチし、その体を反転させながら頭上まで跳ね上げ――

 

「吹っ飛べやぁっ!」

 

 ――反対側の壁(があった場所)へ思いっきり放り投げる。

 投げられたクロマは途中でドラム缶を巻き込みながらバウンドし、今いる廃墟とは別の建物の柱へ後頭部から叩きつけられた。

 再び追い討ちを掛けようと前進するも、何を思ったか向こうから接近してきた。アタシからすれば動く手間が省けるのでありがたい。

 

「そろそろこっちの番だッ!」

 

 そう叫ぶと右の指全てに電撃を纏わせ、アタシの両目目掛けて振り下ろしてきた。

 ビンタならまだしも、まさか引っ掻いてくるとは思わなかったので咄嗟に右腕でガード。両目への直撃は免れたものの、右腕に大きな引っ掻き傷ができてしまった。

 これが思ったよりも痛く、傷が深いのか出血までしている。

 ……なんつーか、攻撃の仕方が某エレミアのガイストに似ているな。属性は違うけど。

 互いにフラフラしながらも間合いを詰めていき、拳が届く距離まで来たところでほぼ同時に拳で顔面を殴り合い、クロマが左手を振り上げたところへボディブローを叩き込んだ。

 

「こは……!?」

「ドラァッ!」

 

 息が詰まったらしいクロマへ何の躊躇いもなく二発目のボディブローを叩き込み、自然に壊れていない方の壁へ追い詰めもう一発拳を入れる。そのまま反撃しようとするクロマを動けないよう壁に留まらせ、ひたすら拳を打ち込んでいく。

 顔面、鳩尾、腹部、脇腹など様々な部位へ拳を打ち込み、彼女が少しでも動こうものなら前蹴りで壁に押しつける。

 それを拳の威力が落ちるまで繰り返していき、頃合いが来たところで動きを止めるべく懐に膝蹴りを入れて障害物のない位置へ投げ出し、その勢いで後ろ蹴りを繰り出す。

 これによりうつ伏せに転倒したクロマを踏みつけようと右脚を上げた瞬間、隙ありと言わんばかりに足払いをかまされた。

 

「あが……!?」

 

 後頭部から派手に転び、夜空を見上げる形になってしまう。

 チッ……そろそろ脚が持たねえってか。今気づいたが、さっきよりも身体が重くなってやがる。立ち上がるのも一苦労だなこりゃ。

 そんな中、クロマがアタシを差し置いて立ち上がろうとしていたので仰向けのまま彼女の顔を蹴りつけ、その隙に立ち上がろうとするも鼻っ面を蹴り返されてしまった。

 このままじゃ先にくたばるのはどう考えてもアタシだ。さて、どうしたものか。

 

「こ、んの……!」

 

 とりあえず震えながらも気合いで立ち上がり、身体のふらつきを押さえる。

 いつの間にかクロマも立ち上がっていたが、仕掛けてくる気配はないのでこっちも動かない。

 本当なら今までのように攻撃どころか動きすらさせないのだが、生憎今のアタシにそんな余裕はなく、単純に動くので精一杯だ。

 

「ふふっ……こんなの、初めてだよ……。出血多量で死んじゃうかも……」

 

 と、不気味に微笑んで口元を拭うクロマ。血だらけになっているせいか、その顔はどこか狂っているようにも見える。

 前屈みの状態から背筋を伸ばし、口内に溜まった血を唾ごと吐き出す。

 全身が軋むように痛い。多分今さらだろうが、とにかく全身がめちゃくちゃ痛い。

 それでもアタシは体勢を整え、ふと頭の中に浮かんできた言葉をそのまま口にした。

 

 

 

 

「アタシは生まれたときから……ヤンキーで出来てんだよ」

 

 

 

 

 なんでこんなことを言ったのか。そんなのアタシにもわからない。ただ、相手が誰だろうとアタシは同じことを言っていたはずだ。

 互いにボロボロで立つのもやっと。なら力尽きる前に叩きのめす。

 ゆっくりと歩き出し、クロマの顔面を思いっきり殴りつける。続いて右、左の順に拳でクロマをぶん殴り、鋭い蹴りを放つも受け止められ、頭突きを連続でお見舞いされた直後、電撃付きの豪快なラリアットをモロに食らってしまう。

 仰向けになったところを踏みつけられるもその脚をしっかりと掴んで退かし、すぐさま立ち上がる。そして繰り出された蹴りを受け止め、お返しに頭突きを浴びせて薙ぎ払うようにぶん殴った。

 

「まだまだぁ……!」

 

 踏ん張ったクロマが打ち出した電撃の拳をかわし、胸ぐらを掴んでシンプルに殴りつける。

 何だかんだでほぼ殴るしかやっていないが、むしろ今の状態で拳を振るえるとか上出来だわ。

 握り込んだ左の拳を顔面に打ち込み、膝蹴りを入れてもう一発拳を叩き込んだ。

 

「さ、さすがにしつこ――」

「オラ……ッ!」

 

 なんか言おうとしてたクロマをとりあえず殴りつけ、再び口を開こうとしたところへ正拳突きを打ち込んで息をするかのように左でぶん殴る。

 次に右肩を掴んでボディブローを叩き込み、頭突きで怯ませ懐へ拳を一発一発丁寧に、かつ何度も何度も打ち込んでいく。

 だが、さらにもう一発ブチ込もうとするも先に電撃付きの拳を打ち込まれ、動きが止まったところを拳骨気味に殴られた。

 必死に踏ん張るも壁にぶつかってしまい、思わず崩れ落ちそうになる。

 

「はぁ、はぁ……このっ」

「んなろ……!」

 

 しかしギリギリのところで持ちこたえ、再び歩き出してクロマと胸ぐらを掴み合い、互いに自分の額をぶつけ合う。

 一回ぶつけ合うごとに鈍い音が頭に響き、ぶつけた衝撃で視界が揺れる。

 これを三回ほど行い、なんとか押し勝ったアタシは密着状態にあったクロマを押し退け、

 

「――終いだぁっ!!」

 

 助走をつけて力を一点に集中させた渾身の左拳を、正確無比に顔面へブチ込んだ。

 情け容赦のない一撃を食らい、クロマの身体が力なく仰向けにぶっ倒れる。

 やっと……やっと終わった。物凄い達成感に浸りながらアタシは仰向けに倒れ、大の字になって夜空を見上げ出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あークソッ。やっぱり置いていこうかな?」

 

 あれから数十分後。アタシは“ヒュドラ”を潰すついでに回収しに来たファビア・クロゼルグの元へ、フラフラしながら向かっている。

 正直、数分前まで完全に存在を忘れていた。ホントについでだったからなぁ……。

 この際だからマジで置いていこうか。そんなことを考えつつも、クロの元へたどり着いた。

 

「おーい。生きてるかぁ~?」

 

 まずは倒れているクロの前にしゃがみ込んで声を掛けてみるも返事がない。まるで屍のようだ。

 これは力ずくで起こす必要があるか? いや、無駄な体力は使いたくないしやめとくか。

 次にできるだけ楽に起こそうと彼女のほっぺたをペチペチと叩く。触り心地いいなコイツの頬。めちゃくちゃプニプニしてる。ちょっとこれ病みつきになりそうだ。

 

「…………何、してるの」

「おう、目ぇ覚めたか?」

 

 いつの間にか目を覚ましていたクロを見て少しだけホッとする。さすがに死体を持って帰るわけにはいかんからな。

 プチデビルズはいなくなっていたが、コイツが無事ということは死んでいないってことだ。

 クロも結構なダメージを負っているのか、なかなか起き上がろうとしない。

 

「無事で、良かった……」

 

 アタシをジロジロ見回すと、安心したかのように微笑むクロ。

 素直に言うと嬉しいが、コイツは今の自分の状態をわかっているのだろうか。アタシほどではないはずだが結構なレベルで傷だらけなんだけど。

 ポケットからタバコとライターを取り出し、その場で一服する。

 

「ふぅ~……おいコラ」

「……?」

「誰のそばにいるのが一番安全だって?」

 

 煙を吐きながら、きょとんとした顔のクロに問いかける。

 この野郎、数日前“ヒュドラ”に狙われるのを恐れてアタシから離れようとしなかったからな。プチデビルズまで使役して。

 その事を思い出したのか、クロは少し苦々しい表情になって一言。

 

「………………前言撤回」

 

 それを聞いてやはりか、と言わんばかりにため息をついて持っていたタバコを投げ捨てる。

 まあ無理もないわ。こんだけ傷だらけになっといてアタシのそばが一番安全なわけがない。むしろ一番危険である。今回のように巻き込まれる可能性が極めて大だからな。

 つまりアタシは何も悪くない。少なくとも、コイツが巻き込まれたことに関しては。

 

「とりあえず早く立て。そろそろマッポが来る」

「ま、マッポ……?」

「警察だバカヤロー。さっさと立て」

 

 さっきから懐かしくも感じるサイレンが聞こえている。間違いなくパトカーのそれだ。距離がありすぎてクロには聞こえていないようだが。

 ていうか、こっちの警察もパトカーや白バイに乗っているのだろうか? 連中の乗り物、未だに見たことないからわかんねえや。

 クロが鉄パイプで身体を支えながら立ち上がったのを確認し、一刻も早くその場から離脱するべく足を動かす。後ろからおんぶしてくれ的な視線を向けられているのは気のせいだきっと。そもそも今のアタシにそれをこなすほどの力はない。

 

「全く、めんどくさい世の中だよ……」

「とりあえず、何か食べよう……」

 

 そう適当に呟きながら、アタシとクロは溜まり場から離脱したのだった。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。